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パネルディスカッション「何故私は理学を選んだか」
0. はじめに
自分は勉強が出来るタイプではありません.授業ノートをきちんととって期日内に課題を出して,テストで良い点をとるなんてことは出来ませんでした.親近感,感じる人,そんな自分の今後に期待せず進路も適当でいいと妥協している人いませんか?そんな人こそ,自分が楽しいと思うことを大事にしてほしいと思います.私の成績はいいものではありませんでしたが,今,私の研究は魅力的なもので,自分の選択に誇りを持っています.私は地球惑星科学専攻の博士課程に在籍していまして,研究者を目指しています.理科II類から理学部地球惑星環境学科に進学し,そのまま地球惑星科学専攻の院に進みました.私の場合は,理学を志すことは科類を選ぶ時点で決まっていました.というのは,小さい頃から田舎の美しい自然の中で育った自分には,「自然は偉大」「人間が自然をコントロールなぞおこがましい」という信念が出来上がっていて,人の手で自然を変える工学・自然を利用する農学には軽蔑すら抱いてしまっていました.後述しますが,この時の自分は非常に青臭かったと思っています.
1. 東京大学に入学して
そんな,美しい自然に畏敬の念を抱いて東京大学に入った私は,「とにかく外に出て自然のことを知りたい!」と考えていました.そこで入部したのは「東京大学海洋調査探検部」.自分は海も山も好きでしたが,調査・探検という響きにつられました.この部を通じて運命の出会いがありました.入部直後,「部の顧問の先生が学科のガイダンスをやるから人数かせぎに行ってこい!」と先輩に言われ,行った先が地球惑星環境学科のガイダンス.これがまさにフィールドワークをしながら自然の謎を解く学科でした.しかも顧問の先生の研究フィールドはサンゴ礁という,行くだけでも楽しそうなところ.私はガイダンス後にはこの顧問の先生,今の指導教官である茅根教授に「茅根研行きます!」と宣言していました.
2.地球惑星環境学科進学後
ギリギリの成績で学科に進学後,地球惑星環境学科の特徴は広く様々な分野を学ぶことです.自分にとって非常に興味深い分野もあり,正直に言うと興味が持てない分野もありました.ただこの学科で学んだフィールドワークの基礎・色々な時間・空間スケールで考察する視点は今の研究において活きていると感じていまして非常に感謝しています.卒業研究では,学科巡検で台湾に行った後に一人で延泊することにし,その際に先生のアドバイスに沿って離島で見つけた離水サンゴ礁を扱いました.離水サンゴ礁というのは,昔に海で出来たサンゴ礁が,海面の低下や,土地の上昇によって陸に出て来たものをいいます.台湾はプレートが複雑に集まっている場所で,この離島での調査は殆どされていなかったため,この卒論の内容は貴重な成果として投稿論文としてまとめることができました.言葉が通じない国で交通・宿・調査の準備をするのは非常に大変でした.とてもエネルギッシュな自分だったと褒めてあげたいです.この時の研究の調査作業・議論はとても楽しかったのですが,生態のことをやりたいと思っていた自分は院に進んでからはテーマを変えました.
3.研究テーマの選択
修士に入った始めは,指導教官のプロジェクトで,砂浜の再生を目標にしているものに参加させてもらっていました.サンゴ礁の白い砂浜はサンゴ・有孔虫・石灰藻といった生き物の殻から出来ていることに基づき,海面上昇対策に生き物を再生して持続可能な砂浜の維持を目的としています.このプロジェクトは,海岸工学・文化人類の方々との共同研究で,このプロジェクトを通じて,人の文化も尊重しつつ,持続可能なサンゴ礁にととのえることを目指す姿勢を学びました.理学だけではたどり着けない,しかし理学の眼から自然本来が持つ再生力を紐解くことの大事さを学び,理学に進んだことを誇りに思うと同時に,自分のフィールドであるサンゴ礁の研究の発展においては,他の分野との融合が不可欠であることを感じ,益々サンゴ礁というフィールドを魅力に思うようになりました.
実はこのプロジェクトとは別に平行して,先に述べた海洋調査探検部で,自分が隊長として遠征調査を企画しました.硫黄鳥島という,活火山の無人島です.遠征地として選んだ理由は,1. 殆ど海の調査が行われていない2. トカラ火山列島の最南端に位置し,生物地理的にオモシロいのではないか3. 火山性の温泉が出るという特殊な場所である.です.この無人島の調査準備も非常に大変なものでした.情報が無いこと,火山・無人という危険性が高い場所であることから,隊員と顧問且つ指導教官と一緒に何度もミーティングを重ねました.島へは最も近い有人島である徳之島から船をチャーターして行きます,その船長さんがこだわりの強い方でこれもこのフィールドの高いハードルでした.
この時の調査の結果,硫黄鳥島の周囲は人の手が入っていないだけあって美しい造礁サンゴが生息しています,しかし,火山性・酸性の温泉が出ている場所に限っては,造礁サンゴではなく,ソフトコーラルという多肉質な動物が密生していることが分かったのです.
この発見の面白いところは,海洋酸性化というグローバルな地球環境問題と結びつけることが出来る点です.温暖化の原因である二酸化炭素の上昇は,二酸化炭素が海に吸収されることで海のpHが下がる「海洋酸性化」を引き起こします.この海洋酸性化によって,炭酸カルシウムが生成されにくくなります.このことにより造礁サンゴを始めとする,二枚貝やウニなどの炭酸カルシウムの骨格・殻を持つ生物が,悪影響をうけるのです.硫黄鳥島において,酸性の海域に限って造礁サンゴではなくソフトコーラルの群集が広がっていたということ,これは,海洋酸性化が進むと酸性化で弱った造礁サンゴに代わり,ソフトコーラルが優先して生息するようになることを示唆します.
硫黄鳥島の調査を終えて,自分は修論として砂浜の再生と,海洋酸性化,どちらをやるかを非常に悩みました.悩みに悩んで,自分の手で発見した海洋酸性化の研究を選択しました.硫黄鳥島でこのような成果が得ることが出来ることは考えていなかったのですね.硫黄鳥島にpH計を持って行ったのも出発数日前に先生にアドバイスを受けて慌てて用意したものだったので,非常にドラマチックなものを感じます.
4.研究テーマの発展
硫黄鳥島を本格的にやるとなって,再度の調査から,硫黄鳥島の酸性化は実際高pCO2の温泉とガスによって起こっていることが分かりました.また,飼育実験を組み合わせての研究をしました.結果,二酸化炭素の上昇がウミキノコの光合成の上昇を促すメリットがあることが分かり,海洋酸性化で造礁サンゴからウミキノコへ群集がシフトする可能性を示唆するものとなりました.この成果はまとめて投稿中です.この実験で得た成果は非常に大事なものですが,未だに自分は飼育実験に対して苦手意識があります.大雑把な自分は,よく細かいところでミスがあるのです.しかし,欲しいデータだから,と割り切ってやって来ました.
ところで,このソフトコーラル,造礁サンゴに対して殆どの人が見たことないのではないかと思います.実は,研究においても,あまり注目されていません.自分も硫黄鳥島でみるまでは気にかけたことがありませんでした.しかし,この発見を通じて,サンゴ礁において群集シフト後の優先種となり得る重要な生き物であること,また身体の構造でサンゴと共通点があることなどから,研究対象として魅力的であると考えるようになり,今後の自分の研究のキーとして考えています.
5.最後に
以上のように,振り返ってみると私の選択は偶然的なものがきっかけとなっていまして,このままは皆さんの参考にはならないかと思います.今,私は自分の選択に誇りを持っていますが,今まで自分の苦手なこと,面白くなかったこともあったことも紹介しました.でもそんなことは当たり前です.100%自分に合った完璧な進路などありません.お伝えしたいことは,苦手なものに注目しないで,好きなこと,楽しいことを大事にすることが大切ではないかと.理学に限らず,消去法での進路の選択はお進めしません.楽しいと思うことに不器用ながらも能動的に取り組む中で,また新たな魅力が見つかります.