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カイラル対称性の破れと素粒子の質量

パリティの破れ

素粒子のしたがう法則は日常の経験とはかけはなれたものですが、パリティの破れはその最たるものと言ってもよいかもしれません。パリティとは右と左を入れ替える変換のことです。鏡に映した自分の姿は右と左が逆になりますが、鏡の中の世界でも物理法則は変りません。右手で投げるボールと左手で投げるボールの威力が違うのは単に不器用なだけで、別に物理法則が違うせいではなのです。

自然界の法則がパリティの変換に対して不変だといういうのは20世紀の前半の物理学者にとっては当然の仮定でした。実際、それに反する実験や観測はなかったし、だとするとあえて非対称な法則を発明する必要もない。ところが、1950年代になって状況が変ってきたました。当時、物理学者たちを悩ませていた問題に、シータ・タウパズルと呼ばれるものがありました。これは、質量も寿命も同じに見える粒子(現在ではK中間子と呼ばれている)がなぜか2種類(シータとタウ)あり、それぞれ異なるパリティの状態に遷移している、というものです。異なる粒子なのになぜ質量や寿命が等しいのか?これは不自然だ、というわけです。このとき中国人物理学者リーとヤンが持ち出した解決策こそ、パリティの破れです。弱い相互作用の法則がパリティ対称性を破っているなら、ある粒子がパリティの異なる2つの状態に遷移してもかまわない。その後、同じく中国人物理学者のウーが、実験的にパリティの破れを確認しました。

さて、弱い相互作用はパリティを破っている。パリティの破れと言いますが、その後の実験でよくよく調べてみると、これは破れているどころではなく、進行方向に対してスピンが右巻きの粒子と左巻きの粒子では性質が全然違う。つまり、弱い相互作用は左巻きの粒子にしか働かないことがわかりました。ある相互作用が働くものと働かないものがある、ということはそれらは別の粒子だと思いたくなりますが、その通り。弱い相互作用を考えると右巻きと左巻きの粒子は別の粒子だと考えざるを得なくなります。

それで何が困るのでしょうか。ある速さで走っている右巻きの粒子を考えることにします。でもそれより速く走りながら、つまり追い越しながら同じ粒子を見ると反対方向に走っているように見えるので、右巻きだと思っていた粒子は左巻きになってしまいます。そいつは別粒子?それは変です。つまり追い越せちゃうと矛盾しちゃうわけです。結局、右巻きと左巻き粒子が明確に区別できるためには、その粒子は光速で飛んでいて決して追い越せないものでないといけない。光速で飛ぶフェルミオンがもっているこの性質、右巻きと左巻きを区別できるという性質、のことをカイラル対称性と言います。カイラル対称性があるということは質量ゼロの粒子があるということと同じなわけです。

弱い相互作用は左巻きにだけ作用するので、素粒子の模型というのは本来、カイラル対称性をもっていないといけません。つまり、素粒子は本来すべて質量ゼロで光速で飛び回れるものなのです。でも普通に見る素粒子はそうなっていない。電子も、陽子も中性子もみな質量をもっています。これは困る。そこで登場するのがヒッグス機構です。本来は質量ゼロであるべき粒子に質量を与えるしくみのことで、これが本当だとすれば自然界にはヒッグス粒子という別種の素粒子がないといけないことになります。これこそが、現在の高エネルギー物理が全力で追い求めている粒子です。(2006年10月27日記、2006年12月24日追記)

ヒッグス機構

ヒッグス粒子は、右巻きの粒子と左巻きの粒子を結びつけるような働きをします。ただし、そのままでは単にときどき右巻き粒子と左巻き粒子がぶつかることがある、というだけの話になって質量は生まれません。ここで「自発的対称性の破れ」というアイデアが導入されます。面倒な話を抜きにすると、ヒッグス粒子同士に力が働いて単に粒子として飛び回るよりも大勢が集まって真空中を埋め尽くすほうがエネルギー的に得になる。つまり、真空にはヒッグス場がびっしり詰まっている、というわけです。こうなっていると真空中を光速で飛ぼうとしている右巻き粒子は絶えずヒッグス場とぶつかり、左巻き粒子と入れ替わりながら飛ぶようになります。その分、光速では飛べない。こうして粒子は質量を持ちます。質量の大きさはその粒子のヒッグス粒子との結合の強さで決まることになります。

この場合、破れる対称性は弱い相互作用がもつゲージ対称性そのものなので、ゲージ場も質量を持つことになり、それが現実世界の W と Z 粒子に対応する。というわけで、万事めでたし。これがワインバーグ・サラム模型です。ワインバーグ・サラム模型は電磁気力と弱い相互作用を統一した、とよく言いますが、どっちかと言うと両者は単にこんがらがっているだけのように見えます。結合定数はそれぞれ別のままです。これが結合定数まで含めて、ついでに強い相互作用まで一緒に統一できる、というのが大統一理論の考えですが、まだ実験的に検証されたわけではありません。(2006年10月29日記、2006年12月24日追記)

真空にびっしりと埋まったヒッグス粒子ですが、充分なエネルギーを与えてやればそこから飛び出してくることも可能になります。実のところ、ヒッグス機構を実験的に検証するにはこうして出てくるヒッグス粒子を捕まえないといけません。さらには、他の粒子との結合の強さがその質量に比例していることがわかれば、ヒッグス機構の動かぬ証拠になります。これこそが、LHC とリニアコライダーに課せられた最優先課題なのです。実際のところ LHC では結合の強さまで精密に測定することは困難だと思われます。その後に来るリニアコライダーに期待がかかります。

強い力

ここまで、質量の生まれるしくみについて考えてきました。ヒッグス粒子こそが質量生成の鍵をにぎる粒子です。しかし、実はまだ話は終わりではありません。実は、ヒッグス粒子が与えてくれる質量は自然界の物質の質量のおよそ2%でしかなく、残り98%は別の原因で生まれているのです。

電子ボルトという単位があります。電子が1ボルトの電圧で加速されて得られるエネルギーのことです。通常の化学反応はおよそ1電子ボルトの大きさのエネルギーを出し入れして起ります。乾電池の電圧は 1.5V ですね。あれは化学反応で電気を作っているからです。電子ボルトのことを eV と書きます。電子の質量はそのおよそ50万倍にもなる 0.5 MeV です。M はメガ、つまり100万倍を表します。一方で、陽子と中性子の質量はおよそ 1 GeV、つまり10億電子ボルトにもおよびます。ギガ(G)とメガ(M)は1000倍違います。つまり、物質の質量はほとんど陽子と中性子から来るものです。それはいいのですが、実は陽子や中性子を作っているクォークの質量はおよそ 5 MeV でしかないのです。3つ合わせても 20 MeV にもおよびません。陽子や中性子の質量のおよそ2%分でしかないのです。これがヒッグス粒子によってもたらされたものです。では、残りの98%はどこから来るのでしょうか。(2006年10月30日 記)

本来質量をもたない粒子が質量をもつのは、真空に埋まっている何かにぶつかりながら進むせいである、という考えはやはりここでも生きてきます。実は残りの98%は、クォークと反クォークがあまりに強く引き合うせいでお互いに対になって真空に埋まってしまうという現象から引き起こされます。ヒッグス機構のときは余分なヒッグス場が登場しましたが、ここではクォークが自分で自分に質量を与えていることになります。このような強く引き合う力を与えているものこそ、もう一つの基本相互作用である、「強い相互作用」です。(2006年12月24日 記)

強い相互作用とは何か。なぜ「強い」と言われるのか。それを知るには100年前の物理学の様子を想像してみる必要があります。電子の存在が「発見」されたのは1897年のこと。トムソンが陰極線が電場で曲げられることを示して、負電荷をもった何かが飛んでいることを明らかにしました。ラザフォードが金箔にアルファ線をぶつける実験で原子核の存在を発見したのは1911年のことです。どうやら原子というのは、小さな重い原子核のまわりを電子が回る、太陽系のような形のものらしい。原子核は正の電荷をもっており、しかも必ず電子の電荷の(逆符号で)整数倍になっている。こうなっているともう、原子核は正の電荷をもつ粒子がいくつかくっついてできていると考えるのが自然です。そう、陽子のことです。実際には原子の質量を考えると、電荷は持たないけど同じ質量をもつ別の粒子も考える必要があり、それを中性子と呼んでいます。電気的に中性の粒子は測定が難しいのですが、ラザフォードの弟子のチャドウィックが1932年に発見しています。原子核は陽子と中性子の複合体だったのです。

さて、問題は正の電荷をもつ陽子同士をくっつけておくにはどうしたらいいか。電気的な力だけを考えると、2つの陽子を近づけると反発力を生じます。それに打ち勝つだけの「強い力」が陽子と陽子を結びつけていると考えざるをえない。それこそが「強い相互作用」なのです。

よく知られているように、初めて強い相互作用の理論を作ったのは湯川秀樹です。1935年ですから、中性子が発見されてから間もないころのことです。(2007年2月11日記、つづく)



橋本省二 shoji.hashimoto@kek.jp

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