洪水時に河川から大量流出する土砂が沿岸域の流れ・栄養塩環境を変える
2021年11月4日
東京大学 大気海洋研究所
発表のポイント
◆だいやまーく若狭湾丹後海に注ぐ由良川の2013年9月洪水時、川から大量に流出した物質が沿岸海域に広がる過程を、物理―懸濁物―低次生態系モデルシミュレーションにより再現しました。
◆だいやまーく河川から大量に供給される懸濁物(泥など)が、周囲の水を重くすることで、沿岸域の流れ、塩分や栄養塩場に大きな影響を与える可能性のあることが示されました。
◆だいやまーく本研究の成果は、他の地域や異なる洪水状況に対しても応用でき、海に対する川の役割の新たな理解に貢献するものです。
発表者
干場 康博(東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
羽角 博康(東京大学 大気海洋研究所 教授)
伊藤 幸彦(東京大学 大気海洋研究所 准教授)
松村 義正(東京大学 大気海洋研究所 助教)
中田 聡史(国立環境研究所 地域環境保全領域 主任研究員)
発表概要
陸から河川を通して海に運ばれる淡水、懸濁物や栄養塩は、沿岸の生物生産に大きく寄与しています。特に、洪水時は上記の物質が大量に海に供給されるだけでなく、沿岸海域が河川流出水によって大きくかき混ぜられることで、大量の栄養塩が表層に供給されます。そのかき混ざり方、かき混ぜの強さは低塩分の河川水と、高塩分の海水の密度差によって決まります。それら水塊同士の密度差に、泥などの懸濁物も影響を与えます。洪水時は大量の懸濁物が河川から流出し、流れを大きく変えることがあります(懸濁物―物理相互作用:図1)。しかしながら、懸濁物―物理相互作用が沿岸域の物質循環にまで与える影響は詳しくわかっていませんでした。東京大学大気海洋研究所の干場康博特任研究員らのグループは、海洋物理―懸濁物―低次生態系結合数値シミュレーションにより、沿岸表層の塩分や栄養塩濃度が懸濁物―物理相互作用によって大きく変わりうる可能性を指摘しました。本研究は、海における河川の役割について新たな知見を与えるものであり、洪水時に生じる物理・物質循環諸現象の理解にも貢献する成果です。
発表内容
【研究の背景】
河川は陸から海へ淡水、土砂懸濁物や栄養塩を運んでいます。河川水は海水よりも低塩分なので、一般的に重さも海水より軽くなります。その河川水と海水の重さの違い(密度差)が、河川水プルーム(注1)や、エスチュアリー循環(注2)といった沿岸域に特徴的な流れを作り出します。植物プランクトン増殖など沿岸の生物生産において、河川から直接供給される栄養塩だけでなく、このような流れによってかき混ぜられて下層から表層に供給される栄養塩も間接的に重要です。つまり河川水と海水の密度の違いが、沿岸の物理や物質循環に大きな影響を与えているのです。洪水時に大量に河川から流出する土砂懸濁物は、この密度差に影響を与えますが、それによる沿岸域への影響は今までよくわかっていませんでした。それは、洪水時は平水時に比べ、非常に大きな影響を海洋に及ぼすと言われてはいますが、観測調査が困難だからです。現場観測は洪水時には実施が難しく、衛星観測では下層の様子がわかりません。洪水時の沿岸域を物理から物質循環まで、包括的にかつ定量的に評価するには、本研究のような高解像の海洋物理―懸濁物―生態系複合モデルが必要でした。
【研究内容】
本研究では、沿岸スケールの数値シミュレーションを得意とする非静力学海洋モデルkinacoに、土砂懸濁物粒子輸送過程と低次生態系モデルを導入し、日本海に面する若狭湾丹後海で2013年9月に起きた由良川の洪水流出を再現した数値実験を実施しました。大量の土砂懸濁物が周囲の水の密度を変える効果(懸濁物―物理相互作用)を検証するために、流出する懸濁物の量、粒径や河川水栄養塩濃度を変更した感度実験(計155通りの実験)を系統的に行いました。比較のために懸濁物を考慮しない実験も併せて行いました。
懸濁物―物理相互作用を考慮した結果、河川水中の懸濁物量が多く、粒径が小さいほどハイパーピクナルプルームと呼ばれる河川水が海水よりも重くなって下層へ沈み込む現象(図2a)が起きやすくなることが示されました。逆に懸濁物粒子が大きいほど、ハイポピクナルモードと定義される軽い河川水が重い海水の上に広がって下層と混ざり合わない現象(図2b)が強化されることがわかりました。前者のハイパーピクナル過程では表層と下層の水が混ざりやすくなるため、表層塩分は大きくなります。後者のハイポピクナル過程では逆に表層と下層の水が混ざらなくなるため、表層塩分は小さくなります。それらの流れにともなって表層栄養塩濃度も上下しますが、こちらは流入する河川水と海水の濃度大小コントラストに依存して濃度大小傾向も変化します。影響の最大値としては、上下に混ざるハイパーピクナル過程の方がハイポピクナル過程よりも大きくなる傾向が示されました(図3)。上記二つの過程の懸濁物―物理相互作用によって、平均の表層塩分は最大で12.3%、同様に表層栄養塩濃度は36.8%まで短期的に変動する可能性があることが明らかとなりました。
【研究の意義と今後の展望】
本研究は特定の日本河川影響海域を想定したものですが、土砂で濁った世界の河川や、富栄養化した河川も念頭において数多くの感度実験も行いました。それにより、本研究の懸濁物―物理相互作用の概念は他の河川影響海域にも応用可能であることが暗に示されました。気候変動により地球上の洪水頻度が将来的に増加すると予想される昨今、懸濁物―物理相互作用を考慮した海洋モデリングが沿岸域の正確な再現には必要となることが示唆されます。
本研究のシミュレーションでは海底からの懸濁物の供給や、懸濁物が光を遮ることによる植物プランクトンの光合成阻害は考慮しませんでした。しかしこれらを考慮すればさらに影響は大きく、長期間に及ぶ可能性もあり、今後さらなる研究の進展が期待されます。
発表雑誌
雑誌名:「Scientific Reports」(11月4日付)
論文タイトル:Biogeochemical impacts of flooding discharge with high suspended sediment on coastal seas: a modeling study for a microtidal open bay
著者:Yasuhiro Hoshiba*, Hiroyasu Hasumi, Sachihiko Itoh, Yoshimasa Matsumura, Satoshi Nakada
DOI番号:10.1038/s41598-021-00633-8
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41598-021-00633-8このリンクは別ウィンドウで開きます
問い合わせ先
東京大学大気海洋研究所 附属地球表層圏変動研究センター
特任研究員 干場 康博(ほしば やすひろ)
E-mail:hoshi-y◎にじゅうまるaori.u-tokyo.ac.jp ※(注記)アドレスの「◎にじゅうまる」は「@」に変換してください
用語解説
- 注1:河川水プルーム
- 河口から流出した河川水が、海水に希釈されながら沿岸域に広がっていく流れの様子。一般的には海面に薄い層を形成しながら水平的に広がっていくことが多い。しかし懸濁物量が多い場合や、潮汐が強い場合は下層へも広がることがしばしばある。
- 注2:エスチュアリー循環
- 河口〜沿岸域の鉛直断面を考えるとき、上層では河口から沖へ、下層では逆に沖から河口へ流れる鉛直循環が生成される。それにともなう上昇流も岸近くで作られることが多く、表層への栄養塩供給に寄与している。
添付資料
図1:大量の河川流出土砂懸濁物が、周囲の水の密度と流れに影響を及ぼす(懸濁物―物理相互作用)概念図。(a)大量の懸濁物を含む河川水が、海水よりも重くなって海底まで沈み込むハイパーピクナルモード。(b)河川水が表層に広がりやすくなるハイポピクナルモード。粒径が大きく、滞留時間の短い懸濁物が河口近傍のみ水の密度を大きくすることで、河口⇔沖合間の水塊密度差が小さくなり、それによって駆動されている鉛直的な循環を弱くする。結果として表層の水は鉛直的に孤立しやすくなる。
図2:河口から洪水流出が起こっているときのシミュレーション結果。上段が表層塩分で、下段が表層の流れが強い場所(黒線部)での鉛直塩分断面。(a)ハイパーピクナルモードが発生しているときの塩分分布代表例。河川由来の低塩分水が下層まで一気に沈み込み、表層は高塩分傾向になっている。(b)ハイポピクナルモードが発生しているときの塩分分布代表例。河川水由来の低塩分水が下層とあまり混ざらずに、表層が低塩化している。
図3:導入懸濁物粒径と懸濁物量を変化させたときの感度実験結果。縦軸に粒径、横軸に懸濁物量をとり、数値とカラーは、懸濁物―物理相互作用をしない場合との表層平均塩分差を示している。数値は時間最大絶対値を表している。茶色が表層高塩化傾向(ハイパーピクナル傾向)、青色が表層低塩化傾向(ハイポピクナル傾向)が強いことを示している。粒径が小さいほどハイパーピクナル傾向が現れやすくなり、懸濁物量が多いほど懸濁物―物理相互作用の影響は強くなる。
プレスリリース