遠い昔、はるか彼方の球状星団の中で、2つの奇妙な大質量ブラックホールどうしが衝突して融合した。このときに解放された膨大なエネルギーは時空の構造を歪め、さざ波のように宇宙を広がっていった。
2017年初め、地球のレーザー干渉計重力波観測所(LIGO)が、このさざ波をとらえた。重力波の直接検出としては3例目だ。重力波は、宇宙を観測するための新たな方法となることが期待されている。重力波ははるか遠くにあるブラックホールの成長や位置のほか、2つのブラックホールがお互いのまわりを回転しながら死を迎える様子についても教えてくれる。(参考記事:「2度目の重力波観測、天文学はいよいよ新時代へ」 )
「宇宙は謎でいっぱいです。私たちはブラックホールがどのように生まれてくるのかわかっていると思っていましたが、知らないことがまだまだたくさんあるのだと思い知らされました」と、カナダ、マギル大学の天体物理学者ダリル・ハガード氏は語る。
ブラックホールが激突
LIGOが最新の重力波をとらえたのは2017年1月4日のこと。約30億年前のブラックホールの衝突により発生した重力波が、今になって地球に届いたのだ。地球に打ち寄せた時空のさざ波は、米国ワシントン州ハンフォードとルイジアナ州リビングストンに設置されたレーザーと鏡からなる装置によってとらえられた。
地球に届いた重力波は、空間をわずかに伸び縮みさせた。伸び縮みの大きさは陽子の直径よりもはるかに小さく、私たち人間が気づくのは不可能だ。しかし、LIGOの感度は非常に高く、この小さな歪みをしっかりとらえた。
信号を慎重に分析した研究チームは、この重力波が、太陽の30倍と19倍の質量をもつ2つのブラックホールが激突したときに発生したものであることを突き止めた。(参考記事:「重力波を生んだ太古のブラックホール衝突を解明」 )
2つのブラックホールは、長い間、お互いのまわりを回転していたが、徐々に死のらせんへと引き込まれていった。じわじわと接近してゆくブラックホールは、重力波の形でエネルギーを放射した。そしてついに衝突して融合し、さらに多くのエネルギーが時空のさざ波として宇宙に放出された。
このほど科学誌『フィジカル・レビュー・レターズ』に発表された論文によると、衝突により新たに形成された底なしの曲がった時空は、実に太陽の50倍の質量をもつという。(参考記事:「【解説】重力波、世紀の発見をもたらした壮大な物語」 )
重すぎるブラックホールの謎
LIGOが最初に重力波を検出したのは2015年9月で、2回目は2015年12月だったが、これらの重力波もブラックホールどうしの衝突によって発生したものだった。そして、3例のうち2例では、ブラックホールの質量は天体物理学者の予想よりはるかに大きかった。
いわゆる「恒星質量ブラックホール」に関する科学者の知識は、あまり正確ではないようだ。
恒星質量ブラックホールは、太陽より質量の大きい恒星が爆発して死ぬときに形成される残骸だ。単純に考えれば、恒星が大きいほど残骸も重くなりそうだが、天体物理学の世界ではそうなるとはかぎらない。
なぜなら、大きい恒星ほど激しく活動し、恒星風として宇宙空間に大量の物質を吹き飛ばしているからだ。そのため、一生を終える頃には多くの質量を失っていて、最後は比較的小さいブラックホールになる。
米ペンシルベニア州立大学のスタイン・シグルドソン氏によると、この数十年間の理論と観測により、恒星質量ブラックホールの質量が太陽の約10倍を超えることはないと考えられていたという。けれどもLIGOは、従来考えられていた上限よりもはるかに重いが、銀河の中心にある巨大ブラックホールほどは重くはないブラックホールが複数あることを明らかにした。
LIGOの研究チームに所属するジョージア工科大学のローラ・キャドナーティ氏は、「私たちが発見するまで、このようなブラックホールが存在していることさえ知られていませんでした」と言う。(参考記事:「史上初のブラックホール撮影、成否は数カ月後」 )