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慶應義塾大学文学部の人間科学専攻では、心理学、社会心理学、社会学、文化人類学を学ぶことができます。実験や質問紙調査、統計、フィールドワークなどから得たデータを用いて、人間存在の総合的な理解を実証的に目指しているのが、私たちの専攻です。
私が専攻する文化人類学は、私たちの「あたりまえ」が通用しない「他者」や「異文化」を研究対象とする学問です。奇妙な慣習や理解が難しい言動に直面したとき、私たちは自分がもつ「あたりまえ」の視点からその意味を憶測してしまいがちです。それに対して、文化人類学では、人びとの行動や思考を「内側から」理解しようと努めます。そのために必要となる営みがフィールドワークです。調査者自身が人々の生活する現場に身を置き、その場に生きる人びととくらしをともにしながら調査を進めるのが、フィールドワークです。「他者」と長い時間を共有する過程で、最初は奇妙に思えた彼らのふるまいや考えが、段々と了解できるものになってくるのです。
私はアフリカの社会をフィールドにしてきました。研究テーマの一つは紛争と平和です。今日にいたるまで、世界各地で戦いが起きてきました。それは単に人びとが「野蛮」で「無知」だからではありません。各地域で紛争が発生してしまう原因があり、一人一人が戦いに参加する理由をもっているのです。私は、東アフリカの牧畜民の村にくらしながら、民族間の戦いにまつわる一人一人の経験に耳を傾けてきました。戦いに向かう人びと自身の論理を「内側から」理解することで、初めて戦いを回避する適切な術を考えることもできるようになります。
最近関心を持っていることは、アフリカの食文化と国家や国民との関係です。アフリカの国の形は、植民地期に西洋列強によって恣意的につくられたものです。そのため、アフリカには国民意識が育たず、内戦も多発するといわれてきました。しかし、近年では多くの国で国民意識の醸成が進んでいるようです。人びとの「私たち意識」をつくる重要な要素が同じものを食べることです。アフリカでは、一つの国のなかでも気候や植生が多様で、人びとの帰属する民族や宗教も様々です。では、アフリカにおける「国民食」はどのように形成されているのでしょうか。都市のレストランのメニューや農村の給食の献立を調査することで、明らかにしていこうと考えています。
自分が「なにか気になる」、「もっとよく知りたい」と感じた研究テーマへ、人びとの生活の現場からアプローチしていくところに、文化人類学の面白さがあります。「他者」や「異文化」は、アフリカのような遠い場所だけではなく、身近な生活空間にもたくさん存在しています。みなさんもぜひ、ご自身の知的好奇心の赴くままに、ただし「他者」に敬意を払いながら、それぞれの場所で小さなフィールドワークをしてみてください。いままでの「あたりまえ」が揺らぐ経験や、自身の想像力の幅を大きく広げることになる経験が待っていることでしょう。