1年先の夏季アジアモンスーンの予測に成功
- プレスリリース
2021年4月7日
気象研究所
東京大学先端科学技術研究センター
東京大学大気海洋研究所
(一財)気象業務支援センター
気象庁気象研究所、東京大学先端科学技術研究センター、東京大学大気海洋研究所の研究チームは、最新の季節予測モデル1)を用い、1年先の夏季アジアモンスーンの予測に初めて成功しました。この成功は、エルニーニョ現象及びその後の影響がよく再現されていたこと、また、大規模なアンサンブル予測2)を行ったことに起因していることを明らかにしました。本研究成果は、2021年4月7日付けで、国際科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ誌に掲載されました。
アジア域の広域にわたる季節風(アジアモンスーン)の変動は、そこに暮らす人間の営みに大きな影響を与えます。日本の夏の天候も、梅雨や台風などの活動をとおして、アジアモンスーンの変動の影響を大きく受けており、その長期予測は重要です。
アジアモンスーンの変動は、大気・海洋・陸面といった気候システムの構成要素間での複雑な相互作用から生じており、数値シミュレーションで精度良く再現するのは容易ではありません。さらに、気候システムの数値シミュレーションにおいては、予測期間が長くなればなるほど誤差が大きくなってしまうというカオス的性質があります。半年程度先までの季節予測では、海洋や陸面などのゆっくりとした変動の予測を手掛かりに予測できる一方、それより長期の予測では、海洋等のゆっくりとした変動の予測もより難しくなるため、数値シミュレーションによりアジアモンスーンの活動を半年以上前に予測することは困難でした。
今般、気象研究所、東京大学先端科学技術研究センター、東京大学大気海洋研究所の研究チームは、気象庁の最新の季節予測モデル1)を用いて、1年先の夏季のアジアモンスーンの予測に成功しました。また、この成功は、北西太平洋域のアジアモンスーンにおける大気の流れ、それに伴う気温や降水量の変動(図1)、さらに、北西太平洋の熱帯低気圧の活動がある程度の精度で予測できていることに起因することもわかりました。そして、精度を向上させるためには大規模なアンサンブル予測2)が必要であることも確認されました。
近年の研究によると、熱帯インド洋や熱帯太平洋では、先行するエルニーニョ現象の影響がエルニーニョ現象終息後の夏まで持続して現れること、また、このプロセスにはインド洋や西太平洋における大気と海洋の相互作用が重要であることが指摘されています。本研究では、最新の季節予測モデルがこのプロセスを現実的に再現できること、さらに、それによってアジアモンスーンの予測が1年前から可能であることを示しました。
これらの成果は、アジアの季節予測に関する理解をより深めるとともに、今後、季節予測技術の高度化および精度向上、季節予測の応用に向けた研究の発展に大きく貢献すると考えられます。
<発表論文>
掲載誌:Nature Communications
タイトル:Skilful predictions of the Asian summer monsoon one year ahead
著者名:Yuhei Takaya1, Yu Kosaka2, Masahiro Watanabe3 and Shuhei Maeda4
所属:(1)気象庁気象研究所, (2)東京大学先端科学技術研究センター, (3)東京大学大気海洋研究所, (4)気象庁高層気象台
DOI:10.1038/s41467-021-22299-6
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-021-22299-6別ウィンドウで開く
図1 各代表的な指数について、各年4月末から翌年夏(6〜8月)を予測した値と、実際に観測された値の比較1。(a)北西太平洋モンスーン指数、(b)太平洋赤道域の中東部(NINO3.4)海面水温、(c)熱帯インド洋海面水温、(d)北西太平洋降水量、(e)ガンジス川流域降水量、(f)インドシナ地上気温。赤線:観測値、黒線:アンサンブル平均予測、青線:振幅を補正した2アンサンブル平均予測、陰影:アンサンブル予測の幅(25〜75%、最大〜最小)。全ての指数は評価期間の平均値、標準偏差で規格化した。全期間の観測値と予測値の相関係数(r)はグラフ内に表示。
1:指数の定義は以下のとおり。北西太平洋モンスーン指数:22.5°N–32.5°N, 110–140°Eと5°N–15°N, 90–130°Eの850hPa東西風平均の差、太平洋赤道域の中東部(NINO3.4)海面水温:5°N–5°S, 170°W–120°Wの海面水温の領域平均、熱帯インド洋海面水温:20°N–20°S, 40°E–100°Eの海面水温の領域平均、北西太平洋降水量:10°N–20°N, 115°E–140°Eの降水量の領域平均、ガンジス川流域降水量:22.5°N–30°N, 75°E–90°Eの降水量の領域平均、インドシナ地上気温:7.5°N–20°N, 92.5°E–110°Eの地上気温の領域平均。
2:アンサンブル平均予測の分散と観測値の分散が等しくなるように振幅を補正した。
<関連情報>
本研究は、文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」(JPMXD0717935561、JPMXD0717935457)の一環として実施されました(領域テーマA実施機関:東京大学大気海洋研究所、領域テーマC実施機関: 気象業務支援センター)。また、JSPS科学研究費助成事業JP17K14395、JP17K01223、JP18H01278、JP18H01281、JP19H05703の助成を受けています。
1.背景
日本を含むアジア域は、熱波や豪雨、台風など、アジアモンスーンの変動の影響を受けています。このため、アジアモンスーンの季節予測は農業や経済活動など幅広い分野にとって重要な情報となります。
アジアモンスーンの変動は、大気・海洋・陸面といった気候システムが複雑に相互作用することで生じており、エルニーニョ現象やインド洋の海面水温の変動などの影響を受けています。さらに、近年の研究によると、インド洋ー西太平洋域の大気と海洋が前冬のエルニーニョ現象に遅れて変動することがわかってきました(インド洋―西太平洋キャパシター(IPOC)モード;小坂 2019)。
一方、アジアモンスーンの変動を数値シミュレーションで精度良く再現するのは容易ではありません。さらに、気候システムの数値シミュレーションにおいては、予測期間が長くなればなるほど誤差が大きくなってしまうというカオス的性質があります。こうしたことから、特に、数値シミュレーションによる半年以上先のアジアモンスーンの長期予測は困難であると考えられてきました。
世界各国の気象機関では、半年程度先までの季節予測を行うために、過去の統計資料や大気の変動を計算する大気モデルに基づく予測手法に加えて、大気と海洋の変動を同時に計算する「大気海洋結合モデル」による予測を行っています。気象庁では2010年にそれまでの大気モデルに代えて、大気海洋結合モデルを導入し、さらなる精度向上のために開発を続けています。こうした開発によるモデリング技術の進歩の結果、季節予測の予測精度は着実に向上し、これまで困難であると考えられてきたアジアモンスーンの予測精度も向上してきました。本研究では、現在気象庁で運用されている、最新の季節予測モデルを用い、1年先の夏季アジアモンスーンの予測が可能であるか調べました。
2.主な結果
(1)1年先の夏季アジアモンスーンの予測精度
本研究では、季節予測モデルを用いて1980〜2016年の夏(6〜8月)を対象とし、各年に対して52個の数値シミュレーションを行い、1年先の予測精度を検証しました。その結果、熱帯インド洋の海面水温や北西太平洋域上空の風など、アジアモンスーンの代表的な変動がある程度予測できることがわかりました(図1、図2)。特にアジアモンスーンの上空の風の流れに関連して、東南アジアの気温、北西太平洋(フィリピン東方)やガンジス川流域の降水量などの地上の気象要素の予測精度も比較的高いことがわかりました。
(2)エルニーニョ現象が発生していた冬の翌夏の予測
本研究では、また、特にエルニーニョ現象が発生していた冬の翌夏3のアジア域の天候が精度良く予測できることを示しました。図3はエルニーニョ現象が発生していた冬の翌夏を対象とする観測値と予測値の比較図を示しています。エルニーニョ現象が発生していた冬の翌夏には、エルニーニョ現象の影響により、熱帯インド洋の海面水温が平年より高くなり、インド洋で対流活動が活発になる一方、太平洋高気圧が南西方向に張り出すことで、北西太平洋のフィリピン東方で対流が平年より不活発になるとともに、東南アジアやインド、オーストラリア北部で地上気温が平年よりも高温になることが知られています。こうした観測値にみられる主要な特徴が季節予測モデルでも予測できていました。
3:エルニーニョ現象が2年続いた年(1986〜1988年)の事例は除く。
(3)熱帯低気圧の予測
上に述べたアジアモンスーンの変動は、北西太平洋域(0°–60°N,100°W–180°)の熱帯低気圧の活動にも影響することが知られています。本研究では、北西太平洋域の熱帯低気圧の活動度(存在頻度3))が高いと、熱帯インド洋の海面水温が低く、太平洋赤道域の中東部の海面水温(NINO3.4)は高くなることを示しました。さらに、熱帯低気圧の活動に影響を与えるモンスーントラフ4)の強さを表すモンスーントラフ指数(5°N–20°N, 130°E–180°の850hPa渦度の平均)と熱帯低気圧の活動度の予測が1年前から可能であることを示しました(図4)。
(4)アンサンブル予測の重要性
季節予測では、予測期間が長くなればなるほど誤差が大きくなってしまうため、その不確実性を評価することも重要です。そのため、一般的には、一度に多数の数値シミュレーション(アンサンブル予測2))を行い、大規模な(多数の)アンサンブル予測ほど予測の精度・信頼性が向上します。本研究の1年先の予測においても、精度を向上させるためには、大規模なアンサンブル予測が必要であることが分かりました(図5)。
3.考察と展望
今回の研究により、気象庁の最新の季節予測モデルが夏季アジアモンスーンの予測が1年前から可能であることを示しました。また、この予測には、インド洋を介したエルニーニョ現象の影響が遅れて現れることが鍵であることを示しました。こうした結果は、夏季アジアモンスーンの従来考えられていたより長い予測可能性を示します。また、得られた結果は、熱帯低気圧を含むアジア域の気候の変動メカニズムの理解を進める上で重要なものです。夏季アジアモンスーンの予測が、これまでの半年程度よりもさらに先まで可能になれば、水資源、農業といった幅広い分野において、予測情報の利用機会が一層拡大すると期待されます。また、数値シミュレーション技術の発展を通じて地球温暖化予測の精度向上、それに基づく、より良い影響評価にも貢献すると期待されます。
参考文献
小坂(2019). 「熱帯大気海洋結合変動がもたらす東アジアへの遠隔影響」 天気,66巻,1号,27-31,https://doi.org/10.24761/tenki.66.1_27別ウィンドウで開く
図2 各年4月末を初期値とした翌年夏(6月〜8月平均)の代表的な指数の予測値と観測値の相関係数。(a)850hPaの東西風、(b)海面水温/地上気温、(c)降水量の図。 検証対象期間は1980年〜2016年の37年間。予測値は52個のアンサンブル予測の平均値。ドットは統計的に有意な相関を示す。
図3 エルニーニョ現象が発生していた冬の翌夏(6月〜8月)の(a, b)観測値と4月末を初期値とした同期間の(c, d)予測値を比較した図。(a, c)降水量と(色)海面更正気圧(等値線、間隔:0.3hPa)の予測期間平均からの差、(b, d)海面水温・地上気温(色)、500hPa高度(等値線、間隔:3m)の予測期間平均からの差。ドットは(a,c)降水量と(b, d)海面水温または地上気温の差が統計的に有意な領域を示す。雲と太陽のマークはそれぞれ降水が多い領域、降水が少ない領域を示す。
図4 エルニーニョ現象が発生していた冬の翌夏(6月〜8月)の(a, b)観測値と4月末を初期値とした同期間の(c, d)予測値を比較した図。(a, c)降水量と(色)海面更正気圧(等値線、間隔:0.3hPa)の予測期間平均からの差、(b, d)海面水温・地上気温(色)、500hPa高度(等値線、間隔:3m)の予測期間平均からの差。ドットは(a,c)降水量と(b, d)海面水温または地上気温の差が統計的に有意な領域を示す。雲と太陽のマークはそれぞれ降水が多い領域、降水が少ない領域を示す。
図5 アンサンブル予測の規模と予測精度(アンサンブル平均の予測値と観測値の相関係数)の関係。評価指数は北西太平洋モンスーン指数。アンサンブル数が大きいほど、予測精度(相関係数)が高くなる。点線は理論的に見積もられる精度、水平線は99%および95%信頼水準を示す。
用語解説
1)季節予測モデル
季節予測に用いる数値モデルのこと。本研究では、気候システムを構成する大気・海洋・陸面・海氷をシミュレーションする「大気海洋結合モデル」を用いている。
2)アンサンブル予測
予測において、わずかに異なる初期状態を用いたり、モデルのパラメータをわずかに変えて多数の予測を行ったりすることをアンサンブル予測という。気候システムは複雑でカオス的であるため、わずかな条件の違いによりばらつき(不確実性)が生じる。多数のシミュレーションを行うことで不確実性を見積り、確率的な予測が可能になる。
3)存在頻度
熱帯低気圧の活動度を定量化する指標はいくつかあるが、本研究では6時間毎に熱帯低気圧が存在している頻度を積算したものを存在頻度として用いた。
4)モンスーントラフ
北西太平洋域の熱帯収束帯の気圧の谷のこと。
問い合わせ
グローバル気候力学分野 准教授 小坂 優
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