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日本ハムの2軍投手コーチに就任した江口孝義さん(55)は1991〜96年まで在籍したダイエー(現ソフトバンク)時代に未勝利のままユニホームを脱いだ。佐賀工業高校時代に夏の甲子園で最速148キロをマークするなど本格派右腕として脚光を浴びながら、プロでは肩の故障に苦しんだ。自らの体験を踏まえて現役引退後に理学療法士の資格を取得。マウンドで果たせなかった「プロ1勝」の夢は「スポーツ選手のリハビリを手助けすること」に変わり、オリックスとソフトバンクではトレーナーも務めた。一般企業での勤務を経て、今回新任のコーチとして白羽の矢が立ったのは医療に携わった希有な経験を買われたからだった。

甲子園で躍動した佐賀工時代の江口さん=87年

【タカ番走る!!(西口憲一) 1998年5月5日西日本スポーツ】

本棚に所狭しと並んだ「生理学」や「解剖学」のテキスト。四畳半の部屋の壁には骨格や筋肉の細かい名称が書かれた紙が何枚も張られていた。西口は受験生にタイムスリップしたような気分になった。

「これ、全部暗記しないといけないんですよ」

熊本市の閑静な住宅地にあるアパートの一室。西口の前で懐かしい顔が笑っていた。佐賀工業高校時代から速球派右腕として期待されながら右肩痛に泣いた元ダイエー投手の江口孝義さん(28)だ。2年前のオフに退団。現在は障害者のリハビリを目的とした理学療法士の国家試験を受けるため、熊本市内の専門学校と図書館に通う毎日を送っている。

「自分の経験が大きいですね。ケガに苦しんでいる人の手助けが少しでもできたらと、思って決心しました」

「学校は難しいの?」

「夜間部だから専門学校に4年間通わないと受験資格が得られません。それに年2回の進級試験に落ちれば、留年なんです。でも勉強は楽しいです。点数を多く取ればうれしいし、緊張があります」

西口は、江口さんの口から「楽しい」という言葉が出るとは思わなかった。「投手なのに球を投げられず、いつも歯を食いしばりながら黙々と走っていた」。それが、ファームで西口が見てきた〝ダイエー江口〟だったからだ。

退団する年の5月、咲子夫人(31)との間に待望の長男が誕生。「力斗(りきと)」と名付けた。「ボクが弱かった分、この子だけは力強く生きてほしかったんです」。照れたようなやさしいまなざしは現役時代と変わらないが、江口さんの口調にはどこか信念めいたものを感じさせた。

「いつになるか分かりませんが、スポーツ選手のリハビリを手助けするのが夢です。きっと選手と同じ気持ちで接することができると思う」

プロ生活6年間で勝ち星には恵まれなかった。150キロとも言われた剛球を披露することは一度もなかった。だからこそ、プロのマウンドでは無縁だったカクテル光線を、第二の人生では思いっきり浴びてほしい。

福岡へ戻る西口の車のルームミラーには、丁寧に頭を下げながらいつまでも見送る江口さんの姿があった。

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西口 憲一

西口 憲一

編集委員

立命館大学でアメリカンフットボールに打ち込み、「人の心を動かし、心に残るような記事を書きたい」とスポーツ記者を志しました。 1993年西日本新聞社入社。 運動部からスタートし、以来、福岡→大分→福岡→東京→福岡→東京→福岡。 主にプロ野球(ダイエー、ソフトバンク、西武)やソフトボールを取材。1999年ダイエー初優勝、2008年北京と2021年東京の両五輪でのソフトボール金メダル獲得に心が震えました。 現在はバレーボールSVリーグ女子のSAGA久光スプリングスの記事も書いています。福岡市出身。

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