中弁連の意見
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原爆投下から80年の節目に際し核兵器禁止条約の署名・批准を求める決議
2025年10月31日 決議広島・長崎に原子爆弾が投下されて80年の節目に際し、中国地方弁護士会連合会は、改めて日本政府に対し、速やかに核兵器禁止条約に署名・批准するよう求める。
また、核兵器禁止条約への署名・批准に至る前であっても核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバーとして参加し、核兵器廃絶を主導するよう求める。
以上のとおり決議する。
2025年(令和7年)10月31日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 戦後80年を迎えて
本年は、広島および長崎に原子爆弾が投下されて80年という節目の年である。
たった1発の原子爆弾によって広島は壊滅的な被害を受け、1945年(昭和20年)のうちに亡くなった方は、約14万人にも上る。広島市原爆死没者名簿には、2025年(令和7年)8月6日時点で、34万9246人が登載されているが、80年を経過した今なお、その数は増え続けている。
世界初の被爆地広島の地にある広島弁護士会を構成員とする当連合会は、被爆から80年を過ぎた現在でも、世界が核兵器の脅威にさらされ続けていることを、決して許容することができない。
2025年(令和7年)3月末時点で、広島県内で生存している被爆者は4万8310人と5万人を下回っており、広島県以外の中国地方4県では2737人、長崎県では2万3543人となっている。また、被爆者の平均年齢は86.1歳とされている。被爆から80年が過ぎ、自らの被爆体験を語ることができる被爆者は減り続けている。近い将来、核兵器の真の恐ろしさ・実態を、実際に体験した被爆者から直接聞く機会は確実に失われる。その結果、原爆の被害の実態が風化し忘れ去られてしまう懸念がある。
そこで当連合会は改めて、今年、日本政府に対して、世界から核兵器を廃絶するため、速やかに核兵器禁止条約に署名・批准することを求め、また、核兵器禁止条約への署名・批准に至る前であっても、核保有国との橋渡しのために核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバー参加し、核兵器廃絶を主導するよう求める。
2 核兵器禁止条約
核兵器禁止条約は、国際連合において2017年(平成29年)7月に122か国の賛成の下に採択され、2021年(令和3年)1月22日、発効した。2024年(令和6年)12月現在、94か国が署名し、73か国が批准している。
同条約は、(a)核兵器その他の核爆発装置(以下「核兵器」という。)の開発、実験、生産、製造、取得、保有又は貯蔵、(b)核兵器又はその管理の直接的・間接的な移転、(c)核兵器又はその管理の直接的・間接的な受領、(d)核兵器の使用又は使用の威嚇、(e)同条約が禁止する活動に対する援助、奨励又は勧誘、(f)同条約が禁止する活動に対する援助の求め又は受入れ、(g)自国の領域又は管轄・管理下にある場所への核兵器の配備、設置又は展開の容認等を禁止している。
核兵器の違法性を国際法の規範として確認した同条約は、核兵器廃絶に向けた一里塚として、歴史的意義があるものである。
3 日本政府の見解
日本政府は「核兵器の使用をほのめかす相手を通常戦力だけで抑止することは困難であり、核による抑止が必要」、「米国が提供する核を含む拡大抑止が不可欠」(令和6年度版外交青書第3章)であるとし、核抑止論を主張する。拡大抑止とは、自国において核兵器を所有しないが、同盟国の核兵器に依存して抑止の効果を確保しようとする考え方である。
そして、「核軍縮分野で影響力の大きい我が国が、核兵器禁止条約にオブザーバー参加すれば、先に述べた分断の中で、核兵器国と非核兵器国の双方の参加を得て、我が国が進めてきたNPTにおける取組に、広範な支持を得ることが困難になってしまう恐れが」(2025年(令和7年)2月18日16時09分岩屋外務大臣(当時)会見記録)あるとして、核兵器禁止条約への署名を拒否し、締約国会議へのオブザーバー参加すらしていない。
上記核兵器不拡散条約(NPT)は、核不拡散、核軍縮、および原子力の平和利用を目的とする条約であるが、一部の国の核兵器保有を正当化するものであり、現在に至るまで核兵器廃絶を実現することができていない。核兵器使用の危険性が迫る現在、NPTによって核廃絶を目指すのみでは不十分であると言わざるを得ない。日本政府は、世界唯一の戦争被爆国として、率先して核兵器廃絶を進めていくべき立場にあるはずであり、核兵器を禁止し、廃絶することを義務付ける核兵器禁止条約に署名・批准すべきである。
4 日本政府の見解は日本国憲法と整合しないこと
日本国憲法は、前文において「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」とし、第9条第1項において、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定する。
このように日本国憲法は、国民が核兵器による被害と第二次世界大戦の悲惨さを体験し、二度と政府の行為によってこのような過ちを繰り返さないという反省に基づき、前文において全世界の市民が平和のうちに生存する権利を有することを確認し、第9条において平和主義を規定し、戦争と戦力の放棄を宣言した。
これは原子爆弾さえなかったら、戦争さえなかったら、より健康で平穏に生きられた人々の尊い人生を1発の原子爆弾が奪ったことに対する真摯な思いを反映したものである。
1発の原子爆弾によって亡くなった多くの人の死、辛うじて生き残った人々の放射線による急性障害による苦しみ、その後の長年にわたる後遺障害による苦しみ、被爆者本人もその子孫も被爆したことを理由に受けてきた差別や偏見による苦しみ、これらは全て、核兵器が、戦争がもたらしたものである。特に、原子爆弾は人間の尊厳を破壊する兵器であり、その存在は決して許されない。
広島平和都市記念碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれているが、これも人々の戦争を繰り返さないという強い決意を宣言したものであり、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」た日本国憲法前文の想いと同様のものである。
しかし、核兵器保有国や日本を含む核の傘依存国が依拠する核抑止論は、攻撃を受けた場合には、核兵器を使用して報復する、との脅しのために核を保有し攻撃を抑止しようとする理論であり、核兵器の使用を前提とするものであるが、そのような抑止効果があることは証明されていない。その上、その抑止状態が崩れれば核兵器が使用され、核攻撃の応酬となれば、人類を滅亡させ、ひいては地球自体も破滅させる可能性がある。また意図的ではなくとも、人為的ミスや機器の誤作動などにより、核兵器が使用される可能性もある。実際に、装置の誤作動により、核兵器使用の寸前にまで至ったこともある。
このような危険性を有する核抑止論は、上記の経緯で制定された日本国憲法においておよそ許容されるものではない。特に、日本国憲法第9条第1項の「武力による威嚇」の「放棄」は核兵器の使用を前提とする核抑止論とは一切相容れない。
5 日本の責務
近時、日本政府は、日本国憲法の理念を踏みにじる行為を繰り返している。
2014年(平成26年)7月1日、政府は安保関連法を閣議決定した。これを受けて、2015年(平成27年)9月19日には、集団的自衛権の行使を容認する安保関連法が国会で強行採決され、2022年(令和4年)12月16日には、閣議決定により敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有し活用する方針が明記された安保三文書の改定を行った。
これに伴い、2023年度(令和5年度)から2027年度(令和9年度)までの5年間で43兆円もの巨額の防衛予算を計上する方針とし、これに従って、防衛関係費は、2023年度(令和5年度)には6兆8219億円、2024年度(令和6年度)には7兆9496億円、2025年度(令和7年度)には8兆7005億円もの巨額の予算が計上された。
しかし、世界情勢が不安定な時代にこそ必要なことは、軍拡ではなく、日本国憲法の理念を実践することである。軍拡競争の末に世界で5000万人以上もの犠牲者を出した第二次世界大戦において、核兵器が使用され、世界唯一の戦争被爆国となった日本は、二度とこのような過ちを繰り返さないという反省と誓いに基づき、平和主義を基本原理とし、戦争と戦力の放棄を宣言した日本国憲法を制定したはずである。軍拡の道に進むことは、第9条第1項において「武力による威嚇又は武力の行使」を放棄し、同条第2項において「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」とする日本国憲法とは相容れない。
日本は、核兵器の破壊力・非人道性・悲惨さを、身をもって知っており、先陣を切って核兵器の廃絶を訴えていくべき立場でありながら、政府は核兵器禁止条約に署名していない。さらに、核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバー参加さえもしていない。このような日本政府の態度は、世界に対して恥ずべきものと言わざるを得ない。
戦後80年を経過した現在においても、多くの被爆者が放射線への被爆をはじめとする原爆の被害に苦しんでいる。しかしながら、このような被爆者への支援も十分にされていないため、被爆者やその家族は現在でも被害救済や支援の確保を原爆症認定集団訴訟等司法に訴えなければならず、苦しい闘いを強いられている。日本政府は、被爆者の受けた被害から目を背けることなく、二度と同様の経験を人類に与えることのないようにと願う被爆者の思いに応え、被爆者への支援を十分に行うとともに、核兵器の廃絶に向けた行動を取るべき責務がある。
日本政府が、速やかに核兵器禁止条約に署名し、批准することこそが「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占める」(日本国憲法前文)ことにもつながるはずである。
6 中国地方弁護士会連合会の活動
当連合会は、被爆地広島の弁護士会を構成員とする連合会として、また、基本的人権の擁護を使命とする弁護士を構成員とする組織として、これまでにも、繰り返し核廃絶を訴えてきた。1995年(平成7年)には、「第1に、中国、フランスに対し、核実験再開に強く抗議し、今後の核実験の即時中止を要請し、中国、フランスを初めとするすべての核保有国が、核廃絶に向けて真摯な努力をするよう求めるとともに、第2に、国際司法裁判所に対し、核兵器の使用及び威嚇が国際法に違反するものであるとの勧告的意見をすみやかに出されるよう求める。」決議を発出している。
核兵器の廃絶は、全世界の多くの市民の望みであり、当連合会の長年の悲願でもある。
当連合会は、核兵器禁止条約発効後の2021年(令和3年)11月26日、日本政府に対し核兵器禁止条約への署名・批准を求める決議を採択しているが、未だに日本政府は核兵器禁止条約に背を向けている。
7 結語
以上により、当連合会は、広島および長崎に原子爆弾が投下されて80年という節目の年に、全世界から核兵器を廃絶させるため、日本政府に対し、速やかに同条約に署名・批准するよう求め、また、署名・批准に至る前でも、同条約の締約国会議にオブザーバー参加し、核保有国との橋渡しのためにオブザーバー参加し、核兵器の廃絶のために積極的に行動することを求めるものである。
以上の理由から、本決議を提案するものである。
以上