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National Institute of Polar Research

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所ホーム >研究成果・トピックス

研究成果

南極の湖から新種のレジオネラ属菌の単離培養に成功
本属としては初の低温耐性菌

2021年10月21日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人東京医科歯科大学
東邦大学
国立研究開発法人産業技術総合研究所

レジオネラ属菌は土壌や池・湖に広く分布するとともに、空調設備の冷却塔、循環式浴槽などの人工環境水にも存在します。この細菌はエアロゾルを介して重症肺炎を引き起こすことがあるため、その感染症対策が重要です。レジオネラ属菌の生育に適した温度は36°C前後と考えられていますが、近年、低温の場所でもレジオネラ属菌に由来する遺伝子配列が検出されています。さらに、南極の昭和基地の給水設備と基地周辺の湖においても、未確認の多様なレジオネラ属菌由来の遺伝子配列の検出が報告されていました。

今回、東京医科歯科大学/東邦大学の島田翔博士、産業技術総合研究所の中井亮佑研究員、東邦大学、国立極地研究所などの研究チームは、第60次南極地域観測隊(2018年〜2019年)が採取した南極の湖の堆積物からレジオネラ属菌を探索し、その培養に成功しました(図1)。培養された菌株を詳しく調べた結果、4〜25°Cという低温条件で増殖する新種であることが分かりました。さらに、低温条件でも細胞膜の流動性を高めうる不飽和脂肪酸を細胞内に溜め込むことや、自身のゲノム上で位置を転移し、ほかの遺伝子に影響を与える"動く遺伝子"を数多く持つなどユニークな特徴も明らかになりました。これらの特徴が低温への適応に関わっていると考えられます。

研究チームは、この新種を、南極大陸にちなみLegionella antarctica(レジオネラ・アンタークティカ)と命名しました。低温耐性をもつレジオネラ属菌が発見されたのは初めてのことです。

今後、この菌株を詳しく調べることで、低温環境におけるレジオネラ属菌の検出や抑制に繋がる知見が得られることが期待されます。

本研究成果は、10月21日(日本時間)に、米国の科学雑誌『Microbiology Spectrum』にオンライン掲載されます。

図1:南極の湖底試料から分離したレジオネラ属菌。
(左)寒天培地で形成した灰白色のコロニー。
(右)アメーバへの寄生(黄色矢印が細胞)。

研究の背景

レジオネラ属の細菌は土壌や池・湖に広く分布していますが、その約半数の種でヒトへの病原性が確認されており、病原性種を含む水のエアロゾルを吸いこむと発熱症状(ポンティアック熱)や重症肺炎(レジオネラ症)を発症することがあります。このため、空調設備の冷却水系プロセスや循環式浴槽をはじめとして、さまざまな場所でヒトへの感染を防ぐ取り組みがなされています。一般に、レジオネラ属菌は温暖な条件(25°C〜45°C)を好むと考えられており、これまで低温で生きる種は知られていませんでした。しかし近年、培養に依らない研究手法によってレジオネラ属菌由来の遺伝子配列が低温の場所でも度々検出されることが分かってきました。さらに、南極の昭和基地の給水設備、また基地周辺の湖においても未確認のレジオネラ属菌に由来する遺伝子配列が数多く検出されることも最近になって判明しました(文献12)。

南極のような医療資源に乏しい遠隔地では、感染症のアウトブレイクを防ぐためにより厳しい衛生管理が必要です。そのためには、感染症の原因となりうる病原体の性質を把握することが重要となります。

研究の内容

研究チームは、2018年12月から2019年1月に第60次南極地域観測隊の一般研究観測で採取された、南極大陸沿岸の湖「長池」の堆積物を用いて(図2注1)、低温環境に生息するレジオネラ菌の単離を試みました。その結果、3ヶ月間の低温による前培養を行うことで、堆積物に含まれるレジオネラ属菌の単離に成功しました。単離されたレジオネラ属菌株(以下、南極株)の細胞サイズは幅0.3μm、長さ2.2μmほどの大きさで、遺伝子情報を用いた系統分類学的な解析の結果から、すでに知られている種とは異なる可能性が高いことが分かりました。また、この菌株がよく生育する温度は15°C〜25°Cの範囲であり(図3)、さらに4°Cや10°Cでも増殖しました。このような生育の特徴は35°C前後で増殖する既知の種とは大きく異なり、南極株はレジオネラ属においてはじめて低温耐性をもつ菌株であることが判明しました。この耐性のメカニズムの一つとして、低温条件下において細胞膜の流動性を高めうる脂肪酸(不飽和脂肪酸、注2)を細胞内に溜め込むことも明らかになりました。このような知見は、実際に微生物を培養して実験することによってはじめて得られるものです。なお、自然環境での宿主の候補であるアメーバへの寄生も実験室で確認できました(図1)。

図2:南極由来レジオネラ属菌の分離源の湖「長池」(A)とその湖底 (B)。
湖の底では、コケ類が塔のように生育する「コケ坊主」の存在が確認されている。

図3:南極由来レジオネラ属菌の温度ごとの増殖曲線。
既知のレジオネラ属菌より低温でよく生育する。

南極由来のレジオネラ属菌の特徴をさらに詳しく明らかにするため、全遺伝情報(ゲノム)を用いて、既知の種がもつ遺伝子の種類や数、そしてこれらから推定される代謝機能との比較を試みました。その結果、南極株のゲノム上には自身のゲノムの編集や改変にかかわりうる"動く遺伝子"(可動性遺伝因子、注3)を600以上も持つことが分かりました。これらの遺伝子はゲノム上を転移し、ほかの遺伝子に干渉します。実際、この菌株でもある特定の可動性遺伝因子のコピーが、そのゲノム全体に散らばり、ほかの遺伝子内に挿入されている痕跡が見つかりました。可動性遺伝因子は進化や環境適応を促す因子と考えられていることから、南極株が低温の環境で生育・生存するために必要な能力を獲得していくうえで、その"動く遺伝子"が重要な役割を担ってきた可能性があります。また、低温で不飽和脂肪酸を溜め込む能力について先に述べましたが、南極株の脂肪酸の合成に関わる酵素の遺伝子群の中には、ほかのレジオネラ属菌のゲノムには見られない遺伝子がいくつか発見されました。当該遺伝子の配列はレジオネラ属菌と系統的に遠く離れた細菌種のものとよく似ていたことから、ほかの細菌から獲得した可能性があります(遺伝子の水平伝播、注4)。これらが低温で生きるための脂肪酸の合成に関わっているのかどうか、さらなる検証が必要です。

上記のほかに、多岐にわたる生理・生化学的、化学分類的および分子系統的な解析を行い、南極の試料から発見した菌株がレジオネラ属の新しい種であると判明したことから、この新種をLegionella antarctica (レジオネラ・アンタークティカ)と命名しました。この新しい種の名前は、南極大陸(Antarctica)にちなんで名付けられたものです。

今後の展開

レジオネラ属菌は、これまでに記載された種の約半数でヒトへの病原性が確認されており、医療資源に乏しい遠隔地で活動する人々にとっての感染上のリスクとして注意が必要です。また、南極には人間活動により持ち込まれたと思われるレジオネラ属菌が基地の建物内に存在することも明らかとなっており、引き続き昭和基地内やその周辺での継続的なモニタリングや感染対策が必要と考えられます。また重要なこととして、公共のDNA配列データベースでの検索では、この新種とよく似たレジオネラ属菌に由来する遺伝子配列が南極外のさまざまな環境に広く分布することも分かっており、我々の身近な環境にも低温での増殖能力をもつレジオネラ属菌が生息している可能性があります。低温耐性種のヒトへの病原性はまだ不明ですが、今後、南極株を詳しく調べることや、本研究の培養手法によってほかの低温環境からもレジオネラ属菌を単離することで、その生理生態や病原性に関する理解、また衛生管理に貢献することが期待されます。

注1:南極の湖
南極大陸の端にある沿岸部には、雪や氷に覆われず大陸岩盤が露わになった地帯があり(露岩域と呼ばれる)、そこには大小さまざまな湖が形成される。

注2:不飽和脂肪酸
炭素同士に二重結合または三重結合をもつ脂肪酸。一般に、低温で生きる微生物が細胞内にこの種の脂肪酸を多く含むことが知られており、低温条件下でも細胞膜の流動性を保つ役割があると考えられている。

注3:可動性遺伝因子
ゲノム中あるいはゲノム間を移動できる遺伝子で、異なる微生物細胞の間を行き来する場合もある。ゲノムの遺伝子の構成ないし種類が変わると、自身の代謝や環境への応答も変わりうるため、この種の遺伝子は進化や環境適応を促す因子と考えられている。

注4:遺伝子の水平伝播
生物種の間で起こる遺伝子の水平的な伝播とその取り込みで、世代を通じた垂直方向の遺伝とは異なる。水平伝播した場合、その遺伝子は伝播元の生物の配列情報を有している。

文献

文献1:Shimada et al., Applied and Environmental Microbiology, vol.87, e02247-20, 2021, doi: 10.1128/AEM.02247-20;

文献2:国立極地研究所等プレスリリース「未確認の多様なレジオネラ属菌が南極の湖にも生息」(2021年2月25日)

発表論文

掲載誌:Microbiology Spectrum
タイトル:Characterization of the first cultured psychrotolerant representative of Legionella from Antarctica reveals its unique genome structure

著者:
 島田 翔(東邦大学医学部 微生物・感染症学講座/東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 器官システム制御学講座 統合呼吸器病学分野) [共同筆頭]
 中井 亮佑(産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門) [共同筆頭]
 青木 弘太郎(東邦大学医学部 微生物・感染症学講座)
 工藤 栄(国立極地研究所 生物圏研究グループ)
 伊村 智(国立極地研究所 生物圏研究グループ)
 下枝 宣史(とちぎメディカルセンターとちのき)
 大野 義一朗(東葛病院)
 渡邉 研太郎(国立極地研究所)
 宮崎 泰成(東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 器官システム制御学講座 統合呼吸器病学分野)
 石井 良和(東邦大学医学部 微生物・感染症学講座)
 舘田 一博(東邦大学医学部 微生物・感染症学講座)
DOI:10.1128/Spectrum.00424-21
論文公開日:2021年10月20日(水)(米国東部時間)

研究サポート

南極での試料の採取は、第60次南極地域観測隊の一般研究観測(AP0924、AP0937)において実施されました。また、本研究の一部は、文科省 科学研究費補助金 新学術領域研究「ポストコッホ生態」(JP19H05683およびJP19H05679)、日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(JP19K20462)の支援を受けました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立大学法人東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 広報部 報道室

(報道について)
国立極地研究所 広報室

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