VOL.207 SEPTEMBER 2025
THE MUSICAL INSTRUMENTS AND MUSIC CULTURE OF JAPAN
和楽器ユニットが切り拓く音の未来
2008年に結成された和楽器だけの音楽ユニットAUN J CLASSIC ORCHESTRA。一番左が井上 良平さん。
Photo: ハートツリー
あまり共演する機会のない和楽器の演奏家たちが、従来の枠組みを超えた音楽表現に挑戦している音楽ユニットAUN J CLASSIC ORCHESTRA。創設者である井上 良平さんに話を伺った。
和太鼓1・三味線2・箏3・尺八4・篠笛5、それぞれの第一人者である邦楽家7人が一堂に会するAUN J CLASSIC ORCHESTRA(以下「AUN J」という)。構成メンバーはそれぞれ出身流派も音楽的背景も異なる演奏家であり、2008年に井上 良平さんが中心となって結成された。
「当時、私は双子の弟である井上 公平とAUNというユニットでニューヨークを中心に活動していました。帰国後、娘が生まれたことで子どものための音楽CDを作りたいという気持ちが芽生えました。私が演奏する和太鼓と津軽三味線2だけでは表現に限界があると感じ、より豊かな音楽表現を求めて他の和楽器奏者に声をかけたのが、AUN Jの始まりでした」
その後、箏の市川 慎さん、山野 安珠美さん、中棹三味線の尾上 秀樹さん、篠笛の山田 路子さんや尺八の演奏家・石垣 征山さんが加わることで、多彩な表現力を持つ和楽器アンサンブルが実現。和楽器の可能性を広げる実験的な試みが始まった。
Photo: ハートツリー
「和楽器でアンサンブルを演奏する際の最大の課題は、楽器間の音量バランスの調整です。和太鼓の圧倒的な音量に対して、箏や中棹三味線の繊細な音色が打ち消されないように調和させることは至難の技です。AUN Jでは緻密な編曲とアレンジによって各楽器の特性を最大限に活かす工夫を重ねています」
例えば、和太鼓のリズムと重ならないよう箏がギターやピアノのようにコード進行を支え、三味線がメロディーラインやハーモニーを奏でる。演奏家の卓越した技術によって、西洋音楽の構造を和楽器で再現することを可能にした。現在では200曲近いレパートリーを誇り、メンバーオリジナル曲を中心に、クラシックの名曲からスタジオジブリ作品などの映画音楽、現代のポップスまで幅広い楽曲を演奏している。
「西洋音楽がドレミファソラシドという音階を組み合わせて風景を描くのに対し、和楽器は一つの音に深い意味を込める傾向があると感じます。一音に人々の心に響くような豊かな表現力が宿っている。この日本的な美意識を大切にしながら演奏することを心がけています」
Photo: ハートツリー
AUN Jは単独公演のほか、伊勢神宮(三重県伊勢市)や春日大社(奈良県奈良市)などの有名文化財、世界遺産での奉納演奏6など、精力的に活動を続け、海外でも多数の公演を行なっている。特に、2010年に行われたフランスのモンサンミッシェル内での世界初となるライブは、AUN Jにとって記念すべき転換点となったと井上さんは振り返る。
Photo: ハートツリー
「海外公演後のレセプションで、長年にわたり日本文化の普及に努めてきた外交官から、一夜の演奏会が十数年の文化交流活動に匹敵する効果をもたらしたとの評価を頂きました。この言葉をきっかけに演奏家であると同時に、文化を伝える使命を自覚するようになりました」
海外での演奏活動を通じて、和楽器の音楽が言語や文化の壁を越えて人々の心に響く力を持っているということを実感した井上さん。これからも国内外で精力的に公演を行っていきたいと考えている。
「近年、多様な音楽ジャンルに対応できる若い世代の奏者も増え、和楽器界には変化の兆しが見えています。伝統芸能の継承者たちが守り続けてきた文化への敬意を払いながら、異なる切り口から和楽器の世界に興味を持ってもらえるように活動していけたらと思います」
- 1. 和太鼓
打楽器の一つで日本の伝統的な太鼓の総称。木の胴に革を張って棒状のばちで叩く。太さや形、張り方によって音色は様々で、祭りや舞台、儀式など幅広い場面で使われる。力強く迫力ある音が特徴。
Photo: ハートツリー - 2. 三味線
三本の弦を扇形の撥で弾く日本の弦楽器。棹の太さによって音質は分かれ、細棹は軽やかな高音、中棹(写真左)はしなやかで情緒的な音色を、津軽三味線(写真右)などの太棹は力強く迫力ある音色が特徴である。
Photo: ハートツリー - 3. 箏
日本の伝統的な弦楽器。13本の弦を持つタイプが基本。筝柱と呼ばれる駒を立てて調弦し、指に爪を付けて弾く。弦の本数の違い、流派や演奏様式も多様。AUN Jでは十三弦と十七弦を用いている。
Photo: ハートツリー - 4. 尺八
竹製の縦笛の一種で、日本の木管楽器。前に四つの穴、後ろに一つの穴というシンプルな構成。息の加減で多彩な音色を表現する。
Photo: ハートツリー - 5. 篠笛
篠笛は竹から作られた日本の横笛で、祭り囃子や民謡などに使われてきた。地域や使用場面によって形や音階が異なる。
Photo: ハートツリー - 6. 神社や寺などの神仏に音楽や舞を捧げる伝統的な演奏形式。祈願や感謝の意味を込めて行われ、神事や祭礼の場で奏される。芸術を通じて神と人とを結ぶ行為とされている。
By MOROHASHI Kumiko
Photo: Heart tree Co., Ltd.