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地震地震
2021年02月18日
取材・文/藤崎慎吾(作家・サイエンスライター)
天気予報を見て、明日の台風接近に備えるのと同じことが、地震でもできないものか――多くの人がそう願うでしょう。人類共通の夢と言えるかもしれません。しかし今のところ、地震を予知できたという確実な事例はありません。今の科学では不可能とする研究者もいます。
ただ、これまでのやりかたや考えかたを変えれば、希望は見えてくるようです。今回は新たな発想で地震の予測に取り組む研究者2人に取材しました。
靴の片方を半分、脱いで「あーした天気になあれ」と空高く蹴り上げた経験があるのは、昭和生まれの世代まででしょうか。地面に落ちてきた靴が裏返ったら「雨」、横向きになれば「曇り」、そうでなければ「晴れ」でしたね。これは完全に占いですが、明日の天気を予想するには、もうちょっと当てになる「観天望気」があります。
例えば「夕焼けの翌日は晴れ」と言われます。夕焼けが見えるのは西の空が晴れているからで、多くの場合、天気は西から変わっていきます。だから翌日は晴れる可能性が高い。単なることわざのようですが、根拠はあるし、実際、よく当たります。
「月や太陽が暈(かさ)をかぶると雨」というのもあります。太陽や月の周囲に輪のような暈をつくるのは、ベール状の巻層雲を構成する氷の粒です。この雲は西から接近してくる温暖前線に伴って、雨雲の前に発生します。当たる確率は6割程度のようですが、やはり根拠はあるのです。
ただ「ツバメが低く飛ぶと雨」「ネコが顔を洗うと雨」あたりになると、ちょっと怪しくなってきますね。一応、湿度に関係があると言われているようですが。
かつては国を挙げて進められていた「地震予知」も、夕焼けや月暈のような、特定の前兆現象から予測を導きだすという意味では、観天望気に近い面がありました。
大地震を引き起こすような断層は、全体が突然、高速にすべり始めるのではなく、部分的にゆっくりとすべり始め、それが広がって一定の大きさに達すると一気にすべる、という考えがあります。その最初のゆっくりとしたすべりが前兆現象で「プレスリップ」と呼ばれています。
観測によってプレスリップを検出できれば、大地震の発生を数日前に予知できるとされていた時代がありました。実際、東海地震に限った話ですが、そのような観測が継続的に行われ、地震発生の恐れがあると判断された場合は、内閣総理大臣が警戒宣言を出すことになっていました。
東海地震は南海トラフ(東海地方から紀伊半島、四国の沖合海底に走る、延長約700kmの細長い溝)周辺で想定されている巨大地震の一つです。マグニチュード(M)8クラスで、駿河湾から静岡県内陸部が震源域とされています。最後に発生したのは1854年の安政東海地震(M8.4)で、それから170年近くが経過しており、駿河湾地域の地殻に歪みの蓄積も認められることから、いつまた起きても不思議はないと考えられてきました。
しかし2017年11月以降、東海地震を予知して発表するのは取りやめになっています。ここで言う「予知」とは、いつ、どこで、どれくらいの規模の地震が起きるかを、地震の発生前に精度よく予測することです。とくに数日前の「直前予知」が期待されていました。ところが少なくとも現在の科学的知見からは、そのような予知は困難だという認識が広がったのです。
実際、東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)も含めて、大地震の発生前にプレスリップをとらえたという確実な例は、いまだにありません。あくまでも理論にとどまっています。またプレスリップのようなすべりが起きていたとしても、それが大地震に発展せず、やがて終息してしまう場合もありうることがわかってきました。
そもそもプレート境界では地震を伴わない、ゆっくりとしたすべりが、あちこちで起きています。第3回で紹介しましたが、震源域となる「アスペリティ(固着域)」の周囲には、いつもずるずるすべっている「安定すべり域」があって、その速度は必ずしも一定ではありません。また第5回で触れたように、大地震の後には「余効すべり」も発生します。こうした静かな変化のどれが次の大きな地震に直接つながるのかを見定めるのは、今のところ非常に困難です。
観天望気ならぬ"観地望震"は、まだ「ツバメが低く飛ぶと雨」のレベルなのかもしれません。
一方で地震の「長期評価」は今でも行われています。地震調査研究推進本部によると、例えば今後30年以内に日本海溝沿いでM9.0程度の超巨大地震が起きる確率は「ほぼ0%」、宮城県沖でM7.0〜7.5程度の地震が起きる確率は「90%程度」、南海トラフでM8〜9クラスの地震が起きる確率は「70〜80%」などとなっています。
これらの確率は、基本的には過去の地震発生サイクル(くり返し間隔)から導きだされています。小さな地震であれば短い期間に何度も発生するので、信頼性は高くなります。第3回で紹介した釜石沖の「小くりかえし地震」はM5前後で、約5年半おきに規則正しく起きていました。なので30年といわず、10年以内でも発生確率は「ほぼ100%」と言えたでしょう。
一方、日本海溝で起きる超巨大地震は500〜600年サイクルという見方が主流です。となれば10年前に起きたばかりですので、次の30年間は「ほぼ0%」となります。また南海トラフで起きる巨大地震(東海地震、東南海地震、南海地震など)は、全体としては100〜200年でくり返されていると仮定されています。すると東海地震は約170年前、東南海地震と南海地震は約70年前に起きていますので、かなり逼迫しているとなるわけです。
しかし第6回で詳しくお伝えした通り、巨大地震の発生間隔は、ばらついている可能性があります。そもそも数百年単位で起きている地震を、過去にさかのぼって調べるのは容易ではありません。近代的な観測によって詳しくわかっているのは、ここ100年程度の間に起きた地震だけです。それよりも前の地震は、年代推定誤差の大きい津波堆積物やタービダイト、あるいは史料などから、おおよそを知ることができるだけです。
それをふまえて私たちは、例えば「30年以内に60%」というような長期評価を、どうとらえればいいのでしょうか。明日の降水確率が60%と聞いたって、傘を持っていくかどうか迷いますよね。まして30年以内となれば、果たして備えたものなのか、どうなのか......。せめてもう少し天気予報に近い時間スケールとわかりやすさで、地震の予測はできないものでしょうか。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)海域地震火山部門地震津波予測研究開発センター長(上席研究員)の堀高峰さんと、東北大学大学院理学研究科助教の中田令子さんは、将来的に「地震予報」を実現させるかもしれません。中田さんは2020年3月までJAMSTECに所属して、堀さんと一緒に研究をしていました。
堀高峰(ほり・たかね)
1970年、三重県生まれ。京都大学大学院理学研究科で博士(理学)学位取得。専門は地震発生予測。日本学術振興会特別研究員を経て海洋研究開発機構(当時の海洋科学技術センター)に着任。2019年度より現職。地震・津波防災のための沈み込み帯の現状把握・推移予測システムの構築に取り組んでいる。地震調査研究推進本部長期評価部会委員他を務める。
中田令子(なかた・りょうこ)
1980年、愛媛県生まれ。広島大学大学院理学研究科地球惑星システム学専攻修了。博士(理学)。海洋研究開発機構を経て、2020年度より現職。南海トラフや日本海溝での(巨)大地震やスロー地震を対象とした地震発生サイクルの数値シミュレーションを用いた研究に取り組んでいる。
撮影/藤崎慎吾
現在、2人が取り組んでいるのは、コンピューター・シミュレーションによる地震の予測です。ここで言う「予測」とは、特定の「前兆」から数日前に地震の発生をとらえる「予知」ではなく、また過去にどんな間隔で地震が起きたかという「結果」から導く「評価」でもありません。プレート境界で、どこがどれだけ固着しているか、あるいはすべっているか、という地下の動きを追いながら、地震の発生を予測しようとしています。つまり「原因」に基づいた予測です。
今の天気予報も、やはり「原因」に基づいて出されています。「数値予報」と呼ばれるのですが、まず気象庁のスーパーコンピューターには仮想的な地球があって、常に大気が動いていると考えてください。その大気は無数の細かいブロック(格子)に分けられ、ブロック一つ一つに、そこでの気圧や気温、風などの値が当てはめられています。その値は人工衛星や世界中から送られてくる様々な観測データをもとに、計算で導きだされています。
具体的に堀さんたちは今、どのようにシミュレーションを行っているのでしょうか。
「結局、プレート境界の断層がくっついているか、すべっているかを計算で追いかけていくわけですが、それは『断層の構成則』に基づいています。つまり断層は摩擦によって、くっついたり、すべったりしているんですけども、その摩擦の強さ(強度)を、プレート運動によってかかってくる力(応力)が超えたら、すべりの速度が速くなるというような法則で、それを再現する式が入っています」と堀さんは言います。
また、これは第3回でちらりと触れたのですが、すべり速度が速くなると摩擦力はすとんと落ちる、という性質があります。つまり地震になって断層がすべりだすと、ますます速くすべってしまうわけです。しかし、ある程度すべって応力が解放されたり、強度の高いところに達したりすると、すべりが止まります。そして断層は、いったん強度が下がった状態でじっとしていると、今度はより強くくっついていく(強度が回復する)という性質があります。こうした法則を表現する計算式も使います。
これらに加えて、プレートが一定の速度で沈みこむことにより、場所ごとにどういう応力が働くかという計算を組み合わせていくのです。
天気の数値予報ではコンピューター内に仮想の地球をつくり、その大気を無数のブロックに分けました。堀さんたちもコンピューターの中に仮想の沈みこみ帯をつくり、海溝から沈みこむ海洋プレートと大陸プレートとの境界面を、無数の板(ただし厚みはない)に分けています。これらは細分化された断層に見立てられます。
そうした板の一枚一枚に、くっつきやすさとか、すべりやすさといった値を割り当てていきます。天気予報の場合は、実際の観測データをもとに気圧や気温などの値を割り当てていました。堀さんたちは今のところ実験や理論に基づいて大まかに割り当てた上で、試行錯誤をしながら調整しています。つまりデータ同化はしていませんが、観測で実際にわかっているプレートの様子が、ある程度、再現されるようにしています。
これによって、例えば狭い範囲ですぐにくっつくけれども、しばしば壊れてすべるような場所とか、広い範囲でゆっくりくっついて、すべる時もゆっくり強度が弱くなるような場所などを設定できます。そこにプレートの沈みこみによる応力を与えてやると、様々な地殻変動を再現できるのです。
日本海溝周辺を対象として堀さんたちが行ったシミュレーションでは、東北沖に5つの円形パッチ(半径18〜24km)を設定しました。これらはM7クラスの地震の単純化された「震源域」です。従ってパッチ内のブロックには、不安定ですべりやすい値(性質)が割り当てられています。そのうちの一つは宮城県沖地震の震源域に対応しています。また東北沖地震の震源域に対応する広い範囲(長さ150kmの長方形)にも、周囲よりややすべりやすい値を設定しました。
これらの値を一定の範囲で少しずつ変えながら、200回以上もシミュレーションをくり返します。すると、そのうちの153回(シナリオ)で、東北沖地震前後に観測された結果が、ある程度、再現されていました。つまりコンピューターの中でも、M9クラスの地震が発生して断層が60m以上すべったり、M7クラスの余震が起きたり、余効すべりが続いたりしたのです。また、これも現実に見られる通り、M9クラスの地震が1度くり返される間(例えば約800年間)に、M7クラスの地震が何度も発生しました。
宮城県沖地震は東北沖地震の前までは40年くらいの周期で発生していました。ところが第5回でお伝えしたように、東北沖地震後に起きている余効すべりの影響で、次の発生は40年より短くなる可能性があります。ただ、どれくらい短くなるかは、単純には言えないという話でした。しかし観測結果の再現にある程度成功した153のシナリオで時計を未来に進めてみると、もう少し具体的な数値が出てきます。
コンピューター内で次の宮城県沖地震が、各シナリオにおける通常の発生周期より早まったのは、153シナリオのうちの132シナリオ(約9割)でした。そのうち通常の半分より早まったケースは92シナリオ(全体の6割)でした。さらに通常の4分の1前後で起きたケースも多く、31シナリオ(全体の2割)ありました。
以上のことから、実際の平均的なサイクル(40年)より短い間隔で次が発生する可能性はかなり高く、半分の20年以内になる可能性も十分あり、さらに短い10年以内になる可能性もあるということになります。これは東北沖地震が起きてからの話なので、すでにその10年は経過しています。防災対策などを議論する際には、大いに参考になる結果と言えるでしょう。
堀さんたちは南海トラフで起きる地震についても、同様なシミュレーションを行っています。
すでに述べた通り、南海トラフ全体としては100〜200年間隔で巨大地震が発生しています。ただ東から震源域ごとに東海地震、東南海地震、南海地震というふうに分けていくと、全部が全く同時に発生することはあまりなく、隣接する領域で、一定の時間差をおいて起きることのほうが多いようです。時間差といっても1時間以内だったり、数十時間だったり、数年だったりと、ばらついています。
一方で順番としては、これまでにわかっている限り、常に東側から先に起きています。その一つの理由として、紀伊半島沖のほうが四国沖より海洋プレートの沈みこむ角度が急になっていることが挙げられます。温度との関係で、プレートが固着している領域は、沈みこみが急だと狭く、なだらかだと広くなるのです。プレートが沈みこむ速さはだいたい同じですので、狭いと早く歪みが溜まって強度の限界に達する一方、広い範囲でくっついていると全体が歪むのに時間がかかります。このため紀伊半島沖、つまり東の方が先にすべりやすいと考えられているのです。
堀さんたちが行ったシミュレーションでも、ほとんどの場合は東からすべり始めています。ただ西側から先に大地震が起きて、東側に広がっていくケースもありました。これは「別に不思議ではない」と堀さんは言います。
プレート境界でくっついている場所と、すべっている場所とが隣り合っている領域には、歪みが集中しやすいと考えられています。広い範囲にそういう領域があるのは、実は四国と九州の間、つまり西側なのです。歴史上、知られていないだけで、現実にも西から東へ地震が広がったことがあったかもしれません。
また同じ震源域内でも、小さな地震が引き金になって大きな地震に発展する場合がありそうです。2016年4月1日に三重県の南東沖でM6.5の地震が発生しました。その後、ゆっくりとしたすべりが震源より浅い方に少し広がりましたが、幸い、しばらくするとまた固着した状態に戻りました。堀さんたちは、この現象をシミュレーションで再現してみました。
この時は宮城県沖地震の再現でやったように、震源域のすべりやすさや、くっつきやすさの値を、シミュレーションごとに変えてはいません。同じ設定の仮想沈みこみ帯で、M6クラスの地震が一定期間に何度かくり返されるのを観察しました。すると、その時々(タイミング)によって現実と同じように終息する場合もあれば、ゆっくりしたすべりが震源より深い方へも広がって、数年後にM8クラスの地震になってしまう場合もありました。
「頭だけでも、こういうパターンがありうる、ああいうパターンもありうるっていうのは、もちろん考えつきますが、シミュレーションをやることによって『ああ、こういうパターンもありうるのか』っていう予想もしなかった可能性に気づくことができます」と堀さんは言います。それによって「南海トラフの地震は常に東側から起きる」とか「紀伊半島沖でM6クラスの地震が起きても心配ない」といったような思いこみに陥ることなく、柔軟な防災対策を講じられます。そこに現時点では最も大きなシミュレーションの意義があるようです。
実は東北沖地震が起きる前、堀さんは2004年のスマトラ沖地震にヒントを得て行ったシミュレーションなどから、日本海溝でM9クラスの地震が起きる可能性にも気づいており、論文も準備していたそうです。ただ日本海溝ではM8クラスまでしか起きてこなかったという先入観と、シミュレーションで割り当てていた値の根拠も弱かったため「まあ、そうは言っても日本海溝は、ちょっとちがうのかな」と思ってしまいました。そして過去の津波堆積物とシミュレーションから予想される津波とを比べてみるといった突っこんだ検討をしないでいるうちに、あの日がやってきたのだと言います。
「シミュレーションの結果が、自分の持っている常識とはちがっていたとしても、それに合理的な原因があるんだったら、過去に起きていることと整合しているかどうかを、きちんと検証していく必要があります」堀さんは反省をこめて振り返ります。「それを勝手に『いやいや、それはなし』っていうふうに消してしまわないことですね」
ただ、それは必ずしも「想定外」を考えることではなく「津波の痕跡だったり、揺れかたの広がりだったり、今、見えている固着している領域だったり、そういうものと整合するようなシナリオをきちんと考えて、それに備えることが大事」だと堀さんは言います。例えば過去の地震の規模について、津波堆積物などによる推定とシミュレーションの結果がM9で一致したら、あえてそれ以上を想定する必要はないということです。
一方で観測データや実際の地形などを、厳密には反映していない現在のシミュレーションは、その有用性に疑問を持たれることもあったようです。
なるべく現実の地震や地殻変動が再現されるように、数百回の試行錯誤をくり返してきた中田さんも「そういうパラメーター(数学モデルに設定する値)を与えたら、それはそうなるよね(コンピューターの中でそういう結果が出るだけでしょう)」というように一蹴された経験があると言います。「とりあえず今シミュレーションでできることは、色々やっておいたほうが、将来、何か役に立つかなと思ってやっているので、一言で否定されると、ちょっと悲しいかなというのはあります」
とはいえシミュレーションは、まだまだ進化していきます。例えば現在、コンピューターの中で沈みこんでいる仮想の海洋プレートは、全体の大雑把な形状は再現されているものの、どこでも同じ硬さに単純化されていたりします。実際はもっと複雑な硬さを持っていることは、船を使った構造探査で明らかになっています。観測データと厳密に比較するためには、そういう「構造」も入れた上で計算しなければなりません。世界トップクラスの性能を誇るスーパーコンピュータ「富岳」を使って、それを実現するプロジェクトが進められています。
また、すでに述べた通りGEONETやDONETのような観測網から時々刻々とデータは得られるようになっており、さらに南海トラフでは海底の掘削孔内で、継続的に地殻の歪みを観測できるようになっています。これらのデータから実際にプレートの固着やすべりなどの状況がどうなっているかを、目に見えるような形で出すのは、まだ人間がその都度、手で計算しながらやっています。堀さんは、これを自動化しようとしています。つまりデータが出ると同時に、プレート境界の動きがわかるようにするのです。
これは天気予報で言えば「実況天気図」を出すのと、ほぼ同じと言えるでしょう。データ同化に一歩、近づくことにもなります。
国土地理院とも連携して進めており、最終的には一般の人もそのような図を見られるようにしたいと堀さんは考えています。「地震が起きた起きないという結果じゃなくて、その原因になることがどういうふうに進行しているかを普段から見ていて、実際に地震が起きたら『ああ、あそこに歪みが溜まってたよね』とか、『そう言えば、なんかスロースリップ(ゆっくりすべり)が起きていたよね』とか、『あれ大丈夫なの、ちょっと備えてといたほうがいいんじゃない』とか、そういう会話が普通の人の間で当たり前に交わされるような状況にしたいですね」
このようなシステムとシミュレーションが結びついて「予測天気図」ならぬ「予測地象図」が出されるようになり、それを過去の経験や、それこそプレスリップのような前兆現象なども含めた様々な観点から解析できるようになれば、地震予報が実現するでしょう。
その時には「地震予報士」のような資格を持つ人がニュース番組に現れて「それでは本日の地象情報を、お伝え致します。三重県南東沖のアスペリティでは、先週のM6.5の地震に伴って、現在ゆっくりとした余効すべりが起きています。しかし震源より浅い方にしか広がっていませんので、5年以内に大きな地震になる可能性は10%以下でしょう......」などと解説してくれるかもしれません。
実際、堀さんは恩師で元京都大学総長の尾池和夫さんから、「地震火山予報士」のような制度をつくりたいという話を聞き、そのための取り組みに協力してきたそうです。今はそのキャンペーンで、短いアニメーションをつくる計画もあるとか――。未来がちょっと近づいている感じですね。
ちなみに中田さんは高校生のころ、気象予報士を目指していたこともあったそうです。ひょっとしたら何年か後には、東北から初の地震(火山)予報士が誕生するのかもしれません。(次回に続く)
藤崎慎吾(ふじさき・しんご)
1962年、東京都生まれ。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどを経て、99年『クリスタルサイレンス』(朝日ソノラマ)でデビュー。同書は早川書房「ベストSF1999」国内篇第1位となる。現在はフリーランスの立場で、小説のほか科学関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。近著に《深海大戦 Abyssal Wars》シリーズ(KADOKAWA)、『風待町医院 異星人科』(光文社)、『我々は生命を創れるのか』(講談社ブルーバックス)など。ノンフィクションには他に『深海のパイロット』、『辺境生物探訪記』(いずれも共著、光文社)などがある。
2021年2月13日に福島県沖で発生した地震については、コラム「2月13日夜に発生した福島県沖の地震―東北地方太平洋沖地震から約10年後に発生した"余震"―」でご紹介しております。 ご関心をお寄せの方はぜひこちらも併せてご覧ください。