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×ばつ濱口秀司 対談前編】

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最新刊『ニュータイプの時代』が大きな話題を呼んでいる山口周さんは、非連続で不確実なこれからの時代を生き抜いていける「ニュータイプ」の人材要件として「正解を出せるのではなく、問題を設定できる」ことを挙げています。そこで、「問題を解決するプロ」である、USBフラッシュメモリのコンセプト開発などでも知られるビジネスデザイナーの濱口秀司さんと、現代において求められているイノベーションのかたちや、それを組織で起こすうえの条件について語り合っていただきました。(構成:平行男、スチール撮影:疋田千里、動画撮影:久保田剛史)

天才に頼らなくていい「悲しくない世界」をつくろう

×ばつ濱口秀司 対談前編】山口 周(やまぐち・しゅう)さん
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。 慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。

山口周さん(以下、山口) 濱口さんの記事が雑誌やインターネットに出ていると必ず読むようにしていて、今年6月に濱口さんの論文集『SHIFT:イノベーションの作法』が出た時も飛びついたんです。

濱口秀司さん(以下、濱口) ありがとうございます。もともとDIAMONDハーバード・ビジネスに連載していた、といっても、普段話していることをまとめた内容です。

山口 『SHIFT』には、巷の経営本に書いてあるような、マーケティングであればペルソナの設定とか、そんな話は全く書かれていなくて、ストラテジーをどう考え、どうプロセスを組み上げるかという、実践的な手法が詳細に書かれていました。僕は、イノベーションを上部と下部の二層構造でとらえているのですが、上部が実際のプロセスで、下部は文化や組織風土だとすると、『SHIFT』は特に上部構造に直接響く内容だと思いました。こういった本は他になく、企業の現場を知り抜いていらっしゃるだけに非常に迫力があるなと感じました。

濱口 僕は基本的に、人に勝ちたい、成功したいと思っているので、何かしようとするとすごく実践的にならざるをえないんです。自分は天才じゃないから、適当にやったら失敗してしまう。でも失敗するのはむちゃくちゃ悔しい。だから、絶対失敗しないようなやり方を考える必要がある。そういう意識で物事を考えるようになりました。天才じゃないから、方法論をきちんと持つんです。

一般には、イノベーションは天才にしかできない、と思われがちですよね。もし本当にそうだとすると、企業がやるべきことは、天才を発掘して、その人に気持ちよく仕事をさせることだけです。あとは他のメンバーが、天才が考えたことを素早く正確に実行すればいい。でもそんな世界って悲しいですよね。「悲しくない世界」をつくろうと思って、ロジックで勝つことを考えるようになりました。

山口 イノベーションは天才に頼らなくても、ロジックで起こせるというわけですね。

真面目な人が方法論をもてばできる!

×ばつ濱口秀司 対談前編】濱口秀司(はまぐち・ひでし)さん
京都大学工学部卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。R&Dおよび研究企画に従事後、全社戦略投資案件の意思決定分析を担当。1993年、日本初企業内イントラネットを高須賀宣氏(サイボウズ創業者)とともに考案・構築。1998年から米国のデザイン会社、Zibaに参画。1999年、世界初のUSBフラッシュメモリのコンセプトをつくり、その後数々のイノベーションをリード。パナソニック電工米国研究所上席副社長、米国ソフトウェアベンチャーCOOを経て、2009年に戦略ディレクターとしてZibaに再び参画。現在はZibaのエグゼクティブフェローを務めながら自身の実験会社「monogoto」を立ち上げ、ビジネスデザイン分野にフォーカスした活動を行っている。B2CからB2Bの幅広い商品・サービスの企画、製品開発、R&D戦略、価格戦略を含むマーケティング、工場の生産性向上、財務面も含めた事業・経営戦略に及ぶまで包括的な事業活動のコンサルティングを手掛ける。ドイツRedDotデザイン賞審査員。米国ポートランドとロサンゼルス在住。

濱口 ずいぶん昔は、面白い技術やビジネスモデルを一つ思いつけば、それだけでイノベーションになって、企業は十分に儲かったんですよ。ところが最近は、一つのアイデアではうまくいかない。「技術的にはすごいけれども、プロダクトで失敗した」みたいなことが起こりえます。だから技術も製品もデザインも売り方も...と複数の要素を合致させないといけない。

アップルがいい例です。アップルは技術的にもビジネスモデルも、提供している顧客体験もすごいけど、よく見ると複数のデリケートなアイデアが組み合わさってイノベーションになっている。「組み合わせでイノベーションをつくる」ということなら、真面目な人に方法論を持たせればできることだと思っています。物理学で新しい理論を見つけるのは、限られた天才しかできないかもしれません。でも隙だらけのビジネスの世界でイノベーションを起こすことは、天才ではない普通の人でもできます。

山口 そう言われると、その気になってくるから不思議ですね(笑)。

濱口 先ほど「巷の本に出てくる一般的なことが書いれていない」とおっしゃいましたが、たしかに名著に載っているようなことは書いていません。なぜなら、そういう本を読んでイノベーションを起こせた事例は過去にほぼないから。最近なら世界中で「デザイン思考」が注目されていて、ワークショップが行われていますけど、あのワークショップのおかげでイノベーションが起きたという話も聞いたことがない。つまり、やり方が間違っているということです。

僕は東大のイノベーション教育プログラム「i.school」でも教えたことがあるのですが、僕のやり方を試すと、みんなが「気持ちが悪い」「なんかめまいがする」とか言い始めるんです。

山口 学生さんがですか?

濱口 そうです。なぜかというと、すべてを普段の逆向きにやるから。学生は今までイノベーションを起こしたことがないし、すごいアイデアを思いついたこともないような人たちです。それはあたりまえなんだけど、今までのやり方がダメだったなら、やり方を変える必要があるよねと。

そこで簡単なのは、何でも「逆をいく」こと。アイデアが必要な段階でロジックを考えさせたり、普通は3時間かけて考えるようなことに対して2分で答えを出させたりする。そんなふうにすべて逆をいくと、イノベーティブな何かが生まれる確率は上がるんです。

毎回同じようにバットを振ってホームランが出ないんだったら、左打ちにしたり、上から叩きつけてみたりすればいい。いろんなことをやって失敗しないと、何も生まれない。という事実をまず理解しなきゃいけません。でも普段そんなことやらないから、「気持ち悪い」って感じてしまうみたい。

山口 続けていると、その気持ち悪さにも慣れて、発想のクセができそうですね。

第3世代の今、必要なのはプロトコル

山口 『SHIFT』には、「ストラクチャード・ケイオス(構造化された混沌)の思考モードを維持する」とか「最初のミーティングで答えを出す」とか、イノベーションを起こすための具体的な方法がいろいろ書かれていました。方法論ではありますが、具体的にどう手を動かせということではなく、思考のモデルですよね。

×ばつ濱口秀司 対談前編】「SHIFT」で提示したのはイノベーションのプロセスではなくプロトコル、と濱口さん(手前)

濱口 ええ。プロセスかプロトコルかでいえば、プロトコルです。プロセスというのは、「これやって、これやって、これやると、これが手に入ります」という手順。でも、イノベーションにおいてそんな便利なものはない。あったら、みんなやりますよ。

ただし、プロトコルはある。プロトコルというのは、作法とかツールボックス的なもので、それを組み合わせて使うと、成功する確率が高まるというもの。『SHIFT』に書いた「バイアス・ブレーク」もその一つです。でも私は「最初にバイアス・ブレークをやりなさい」なんてことは言っていないんですよ。バイアス・ブレークの概念は使ったほうがいいけど、どこで使うかはその人次第。知っているだけで、それなりに良い発想ができるようになります。

ちょっと話が飛躍するようですが、なぜプロトコルが必要かというのは、人類史を3世代に分けて考えるとわかりやすいと思っています。まず第1世代というのは、物理学と同時に神の世界の存在も肯定していたころ。次に、ガリレオとニュートンが出てきて、神の存在が否定されたのが第2世代。この世代あたりから、物事は予測したりコントロールしたりできるようになりました。経営学も予測に基づく思考をしています。

そして現在は第3世代で、いわゆる量子力学の時代です。ニュートン力学が通用しない、予測不能な量子力学の世界が、100年以上前から始まっている。これからの時代、たぶん経済学もビジネスもアートも、予測できないものになっていきます。そこで必要なのがプロトコルです。「これとこれを組み合わせると、イノベーションを起こせるかもしれない」という考え方。そういうプロトコルを考えるのが僕の仕事ですね。

イノベーションが先、企業風土改革は後

山口 イノベーションを起こす際には、企業風土の改革も必要になることがあると思います。そこはどうお考えですか?

濱口 おっしゃるとおり、土台である風土を変える必要が出てきます。それは僕も昔から認識していて、企業風土改革のアプローチについて学んだりもしました。ただ、面白くないんですよ......僕、人の扱いが苦手だから。人の気持ちがわからへん(笑)。でも、ある時にいいことを思いついたんです。

山口 どんなことを?

濱口 順番を変えればいいと。イノベーションのための風土改革のやり方は、2通りしかありません。一つは、風土を改革してからイノベーションを起こす。普通はこれですが、実はめちゃめちゃ難しい。今安全なオアシスにいる人の意識を、危険な砂漠に積極的に出て行くように変えなければならないから。

でも、オアシスの外にプールができて、みんなが楽しそうにカクテルを飲んでる様子を見たら、「オアシスから出てみようかな」って思いますよね。つまり、先に成功事例をつくれば、自然と風土改革につながるんです。通常とは逆の順番です。これなら僕にもできる。

山口 組織風土研究の第一人者であるエドガー・シャインも、風土改革から始めようとすると絶対に失敗すると言っています。風土って何かというと、優先順位とか、価値観の構造です。それを無理に動かそうとすると、失敗してしまいます。

濱口 会社全体もそうだし、組織もそうだと思うんですよね。何かやろうとする時、まず組織改編をしたり新組織をつくったりすることがありますが、それだとあまりうまくいかないんです。

そこで僕がいつも推奨しているのは、まずは戦略をつくることです。それを今の組織のまま実行する。そうすると、あちこちでギシギシきしみ始めるんですよ。「おかしい」「できへん」「つらい」と言う人が出てきて、「何とかしなければ」となる。その後で、組織を変更したほうがいい。そのほうが戦略にピッタリの組織がつくれますし、みんなの納得感も高まります。(後編につづく)


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DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)で1年余にわたってつづった連載が、1冊にまとまった論文集です。圧倒的なウンロード数を誇るDHBR2016年4月号掲載の単発論文「『デザイン思考』を超えるデザイン思考」も同時収録した、超お得な完全版です。

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