楠木建教授が『SHIFT:イノベーションの作法』を読んで「思いもよらなかったこと」とは?
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『好きなようにしてください たった一つの「仕事」の原則』 『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』などのヒット著書でも知られる、一橋大学教授の楠木建さん(@kenkusunoki)。競争戦略を専門とする気鋭の楠木教授は「イノベーションが大切!」の大合唱を苦々しく思っているとのことで、おそるおそる『SHIFT:イノベーションの作法』の感想を伺ってみました。
本書には、実務の世界でイノベーションを形にし、ビジネスとして成功させてきた著者ならではの知見と洞察が詰まっている。
本書の美点はさまざまあるが、まずもって議論をSHIFTに限定し、(事業領域から飛び地のエリアで新規事業を始める)JUMPを意図的に議論の対象から外しているところがいい。話がぐっと締まる。このところの浅薄な「イノベーションが大切!」の大合唱を苦々しく思っている僕にしてみれば、こういうスタンスでの議論を渇望していた。
イノベーションとは、定義からしてバイアスの破壊である。だから、エクスターナルマーケティング(普通の意味でのマーケティング)よりもインターナルマーケティングが成否のカギを握る。アタマではわかっているつもりだったが、さすがに実務の世界でさんざんバイアスと格闘してきた著者だけあって、議論の迫力が違う。イノベーションの本質からして市場を実験場にするのは自殺行為に等しい。市場を実験場にしないための「β100」とその実例の紹介はとりわけ勉強になった。
これに代表される著者の編み出した方法が優れているのは、なぜそれがイノベーションの実現に不可欠なバイアスの克服にとって有効なのか、という論理の筋が一本通っているからだ。イノベーションの概念的な特性をきっちりと踏まえたうえで、いちいちそこから演繹して具体的な手法を提示している。
意外に聞こえるかもしれないが、ここがきちんと詰められていない方法やフレームワークが実に多い。この点、著者の提唱する方法にはまやかしがない。無駄がない。地に足がついた論理が骨格にあるからこそ、本当の意味で実践的な方法論になっている。
実務的な細部にしても、「β100で使う3つのプロトタイプは別々に起こすべきで、絶対に混ぜてはいけない」というところなど、百戦錬磨のプロの凄みを感じる。こういうことは実務経験を重ねなければ絶対に思い当たらない。すなわち、僕が思いもよらないような貴重な知見である。
SHIFTは日本人と親和性が高い、しかしそのプロセスについての方法が共有されていないのでSHIFTが進まない、と著者はいう(その論拠となっている2次元での民族性の分類がまた面白い)。その通りだと思う。本書が提案する方法は、今の日本に生きる人々にとって巧妙な光明だ。
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