互いに動きを読むことが歩行者の流れに秩序をもたらす
〜自己組織化を促す相互予期の重要性〜
- プレスリリース
2021年3月18日
1.発表者
村上 久
(京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系 助教)
フェリシャーニ クラウディオ
(東京大学先端科学技術研究センター 特任准教授)
西山 雄大
(長岡技術科学大学大学院工学研究科情報・経営システム工学専攻 講師)
西成 活裕
(東京大学先端科学技術研究センター/大学院工学系研究科 教授)
2.発表のポイント
- 本研究は歩行者集団の行動実験において、集団内のごく一部の歩行者の注意を歩行以外に向けさせることで、歩行者が通常もつ「予期」という性質と集団全体の組織化の関係を初めて検証しました。
- 歩行者が対向して行き交う流れの中では、注意を逸らされた歩行者だけでなく、彼らに向かっていく者や同じ方向に進む者でさえ、予期的行動が阻害されることを発見しました。
- 歩行者集団において、歩行者同士が「互いに」動きを予期し合うことが、集団全体の組織化を促進していることを明らかにしました。
3.発表概要
京都工芸繊維大学の村上久助教、長岡技術科学大学の西山雄大講師、東京大学のフェリシャーニ・クラウディオ特任准教授、西成活裕教授らの研究チームは、歩行者集団において、各歩行者が他の歩行者と互いに動きを予期し合うことによって、集団全体の自律的な組織化を促進していることを明らかにしました。
最近の研究により、歩行者の行動は本質的に他の歩行者の予期される未来の位置に影響を受けることが示されています。予期とは単に未来の事象に備えて待つだけの予測とは異なり、備えつつ行動を実行するような動的な意思決定過程と考えられます。つまり、予期では自らの行動によって周囲環境(現在・未来の自分と他者の位置関係)が常に更新されるが故に、備えの根拠となる意思決定の枠組みが役に立たなくなり、限られた時間の中でその枠組みを絶えず作り変える必要があるのです。こうした個々で行なっている予期という性質が、集団全体へどのように影響するのかは未解明でした。
本研究では、横断歩道のような通路において向かい合って移動する二つの歩行者集団が自然といくつかの列に分かれる「レーン形成現象」の実験を行いました。発表者らはこのような実験において、数人の歩行者の視覚的注意を逸らすことで予期の認知的能力に介入し、予期と集団の組織化の関係を初めて検証しました。その結果、数人への介入であるにも関わらず集団全体のレーン形成が遅延し、注意を逸らされた歩行者だけでなくその周りの歩行者も歩行中の衝突回避が難しくなることを発見しました。これは逆に言えば、通常の歩行者集団において、歩行者が一方だけではなくお互いに予期することで集団としての秩序化を促進させていることを示しています。私たちは普段の生活の中で見ず知らずの人とも知らず知らずのうちに阿吽の呼吸を作り出しているのかもしれません。
4.発表内容
人の群集(歩行者等の人の流れ)は、魚や鳥の群れと同様に、秩序だった構造が集団全体にわたって自律的に生じる自己組織化現象(注1)の代表例です。誰にも制御されていないからこそ、密集した群集が折り重なって倒れる群集雪崩のような深刻な事故が起こるといった難点がありますが、自律的に円滑な流れが生じ衝突リスクが軽減されるといった利点もあります。日常でも見られるように、横断歩道において対向して移動する二つの歩行者集団が自然といくつかの列に分かれるというレーン形成現象は、わかりやすい自己組織化の利点の一例でしょう。事故を回避し効率的な人の流れを考えるには、レーン形成現象のような集団現象の背後にあるメカニズムとしての個体間の相互作用を理解することが重要だと言えます。
従来の群集研究では、歩行者間の現在の位置関係に基づき、衝突回避を行う数理モデルが考案されてきました。しかし近年、現実の群集データを分析できるようになるにつれ、従来モデルでは説明がつかない現象が多数見つかっています。特に現実の歩行者は、距離に基づく従来モデルと異なり、本質的に予期に基づくことがわかりつつあります。つまり歩行者の行動は、他の歩行者の現在の位置ではなく、その予期される未来の位置に強く影響を受けるのです。こうした予期行動は様々な実環境で確認されており、集団現象としての群集行動においても、基盤的役割を果たしていると考えられます。他の歩行者の動きを予期することで、衝突を事前に回避し、群集の中を縫って歩くことを容易にし、結果集団全体の効率的な組織化を促進すると考えられるのです。にもかかわらず、個体間の予期が集団の自己組織化にどう影響するのかはこれまで未解明でした。
本研究では、「予期が群集の自己組織化を促進する」との仮説を立て実験を実施しました(図1)。実験では、それぞれ27人からなる二つの集団が対面して歩いたときに生じるレーン形成について調べました。二つのうち片方の集団にいる3人の歩行者は、予期の認知能力に介入するため視覚的注意を逸らす追加課題が与えられました。追加課題は歩行中にスマートフォンを用いて計算問題を解くというものでした。いわゆるスマホ歩きについて、歩行者の視野が狭まり周囲環境への視覚的注意が著しく低下することは先行研究によりわかっています。通常予期を行う歩行者は、対向する歩行者が十分離れていても強く影響を受けます。従ってスマホ歩き課題により注意を逸らされた歩行者は、予期が困難になると考えられます。もしこの実験で、歩行への注意を逸らす課題が局所的な衝突回避リスクを高めるだけでなく、集団的なレーン形成をも阻害するのであれば、通常の群集の自己組織化は予期によって促進されると考えられます。
結果としてまず、注意を逸らす課題があった場合、なかった場合に比べて有意に集団全体の歩行速度が低下しました。この結果は、予期の阻害が集団全体の流れを滞らせたことを意味します。続いて自己組織化への影響を調べるため、レーン形成の程度を計測する秩序変数を用いて、いつレーンが初めて形成されたかを計算しました。その結果、注意を逸らす課題があった場合は、なかった場合に比べて有意にレーン形成の開始時間が遅延することが示されました。これらの結果は、予期の阻害が群集の自己組織化過程に影響を与えたことを意味します。
以上の集団レベルでの影響に加えて、注意を逸らす課題が個体レベルでの衝突回避行動にどう影響を与えたかを調べました。注意を逸らされることで歩行者は予期が困難となり、事前の衝突回避を行えず、衝突直前の急で大きなターンを行うと考えられます。結果として、このような急で大きなターンは、注意を逸らす課題がない実験では観察されませんでした。一方で一部の歩行者の注意が逸らされた実験では、注意を逸らされた歩行者のみならず、彼らに向かっていく者や同じ方向に進む者でさえ、急で大きなターンが観察されました。これらの結果は、今回の「一部の歩行者のみ注意を逸らす」という実験的介入が、注意を逸らされた歩行者自身の予期能力に直接の影響を与えただけでなく、周囲の歩行者にも間接的に影響したことを意味します。それはまた、私たちが群集の中でスムーズな歩行を行うためには、予期が一方向ではなく双方向で行われる必要があることを示しています。以上の結果をまとめると、通常の衝突回避行動は協調的プロセスであり、個体間の相互の予期が集団全体としての秩序を促進すると考えられます。
本研究で示された群集における相互予期の重要性は、人の集団的意思決定、動物の群れ行動、群ロボットなど他の様々な自己組織化システムに新たな視座を与えるといった学術的貢献のみならず、将来的には、混雑や事故を未然に防ぐための群集マネジメントへの貢献が期待されます。相互予期に基づき群集の振る舞いを記述する数理モデルを開発することで、より信頼性高く人流を予測し、大規模イベントや避難経路の計画に役立てることができるかもしれません。
本研究成果は、以下の研究プロジェクトによって得られました。
・日本学術振興会科研費(JP20K20143, JP20K14992, JP19K20384)
・科学技術振興機構未来社会創造事業(JPMJMI17D4, JPMJMI20D1)
・文部科学省卓越研究員事業(JPMXS0320200282)
5.発表雑誌
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Mutual anticipation can contribute to self-organization in human crowds
著者:Hisashi Murakami, Claudio Feliciani, Yuta Nishiyama, Katsuhiro Nishinari
DOI番号:10.1126/sciadv.abe7758別ウィンドウで開く
6.用語解説
(注1)自己組織化現象:集団全体にわたって秩序だった構造が、個体間の相互作用から自律的に組織化される現象。その際の組織化は、指揮者やリーダーなどの外的/中央制御が無くとも、かつ、個体間で相互作用できる範囲を超えても生じる。
7.添付資料
関連タグ