いま、自然のエネルギーを利用した発電ができるとして、海に注目が集まっています。特に日本では、まわりの海底から熱水が噴き出す熱水噴出孔が多くあり、これを使った発電方法の開発が期待されています。
このたび、山本 正浩博士は理化学研究所と協力して、その実現にむけた第1歩となる、熱水と海水を利用した「熱水−海水燃料電池」の開発に成功しました。いったいどんなもの? 海洋発電の最前線を紹介します!
海水は海底下深くまでしみこむと、マグマに熱せられ、まわりの岩石から金属などがとけこみます(図1)。割れ目があるとそこから上昇して海中に噴き出します。これを熱水噴出孔といいます。熱水の温度は数百度にも達しますが、深海の高い圧力がかかるため沸とうしません。
その熱水は水素や硫化水素という成分が多く、電気のもとである電子を放出しやすい性質があります(写真1)。一方、まわりの海水は酸素が多く、電子を受け取りやすい性質があります。そこで山本博士は「あれ? これって、燃料電池の原理?」と思ったのです。
まず、電池は主に3種類あります(図2)。1つ目は使い捨ての乾電池といった一次電池。2つ目は充電してくりかえし使えるリチウムイオン電池などの二次電池。3つ目が、燃料があれば電気をずっと作り続けられる燃料電池です。(図3)。
燃料電池の原理を見てみましょう(図3)。電解液(電気の通り道のような液)に、2枚の電極をさし導線でつなぎます。右の電極に水素ガスを、左の電極に酸素ガスを送ります。すると化学反応がおきて、右の電極では水素ガスから電子がうばわれ水素イオンができます。電子は導線をつたって左の電極へ移動します。電子が移動するということは電気が流れるということ、つまり発電するのです。
一方、水素イオンは電解液をつたって左の電極へ移動します。すると水素イオン、酸素ガス、電子の化学反応により水がつくられます
まとめると、水素ガスと酸素ガスから電気と水ができるのです(図4)。燃料となる水素ガスと酸素ガスを送り続ければ、発電はずっと続きます。
燃料電池の最大メリットは、発電効率の高さです。風力発電や火力発電は熱エネルギーを電気に変えるため途中でエネルギーのロスがでますが、燃料電池は燃料のもつエネルギーをそのまま電気に変えるので発電効率が高いのです。さらに、水しか出さないため環境にやさしい優れものです。
さて、お話したように、熱水は水素や硫化水素などが多く電子を放出しやすく、海水は酸素が多く電子を受け取りやすい性質。さらに、熱水も海水もたくさんあるし、循環しています。だから山本博士は「熱水と海水に電極をさすだけで、燃料電池ができるかもしれない」と考えたのです。
深海での燃料電池実験は世界初の挑戦です。山本博士はすべての装置をゼロから作り、陸上の実験室で何度も予備実験を行い試行錯誤をくり返しました。「実際の海で実験するチャンスは1,2回だけ。失敗できないので、プレッシャーを感じました」と山本博士はふり返ります。
そして、海洋調査船「なつしま」による研究航海で無人探査機「ハイパードルフィン」を使った、実際の海での実験へ(写真2)。
海域は沖縄県の伊平屋北フィールドです。ここには2010年に地球深部探査船「ちきゅう」が、海底下の熱水だまりまで掘りぬきつくった人工熱水噴出孔があります(図5)。ガイドベース(土台のようなもの)があるので、熱水が決まった位置から噴出するし、ハイパードルフィンをちょっとのせ姿勢を安定させて実験ができます。熱水の成分は、天然の熱水噴出孔のものと変わりありません。
まず、電子の移動のしやすさを左右する電圧(電流の高低差を表します)が、熱水と海水の間では約520ミリボルトでした。これは人間の日常生活の中では小さな数値です。けれど自然界においては大きな電圧で、しかもこの電圧がずっと維持される場所は他にありません。貴重な場所です。
次に熱水と海水にそれぞれ電極を設置したところ、熱水では硫化水素などから電子が電極に流れ、海水中では電極から電子が流れることが観測できました。
これらをふまえ、山本博士は熱水と海水にそれぞれ電極を設置するシンプルな「熱水−海水燃料電池」をつくり、LEDライト(消費電力21ミリワット)とつなげました(図6)。
その結果、LEDライトが光りました(写真3)! 世界初の熱水−海水燃料電池の実験、大成功!
熱水−海水燃料電池のつくりはとてもシンプルですし、燃料となる熱水と海水は熱水噴出孔周辺ではたくさん調達できます。熱水から沈殿してくる硫化鉱物が電極についても、それすら燃料になります。
今回は電極のサイズが小さいため発電量は少しでしたが、装置の工夫によりもっとたくさん発電できるでしょう。計算上の潜在能力は2.6キロワット。たとえば、5,6件の家の消費電力をまかなえることになります。今後は、耐久性などについて長期的に試験をする予定です。
山本博士は、「たくさん発電できるようになれば、海底をモニタリングする水中カメラや測定機器など、長い期間使うものの電力に向いています。また、自律型無人探査機の多くは現在二次電池で動いていますが、将来、海底に熱水−海水燃料電池ステーションを築けば、自律型無人探査機は自ら充電しながら探査し続けることができます」と話します。
メッセージ
山本博士の専門は、実は燃料電池ではありません。本当の専門は、電気をキーワードに生物と環境のつながりなどの研究です。今回の成功は、熱水の研究から発展した、いわば副産物。
山本博士は、読者の皆さんに「視野を広く持って自分の仕事が色々な分野の役に立つという意識を持ち、同時に他分野も自分の仕事に役立つという意識を持って、自分の勉強に励んでほしい」と話します。
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