Gene Review著者: Margretta R Seashore, MD
日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日: 2007年6月26日. 日本語訳最終更新日: 2009年1月10日.
原文 The Organic Acidemias: An Overview
要約
疾患の特徴
有機酸血症」もしくは「有機酸尿症」は,尿中にアミノ酸以外の有機酸が排泄されることを特徴とする疾患の総称である.大部分の有機酸血症は,アミノ酸異化の特定の過程の機能不全,通常は酵素活性の欠損により起こる.古典的な有機酸代謝異常症の大部分は,分枝鎖アミノ酸もしくはリジンのアミノ酸異化の異常が原因である.このなかに含まれるのが,メープルシロップ尿症(MSUD),プロピオン酸血症,メチルマロン酸血症(MMA),メチルマロン酸尿症およびホモシスチン尿症,イソ吉草酸血症,ビオチン-不応性3-メチルクロトニル-CoAカルボキシラーゼ欠損症,3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)リアーゼ欠損症,ケトチオラーゼ欠損症,グルタル酸血症1型(GAI)である.有機酸血症の新生児は通常出生から数日間は健康である.通常の臨床症状は中毒性脳症であり,嘔吐,哺乳不良,痙攣や筋緊張異常のような神経学的症状,昏睡状態へ至る脱力がみられる.生後10日間までに診断できれば予後は改善される.より年長の小児,思春期の患者では,有機酸血症は,知能低下,運動失調もしくは局所神経徴候,ライ症候群,再発性ケトアシドーシス,精神症状といったさまざまな症状を呈する.有機酸血症では,グルタル酸血症1型における特徴的な基底核病変,メープルシロップ尿症における白質変性,メチルマロン酸血症における淡蒼球の異常など, MRI画像におけるさまざまな異常所見が報告されている.
診断・検査
有機酸血症を示す臨床検査所見には,アシドーシス,ケトーシス,高アンモニア血症,肝機能異常,低血糖,好中球減少がある.プロピオン酸血症では病初期に高アンモニア血症だけが現れることがある.有機酸血症の診断には,第一選択としてキャピラリーカラムを用いたガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)による尿中有機酸測定が行われる.尿中に検出された有機酸から,特定の経路の関与が強く疑われる.尿中の有機酸プロファイルは,代償不全を伴う急性期病変の時期にはほぼ確実に異常を示すが,なかには分析物質が少量もしくは検出値ぎりぎりの量で,患者の状態は実際には悪くない場合もある.疾患によっては血漿アミノ酸値の測定も役立つ.血漿アミノ酸値測定には,カラムクロマトグラフィー,高速液体クロマトグラフィー(HPLC),ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)のような定量的手法が必要である.分析物質の検出によって診断を絞り込めたら,診断を確定するためにリンパ球もしくは培養線維芽細胞における欠損酵素の活性を測定する.分子遺伝学的検査は,メープルシロップ尿症,プロピオン酸血症,メチルマロン酸血症,ビオチン不応性 3-メチルクロトニル-CoAカルボキシラーゼ欠損症,イソ吉草酸血症,グルタル酸血症1型に対して,臨床的に実施可能である..
臨床的マネジメント
有機酸血症の治療目的は生化学的および生理学的恒常性の回復である
.新生児には,特定の生化学的障害,代謝が遮断されている部位,中毒性の組成物の影響に応じて,緊急の診断と治療が必要となる.治療手順は,1)前駆体アミノ酸の摂取制限 ,および 2)補助化合物の利用である.後者には a)中毒性代謝産物の分解のための化合物や b)欠損酵素の活性増大のための化合物が含まれる. 中毒性代謝産物分解のための補助化合物には,チアミン反応性メープルシロップ尿症に対するチアミン投与,プロピオン酸代謝異常症では腸内細菌によるプロピオン酸産出を低下させるためのヒドロキシコバラミン,および非吸収性抗生剤の間欠投与がある.成長,発達,生化学的データを頻繁にモニタリングすることが非常に大切である.嘔吐,下痢,発熱疾患,経口摂取量の減少といった異化ストレスによって起こる代償不全には迅速で積極的な介入が必要である.
治療目的は中毒性のアミノ酸前駆体の除去であり,そのような前駆体の摂取を制限し,血液透析のような補助手段を用いる.急性の代償不全に際しては救急治療を要する場合が多く,アシドーシスを是正し,生化学的データを注意深く頻繁にモニタリングすることが不可欠である.肝移植が成功した例が少数ながらある.
分娩後は特に代謝ストレスのかかる時期であるため,イソ吉草酸血症,メープルシロップ尿症,プロピオン酸血症,メチルマロン酸血症,3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoAリアーゼ欠損症,ミトコンドリアβケトチオラーゼ欠損症の患者の分娩後モニタリングは重要である.
遺伝カウンセリング
この概説で扱われる有機酸血症は,常染色体劣性遺伝形式をとる.したがって両親は絶対的ヘテロ接合であり,病原性変異アレルを1つ持つ.ヘテロ接合型は無症状である.受精の段階で,発端者の同胞が発症する確率は25%,無症状の保因者である確率は50%であり,発病もせず保因者でもない確率は25%である.患者の発症していない同胞がヘテロ接合体である確率は2/3である.疾患に応じて,出生前診断には3つの方法がある. すなわち,1.羊水中の分析物質の測定,2.絨毛採取により得られた細胞,もしくは培養羊膜細胞における酵素活性測定,3.関連する変異を同定するために行われる,絨毛採取もしくは羊水穿刺により得られた細胞の分子遺伝学的検査である.分子遺伝学的手法を用いた保因者診断は,発端者の変異が同定されている場合,ビオチン不応性3-メチルクロトニル-CoAカルボキシラーゼ欠損症を除いて,リスクのある家族に臨床的に実施することができる.
定義
「有機酸血症」,「有機酸尿症」という用語は,アミノ酸以外の有機酸が尿中に排泄されることを特徴とするさまざまな疾患の総称である.有機酸血症と有機酸尿症は臨床的に類似点が多い.
大多数の有機酸血症はアミノ酸異化の特定の過程での機能不全が原因であり,通常その過程の酵素活性が欠損する結果起こる.損なわれた経路の産生物質の欠乏とその前駆物質の蓄積により,それぞれの病態生理が生じる.蓄積された前駆物質自体が中毒を引き起こすか,もしくは代謝の結果中毒性物質に変換される.これらの疾患の病態生理は低分子物質が脳,肝臓,腎臓,膵臓,網膜,その他の組織に中毒作用を及ぼす結果によるものである.グルタル酸代謝産物のようなこうした分子は,神経細胞に興奮毒性を持ち,N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体に影響を与えると考えられている.メチルマロン酸は神経細胞に興奮毒性を持つというエビデンスがある.メープルシロップ尿症ではロイシンが神経細胞毒性を持つと考えられているが,ロイシン値が高くても脳障害と関係のない場合もある.加えて,アミノ酸異化は他の細胞機能へエネルギーを提供しているため,代謝危機の間のエネルギー欠乏が臨床的な症候群をもたらす可能性がある.補酵素Aはカルニチン複合体から派生するため,カルニチンの欠乏が恒常性障害を引き起こし助長する可能性がある.
臨床症状
臨床症状
有機酸血症(OA)の新生児は出産から数日間は通常元気である.通常の臨床症状は中毒性脳症によるものであり,嘔吐,哺乳不良,痙攣やトーヌス異常のような神経学的症状,昏睡状態へ至る脱力がみられる.こうした非特異的な臨床症状は,病初期には敗血症,母乳量の不足,新生児仮死によるものと解釈されることがある.新生児死亡の家族歴があればすぐに有機酸血症が考慮されるべきであるが,家族歴がなくても可能性は除外できない.生後10日間のうちに診断がなされると予後は改善する.
いくつかの稀な有機酸血症では,高アンモニア血症やアシドーシスといった付随する生化学的所見がなくとも神経学的徴候が現れるが,これらは特徴的な有機酸のパターンを示す.このなかには4-ヒドロキシ酪酸尿症,D-2-ヒドロキシグルタル酸尿症,3-メチルグルタコン酸脱水素酵素欠乏より起こる3-メチルグルタコン酸尿症,そしてマロン酸尿症が含まれる.メチルマロン酸尿症,ホモシスチン尿症を伴うメチルマロン酸尿症(cblC型)では,発達遅滞,軽微な先天奇形,アシドーシスを伴わない低緊張がみられることがある.遅発性3-メチルクロトニルカタボキシラーゼ欠損症では,早期発症型とは対照的に,ライ様症候群を伴わない発達遅滞がみられることがある.
年長児もしくは思春期の有機酸血症患者では,知能低下,運動失調もしくは他の局所神経徴候,ライ症候群,再発性ケトアシドーシス,精神病症状といったさまざまな症状を呈する.有機酸血症で認められるMRI異常はさまざまであり,グルタル酸血症1型における特徴的な基底核病変,メープルシロップ尿症における白質変性,メチルマロン酸血症における淡蒼球異常などがある.グルタル酸血症1型では大頭症がよくみられる.
臨床経過
適切な管理を行っても,有機酸血症の患者は感染リスクと膵炎罹患率が高く,これらは致死性となりうる.メチルマロン酸血症では腎不全リスクが増す.ホモシスチン尿症を伴うメチルマロン酸血症は色素性網膜症にかかりやすい.
確定診断
臨床検査所見 有機酸血症を示唆する臨床検査所見を以下に掲げる(表1)
アシドーシス 血漿中の重炭酸塩値が以下の場合:
注: 大多数の有機酸血症では,アニオンギャップが20以上の重症のアシドーシスである.しかし,経過の初期にはアシドーシスの重症度はそれほど高くなくアニオンギャップも低いことがある.
ケトーシス
注:アセトアセテートは通常では大量に産生されないため,ケトスティックもしくはアセテスト試験錠剤を用いた新生児の尿検査で陽性所見がでることは通常ないので,すぐに有機酸血症を真剣に考慮すべきである.
高アンモニア血症 検査室の実施基準値と患児年齢の基準値を上回る血漿アンモニア値は,通常以下の通りである:
肝機能異常
注: ここで挙げた基準値はRobertson & Shilkofski (2005)による. しかし,検査室ごとに基準値および単位は異なるため,臨床医は検査室で用いられる基準値に注意しておかなければならない.
表1.アミノ酸異化過程の異常による有機酸血症の臨床所見
疾患
顕著な特徴
ケトーシス
アシドーシス
その他
メープルシロップ尿症 (MSUD)
X
メープルシロップ臭
プロピオン酸血症1
X
X
好中球減少
メチルマロン酸血症(MMA)
X
X
好中球減少
ホモシスチン尿症を伴うメチルマロン酸尿症(cblC型)
まれ
まれ
嘔吐・哺乳不良・神経学的症状
イソ吉草酸血症
X
汗臭い足の臭い
ビオチン不応性3-メチルクロトニル-CoAカルボキシラーゼ欠損症
X
低血糖
3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)リアーゼ欠損症
ライ症候群・低血糖
ケトチオラーゼ欠損症(ミトコンドリアアセトアシル-CoAチオラーゼ欠損症)
X
X
低血糖
グルタル酸血症1型(GA I)
運動機能障害を伴う基底核障害
注: メープルシロップ尿症およびイソ吉草酸血症では,尿,汗,そして患児の部屋からも感じられる独特な臭いが診断を示唆する.
新生児スクリーニング検査 タンデム質量分析計を用いて有機酸血症を診断する新生児スクリーニング検査の実施が増えてきたことから,より多くの患児をより早期に診断することが可能となってきている.これらの検査がスクリーニング検査であることを忘れてはならない.確定診断には独立したガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)を用いた尿中有機酸の測定と可能であるならばその他の適切な検査を行わなければならない.
ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS) 有機酸血症診断の第一選択は,キャピラリーカラムを用いたガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)による尿中の有機酸分析である. 有機酸はいかなる体液成分でも測定可能である.しかし,半定量的方法では血漿中の重要な組成物を同定できない可能性があるため,これらの疾患を示す有機酸を1つだけ特定するために最も効果的なのは尿を用いるである.尿中で検出される有機酸はある特定の経路の関与を強く疑わせる(表1).
特別な状況では,安定同位体希釈分析のような定量的方法が,メチルマロン酸のような有機酸の定量化を可能とする場合がある.過剰な場合,蓄積された有機酸のCoA派生物はカルチニンやグリシンと結合するため,ある特定の疾患の診断には,血漿アシルカルチニンや尿中アシルグリシンの測定が役立つ.
尿中の有機酸プロファイルは,代償不全を伴う急性疾患に直面した状況ではほぼ常に異常を示す.しかし,患者の状態がさほど悪くない時には,診断の決め手となる分析物質がごく少量もしくは検出値ぎりぎりの量しか認められない場合もある.したがって,検査が実施可能となるまでサンプルを冷凍させる必要がある場合でも,疾患の急性期に尿サンプルを得ることは非常に重要である.
多くの検査室ではガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)による尿中の有機酸分析の実施および,もしくは解釈が困難である.経験を積んだ検査室において生化学的な遺伝学的検査が実施され,遺伝生化学の訓練を積んだ者によって解釈されることが重要である.
鑑別診断
新生児の代謝異常や神経学的異常,年長児に新たに発症した神経症状の鑑別診断において,有機酸血症は重要である.
有機酸尿症
有機酸代謝異常症の主要疾患としては分類されない疾患のなかには,独特な尿中有機酸の特徴を持つものがあり,これにより適切な診断が示される.
アシドーシス 鑑別診断には,尿細管性アシドーシス,乳酸およびピルビン酸代謝や酸化的リン酸化に係る遺伝性代謝異常症といった,アシドーシスを引き起こすすべての原因を考える.クレブス回路障害もまた神経学的症状の原因となり,通常特定の有機酸の尿中値の上昇とともに,代謝性アシドーシスを伴う.フマラーゼ欠損症(フマル酸)と2-ケトグルタル酸脱水酵素欠損症(2-ケトグルタル酸)がその2つの例である.ショックや敗血症といった非遺伝的状態でもアシドーシスが起こる.
高アンモニア血症 尿中の有機酸の異常があれば直ちに有機酸代謝異常症と診断されがちであるが,グルタミン酸脱水素酵素をコードする遺伝子変異によって起こる尿素サイクル異常症(「尿素サイクル異常症概説」参照)および高アンモニア血症-低血糖症候群(「家族性高インスリン血症」参照)を考慮する必要がある.尿素サイクル異常症であるオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症や尿素サイクルのより後半の異常症では,オロト酸が尿中の有機酸の中で同定されることがある.
発達遅滞 アシドーシスや高アンモニア血症を伴わず他の精神学的所見がみられる発達遅滞との鑑別診断には非常に時間がかかる.これらの症状が優勢である場合も,常に有機酸血症を留意しておくことが必要である.
頻度
有機酸尿症を伴う個々の疾患はまれであるが,有機酸代謝異常症全体としてはまれではない.先天性代謝異常症は100種以上あり,そのうちの多くが新生児期に現れる有機酸血症であり,1000人中約1人が発症する.
病因
遺伝要因
古典的有機酸代謝異常症の大多数は,分枝鎖アミノ酸もしくはリジンのアミノ酸異化の異常により起こる.疾患の特徴を表1(臨床所見),表2(代謝所見),および表3(分子遺伝学)にまとめた.
表2. アミノ酸異化の異常による有機酸血症の代謝所見
疾患
障害のある
アミノ酸経路
酵素
GC/MS 1および定量的アミノ酸分析での分析物質
メープルシロップ尿症(MSUD)
ロイシン・イソロイシン・バリン
分枝鎖ケト酸脱水酵素
尿中の分枝鎖ケト酸およびヒドロキシ酸
血漿中のアロイソロイシン
プロピオン酸血症
イソロイシン・バリン・メチオニン・トレオニン
プロピニルCoAカルボキシラーゼ
尿中のプロピオン酸・3-OH プロピオン酸・メチルクエン酸・プロピニルグリシン
血中のプロピニルカルニチン・血中グリシン値の上昇
メチルマロン酸血症(MMA)
イソロイシン・バリン・メチオニン・トレオニン
メチルマロニルCoAムターゼ
血中および尿中のメチルマロン酸
尿中のプロピオン酸・3-OH プロピオン酸・メチルクエン酸
血中のアシルカルニチン・血中グリシン値の上昇
ホモシスチン尿症を伴うメチルマロン酸尿症(cblC型)
イソロイシン・バリン・メチオニン・トレオニン
MMACHC タンパク質
血中および尿中のメチルマロン酸
血漿の総ホモシスチン値
イソ吉草酸血症
ロイシン
イソ吉草酸CoA脱水素酵素
尿中の3-OHイソ吉草酸・イソ吉草酸グリシン
ビオチン不応性3-メチルクロトニル- CoAカルボキシラーゼ欠損症
ロイシン
3-メチルクロトニル- CoAカルボキシラーゼ
尿中の3-ヒドロキシ-イソ吉草酸・3-メチルクロトニルグリシン
3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル- CoA(HMG-CoA)リアーゼ欠損症
ロイシン
HMG- CoAリアーゼ
尿中の3-OH-3-メチルグルタル酸・3-メチルグルタコン酸・3-OH-イソ吉草酸・3-メチルグルタル酸
ケトチオラーゼ欠損症
イソロイシン
ミトコンドリアアセトアシル- CoAチオラーゼ
尿中の2-メチル-3-ヒドロキシ酪酸・2-メチルアセト酢酸・tiglylglycine
グルタル酸血症1型(GA I)
リジン・ヒドロキシリジン・トリプトファン
グルタリルCoA 脱水素酵素
尿中のグルタル酸・3-OH-グルタル酸
血中のグルタリルカルニチン
表3.有機酸血症の分子遺伝学と分子遺伝学的検査の実施可能性
評価手順
有機酸血症の原因特定が予後診断,適切な治療方法,遺伝カウンセリングに重要である.
血漿アミノ酸分析 血漿アミノ酸値のそれぞれの異常は損なわれた経路を特定するうえで重要な手掛かりとなるため,それぞれの疾患に基づく血漿アミノ酸分析が役立つ.血漿アミノ酸分析にはカラムクロマトグラフィー,高速液体クロマトグラフィー(HPLC),ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)といった定量的方法が必要となる.
酵素分析 特定の分析物質の検出が診断の幅を狭めたら,診断を確定するために,リンパ球もしくは培養線維芽細胞で欠損酵素の活性を測定する.
分子遺伝学的検査
分子遺伝学的検査で診断を確定できる患者もいる.有機酸代謝異常症を引き起こす遺伝子と分子遺伝学的検査の実施可能性については表3に掲げる.
2つの異なる変異を持つ複合ヘテロ接合体が常染色体劣性遺伝疾患ではよくみられる.分子遺伝学的方法を用いた保因者診断は,発端者の変異が1つしか分かっていない場合には困難となりうる.
他の多くの遺伝疾患と同様,特定の変異が特定の民族集団で集積している.例えば,メープルシロップ尿症は旧派アーミッシュに多く,多くの有機酸尿症の特異的変異はサウジアラビアのアラブ人に多い.
遺伝カウンセリング
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
この概説でとりあげている有機酸血症は常染色体劣性の遺伝形式をとる.
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子 罹患者の子はすべて絶対的保因者である.
発端者の他の家族 発端者の両親の同胞が保因者であるリスクは50%である.保因者診断
ビオチン不応性3-メチルクロトニルCoAカルボキシラーゼ欠損症を除いて,分子遺伝学的手法を用いた保因者診断は,有機酸血症の原因となる変異が発端者に同定されていれば,リスクのある家族に対して臨床的に実施可能である.
分子遺伝学的検査以外の方法の保因者診断は,保因者の酵素活性領域と非保因者の酵素活性領域に重なり合う部分が多いため,信頼性が低い場合がほとんどである.これの典型例がプロピオン酸血症であり,メチルマロン酸血症も該当するようである.遺伝カウンセリングに関連した問題
家族計画 遺伝的リスクの評価,保因者診断や出生前診断に関する検討は妊娠前に行われるのが望ましい.
リスクのある新生児の診断 リスクのある妊娠について出生前診断が行われていない場合には,出生後ただちに診断のための検査を行わなければならない.診断が確定もしくは否定されるまでの飢餓ストレスの回避を含め,先を見越した治療を行うのが賢明である.
DNAバンキング DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来の使用のために保存しておくものである.検査法や遺伝子,変異あるいは疾患に対するわれわれの理解が進歩するかもしれないので,DNAの保存は考慮に値する.ことに現在用いられている分子遺伝学的検査が研究ベースでのみ提供可能であるとか,感度が100%ではないというような疾患では特に重要である.出生前診断
疾患に応じて出生前診断には3つのアプローチが可能である.すなわち,1.羊水中の分析物質の測定,2.絨毛採取により得られた細胞もしくは培養羊膜細胞における酵素活性の測定,3.以前発症した患児(もしくは保因者である両親)における2つの病原性変異が分かっている場合,関連変異を同定するために,絨毛採取もしくは羊水穿刺により得た胎児細胞から抽出したDNAを用いた分子遺伝学的検査である.
遺伝学的生化学検査 プロピオン酸血症,メチルマロン酸血症,ビオチン不応性3-メチルクロトニルCoAカルボキシラーゼ欠損症,グルタル酸血症1型,ケトチオラーゼ欠損症,ホモシスチン尿症を伴うメチルマロン酸尿症(cblC型),イソ吉草酸血症に対するリスクが高い妊娠への出生前診断は,適切な分析物質に対して高精度の定量的方法が用いられるならば,羊水検査で可能である.羊水穿刺は通常胎生週数15〜18週頃に実施される.
注:胎生週期とは最終月経の第1日から換算するか,超音波による計測によって算出される.
メープルシロップ尿症へのリスクが高い妊娠への出生前診断は,胎生週数10〜12週頃の絨毛標本採取,もしくは通常胎生週数15〜18週頃に実施される羊水穿刺により得られた胎児細胞の酵素活性の測定により可能である. (絨毛標本採取による細胞が用いられる場合,それらが母体ではなく胎児からのものであることに特別注意を払わなければならない.)
分子遺伝学的検査 グルタル酸血症1型,メチルマロン酸血症,ビオチン不応性3-メチルクロトニルCoAカルボキシラーゼ欠損症,メープルシロップ尿症(MSUD),イソ吉草酸血症,ホモシスチン尿症を伴うメチルマロン尿症(cblC型),プロピオン酸血症のリスクが高い妊娠への出生前診断は,通常胎生週数15〜18週頃に実施される羊水穿刺,もしくは,胎生週数10〜12週頃の絨毛標本採取により得られた胎児細胞から抽出されたDNA解析により可能である. 出生前診断が実施可能となる前に,発病している家族メンバーに発病性アレルが2つとも同定されていなければならない.臨床的マネジメント
症状に対する治療
有機酸血症の多くが治療に反応する.特に新生児では緊急の診断と管理を必要とする.治療目的は生化学的および生理学的恒常性の回復である. 原則は同じであるが,治療はそれぞれの生化学的障害により,遮断されている代謝の場所と中毒性物質の影響に基づいて実施される.治療手段には (1)前駆体アミノ酸の摂取制限,(2)中毒性代謝産物の排除のための補助化合物の利用,(3)欠損酵素活性を増すための補助化合物の利用がある.
食事
表2に古典的疾患に関連するアミノ酸を掲げる.特定の前駆体アミノ酸を含まない代謝フード(粉ミルク)の利用は,これがなければタンパク質を欠く食事となるところに必須アミノ酸を提供するため,臨床的管理の最も重要な部分である. 炭水化物や脂肪として異化を阻止する適切なカロリーが提供され,適切なタンパク質が同化を支えるために提供されなければならない.胃腸疾患や手術の際には完全非経口栄養が用いられるが,生化学的データを注意深くモニタリングしなければならない.
中毒性代謝産物を排除するための補助化合物 例えば,チアミン反応性メープルシロップ尿症にはチアミンが用いられが,メチルマロン酸血症には通常シアノコバラミンではなくヒドロキソコバラミンが用いられる.プロピオン酸代謝異常症には,腸内細菌によるプロピオン酸産生を減少させるために,非吸収性抗生剤が間欠投与される.
長期的なケア 持続的なケアには知識豊富な栄養師と医師のサポートが必要である.成長,発達,生化学データの頻繁なモニタリングが不可欠である.有機酸血症の長期的予後は良好なものにすることができる.しかし,有機酸血症患者は医学的に脆弱であるために,適切な管理を行っても予後がかならず良好であるとは限らない.
代償不全の急性発症が頻繁に起こる場合,中枢神経系への影響はきわめて重篤である.嘔吐,下痢,発熱疾患,経口摂取量の減少といった異化ストレスの原因は,どれも代償不全を引き起こす可能性があり,これに対しては迅速な積極的な介入が必要である.急性代償不全の場合,治療目的は中毒性アミノ酸前駆体の除去で,前駆体の摂取を制限し血液透析のような補助手段を用いる.急性代償不全の間は,緊急の看護サポートが必要とされることが多く,アシドーシスは是正されなければならず,生化学的データを注意深く頻繁にモニタリングすることが非常に重要である .
グルタル酸血症1型(GAI)の代償不全の初回エピソードは通常基底核へ重篤な障害を引き起こし,これにより運動機能障害が起こる.早期診断の実施により代償不全を積極的に予防することで,この障害を予防することができる.病態生理に急性線条体壊死が含まれることがある.脳卒中類似の障害および脳内エネルギーの欠乏モデルに基づく急性疾患への対処が推奨されている.メープルシロップ尿症の早期診断は予後に重大な影響を与える.たとえ治療が早期に始められたとしても,メチルマロン酸血症(cblC型)は治療への反応が良好ではないようだ.遅発性cblC型は,早発性と比べて,ヒドロキソコバラミン治療への反応が良好なように思われる.
肝移植 少数の患者に肝移植が実施されている.実施例が少ないために第一選択治療としては考えられないが,多くの症例で良好な成果を残している.ムターゼ欠損メチルマロン酸血症では, 肝腎複合移植により多くの患者の腎疾患が完治し,ほぼ正常に近い代謝状態となった. プロピオン酸血症では,肝移植単独で疾患が改善したが,腎臓もプロピオン酸を産出するために疾患を完全に排除することはできなかった.肝移植の通常の合併症には,シクロスポリンの中毒性や拒絶反応が報告されている.生存率は非代謝性疾患で移植を受けた小児と同等でQOLは良好であると報告されている.
妊娠 注意深い代謝管理により,母体にも胎児にも目立った悪影響なく,イソ吉草酸血症,メープルシロップ尿症,プロピオン酸血症,メチルマロン酸血症,ミトコンドリアβ-ケトチオラーゼ欠損症の女性の妊娠が成功している.母体に代謝ストレスがかかる出産後に注意深いモニタリングを行うことが非常に重要である.
原文 The Organic Acidemias: An Overview