ABOUT US
当社は1942年創立以来、ツヅラフジ科の植物であるタマサキツヅラフジの塊根から抽出・精製したアルカロイドを有効成分とした医療用医薬品を取り扱っております。
この当社医療用医薬品は、タマサキツヅラフジの栽培から原薬の製造、製剤化まで全て国内で完結しております。
ご挨拶
新たな価値を模索し、
着実な事業展開を
化研生薬株式会社は1942年の創立以来、着実に歩みを進めてまいりました。
その後、2006年に当時のサワイグループ(沢井製薬株式会社)の傘下となり、2013年に沢井製薬株式会社の100%子会社、そして2021年4月より新たに発足したサワイグループホールディングス株式会社の100%子会社となりました。
当社は、グループの中核事業であるジェネリック医薬品の製造販売とは異なる事業として、ツヅラフジ科のタマサキツヅラフジの塊根から抽出・精製したアルカロイドを有効成分とする当社主力医療用医薬品の供給を通じ、長きにわたり医療に貢献してまいりました。
今後とも、当社はサワイグループホールディングスの事業会社の一員として、医療用医薬品の新しい価値を模索しつつ、着実に事業展開をしていく所存です。
代表取締役社長 上野 眞義
会社情報 Company
会社概要
- 商号
- 化研生薬株式会社
- 本社所在地
- 〒165-0034
東京都中野区大和町1丁目11-12 - 設立年月日
- 1942年7月31日
- 事業内容
- 医療用医薬品販売業 医薬品製造業
- 資本金
- 5,163万円
- 代表者
- 代表取締役社長 上野 眞義
- 取締役
- 中岡 卓
佐藤 隆行 - 従業員数
- 50名
事業所
- 東京営業所
-
東京都中野区大和町1丁目11-12
TEL:03-5356-0270
- 大阪営業所
-
大阪府大阪市旭区赤川2丁目7-4 沢井ビル4階
TEL:06-6924-7555
- 医薬情報室
-
大阪府大阪市旭区赤川2丁目7-4 沢井ビル4階
TEL:0120-391-623 (製品に関するお問い合わせ窓口)
- 八郷工場
- 茨城県石岡市小見字曽田1117-30
薬事業務責任役員および業務分掌
代表取締役社長 上野 眞義 |
取締役 中岡 卓 |
取締役 佐藤 隆行 |
|
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医薬品製造(GMP) | ○しろまる | ○しろまる | |
医薬品販売 | ○しろまる | ○しろまる | |
安全管理(GVP) | ○しろまる | ||
販売情報提供活動 | ○しろまる | ||
コンプライアンス | ○しろまる | ○しろまる | ○しろまる |
研究開発 | ○しろまる | ||
薬事 | ○しろまる |
沿革
- 1934
- 台湾原産防己科植物「タマサキツヅラフジ」からセファランチンが発見される
- 1938
- 財団法人化学療法研究会設立
- 1942
- 資本金19万円をもって東京九段に化研生薬株式会社設立
- 1943
- 大阪営業所開設
- 1944
- 資本金200万円に増資 三鷹工場開設
- 1971
- 三鷹工場、本社ならびに東京営業所等の総合社屋新築
- 1981
- 八郷工場開設
- 1985
- 資本金841万円に増資
- 1986
- 資本金2,090万円に増資
- 1988
- 資本金5,163万円に増資
- 2006
- サワイグループ(沢井製薬株式会社)の傘下となる
- 2021
- サワイグループホールディングス株式会社の100%子会社となる
歴史 History
01タマサキツヅラフジ
1905年から19年間にわたり台湾の植物を詳しく調査しました。タマサキツヅラフジもその一つで、学名「Stephania cepharantha HAYATA」として「台湾植物図鑑(譜)」に発表した植物です。花が集まって頭のように見えるので、ラテン語で「頭(Kephale)+花(anthos)」、和名を「タマサキツヅラフジ(玉咲ツヅラフヂ)」と命名しました。
タマサキツヅラフジは、台湾の高地に自生し、古来漢方薬の一つとして民間の一部に利用されていました。根を陰干しにし砕いて水に溶いたものを塗る、根を噛んでその汁を飲むなど、かなりワイルドな使われ方もされていたようですが、一般的には根を煎じて服用していたようです。
Stephania cepharantha, HAYATA タマサキツヅラフジ(会社保管資料より)
02セファランチンの誕生
ツヅラフジ科植物のアルカロイドを研究していた近藤平三郎博士(東京帝国大学医学部薬学科教授)は、1928年、タマサキツヅラフジの根から新しいアルカロイドを発見し、「セファランチン」と命名しました。
セファランチンは、多くの病院や療養所で臨床実験が行われたのち、1942年7月、医薬品「セファランチン®」が製造承認を受けました。医薬品の名前は、アルカロイドの主成分から「セファランチン」としたそうですが、永年の望みがかなったことから「のぞみ」という案もあったようです。
写真左:近藤博士(中央)アルカロイドのセファランチンの発見・命名者
写真右:長谷川博士(右)医薬品のセファランチンの命名者
化研生薬の会社名の由来
1938年、セファランチンの研究を発展させるため「化学療法研究会」が設立されました。基礎研究と臨床試験のための研究所と附属病院を設け、原料栽培、製造、研究、臨床試験を行いました。
1942年、研究の発展に伴いセファランチンの需要が増大したことから、それまで化学療法研究会が行っていた原料栽培、製造、販売等の事業部門を企業体として分離したのが化研生薬株式会社です。社名は母体である化学療法研究会に由来し、セファランチンの誕生にかかわった近藤博士らが顧問として名を連ねました。
その後、化学療法研究会は化学療法に関する民間学術研究機関として、当社は製薬会社というそれぞれ別の立場から、異なる道を歩むことになりました。
03台湾 野生種の採取
から栽培へ
タマサキツヅラフジの種子や種芋は、農家の経済安定を図るための特産物として、台湾総督府によって島外への持ち出しが禁止されていたため、現地でしか入手できませんでした。
その後、それまで野生種に頼っていたタマサキツヅラフジを栽培作物にすることが求められました。自生地に近い高地栽培を経て、より管理のしやすい平地へと栽培地が拡大しました。
一般農家の指導、種芋の育成、栽培法の確立による原料増産は年ごとに成果を上げ、いよいよ軌道に乗るという矢先、終戦により台湾での事業、施設、財産を全て失うことになりました。
ナマカバン農場から玉山(中央奥、台湾最高峰3,952m)を望む
04現在は原料は100%国内栽培
タマサキツヅラフジの栽培を台湾に依存していたため、終戦によって台湾が接収され、会社は存亡の危機を迎えました。なんとしても国内で栽培を定着し原料を確保しなければなりません。引き上げに際してなんとか持ち帰ることができたわずかな種芋をもとに、国内栽培の模索が始まりました。
台湾の気候に比較的近い静岡県伊豆地方を皮切りに、台湾で栽培に携わっていた社員や研究者らの努力により、試作地は終戦から10年で20か所を超え、国内栽培が可能となりました。
栽培地の一つである茨城県新治郡八郷町(現石岡市)では、1959年から試作が開始されました。国立衛生試験所の担当官から紹介された大図宏之進氏が非常に熱心に栽培に取り組まれ、当時は台風被害が少なかったこともあり収穫量が安定したことから、同地での栽培が定着しました。現在では栽培農家で組織する組合との契約栽培となっています。
化研生薬は1981年八郷工場を設置し、ここで原料の栽培管理から原薬の製造までを行っています。
1969年八郷の栽培畑にて中央が大図宏之進氏、
左から2人目が国立衛生試験所の技官(大図氏の紹介者)