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2007年07月02日
独立行政法人海洋研究開発機構
海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏) 極限環境生物圏研究センター(センター長 掘越弘毅) 地殻内微生物研究プログラムの中川聡研究員らは、沖縄本島北西海域の深海底熱水活動域から分離した2株の化学合成独立栄養微生物*1の全ゲノム*2を解析しました。
本研究により、本微生物群が深海底熱水孔環境に優占して生存するために発達させてきた、数々の生存戦略(複数のエネルギー代謝機構、環境感知・応答機構、重金属解毒機構など)を世界で初めて遺伝子レベルで明らかにしました。これらは、地球の内部エネルギーに支えられた生命活動を理解する上で極めて重要な研究成果です。
本研究結果は、7月2日週付けの「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」のオンライン版に掲載されます。
深海底熱水孔環境は、暗黒・高圧かつ300°Cを超えるような高温熱水が噴出する極限環境にありながら、光合成に依存しない特異な生態系を育んでいます。現場に特徴的な高密度の生物群集(写真1)を養うのは、噴出熱水中の水素や硫化水素といったエネルギー物質を利用する化学合成独立栄養微生物です。
本微生物群は世界中の深海底熱水孔環境に優占して見つかっており、単独生活もしくは現場に棲息する大型生物の細胞外や細胞内に共生しています。その中でも最も優占して見つかるイプシロンプロテオバクテリアと呼ばれる微生物は、これまで多くの研究者がその分離・培養を試みましたが、実験室内で培養することが難しく、その性状等は謎のままでした。当機構では深海底熱水孔環境に棲息するイプシロンプロテオバクテリアを、それらの生息環境に近い環境を試験管内に再現することで分離培養することに成功し、現在、世界唯一の網羅的な分離株ライブラリーを保有するに至りました。今回、本微生物が海洋の極限環境に優占するためにどのような生存戦略を持つかを調べるため、2株の分離株について全ゲノム配列を解析しました。
今回全ゲノム解析を行った微生物は、沖縄本島の北北西約200kmの伊平屋北熱水活動域(水深約1,000m;北緯27°47.5’ 、東経126°53.8’)(図1)にある高さ約30mの熱水噴出孔の高まり(硫化物マウンド 311°Cの熱水を噴き出す)から分離した2株の化学合成独立栄養微生物です(両株とも新種。学名:Sulfurovum sp. とNitratiruptor sp.)。両株ともに水素や硫化水素などを酸化してエネルギーを獲得し、そのエネルギーを使って二酸化炭素から体内の有機物の全てを合成します。これら微生物のうち、一方は30°C付近で良く増殖する中温性微生物(写真2)、もう一方は55°C付近で良く増殖する好熱性微生物(写真3)です。それぞれの分離株を大量培養してからゲノムDNAを抽出し、全ゲノムショットガン法*3を用いてゲノム塩基配列を決定しました。
決定した塩基配列(図2)より、全ゲノムの大きさはそれぞれ2,562,277塩基対、1,877,931塩基対からなり、環境変動の激しい過酷な環境に棲息しているにも関わらず比較的小さなゲノムを持つことがわかりました(ヒトゲノムと比べると1000分の1以下の大きさ)。ゲノム上には、それぞれ2,466個、1,857個の遺伝子が高密度に見つかり、それらの解析から以下のような特徴が明らかとなりました(図3)。
今回ゲノム解析を行ったイプシロンプロテオバクテリアは単独生活する能力を有しています。しかし、深海底熱水孔環境には全くの同種であるにもかかわらず、大型生物と細胞内共生あるいは細胞外共生し、単独では生活することの難しいイプシロンプロテオバクテリアが存在します。現在、それらを含めた比較ゲノム解析を進めています。これまで様々な共生微生物がゲノム解析されていますが、単独生活能をもつ同種が存在しないため、共生関係の成り立ちを遺伝子レベルで研究することが困難でした。大型生物の細胞内で生活したり細胞外に付着して生活するような、程度の異なる共生能力を持つ同種間で比較研究を行うことのできるイプシロンプロテオバクテリアは、微生物-大型生物間の共生機構がどのように成立・進化してきたかを研究する格好のモデル生物です。
*1 化学合成独立栄養微生物: 水素や硫化水素といった還元的な無機化合物の酸化によってエネルギーを獲得し、細胞内の全ての有機物を二酸化炭素を原料として合成する微生物。
*2 ゲノム: ある生物が持つ遺伝子あるいは染色体の全体。生物を規定する全ての遺伝情報が全て収められている。
*3 全ゲノムショットガン法: 大量のゲノムDNA断片について塩基配列を決定し、コンピューター上で配列を結合編集することで最終的にひとつながりのゲノムDNA配列を決定する手法。一般的にゲノムサイズの5〜10倍量の塩基配列を決定する必要がある。本研究では、予想されるゲノムサイズの約8倍量の塩基配列を解読した。
*4 還元的TCA回路: 還元的クエン酸回路とも呼ばれる。ヒトをはじめ多くの生物が持つTCA回路(有機物を分解しエネルギーを獲得するための反応回路。二酸化炭素を発生させる)を逆回転させることにより、二酸化炭素から有機物を合成する。逆回転のためにはエネルギー物質の供給が必要。