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プレスリリース


ジュニア向け解説

このプレスリリースには、ジュニア向け解説ページがあります。

[画像:プレスリリース]

2009年9月10日
独立行政法人海洋研究開発機構

地質活動と初期生命の誕生と進化をつなぐ水素の生成を初めて証明
〜地球初期の海底熱水活動再現実験で高濃度の水素発生を確認〜

[概要]

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)プレカンブリアンエコシステムラボユニット(ラボヘッド 今脇資郎)は国立大学法人東京工業大学と共同で、地球初期に活発に活動したコマチアイト(注1写真1)と熱水との反応を実験室内で再現した結果、地球初期のメタン生成菌を中心とする生態系を地球規模で普遍的に維持するのに十分な高濃度の水素が供給され得ることを証明しました。

地球上の生命は、海洋底の高温な熱水域で誕生し、進化してきたと考えられ、その共通祖先は水素と二酸化炭素からエネルギーを作り出すメタン生成菌であったとする概念が提唱され、広く支持されています。そのエネルギーを生み出す二酸化炭素と水素のうち、二酸化炭素は地球初期の大気及び海洋に現在よりはるかに高濃度に存在していたことはすでに明らかになっています。ところが、初期地球に水素に富む環境を作り出すような地質環境が存在しえたかどうかについては、コマチアイトという岩石が作り出す熱水が最有力であるという仮説はあったものの、それを実験的に証明した例はありませんでした。

今回の実験結果は、仮説段階であった「コマチアイト火山活動という地質活動と初期生命の誕生と進化の関わり」を初めて実験的に証明した重要な成果であり、今後、地球と生命の初期進化を探る上で大きなインパクトがあるだけでなく、おそらく地球を含めた岩石型惑星における岩石-水-生命の相互作用(つまり生命存在可能性)を解明する鍵となることが期待できます。

この成果は、9月10日(日本時間)に日本地球化学会のGeochemical Journal(Express Letter電子版)に掲載されます。

タイトル : H2 generation by experimental hydrothermal alteration of komatiitic glass at 300°C and 500 bars: A preliminary result from on-going experiment.
著者名 : 吉崎もと子、澁谷岳造、鈴木勝彦、清水健二、中村謙太郎、高井研、大森聡一、丸山茂徳

[背景]

生命の起源は、我々人類の共通の興味であり、科学上の最も大きな研究対象でもあります。20世紀の様々な科学分野の成果から、地球における生命の誕生及び初期進化の場として、深海熱水環境が有力の場であると考えられており、現在に比べ地球初期の深海では、火山活動に伴う熱水域など内部エネルギーの放出の場が多かったと考えられています(図1)。

近年、地球初期よりはるかに稀少となってしまったものの、地球初期の状況に似た深海環境として、インド洋のかいれいフィールドや大西洋のレインボーフィールドといった熱水活動が発見されています。それらは、地球上で最もありふれた玄武岩で生み出されたものでなく、上部マントルの構成岩石であるかんらん岩などの超マフィック岩(注2)が大きな影響を及ぼす熱水活動であり、そのため異常な高濃度水素が海底に放出されています。

一方、地球初期の地質学的証拠から、初期地球はマントルの温度が高く、地殻が厚いため、現世の地球のようにマントルにあるかんらん岩類が海洋底に露出することは困難であったと考えられています(図1)。そのかわりに、現世の地球では見られない特殊な火山活動によって噴出した超マフィック岩-コマチアイトが地殻中に多量に存在していたことが既に知られています。そのため、初期地球に豊富に存在したコマチアイトが生み出す熱水環境では、インド洋のかいれいフィールドのように高濃度の水素が放出され、初期生態系が育まれたとする仮説が提唱されました。

(http://www.jamstec.go.jp/less/precam/j/achivements.html)

しかしそれはあくまで理論的な考察に基づく予想に過ぎませんでした。そこで本研究では、コマチアイトと水を高温高圧で反応させる地球初期の熱水活動を模擬した実験を行い、本当に高濃度の水素が生成されるかどうかの検証を行いました。

[研究方法の概要]

コマチアイトは絶滅してしまったアンモナイトや恐竜のように今の地球では全く作られない太古の岩石であり、現存しているコマチアイトはすでに当時の鉱物組成を保存していません。そこで、まずコマチアイト(南アフリカのバーバートンで採取)を加熱して乾燥した後、1,600度で再度溶融したものを急冷して、噴出した当時の新鮮なコマチアイトを再生しました。この合成コマチアイトを粉末にし、それをバッチ式熱水実験装置(写真2)に入れ、深海底の熱水活動条件である300度500気圧で2,800時間保持し、その間に反応水を複数回採取して、その水素濃度を測定しました。

[結果の概要]

測定の結果、反応開始後1,500時間を超えて、最高2.4mmol/kgという高濃度の水素が発生することが観察されました(図2)。また、今回の実験で得られた水素濃度は、現世の熱水活動域のうち、初期生態系とよく似たメタン菌を一次生産者とする生態系が発見されたかいれいフィールドやレインボーフィールドに匹敵するほど高濃度であることが分かりました(図3)。

今回の実験結果によって、コマチアイトと熱水との反応により高濃度の水素が生成されることが初めて実証されました。そしてその水素濃度は、理論計算の面からも、現実の熱水活動の観測結果からも、地球初期のメタン生成菌を中心とする生態系を維持するのに十分な量であることが分かりました。地球上で生命が誕生したと考えられる約40億年前の地球に、海洋が存在し、その海底にコマチアイトが豊富にあり、そこで熱水活動が高頻度に起きていたことはほぼ間違いがなく、本研究の成果は、当時の普遍的な熱水活動が高濃度の水素を当たり前のように供給し、その当たり前の環境で誕生した初期生態系が全地球規模での海洋底に伝播・繁栄し、持続的な初期生命進化をもたらしたとする仮説の強力な証拠を与えたことになります。

[今後の展望]

20世紀の様々な科学分野の成果の結晶として、「地球上の生命は海洋底の高温な熱水域で誕生し進化してきた」という概念が広く受け入れられるようになりました。そして近年、より具体的かつ論理的に矛盾のない「最古の生態系の姿とそれを支えた深海熱水活動との関わり」に関する科学仮説が提唱され、注目を集めています。しかしながら、地質記録がほとんど消失してしまった冥王代(38億以前)や太古代(38-25億年前)の地球と生命の共進化過程を、残された記録のみから遡って研究するのは限界があり、理論的な考察だけでは実証することが不可能です。本研究は、生命誕生の有力な場の条件を実験室内で再現し、太古の地球で起きた現象を多面的に検証するというアプローチを切り開くものです。今回の実験結果を受け、今後、その水素がどのような微生物によって、どのような生態系を支える事ができ得るかについて実験的な検証が可能になります。例えば、生命活動には水素や二酸化炭素といったエネルギー源だけでなく、窒素やイオウ、微量金属が必須であり、その存在量が生命活動の種類や活動量をコントロールします。コマチアイトと熱水の高温高圧反応により、どのような物質が熱水に供給されるかを明らかにすることによって、初期地球にどのような生命活動が営まれ、どのように進化するかをより詳細にかつ科学的に解明することができます。同様な実験的アプローチは、「最古の命の泉」たる熱水の再現だけではなく、約40億年の生命の進化を支え続けてきた海水の進化の歴史、つまり「最古の海水はどのようにして作られ、現在の海水に進化してきたか」、という命題にも極めて有力な方法論であると考えられます。本研究のような、生命活動(微生物活動)そのものと生命活動を規定しうるその周りの環境のダイナミクスを相関するシステムとして統合的に解明する研究は、直接的な生命活動の痕跡を見出すのが極めて困難な、「地球における生命の誕生と進化」研究のみならず、「地球外生命探査」のような宇宙生物学においても、大きなブレイクスルーをもたらす最も重要な切り札になると考えられます。

注1 コマチアイト:

マントルが大規模に融けてできる鉄・マグネシウムに富む火山岩。主に25億年以上前のマントルが熱かった地球初期に活発に活動した。

注2 超マフィック岩:

鉄・マグネシウムに富み、オリビン、輝石などの有色鉱物が多く、マントルの石に近い化学組成を持つ岩石。かんらん岩、コマチアイトは超マフィック岩の一種。


写真1 コマチアイトの写真

コマチアイトは25億年以上前の古い地殻に見られ、25億年前以降はほとんど見られない。地球初期に特徴的な火山岩である。


写真2 今回のコマチアイトの熱水実験に用いたバッチ式熱水実験装置

金の反応容器に岩石粉末と反応溶液を加えて、高圧容器に入れ、ヒーターで加熱する。この装置では600気圧、500度まで実験が可能である。


図1 地球初期(太古代)と現世の海洋地殻構造の違い

初期地球では、マントルの温度が高かったために現世より深いところまでマントルが融けて、地殻が厚い。そのため、マントルの石が海洋底に露出することはない。一方、現世の海洋底では、地殻は地球初期よりは薄く、特に低速で拡大する海嶺ではマントルの石が露出する場合が存在する。


図2 コマチアイトガラス−水反応実験による溶存水素濃度の変化を示したグラフ

図3 本研究で得られたコマチアイトガラス−水反応による水素濃度(くろまる)と、天然の深海熱水孔で採取された熱水の水素濃度(だいやまーくは超マフィック岩が主に関与する熱水系、◇は玄武岩が主に関与する熱水系)の比較。

縦軸は水素濃度[mmol/kg]を対数表示したもの。コマチアイトガラス−水の熱水反応では、超マフィック岩が主に関与する熱水系と同程度の豊富な水素を含む。

黒い四角(だいやまーく)で示したレインボーフィールド、かいれいフィールドでは、初期生命の生き残りと考えられるメタン生成菌生態系が発見された熱水域であり、超マフィック岩が発見されると共に、高濃度の水素が含まれる熱水が観察されている。(ロガチェフフィールドのメタン生成菌は未調査)。一方、中抜き四角(◇)は、超マフィック岩が見られない玄武岩をホストとする熱水活動であり、ここではメタン生成菌生態系が観察されていない。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
システム地球ラボ プレカンブリアンエコシステムラボユニット
主任研究員 鈴木 勝彦 電話:(046)867-9617
研究員 澁谷 岳造 電話:(046)867-9647
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 電話:(046)867-9193

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