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コロナ禍で今季も入場制限が設けられ、ペイペイドームまで乗客を運ぶ機会は多くない。福岡市の「西日本タクシー」で運転手となって1年半あまり。元ダイエー捕手の岩切英司さん(59)は願う。「球場でホークスの試合観戦を楽しみにしているお客さまと車内で野球談議をしたいね」

福岡の街で暮らすようになって30年の月日が流れた。いろんな思い出がある。阪神から移籍1年目の1991年に当時西武の工藤公康から打った一打が、岩切さんにとってダイエーでの唯一のヒットとなった。「カーブを確か三遊間方向に打ったはず」。その工藤がFAで加入した95年はダイエーにとって大きな転換期となった。王貞治監督が誕生し、高卒新人で城島健司が入団。前年の94年限りで現役を引退した岩切さんは育成コーチで再出発した。

「投手コーチの村田兆治さんから頼まれて、春のキャンプは1軍のブルペンを手伝った」。ある日、城島が工藤の球を受ける「体験学習」に来た。「城島! カーブね!」。球界屈指の落差と切れを誇った工藤の代名詞。投球前に球種を伝えても18歳は捕れなかった。3球ほどだっただろうか。工藤の「ピッチングにならないから」のひと言で強制終了。城島は無言のままブルペンを後にした。

「あれがプロの厳しさ。順風満帆なんてあり得ない。悩んで、苦しんで...。ジョー(城島)も最初は悔しかっただろうが、超一流の選手になったんだから」
投手の球をミットで受けてきただけではない。多くの選手の葛藤も心で受け止めてきた。川崎宗則もその一人だ。入団1年目の2000年。「ムネ(川崎)は、プロに入ってすぐに胃腸炎か何かで体を壊したんよ。気苦労もあったはず」。当時の西戸崎室内練習場(福岡市東区)で2軍の遠征に同行しない選手を指導していると、隣接する合宿所での静養を命じられていた川崎が「お願いします。練習をさせてください!」と訴えてきた。「寂しそうな目をしていた。この子は本当に野球が好きなんやと」

自身の経験を踏まえて川崎を説得した。「辛抱せえ。まず体を治そう。これから長いこと野球をやっていかんといかん。そこでつまずかないように、今はしっかり体をつくろう」。華やかとはいえなかった岩切さんの現役生活。ダイエーでは痛めていた肩で三盗を阻止しようとした送球が、見当違いの三塁側ベンチに飛び込んだ。この試合を最後に1軍での出場機会は訪れなかった。

タクシーの乗務員になってから、改めてかみしめている言葉がある。阪神時代、公私両面でお世話になったという「ミスタータイガース」こと、掛布雅之が色紙に書き添えていた「いつもあこがれ」だ。「1軍とか2軍とか関係ない。プロ野球選手としてファンに夢を与えられる存在でいられるか。掛布さんはそう言いたかったはず」。10月8日で還暦を迎える。憧れの世界でもがいた日々が遠くなっても、「野球人」としての誇りを胸にハンドルを握る。(西口憲一)

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西口 憲一

西口 憲一

編集委員

立命館大学でアメリカンフットボールに打ち込み、「人の心を動かし、心に残るような記事を書きたい」とスポーツ記者を志しました。 1993年西日本新聞社入社。 運動部からスタートし、以来、福岡→大分→福岡→東京→福岡→東京→福岡。 主にプロ野球(ダイエー、ソフトバンク、西武)やソフトボールを取材。1999年ダイエー初優勝、2008年北京と2021年東京の両五輪でのソフトボール金メダル獲得に心が震えました。 現在はバレーボールSVリーグ女子のSAGA久光スプリングスの記事も書いています。福岡市出身。

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