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National Institute of Polar Research

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所ホーム >研究成果・トピックス

研究成果

グリーンランド氷床に飛来するダストの起源
〜アイスコア中の微量なダストから過去100年の変化が明らかに〜

2021年9月28日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人北海道大学
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立大学法人東京大学 生産技術研究所

国立極地研究所の永塚尚子特任研究員を中心とする研究グループは、グリーンランド氷床北西部の「SIGMA-Dアイスコア」に含まれる鉱物ダスト(岩石由来の微粒子、図1)の分析を行い、過去100年の間にグリーンランド氷床上に降下したダストの起源について、その連続的な変化を初めて明らかにしました。

アイスコアに含まれる鉱物ダストの濃度や粒径は地球環境変動の歴史を読み解くための指標となっています。さらに、鉱物ダストがどこから飛来したか、つまり、ダストの起源を明らかにすることは、過去の大気循環や供給源となる場所の環境変動を知るための重要な手がかりです。しかし、極域のアイスコアに含まれる鉱物ダストは、量が少ないためにその起源を推定することが難しく、近年の温暖期のダストの起源についてはこれまでほとんど明らかにされていませんでした。

本研究では、電子顕微鏡を用いて鉱物ダストのサイズや組成を一粒ずつ解析することで、濃度が低い時期でもアイスコア中の鉱物ダストの起源推定を可能としました。本成果により、SIGMA-Dアイスコアの鉱物ダスト起源はグリーンランドの気温変化の影響を受けて変動しており、温暖な時期には雪や氷の融解によって露出した氷床周辺の堆積物に由来する鉱物ダストが多く飛来していたことが分かりました。この成果は、Climate of the Past誌に掲載されました。

図1:SIGMA-Dアイスコアに含まれる鉱物ダストのうち、ケイ酸塩鉱物のSEM画像。多数の黒い丸はフィルターの孔。

研究の背景

グリーンランド氷床の上には、周囲の土壌や遠方の砂漠などから風で飛ばされてきた鉱物ダストが堆積し、毎年雪の層の中に保存されていきます。これらのダストは、氷床にドリルで鉛直方向に穴を開けてくり抜いた円柱状の氷試料(アイスコア)の中から取り出すことが可能です。鉱物ダストの濃度や粒径、形態、組成などは、気候変動の影響を受けて時代とともに大きく変動します。つまり、アイスコア中のダストは過去の環境を知るための指標となるのです。その中でも、鉱物ダストの起源を推定し、その変動を明らかにすることは、過去の大気循環の変動および供給源となる場所の環境変動の解明だけでなく、過去の事例の蓄積により環境変動の法則等を読み解くことで将来予測を行うための重要な手がかりにもなります。

これまでの研究から、グリーンランドにおいて、間氷期には鉱物ダストの濃度が低く、逆に氷期には濃度が高いことや、氷期のアイスコアに含まれる鉱物ダストは主にアジアやアフリカなどの遠方の乾燥域から運ばれてきたものであることが分かっています。しかしながら、従来、アイスコア中のダストの起源推定に用いられてきた手法は分析にまとまった量の試料が必要となるため、間氷期のダストについては分析を行うことができず、その起源についてはほとんど明らかにされていませんでした。

地球温暖化の影響を顕著に受ける北極域では、近年、ダストを運ぶ大気の循環や、起源となる場所の環境が大きく変化している可能性があり、それがアイスコア中の鉱物ダストにも反映されていると考えられます。しかし、約1万年前から続く間氷期にある現在では、鉱物ダストの濃度が低く、分析ができていない状況でした。

本研究では、グリーンランド氷床北西部で掘削された「SIGMA-Dアイスコア」(図2)にごく微量に含まれる鉱物ダストの観察や、気候モデルを用いた数値計算を通じて、過去100年間(1915-2013年)の鉱物ダストの起源の変化について、その解明に挑みました。

図2:グリーンランド北西部SIGMA-Dアイスコアの掘削地点

研究の内容

アイスコアに含まれる鉱物ダストの観察には、走査型電子顕微鏡(SEM)とそれに付属するエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いました。SEM-EDS分析は、鉱物1粒子ずつの粒径や表面化学組成を求めることができるため、ダスト濃度が低くても、その起源を高い時間分解能で明らかにできる可能性があります。これまでにもアイスコア中の鉱物のSEM-EDS分析を行った研究はありましたが、その起源の連続的な変化について明らかにしようとするのは初の試みです。

分析の結果、SIGMA-Dアイスコアに含まれる鉱物ダストは、地殻の主要構成物であるケイ酸塩鉱物(1ページ目の図1に顕微鏡写真)が大半を占めていました。また、その組成は数十年および10-15年という異なる2つの時間スケールで変動していたことが分かりました(図3)。

図3:サンプル中のケイ酸塩鉱物粒子の割合の変動。1950年と2004年を境に、カオリナイト(グラフ中のオレンジ、黄色)の割合が大きく変化していることが分かる(数十年スケールでの変化)。また、10-15年ごとに細かい増減が見られる。

次に研究グループは、この数十年スケールの変動の要因を探りました。グリーンランドでは過去100年の間に、2度の温暖期(1920-40年代および2000年代以降)と寒冷期(1950-90年代)があったことが分かっています。この気候の変化と鉱物ダストの構成の変動を比較したところ、温暖期には雲母や緑泥石、長石といった鉱物の割合が多く、寒冷期にはカオリナイトという鉱物の割合が高くなっていました(図4)。すなわち、数十年スケールの組成の変動は、グリーンランドの気温の変化の影響を受けている可能性が高いことが明らかとなりました。

続いて、鉱物ダストのより詳しい起源を明らかにするために、気象モデルを用いて、1958年から2014年までの、氷床上に供給される大気塊の追跡(後方流跡線解析(注1))を行いました。その結果、SIGMA-Dサイトには主にグリーンランド沿岸域から大気が流入しており、次にカナダやアラスカからの流入が多いことが分かりました(図5)。また、期間を通じて流入元の割合(寄与率)の順位に変化はないことから、ダストの起源の変化は、大気輸送の影響を受けているわけではなく、起源地域の地表面状態の影響によるものであることが示されました。

地表面状態については、グリーンランドでは2000年以降、氷河氷床の融解・後退によって露出域が拡大していることが知られていますが、本研究グループではさらに、気候モデルを用いた数値計算の結果から、1920-50年代および2000-2013年の温暖期に、グリーンランドでの夏期の積雪被覆率が減少していたことを明らかにし、このことが沿岸域のさらなる地表面露出を引き起こしてダストの発生を増加させていた可能性があることを突き止めました。これは鉱物組成から示された結果とも矛盾はなく、また、温暖期に多く供給されたダストに粒径の大きな(2μm以上)粒子の割合が多くなっていたことにも反映されています。以上のことから、温暖期には、グリーンランド沿岸からのダストの流入が増加していたと結論づけられました。

図4:タイプ別のケイ酸塩鉱物組成(a-e)の変動と、グリーンランドの地表面気温(g)、および積雪被覆率(h)の偏差の変動を比較した結果。(g)のグリーンランド全体の気温は米国Berkeley Earth,UpernavikとThule(グリーンランド中西部、および北西部の町)の気温はCappelen(2019)(文献1)の結果を引用。

図5:(a)SIGMA-Dサイトへの大気塊の寄与の可能性がある4つの地域(GrC(緑):グリーンランド沿岸部露岩域,CND(オレンジ):カナダおよびアラスカ,NEU(青):北ヨーロッパ,Arid(赤):中国,中央アジア,中東の乾燥域).湿性沈着および乾性沈着(注2)を通じた各起源地域からSIGMA-Dサイトへの大気寄与率の(b)季節変動および(c)年変動(1958-2013年、氷床と海洋からの寄与は除く)。

一方で、寒冷期に多く含まれたカオリナイト(図4(a))は、一般に湿潤温暖な環境で形成されるため、当初は中低緯度地域が起源だと考えられましたが、後方流跡線解析の結果からは、中緯度地域からの大気の流入は非常に少ないことが示されました。ただ、カオリナイトは、先行研究によってカナダやアラスカの古い地質(5600万年前の温暖な環境で形成された地質)にも多く含まれていることが明らかになっており、かつ、SIGMA-Dサイトには、北米地域からも大気塊が多く供給されていたことから、これらの古い地質からダストが供給されている可能性が高いことが分かりました。

また、カオリナイトは、寒冷期だけでなく全期間を通じてアイスコア中にある程度の割合で含まれていたことから、SIGMA-Dサイトには遠方(カナダ、アラスカ)から定常的にダストが供給されており、温暖期にはそれに加えてグリーンランド沿岸域からの供給割合が増加していたことが分かりました(図6)。

図6:本研究で明らかとなったグリーンランド北西部SIGMA-Dサイトへの鉱物ダスト供給の仕組み、温暖期には、氷床・氷河の融解、後退および季節積雪の被覆期間が短くなることによって地表面が露出し、ダストの発生が増加したと考えられる。

今後の展望

本研究により、グリーンランド氷床に供給された鉱物ダスト起源の過去100年間の変化が高い時間分解能で初めて明らかになり、その主な要因が近年の温暖化に伴う地表面状態の変化である、という新しい知見を得ることができました。さらに、SEM-EDS分析が、ダスト濃度の低いアイスコアに含まれる鉱物の起源の変動解明に有効であることを示すことができました。今後は、グリーンランドのその他の地点で掘削されたアイスコアにも同様の手法を用いて解析を行うことで、過去に氷床上に堆積した鉱物ダスト起源の変化のより詳細な時間・空間変動を明らかにしていく予定です。それにより、これまで未解明であった間氷期のグリーンランドの環境変動への理解が深まることが期待されます。

文献

文献1:Cappelen, J. (Ed.): Denmark – DMI Historical Climate Data Collection 1768–2018, DMI Report 19-02, Copenhagen, 2019.

注1:後方流跡線(バックトラジェクトリー)解析
気象モデルを用いた計算によって、時間を遡って大気塊の軌跡を追跡する手法。

注2:湿性沈着、乾性沈着
雨、霧や雪など大気中にさまざまな形で存在する凝結態の水分を媒体にして、大気中の粒子が地表に降下する現象を湿性沈着という。一方、雨や雪に取り込まれることなく粒子が大気中から直接、地表に降下する場合は乾性沈着という。

研究サポート

本研究はJSPS科研費(JP23221004、JP16H01772(SIGMA project)、JP15H01731、JP15K16120、JP16J08380、JP16H06291、JP18H03363、JP18H04140、JP19K20443、JP20H04980)、文部科学省(JPMXD0717935457)、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)JPMXD1300000000、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)JPMXD1420318865、(独)環境再生保全機構 環境研究総合推進費(JPMEERF20172003、JPMEERF20202003)、および国立極地研究所のプロジェクト研究(KP305)の助成を受けて実施されました。

発表論文

掲載誌:Climate of the Past
タイトル:Variations in mineralogy of dust in an ice core obtained from northwestern Greenland over the past 100 years

著者:
 永塚 尚子(国立極地研究所 気水圏研究グループ)
 東 久美子(国立極地研究所 気水圏研究グループ/総合研究大学院大学)
 對馬 あかね(千葉大学 理学研究院)
 藤田 耕史(名古屋大学 環境学研究科)
 的場 澄人(北海道大学 低温科学研究所)
 大沼 友貴彦(東京大学 生産技術研究所)
 Remi Dallmayr(アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所)
 門田 萌(研究当時:北海道大学 低温科学研究所/大学院環境科学院修士課程)
 平林 幹啓(国立極地研究所 気水圏研究グループ)
 尾形 純(国立極地研究所 気水圏研究グループ)
 塚川 佳美(国立極地研究所 気水圏研究グループ)
 北村 享太郎(国立極地研究所 気水圏研究グループ)
 箕輪 昌紘(研究当時:名古屋大学 環境学研究科、現在:北海道大学 低温科学研究所)
 小室 悠紀(国立極地研究所 気水圏研究グループ))
 本山 秀明(国立極地研究所 気水圏研究グループ/総合研究大学院大学)
 青木 輝夫(国立極地研究所 気水圏研究グループ/総合研究大学院大学)
DOI:10.5194/cp-17-1341-2021
URL:https://cp.copernicus.org/articles/17/1341/2021/
論文公開日:2021年6月21日

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立極地研究所 気水圏研究グループ特任研究員 永塚尚子
北海道大学低温科学研究所附属環オホーツク観測研究センター助教 的場澄人

(報道について)
国立極地研究所 広報室

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