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マチミチ会議特別編
ジャネット・サディク=カーン氏
来日記念講演会
〜街路が変われば
世界が変わる〜
道路や都市、まちづくりに関心のある人なら、この10年余でニューヨークの街路が大きく変わり、それがまちそのものにも波及していることはご存じでしょう。その立役者であるニューヨーク市の前交通局長ジャネット・サディク=カーン氏が来日、変化の起こし方を語りました。約1時間の講演、トークセッションの中からトピックスをご紹介します。
車中心につくられた20世紀の道路を
2030年に向けて『アップデート』
2019年5月20日、定員いっぱい、400人の聴衆で埋まった三田共用会議所でのジャネット・サディク=カーン氏の講演は「街路と聞いて、何が頭に浮かびますか?」という問いから始まりました。
会場の大半の人は自動車で埋め尽くされた都市の道を思い浮かべていたと思います。
ですが、それを口に出すのはためらわれました。
何しろ、サディク=
カーン氏は車が我が物顔をしていたニューヨークの街路に広場を作り、人が主人公となる道路を、まちを作ってきたことで知られる人物です。東京の現状を答えて良いか、微妙な間がありました。
幸いなことに彼女の答えは「車、そう、それが正しい答えです」と私達と同じでした。会場全体にほっとした空気が流れましたが、続くスライドはそのほっとした気分を見事にひっくり返す数字を挙げました。
ニューヨーク市では街中にいる人の62%が公共交通、自転車を利用するか、歩いているかで、自動車を利用しているのは35%だけです。
東京では84%が公共交通・自転車利用者、歩行者で、ニューヨークの半分以下の、わずか16%のみが自動車を利用しています。
大阪、京都でも数字は少しずつ違いますが状況は同じです。少数の人しか利用していない車が街中の街路空間の大半を占めているのです。
数字で突きつけられると不思議に思える状況でした。
利用者の比率と合致しない使い方がされている理由は「20世紀は車をベースに都市を開発してきたから」とサディク=カーン氏。
運転する人のルールに基づいて道が作られ、交通標識の高さが決められ、信号が点けられ、歩行者が排除されてきたのです。
その結果、道路を歩いて渡ることが危険という事態が出現しました。車中心の都市では渋滞その他、それ以外にも様々な歪みが生じています。
それをどうすれば良いのでしょうか。
氏が口にした言葉がカッコよいものでした。「都市の道路を安全に『アップデート』したらよいのです」。
時代が変われば合わなくなること、モノがあります。それをいちいち
失敗だと反省して落ち込むより、時代に合わせてチューニング、
アップデートすれば良いのです。なんと前向きな言葉でしょうか。
そしてニューヨークではアップデートのきっかけとなるプランがありま
した。
2007年に前ニューヨーク市長マイケル・ブルームバーグ氏が策定した長期計画PlaNYCです。「その当時、ニューヨークでは2030年までにあと100万人、人口が増えると言われていました。
PlaNYCはその時に今NYにいる人、これから来る人達のためにこのまちが抱える課題をどうするか、解決の方向性を示したもので、
私が交通局で果たした仕事は、そのビッグプランを具体化し、73haもの土地を人間のために取り戻したことです」。
スピード感を持ってできるところから実験を行い、成果を計測することで次へ
その改革のひとつとして最も有名なのはタイムズスクエアです。
毎日35万人が往来する世界でも最大級の交差点で、そのうちの9割が歩行者ですが、歩行者のための空間は10%と少なく、混雑する上に車道に出る人も多く、危険な状態でした。「データと設計にズレ」がある状態でした。
信号のタイミングを変えるなど従来の仕組みの中での実験は行われてきたものの、成果は得られていませんでした。
そこで、サディク=カーン氏はブルームバーグ市長にこれまでと全く
違うことをしようと提案しました。
「90%の人が10%のスペースにいるのが問題と考えると、これは基本的には算数の問題。であれば解決策も算数で考えるべきです。
ブロードウェイの42丁目から47丁目までを歩行者のための道路にしましょう」。
市長の答えは「You're crazy」だったそうですが、氏はさらに提案しました。「試しにやってみましょう、そしてその成果を計測して成否を判断しましょう」。
「今ではこの景色は当たり前となり10年も続いていますが、
当時は10日間もできれば十分と思っていました。」
タイムズスクエアに限らず、今回の講演で多くの参加者が驚いてい
たのは「とにかく試験的にやってみましょう」というスピード感です。
週末のうちに仮設の植栽やベンチを置き、簡単な塗装を施して、
「はい、公園です」というのです。
時間をかけた積み重ねがなければ動けないことのある我が国と
比べた人も多かったと思います。
「早く動くこと、手持ちのモノを活用して時間、お金を掛けずに何が可能かを見せることが大事です。『実験的に』という点もポイント。反対している人や不安に思っている人、地域の方々も実験なら失敗すれば元に戻せると思うからです」。
そして、タイムズスクエアの試みは成功しました。人が押し寄せたのです。それだけではありません、様々な数字が車道を人のスペースにすることの意味を教えてくれました。
歩行者数が35%増加して1日48万人になり、歩行者負傷者数が35%減少、車両のスピードが最大17%改善、二酸化窒素が41%減少。
加えて近隣の小売店の賃料が上昇、大手小売5店が出店、世界の
商業地区上位10位にランクイン。
これだけデータが揃えば反対していた人たちも納得せざるを得ません。実験は行うものの、成果については検証が曖昧なこともある我が国も見習わなければなりません。
渋谷駅前、道玄坂をどうする?
ビジュアル化が実現への第一歩
こうしたニューヨークの成果と並んで登場し、驚かされたのが
渋谷を変える2つの提案です。車道1760m2に対し、歩道1200m2
という駅前のスクランブル交差点では現在の6車線を4車線あるいはそれ以下に変更、歩行者のための空間を拡張した場合の図、イラストが登場しました。
もうひとつは道玄坂です。現行4車線のうちの1車線が自転車専用に、もう1車線が歩行者空間にという絵が提示されましたが、自転車や、はしゃぐ子どもが描かれ、実にリアルでした。
渋谷というよく知った場であることも合わせ、会場がざわついたほどです。
講演の中で氏は描く未来の姿を明確にビジュアルで示すことの重要性について触れましたが、その意味はふたつあるといいます。ひとつは意見の違う人たちが目指す未来の方向を共有することであり、もうひとつは人は想像できるものしか実現できないということです。「変革が起きないのはエンジニアリングの問題ではなく、想像力の問題」だというのです。だとすると、何かを変えたければ誰にでも分かる、ビジュアル化された未来を提示することが第一歩となります。
彼女は「見たい未来」と言っていましたが、私達も未来図を広く示し
ながら前進することを学ぶべきなのだろうと思いました。
未来という話ではもうひとつ、彼女が示した自動運転への懸念についても触れておくべきでしょう。
車が無人で移動し、繋がることで交通事故死を減らすのはもちろん、可能になることも多いため、期待が盛り上がるのも当然です。
しかし、無人運転が導入され、人が外を歩かなくなったらどうでしょうか。人が車の中に孤立する社会は楽しいでしょうか。それに自動運転になったとしても人が移動するために必要な台数は変わらず、技術が変えるものは限定的です。
人にとって良い道とはどんなものかを考えることが大事なのであり、「新しいモノに気を取られ、前の世紀の失敗を繰り返してはいけない」。考えさせられる言葉です。
実験、データ、住民からの提案、
様々な取組みで歩いて楽しい街路、都市へ
講演では車道の広場化のみならず、バスレーン・自転車レーンの整備、シェアサイクルの推進、分かりやすい地図の掲出など様々な改革が解説され、それに続いて対談が行われました。申し込み時点ですでに65件(!)もの質問が寄せられていたそうで、関心の高さが伺えました。そのうちから以下印象に残った言葉を紹介します。
実験に当たってはスピードが重視されたことは前述の通りですが、
加えて「それを求めていることが感じられる地域で始めた」というものです。
実験は成功が期待できる場から始めることが実績を積むためには
大切ということです。もちろん、どこにそうした場があるかをリサーチ
する力が必要であることは言うまでもありません。
データを示しても納得しない人達もいるのでは?という問いには
「データを持って進めることは声が大きい人の言うことを聞いているのではなく、理由があって進めようとしていること、理論的に進めようとしていることを伝えるために有効」との答えでした。声の大きさに抗するものとしてのデータというわけです。
講演ではブロードウェイのような都心の、広い道の例が中心でしたが、ニューヨークにも日本の路地に該当するような細い道もあります。日本でもカーナビの影響で住宅街内を利用した、はた迷惑な抜け道が増えています。このような中、ニューヨークでは、そうした街路では抜け道として入ってくる車を規制するため、住民から通行スピードを制限する申請ができるという話も興味深いものでした。
トークセッションでは「ウォーカブル」「街路のデザイン」という単語が
何度も出てきいました。散歩好き、建築好き、人間好きからすると都
市ほど歩いて楽しい場所はありません。今後の都市・街路がウォー
カブルな場に向かっていくのは、都市住民の立場としても嬉しいこと
この上ありません。
最後に、青木都市局長が対談の終わりに語った言葉を引用します。
これは、街路やまちづくりに関わるあらゆる人々に対する激励の
言葉であったと同時に、これからの街路行政に対する宣誓だった
ように聞こえました。
今日、私たちはジャネットさんから多くのことを学びました。
私たちはインフラをメンテナンスすることに必死になっていたけれども、
インフラもビジネス同様、「アップデート」せねばなりません。
そのときに、
従来のような調査とシミュレーションの繰り返しではなく、
求められていることを、小さくても、
できることから実験的にやってみることが必要です。
とても勇気づけられたのは、
これまで自動車を中心に考えて道をつくってきたことは、
「決して失敗ではなく、歴史的に必要な経緯だった」
との言葉でした。
これからは、世界共通で
「ウォーカブル」な都市を目指していくことになることと思います。
想像できないことは実現できません。
実現する可能性を感じながら、
小さなことでも需要を作っていきましょう。
その対話から、また新しいプランが生まれるはずです。
挑戦することの大切さを教えてくれ、
挑戦する勇気をくれたジャネットさんに心から感謝いたします。
日本も頑張ります。