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研究成果
2019年5月10日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人東京大学
国立大学法人秋田大学
国立大学法人九州大学
国立大学法人高知大学
図1:(左上)本研究の試料を採取した白鳳丸。撮影:東京大学 横山祐典教授。(左下)東京大学大気海洋研究所のシングルステージ加速器質量分析装置。撮影:東京大学 宮入陽介特任研究員。(右)本研究で利用した海洋堆積物コア試料の一例。
国立極地研究所(所長:中村卓司)の石輪健樹特任研究員(研究当時所属:東京大学大学院理学系研究科)、東京大学大気海洋研究所(所長:河村知彦)の横山祐典教授らの研究グループは、「白鳳丸(図1、左上)」の2011年の航海において北西オーストラリアで採取された海洋堆積物コア試料(図1、右)を用いて、最終氷期最盛期(約2万年前)を含む2万9千年前から1万4千年前における海面および氷床の変動を解明しました。その結果、この期間の大陸氷床の拡大は、これまで考えられていたような単調な1段階の拡大ではなく、短期間の急激な拡大が2度にわたり起こることで生じていたことが明らかとなりました。
研究グループは、海洋堆積物コア試料を用いて約100点もの詳細な年代決定を行うとともに、堆積物の分析を組み合わせて当時の水深を推定し、北西オーストラリアにおける海面変動史を復元しました。さらにその結果を用いて、全球的な海面低下が、段階的な氷床拡大により引き起こされたことを示しました。これは、最終氷期においても大陸氷床が短期間で急激に変動した可能性を示唆します。本研究結果は海面変化の予測をはじめとする将来の気候変動予測のモデル精度向上に対して、大きな貢献が期待されます。
この成果は、Scientific Reports誌に2019年5月10日付で掲載されます。
気候変動の将来予測をより高精度化するためには、過去の気候変動を知ることが不可欠です。衛星などを用いた観測はここ数十年間にわたって行われていますが、より長い時間スケール(数百年–数万年)の気候変動を解明するためには、当時の環境情報を内部に蓄積する、海洋堆積物コア、アイスコア、サンゴ、鍾乳石などを用いて過去の気候変動を復元する必要があります。本研究が対象とする「海洋酸素同位体ステージ2(Marine Isotope Stage 2)」と呼ばれる時代は、約2万9千年前から1万4千年前に相当します。全球的に寒冷化し、氷床が最も拡大した最終氷期最盛期(約2万年前)を含んでおり、その氷床の拡大がどのように進行したかを把握することは、気候変動メカニズムの解明のために重要です。また、この時期は古気候学に広く用いられている放射性炭素年代測定が適用可能であるため、氷床変動・海面変動と二酸化炭素濃度や水温、気温などのほかの古気候記録との詳細な比較・検討が可能な時期であるという特徴があります。そのため、「海洋酸素同位体ステージ2」の氷床変動メカニズム、更には氷床変動に対する気候システムの応答の復元は非常に重要な課題です。
過去の氷床の変動は、ある地域で観測された海面変動をもとに推定できます。ただ、地球の表面は、大陸を覆う氷床が成長するとその重みで沈降し、縮小すると隆起します。そのため、海面変動から氷床の変動を推定するには、この沈降や隆起(アイソスタシー)の影響を考慮し、補正する必要があります。しかしながらこの補正には誤差が伴うため、なるべくアイソスタシーの影響が小さい地域の海面変動をもとにすることが、より正確な氷床変動史の復元につながります。
また、これまで「海洋酸素同位体ステージ2」の全球的な氷床変動史は、さまざまな地域で採取されたサンプルのデータをもとに復元されてきましたが、海面変動のデータ数が少なく、誤差も大きいことが問題点として挙げられていました。
図2: 本研究対象地域である北西オーストラリア・ボナパルト湾の位置。旧氷床域である北米やグリーンランド、南極から離れている。
そこで本研究では、北西オーストラリアのボナパルト湾(図2)で試料を採取することにしました。ボナパルト湾は旧氷床域(氷期に大きな氷床が形成されていた地域:例えば現在の北米・北欧・グリーンランド・南極など)から遠く、アイソスタシーの影響が小さいことが予想され、より高精度な氷床変動史の復元が期待できます。研究グループは学術研究船「白鳳丸」のKH11-1期航海(2011年1月〜2月、主席研究者:横山祐典)において、ボナパルト湾で多数の海洋堆積物コア試料を採取し、それらのコア試料の分析から「海洋酸素同位体ステージ2」における全球的な氷床変動の高精度復元を目指しました。
海面変動の復元には高精度かつ高分解能な年代決定が重要ですが、本研究では東京大学大気海洋研究所高解像度環境解析研究センターに設置された日本で唯一のシングルステージ加速器質量分析装置(図1、左下)を用い、約100試料にもおよぶ多点数の放射性炭素年代測定を行いました。安定同位体比分析をはじめとする様々な分析も組み合わせて、ボナパルト湾の「海洋酸素同位体ステージ2」における海面変動史を復元しました(図3)。
図3: ボナパルト湾から復元された海洋酸素同位体ステージ2における海面変動史。
さらに、アイソスタシーの影響をGIA(Glacial Isostatic Adjustment)モデルで計算することで、海面変動史から全球的な氷床変動を復元しました。先行研究における「海洋酸素同位体ステージ2」の氷床変動史は、最終氷期最盛期に向けた単調な1段階の氷床拡大を想定していました。しかし、本研究では、高精度かつ高分解能の各種分析の結果により、比較的短期間での拡大が2段階にわたって起こったことが示されました。これは、従来考えられていたよりも氷期において氷床が短期間で急激に変動していた可能性、および氷期における新たな氷床変動メカニズムの存在を示唆するものです。
グレートバリアリーフのサンゴ礁を用いた研究においても「海洋酸素同位体ステージ2」における海面変動について新たな知見が得られています(文献1)。本研究の海洋堆積物コア試料を用いた成果をこれらと合わせることで、今後、「海洋酸素同位体ステージ2」における氷床変動史の理解、さらに氷期における地球表層システムの解明につながることが期待されます。また、今回の成果によって氷期の氷床が従来考えられていたよりも短期で変動していた可能性が示唆されました。この事象は、まだモデル計算によっては十分に研究が行われていません。今回の成果が今後、地球環境のシミュレーションモデルに取り込まれることで、モデル計算の再現性が向上し、気候変動の将来予測に用いられるモデルの高精度化につながると期待されます。
掲載誌: Scientific Reports
タイトル: A sea-level plateau preceding the Marine Isotope Stage 2 minima revealed by Australian sediments
著者:
石輪健樹(国立極地研究所 地圏研究グループ 特任研究員/研究当時:東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士課程)
横山祐典(東京大学 大気海洋研究所/大学院理学系研究科 教授)
奥野淳一(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教/総合研究大学院大学 複合科学研究科 助教)
Stephen Obrochta(秋田大学 大学院国際資源学研究科 准教授)
上原克人(九州大学 応用力学研究所 助教)
池原実(高知大学 海洋コア総合研究センター 教授)
宮入陽介(東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
論文掲載日: 2019年5月10日
DOI: 10.1038/s41598-019-42573-4
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-019-42573-4
文献1
Yokoyama Y., Esat T. M., Thompson W. G., Thomas A.L., Webster J. M., Miyairi Y., Sawada C., Aze T., Matsuzaki H., Okuno J., Fallon S., Braga J-. C., Humblet M., Iryu Y., Potts D. C., Fujita K., Suzuki A., Kan H., Rapid glaciation and a two-step sea level plunge into the Last Glacial Maximum, Nature, 559 603-607, doi: 10.1038/s41586-018-0335-4, 2018.
本研究はJSPS科研費(26247085, 15KK0151, 17H01168, 16K05571, 16J04542, 18K13621)の助成を受けて実施されました。また、高知大学共同利用・共同研究課題(11A031, 11B039, 12A013, 12B011, 13A021, 13B018, 14A029, 14B027, 15A042, 15B037)の支援を受けて実施されました。
研究内容について
国立極地研究所 地圏研究グループ 特任研究員 石輪健樹
報道について
国立極地研究所 広報室
東京大学 大気海洋研究所 広報室
国立大学法人秋田大学 広報課
国立大学法人九州大学 広報室
国立大学法人高知大学 総務部総務課広報係