海中を泳ぎまわり深海を探査する、無人探査機。その無人探査機を、ずっと離れた陸上の研究室から、遠隔操作できたら? 無人探査機が撮影する映像や計測データを、リアルタイムで見ることができたら?
そんな海と陸の距離が一気にちぢまる通信技術の開発試験に、石橋 正二郎 博士と独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の研究チームが成功しました。いったいどんなもの? 人工衛星を使った通信技術の最前線を紹介します!
気候変動予測、地震観測、資源探査など、地球で生きていくためには海の研究調査は重要です。だから研究調査中に集めた映像や観測データはできるだけ早く船上から陸上の研究室に送りとどけ、くわしい分析を始めることが求められます。でも、こうしたデータの容量は、時に莫大。人工衛星を経由する船上と陸上の通信では容量と速度に限りがあるため、せっかくのデータを陸上の研究室に送り届けられないケースが多くあります。たとえば、無人探査機が集めた海中映像や計測データが、船上では確認できても陸上へは送れず、くわしい分析が下船後になり研究に時間がかかるのです。
一方で、いま宇宙には、超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)があります。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)とNICTが開発して2008年に打ち上げた衛星で、ふつうの通信衛星よりも大容量かつ超高速で通信できる機能があります。
そこで石橋博士はNICTと協力して、「きずな」を経由して深海から陸上までつながる通信環境を築くことを目指し、その研究開発として、無人探査機の遠隔操作に挑戦したのです。
挑むのは、神奈川県横須賀市にあるジャムステック横須賀本部から、「きずな」を経由して、海洋調査船「かいよう」と光ファイバでつながった海中の無人探査機「おとひめ」の遠隔操作。
「おとひめ」とは、水深3,000mまでもぐり、複数のカメラで海中を撮影したり、マニピュレータを使って作業をする無人探査機です。
まず石橋博士は、「おとひめ」を「かいよう」を通して「きずな」の通信に対応するように設定しました。さらに、最新の中央処理装置(CPU)を組みこみました。CPUとは頭脳のようなもの。たとえばライトの点灯、プロペラの速さ、舵の向き、現在地を計算する 慣性航法装置(INS)などの仕事をコントロールします。
のせたCPUの台数は、深海巡航探査機「うらしま」が開発当初(1998年)は2台だったのに対し、今回の「おとひめ」は6台。増やした理由は、1台のCPUに仕事を集中させずに6台で分担させるためです。すべてのCPUはネットワークでつなぎ、それぞれの仕事の進み具合や状況などをたがいに知らせあうようにしました。万が一、どれか1台がこわれても、他のCPUが助けます。「おとひめ」の仕事達成能力がアップ!
ジャムステック本部には、「きずな」と通信するためのアンテナと「おとひめ」を遠隔操作する装置を組みこんだコンソールを設置しました。
アンテナは、大型車に積んだタイプで移動もできます。
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画像:CPU]
写真2 JAMSTEC本部に設置したアンテナ
コンソールは、モニタを見ながらコントローラを使って遠隔操作できるようにしました。
一方の「かいよう」船上にもアンテナとコンソールを設置しました。
アンテナは「おとひめ」のCPUネットワークとつながり、光ファイバケーブルを通ってきた「おとひめ」のすべての情報を、「きずな」を経由して陸上へ送ります。船がゆれるとアンテナの方向が「きずな」からそっぽを向いてしまいそうですが、常にアンテナは「きずな」の方向へ向くジンバル機構を組みこんだので大丈夫!
こうしてシステムがたがいに通信するようにつくり、いよいよ遠隔操作の試験です...!
遠隔操作試験は2013年10月6日に行いました。「おとひめ」がいるのは、相模湾初島沖の深さ130mの海域。ジャムステック横須賀本部との直線距離は、約60kmです。
ジャムステック本部からの操作によって、「おとひめ」が4台のカメラで撮影した海中の様子やたくさんの計測データが「きずな」を経由してリアルタイムで送ることができました。ジャムステック本部のモニタには鮮明な海中の映像が映し出されました。調査する場所(海)と操作する場所(陸)は遠く離れているのに、まるですぐそばにいるみたい!
今回の成功により、船と陸の間の通信技術が大きく前進しました。この技術を使えば、研究者やオペレータ(操縦する人)がわざわざ乗船してその調査海域へ行かなくても作業ができるしデータも手に入るので、研究のスピードも効率も上がるでしょう。観測できる範囲も広がると期待されます。
今後は、「きずな」がカバーしていない海域ではどう通信していくか、研究開発を進めます。
石橋博士は、「『おとひめ』は、遠隔操作型探査機のなかまでもあります。その遠隔操作で、海上からでも陸上からでも、同じ環境や映像を見せることができれば、"遠い距離"を一気にワープさせることができる」と話します。
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画像:石橋博士からメッセージ]
今回の成功は、石橋博士が一つのシステムにこだわりを持ち何年も開発を続けてきたことが秘訣。だから石橋博士は、「読者のみんなには、何かに取り組むとき、途中であきらめないでがんばってほしい」と話します。「たとえば縄跳びをたくさん練習すれば二重飛びができるようになるかもしれない。今度は二重飛びができるようになった脚力で、100m走のタイムが上がるかもしれない。何かにこだわって、そこで生まれたことは、それだけじゃない新しい何かにつながることが多いんだ」とのこと。みなさん、がんばってくださいね!
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