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独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境フロンティア研究センター地球環境モデリング研究プログラムの三浦裕亮ポスドク研究員と、国立大学法人東京大学気候システム研究センター(センター長 中島映至)佐藤正樹准教授らは共同で、雲の生成・消滅を直接計算できる全球大気モデル※(注記)1を地球シミュレータ上で動かし、熱帯における顕著な雲活動であるマッデン・ジュリアン振動(MJO)の詳細な再現に成功しました。マッデン・ジュリアン振動に伴う雲集団が発生から1カ月間先まで予測できる可能性を世界で初めて実証したもので、週間予報から季節予報の精度向上への見通しを示すとともに、世界的な大気モデル開発の方向性にも影響を与えることが予想されます。本研究は、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)※(注記)2の研究領域「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」における研究課題「全球雲解像大気モデルの熱帯気象予測への実利用化に関する研究」の一環として実施したものです。この成果は、12月14日付けの米国科学誌サイエンスに掲載されます。
マッデン・ジュリアン振動は、熱帯域での(周期40〜50日の)気圧振動として発見され名付けられていますが、その実態は高度15kmに及ぶ発達した積乱雲群が東西スケール数千キロの大規模な集合体となり、平均約5m/sの速度でインド洋上から太平洋上へとゆっくり移動する現象です。組織化した雲群は局地的に強い降水を伴い、熱帯における豪雨災害の原因となります。また、雲の集合体は赤道をまたぐ大規模な低気圧となっていますが、それと共に赤道沿いに吹く強い西風など独特の大気循環を伴い、熱帯低気圧の発生やモンスーンの活動、エルニーニョ現象など、世界の気象・気候にも多大な影響を及ぼす※(注記)3ことが明らかになってきました。
このようなことから、熱帯域のみならず世界的な週間予報から季節予報の精度向上のため、マッデン・ジュリアン振動の適切な予測が期待されています。しかし、従来の大気モデル(大気海洋結合モデルを含む)※(注記)4ではマッデン・ジュリアン振動を十分に再現することができませんでした。
地球環境フロンティア研究センターでは、地球シミュレータを使って大気モデルの飛躍的進歩をもたらすべく大気循環と雲の生成・消滅の関係を直接計算できる超高解像度の全球大気モデルを開発して来ました。
今回、この超高解像度の全球大気モデルを用いて、平成18年12月にインド洋上で発生し、平成19年1月にかけて太平洋上へ移動した、マッデン・ジュリアン振動に伴う大規模雲活動の再現実験を行いました。
再現実験では、詳細な雲分布の再現を目指し、水平メッシュ3.5kmで、平成18年12月25日0時(協定世界時)を計算開始時刻とした7日実験※(注記)5を、また、大規模雲活動のインド洋上から太平洋上への移動を再現するため、水平メッシュ7kmで、平成18年12月15日0時(協定世界時)を計算開始時刻とした30日実験を行いました。
水平メッシュ3.5kmの実験により、マッデン・ジュリアン振動に伴う広域雲分布を現実的に再現することができました(図1)。水平スケール数百キロの組織化した雲群がいくつも存在し、全体として東南アジア島嶼部を広く覆っていることがわかります。
また、水平メッシュ7kmの実験では、大規模雲活動のインド洋上から太平洋上への移動を時間的・空間的に精度良く再現することができました(図2)。平成18年12月23日(図2左)にインド洋上に存在した雲活動の中心は、平成18年12月31日(図2中央)には東南アジア島嶼部上、平成19年1月8日(図2右)には太平洋上へとその位置を移しました。さらに、マッデン・ジュリアン振動に伴いジャワ島の南に発生した熱帯低気圧について、計算開始から2週間以上を経た平成19年1月2日に、現実的な発生予測に成功しています(図3)。
本研究は、雲の生成・消滅を表現できる高解像度の大気モデルを用いることで、マッデン・ジュリアン振動に伴う雲集団の動きが1カ月先まで予測できる可能性を示しました。計算機能力が向上し、気象予報モデルの高解像度化が進めば、マッデン・ジュリアン振動がより長期にわたり適切に予測され、熱帯域の天気予報が初めて可能になるばかりでなく世界全体の週間予報から季節予報の精度向上につながり、さらには地球温暖化予測のネックである熱帯域の雨量変化予想が可能になると期待されます。そのため、雲を直接計算する全球大気モデルの開発は、今年度(平成19年度)から「21世紀気候変動予測革新プログラム」の中の一つの課題としても進めています。この観点を含め今回の研究成果は大気モデルの高解像度化の利点を明確に示したことで、世界的な大気モデル開発の潮流にも大きな影響を及ぼすと考えられます。さらなる大気モデルの精緻化・高解像度化が進めば、より確度の高い計算が可能となり、マッデン・ジュリアン振動に伴う熱帯低気圧の発生メカニズムの解明などにつながると期待されます。
※(注記)1 全球雲解像モデルと呼ばれる。従来の全球大気モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲の関係について、なんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。大気循環に対して雲が直接に応答することにより、以前に比べ高精度の計算が可能になる。
※(注記)2 チーム型研究CRESTは、我が国の社会的・経済的ニーズの実現に向けて国(文部科学省)から示された戦略目標達成に向け、研究チームを編成し、インパクトの大きなイノベーションシーズ創出を目指して研究を推進していくもの。
※(注記)3 日本の冬期について、マッデン・ジュリアン振動の大規模雲活動の中心がインド洋上にある時には高温傾向に、大規模雲活動の中心が東南アジア島嶼部にある時には低温傾向になることを示した研究もある。
※(注記)4 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次報告書第8章「気候モデルとその検証」の要旨ではSimulation of the Madden-Julian Oscillation (MJO) remains unsatisfactory.(マッデン・ジュリアン振動の再現はいまだ不十分)と表現されている。
※(注記)5 水平メッシュ3.5kmの計算では、地球を覆う厚さ約40kmの大気を、約16億の点を使って格子状に分割して計算を行い、水平メッシュ7kmの計算では約4億の点を使った。
図1: (左)気象衛星(MTSAT-1R)のデータから作成した雲画像と(右)水平メッシュ3.5km実験で得られた同時刻の雲画像。平成18年12月31日00:00 UTC(以下時間は全て協定世界時の状況で、モデルは(144時間予測)6日予測の結果)。
図2: 平成18年12月15日00時を初期条件とした水平メッシュ7km実験の雲の時間変化。(左)平成18年12月23日00:00(8日後)、(中央)平成18年12月31日00:00、(右)平成19年1月8日00:00。
図3: 平成19年1月2日00:00における(左)観測された熱帯低気圧(推定降水量[mm/hr])と(右)水平メッシュ7km実験で発生が再現された熱帯低気圧計算開始から18日後の状態。(雲水総量[kg/m2])。熱帯低気圧が東経120度、南緯15度付近に位置している。