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VOL.206 AUGUST 2025
THE APPEAL OF YOSHOKU: JAPANESE-STYLE WESTERN CUISINE (PART 1) [日本の技術―次代を担う若手たち]下水中のウイルスを検出し感染症の動向を把握する―下水サーベイランス

写真はウイルスのイメージ

2020年頃から全世界的に流行し、多くの感染者・死者を出した新型コロナウイルス(以下「SARS-CoV-2」という)感染症。このウイルスを含め、多くの感染症の動向を把握できるとして注目を集めているのが、下水中のウイルスを高感度に検出し、分析を行う技術だ。この技術研究の若き第一人者である北島正章氏に話を聴いた。

現在、東京大学大学院工学系研究科附属水環境工学研究センターの特任教授を務める北島氏。東京大学大学院時代の2011年に現在の研究分野の原点である、「水環境中における病原ウイルスの分子疫学的解析および感染リスク制御」で、第一回の育志賞を受賞している(育志賞については囲み参照)。


第一回育志賞授賞式で天皇陛下(当時)と話す北島氏(右)
写真提供: 宮内庁

当時の検出対象は、ノロウイルスなどの胃腸炎ウイルス。河川や下水処理場の流入下水などの水環境中からウイルスを検出し、その遺伝子型を分析するという研究は、当時世界の最先端技術であったPCR1を利用したものだった。

「ウイルスは子孫を残せるように人への感染を繰り返すうちに変異していくものですが、水中から検出されたウイルスの遺伝子型よりも実際に医療機関を受診した人から検出されたウイルスの遺伝子型の方が種類が少なかった。つまりウイルスを持って(感染して)いても症状がなく受診していない人、症状があっても受診していない人が多数いることが下水の調査から明らかになったのです。下水中のウイルスを調べることで、医療機関でも把握しきれない感染の拡大状況を知ることができます。これが現在の下水サーベイランスの考えにつながっていきました」と語る北島氏。

サーベイランスとは「監視」を意味し、下水を定点的・継続的に調査監視していくことで感染症の動向を明らかにするのが北島氏の提唱する「下水サーベイランス(下水疫学)」だ。新型コロナウイルス感染症が流行し始めた際に、北島氏はこれまでの研究が貢献できるのではないかと考え、下水中のSARS-CoV-2の検出、分析に取り組んだ。しかし、SARS-CoV-2はこれまで検出してきたウイルスと違い、脂質の膜で覆われているエンベロープウイルスであり、水中の固形物に付着しやすいという性質があるのに加え、流行の初期には下水中のウイルス量が少なく検出が難しかったという。そこで北島氏は民間の製薬会社と協力し、下水中のウイルスが少なくても高感度に検出することができる技術「EPISENSTM法」を開発した。10万人あたり1日に1人でも新規感染者がいれば、検出が可能であり、これは世界トップレベルの精度である。この技術で下水中のウイルス量の変化や遺伝子型を突き止め、自治体や医療機関と連携し、実際の受診患者数とウイルス検出量の相関関係も明らかにすることができた。

EPISENS-M法による下水中ウイルス濃度の長期定量調査:札幌市2処理場の例

[画像:札幌市の下水中のウイルス検出の推移グラフ]

札幌市の未処理下水からのSARS-CoV-2の検出量と実際の感染者数を表したグラフ。ウイルス検出量が増加すると感染者数も増加するという相関関係が見られる。グラフ上部にあるトウガラシ微斑ウイルスとは、トウガラシやピーマンなどの植物に感染して葉や実にモザイク状の斑点などを生じさせるウイルス。どの下水にも一定量存在するため下水調査の際の指標となる。

「下水サーベイランスには大きく4つのメリットがあります。効率性、客観性、非侵襲2・匿名性、そして先行指標性です。特に先行指標性は、未来の感染症の流行を予測するのに役立ちます。下水は嘘をつきません。自治体からの早期の注意喚起が可能になり、医療機関も診療計画が立てやすくなるでしょう」と北島氏。

下水サーベイランスのメリット

下水から病原体を検出・分析することには大きなメリットがある。

1効率性:
一度に集団レベルの疫学情報を取得できる
2客観性:
患者の受診行動や検査数の影響を受けない
3非侵襲性・匿名性:
個人への負担はなく、個人情報も守られる
4先行指標性:
病気の発症、報告前から下水中にウイルスが排出されるため、感染動向やウイルス変異株の侵入を早期に把握できる

医療機関受診や検査に行かない人も必ずお手洗いや洗面所を利用するから、ウイルスは下水に流出する

旅客機や空港での排水調査で日本国内へのウイルス侵入を把握することが可能になる

SARS-CoV-2だけではなく様々な病原菌やウイルスを検出することが可能だという「EPISENSTM法」は、日本に流入するウイルスの水際対策としても大いに期待ができ、下水サーベイランスの更なる普及が望まれる。

育志賞とは
育志賞は、将来の日本の学術研究の発展に寄与することが期待される優秀な大学院博士課程学生を顕彰することで、その勉学及び研究意欲を高め、若手研究者の養成を図ることを目的とした賞である。上皇陛下の天皇即位20周年に当たり、社会的に厳しい経済環境の中で、勉学や研究に励んでいる若手研究者を支援・奨励するための事業の資として上皇陛下から御下賜金を賜り、2010年度に日本学術振興会3によって創設された。詳細は日本学術振興会育志賞ホームページ参照。

  • 1. ポリメラーゼ連鎖反応。DNA(デオキシリボ核酸)を増幅するための原理とこれを用いた手法で、試料中からウイルスを検出するのに使用される。
  • 2. 医療や検査の分野で生体を傷つけず、身体に負担のないように行う方法や技術のこと。
  • 3. 日本学術振興会は、昭和7(1932)年に昭和天皇の御下賜金を基金として創設された、学術の振興を目的とする日本で唯一の独立した資金配分機関。学術研究の助成、研究者の養成、学術に関する国際交流の促進、大学改革の支援など多岐にわたる事業を行っている。

By FUKUDA Mitsuhiro
Photo: The Imperial Household Agency; PIXTA

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