ようこそ!漫遊空間いばらき 板谷波山没後40周年記念事業概要

このウェブサイトではJavaScriptおよびスタイルシートを使用しております。正常に表示させるためにはJavaScriptを有効にしてください。ご覧いただいているのは国立国会図書館が保存した過去のページです。このページに掲載されている情報は過去のものであり、最新のものとは異なる場合がありますのでご注意下さい。

ご覧いただいているのは国立国会図書館が保存した2004年10月12日時点のページです。このページに掲載されている情報は過去のものであり、最新のものとは異なる場合がありますのでご注意下さい。収集時のURLは http(s)://kanko.pref.ibaraki.jp/hazan/index.html ですが、このURLは既に存在しない場合や異なるサイトになっている場合があります。

(注記)このページの著作権について

ヘルプ


保存日:

ヘルプ


保存日:

ご覧いただいているのは国立国会図書館が保存した2004年10月12日時点のページです。このページに掲載されている情報は過去のものであり、最新のものとは異なる場合がありますのでご注意下さい。収集時のURLは http(s)://kanko.pref.ibaraki.jp/hazan/index.html ですが、このURLは既に存在しない場合や異なるサイトになっている場合があります。

(注記)このページの著作権について

板谷波山没後40周年記念事業 波山 / 映画「HAZAN」に登場する作品展 / ツアー


波山について


[画像:板谷破山写真]
陶聖、板谷波山。郷里の筑波山にちなんで「波山」を雅号とした。

これほど、郷里を愛した人がいただろうか。
これほど、美しき心をもった人がいただろうか。
これほど、高き志を持ち続けた人がいただろうか。

将来を約束された美術教師という立場から、全てをなげうって陶芸に自らの生涯を捧げる決心をした波山。
陶芸家初の文化勲章受章、そこに至るまでの波山がたどった軌跡は決して平坦なものではなかった。
何年も貧困に苦しみながらも、志を貫き、家族愛にも支えられながら、焼きものを崇高な芸術の域にまで高めた。

暗く閉鎖的な世相を呈する現代社会。こうした時こそ、波山から学ぶものは多いはず。
美しき波山に出会ってみませんか。
さあ、出かけてみましょう、波山のふるさと"いばらき"へ。



クリックすると拡大画像がご覧になれます

葆光彩磁葡萄紋様花瓶
大正11年
彩磁延寿文花瓶
昭和前期
葆光彩磁八ツ手葉花瓶
大正2年
青磁鳳耳花瓶
昭和19年



板谷 波山(1872〜1963)


明治5年 3月3日、茨城県真壁郡下館町(現・下館市)に父増太郎、母宇多の三男として生まれる。
本名 嘉七。
20年 上京。
22年 東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科入学。岡倉天心、高村光雲らに学ぶ。
27年 東京美術学校卒業。
28年 鈴木まると結婚。
29年 石川県工業学校(現・石川県立工業高等学校)彫刻科主任教諭として金沢に赴任。
36年 石川県立工業高校教諭を辞職、上京。東京高等工業学校(現・東京工業大学)窯業科嘱託となる。東京府北豊島郡滝野川村田端(現・北区田端)に住居と工房を建立、移住。郷里の筑波山にちなんで波山と号す。
37年 三方炊口の倒焔式丸窯を築き始める。(資金不足のため1年3ヵ月を要す)
39年 初窯を焚き好成績を得る。
40年 「磁製金紫文結晶釉花瓶」が東京勧業博覧会で三等賞受賞。
43年 石川県小松出身の現田市松が轆轤(ろくろ)を担当、終生助手を務める。
大正2年 東京高等工業学校嘱託を辞任、作陶に専念。
3年 葆光彩磁完成。
昭和2年 新設の帝展第4部(美術工芸)委員就任。陶芸家が芸術家として名実ともに認められるようになる。
東陶会(関東在住の陶芸家団体)結成、会長に推挙される。
茨城工芸会結成、会長就任。
4年 工芸家として初の帝国美術院会員。
8年 このころより、郷里の高齢者に鳩杖を制作・寄贈、以後続行。
13年 郷里の日中戦争戦没者遺族に観音像や香炉を制作・寄贈し慰霊、以後続行。
20年 空襲により住居・工房ともに全焼、下館の生家に疎開。
21年 筑波郡菅間村洞下(現・つくば市)にある作業場を借りて制作続行、焚窯。
25年 田端に工房再建。
26年 下館町名誉町民。
28年 陶芸家として初の文化勲章受章。
29年 横山大観とともに茨城県名誉県民。
33年 妻まる死去。
35年 重要無形文化財保持者に推挙されるが辞退。
37年 育英資金として下館の邸宅と500万円を基金に財団設立を決意。
38年

現田市松、交通事故により死亡。
財団法人波山先生記念会設立。
10月10日、直腸がんのため死去(享年91歳)。田端大龍寺に埋葬、下館妙法寺に分骨埋葬。


AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /