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  4. 経済指標で測れない"包括的な富"から持続可能な発展を考える

経済指標で測れない"包括的な富"から持続可能な発展を考える

Vol.12 山口 臨太郎 (社会システム領域 主任研究員)
2021年9月15日

やまぐち・りんたろう
東京都出身。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。株式会社野村総合研究所社会システムコンサルティング部に勤務した後、京都大学経済学研究科、九州大学都市研究センターを経て2018年から現職。環境経済学系のトップジャーナルに論文が掲載されている。

発展の指標としての「包括的富」左右する要因を研究

持続可能な発展の指標としての「包括的富」(Inclusive/Comprehensive Wealth)を計測し、指標を動かす要因について研究しています。

国の豊かさや富というものはこれまで、学校や病院など目に見える資本や、金融資産のように測定できるものを中心に考えられてきましたが、人の教育水準や健康状態、自分たちが住んでいる自然環境も含めて資本として測り、それがどのように変化しているかを見ることで包括的に富や豊かさを考えようというのが、包括的富の基本的な考え方です。制度の質やGDP、人口といったさまざまな要素が持続可能な発展を左右していますが、そういった要素の中で何が要因なのかを見つけようとしています。

大学時代に経済学を使って環境問題を考える分野があることを知り、専門を決めました。進学する道もありましたが、専門が経済学ですので、実際に社会経済がどう動いてるのかを現場で見たくて就職しました。コンサルティングの仕事に就いたわけですが、政府系の団体をクライアントとして政策形成に取り組める仕事が多く、やりがいがありましたね。

アジアや中東の公共プロジェクト 現場でも支援

民間での10年間の勤務の後半は、東南アジアや中東の公共プロジェクト支援に携わりました。東南アジアや中東では日本と違って若者の割合が高いので、若年層の雇用の受け皿をつくるために産業を育成する必要があります。投資してくれる日本企業を探し、工場を現地に造ったり、技術ライセンス契約を結んだりするプロジェクトを発案し、実施まで取り組むこともありました。資源国がこれまで燃料や資源を海外に売って利益を得るだけだったのが、その利益を用いて教育や産業育成を通じた人的資本に投資できる仕組みをつくるお手伝いをしていたわけです。

2013年12月にプノンペン(カンボジア)で行ったワークショップの様子。燕三条ブランド工具メーカーの海外進出を支援しつつ、現地の職業人材育成を行う事業に携わった

ただ、クライアントの目的と自分のやりたいことは、必ずしも一致するわけではありません。時代によってニーズがどんどん変わっていくこともあって、自分の軸をもう一度見つめ直したいと研究の世界に戻りました。今は自分の研究と、研究を使った政策提言に特化した仕事ができています。 現在は主にGDPや失業率が経済指標として用いられていますが、将来的には持続可能な発展の指標を主流化するように社会に働き掛け、実装させたいと考えています。GDPという指標自体を持続可能性を含む形で改善していくという方向もあり得るでしょうし、新しい指標自体をGDPなどと並べる形で主流化していくというやり方もあると思います。

汚職や腐敗少ない国ほど自然資本の増減緩やか

具体的な研究を一つ紹介すると、「自然資本」という包括的富を構成する一つの要素について、国による増減の違いが何によって生じるのかを考えました。自然資本は人間にとって有益な自然環境のストックのことで、減らさないことが持続可能性の観点から重要です。再生不可能な自然資本としては化石燃料と鉱物資源、再生可能な自然資本としては森林と農地や生態系があります。

図1: 1990〜2014年の各国の自然資本の変化率。140カ国中109カ国で減少している

理論分析では、国が国民の生活水準の向上と賄賂収入の両方から得られる利益の合計が最大になるように動いていると仮定すると、汚職や腐敗が少ないほど自然資本の増減が緩やかになるという予想になりました。途上国では、政府から木材伐採等の許可を得ることが腐敗の温床にもなっている可能性があります。一般的な経済成長モデルでは、国民の生活水準の向上だけを考えて政府が動いていると仮定して理論モデルがつくられますが、必ずしもそうではないと考えられます。

この予想を確かめる統計的な分析も行いました。過去20年間の各国の汚職・腐敗水準の変化と、結果として自然資本がどれくらい増えたか減ったのかを計測し、先進国ではそうした変化が自然資本の増減にはそれほど影響を与えていない一方、途上国では汚職や腐敗が少ない国ほど自然資本が大事に使われているということが分かりました。社会経済の制度の質を高めることが、自然資本の保全にも有効だということが示されたわけです。

図2: 140カ国のパネルデータを用いた統計的分析の結果。1人当たり自然資本変化率=β0 ×ばつ1人当たり人工資本(経済規模) ×ばつ人口増加率+誤差項と推定した。表中の*の数は次を示している:* p<0.10, * * p<0.05, *** p<0.01。特に途上国では、制度の質が高いほど、そして自然資本ストック規模が大きいほど、自然資本の減少が緩やかであることが分かる

ほかにも生態系サービスへの支払意思額が空間軸でどう変化するかを理論的に検討したり、利用可能な資本と実際に利活用されている資本を比較するための枠組みを検討したりするなど、さまざまな角度から持続可能な開発指標について検討を進めています。研究テーマは「持続可能な発展の指標」と一貫しているのですが、持続可能な発展には環境問題や不平等、格差是正など多岐にわたる分野が関係してくるので、他の研究者と比べて広く浅く研究している方かもしれません。

自分にとって重要なテーマ 突き詰められるのは自分だけ

研究テーマは、本や新聞記事からヒントを得ることが多いです。自分の分野から少し外れた分野の本や論文を読むと、新しい視点が与えられるような気がします。実際の世の中の動きもモチベーションになります。ヨーロッパの研究報告などでは、社会経済で起こっていることをイントロダクションとして説明した上で、自分の研究を紹介する人もいます。現実世界を取り扱う社会科学をやっている限り、現実世界とのつながりを見失わないようにしたいとは思っていますね。

一つのテーマを納得いくまで突き詰めるのは孤独な作業です。ほかの誰かがやってくれるわけではなく、例えチームとして取り組んでいても、自分が重要と思えるテーマをやり通すことができるのは自分しかいないので、そこで考えたり悩んだりする過程というのは、どうしても一人でやらざるを得ないわけです。

それでも、人の生活や考え方に「良い影響を与えられたかもしれない」と思えたときに大きな喜びを感じるので、研究を続けているのだと思います。外国語ができると一気に世界が広がる気がして、NHKラジオ英語講座を中学生の頃から聞いています。外向的なタイプではないのですが、自分の世界を広げたい、新しい世界を見たいという思いが強くあるのでしょうね。国境を越えて関心を共有できたときも嬉しいです。


(聞き手:菊地 奈保子 社会システム領域)
(写真提供:山口 臨太郎 社会システム領域)

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