当園は、岡山市にある定員20人(男性)の更生保護施設である。 更生保護施設に入所してくる被保護者は、過去に種々の要因で犯罪にかかわった者であり、 現在も、それぞれが異なった多くの問題を抱え、それが自立・更生を阻害しているのが現状である。
他の更生保護施設における処遇をみると、SST、コラージュ等の処遇技法を取り入れているところが多いが、 更生保護施設での処遇の原点に鑑みるに、彼らと触れ合う中で、彼らが意欲を持つことが最も大切である。
そこで当園では処遇を全面的に見直し、彼らの問題解決に少しでも役立ち、意欲を喚起することを目的として、 生活指導を充実させ、また個人別指導を徹底することにより、少しでも豊かな人間性の回復を図り、 再犯をしない自立への道を歩ませていきたいと考え、特別指導を実施している。ここに紹介したい。
(1)集団処遇
(2)個人別指導
- 開始時期
平成20年10月から実施- 実施日時
毎月第1日曜日、午前7時30分〜午前8時30分- 実施場所
当園恵愛ホール(集会室)- 編入時期
入所時期が随時であるため、随時、途中編入する。- 指導職員
古松園指導員及び外部講師。外部講師が指導する場合は、各単元の趣旨を十分理解してもらい実施する。
- 実施対象者
集団処遇の中で把握された問題を抱えた被保護者及び集団処遇で指導できなかった問題を抱えた被保護者(突発的に問題が生じた被保護者を含む)。
平成22年からは、高齢者・障がい者を中心に実施している。- 実施日時
随時、個別面接指導を実施。- 指導職員
補導職員(担任)
2 集団処遇の内容と指導方法
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平成23年4月現在、6サイクル目を実施している(対象122人)。
以下に、各単元での被保護者とのやりとりを抜粋して紹介する。
第1単元のテーマ「自己の問題性の認識について」で、「今まで失敗して更生保護施設に入るようになったのは、何が原因だったと思うか」の質問に、と答え、金銭に関する問題及び自己の性格の問題が多いことが窺える。単元終了後の感想文を見ると、
- 金銭の問題(借金、パチンコ、スロット等) 34.6%
- 自己の性格の問題(自分の性格の問題が原因で失敗したこと) 32.4%
- 対人関係の問題(職場その他でのトラブル) 15.7%
- 家族関係の問題(親子、妻との離婚) 15.7%
- その他 1.6%
など、失敗の原因が記載されていた。複数の要因があり、単純なものではないが、改善していこうとする気持ちを更に喚起するため、第2単元以降を実施している。
- 自分に意思の弱い部分があると思う。自分は、家族、良い友人、私を支えてくれる人に感謝をしていただろうか。自分の意識を変え支えてくださるみんなと心から笑い合えるようになりたい。
- 今まで会社に入ると、いつも人間関係が原因で退職してしまった。自分なりにもっと我慢が必要だったのではないかと思っています。家族とのコミュニケーションがなかなか取れず、話す人がいなく、問題があっても自分の中に閉じ込めていた。もっと話合いをしていたら、こんなことにはならなかったと今ではとても後悔している。心の扉を開きたい、人を思い、いたわれる気持ちを常に持ちたい。それには自分を変えなければ先に進まない。
- 結婚もし、かわいい娘が二人もおりながら、自分の意思の弱さでギャンブルに走り酒に溺れ、働いて稼いだ大事なお金を湯水のごとく消費してしまった。このことから他人の財産に手を出したり、やけになって自暴自棄になり器物損壊という罪を犯した。人生最後に「ああいい人生だった」と思えるような生き方をします。
第2単元の「金銭の収支の組立てと健全な生活の収支について」は、金銭問題を通し健全な収支の組立てを理解させるとともに、他人とかかわる中で信頼を得て、約束を守ること、収入の範囲内で生活するなど、ケースを挙げて指導している。
これまで参加した被保護者の借金の状況を見ると、となっている。知人からの借金が一番多いが、サラ金からの借金も6割以上あり、安易に誰でも借りることができることが窺える。
- 知り合いの人から借金したことがある 68.7%
- サラ金から借金したことがある 61.2%
- 親兄弟、親戚から借金したことがある 59.7%
借金についての心境等を記載させたところ、などの記述が見られた。もっともらしく書かれているが、改めて見てみると、彼らにとって借金せずに生活していくことはなかなか難しいようで、計画的な返済方法を身に付けさせることも必要であると感じている。
- サラ金にお金を借りるときは、無理のない返済計画と雪ダルマ式に借金をしないことです。
- 返済能力がある範囲内で借り入れ、返済をきちんをすれば良いと思う。
- しっかりと計画を立て、明確な使用目的を持ってお金を借りる。できることなら借りない方が良い。
第3単元の「危機場面の回避の仕方及び立場の違いを考える」では、5つの場面を想定した問題を提起し、討議を行なって対処の仕方を考えさせている。実際に挙がったいくつかの意見をまとめると、次のとおりである。
- 場面1 金銭の借用を申し込まれた場合
- 場面2 約束の日にお金の返済が無かった場合
- 場面3 保証人を依頼された場合
- 場面4 お酒の席で他人から絡まれた場合
- 場面5 職場で同僚・先輩などとの関係が悪くなった場合
(場面1)金銭の借用を申し込まれた場合(場面4)お酒の席で他人から絡まれた場合
- 相手の性格等を判断し少額なら貸す場合もあるが、基本的には貸さない。
- ゆとりがあれば返済日を決めて貸す。
- 「持っていない」と言って貸さない(嘘をつく)。
- 少額(5,000円以下)なら貸すかもしれない。
(場面5)職場で同僚・先輩などとの関係が悪くなった場合
- 周囲の人に援助を求める。場合によっては警察に通報する。
- 我慢し、しばらくして席を外す。
- その場から逃げる。
- 相手にせず、店を出る。
- けんかになる。
ほとんどの者がトラブルにならないようにと考えている様子が窺え、指導の下では理解が十分感じられるが、これを実際の生活場面で活かす方法を考えさせたい。
- まず我慢する。
- 会社を辞める。
- 話合いをして今までの関係を取り戻すようにする。
- 相手とは一歩控えて会話をしたり、行動したりする。
第4単元の「家族と他人について」は、『あなたの笑顔を覚えていたい』というドキュメンタリー番組をビデオ教材として使用している。交通事故が原因で脳障害になった母親が我が子の笑顔が記憶の中から薄れていくのを懸命にとどめようとしながら生きる姿を描いた内容である。被保護者の感想を紹介する。感動・感銘を抱くものが多く見られ、彼らの多くは、まだまだ人間性を失ってはいないことが感じられた。
- 事件によって家庭が崩壊し、妻、娘と別れ別れになって13年、本日のビデオを見て人と人との触れ合い、親子の愛情の素晴らしさを感じました。
- 子育てを一生懸命している姿を見て、自分も一生懸命努力して生きていこうと思った。
- 脳腫瘍で入退院を繰り返していた父のことを思い出しました。自分が捕まった後、父は亡くなりました。障がいがある人が一生懸命生きている。また、その人を支える人も一生懸命努力している。私たちも一人では生きていけない。お互い支え合って生きていることを再認識できた。
- 温かい家族がいて前向きに一生懸命頑張る母親の姿がとても印象的であった。自分もあのように母親が全力で育ててくれたことを考えると、今からでも真剣に生きていかなくてはと考えた。
- 私も家族と離れるまで、妻と子供がいた。一生懸命働いて休みの日には必ず家族で温泉に行ったり、遊んだりして皆と行動を共にし、笑い合って生活していたころを思い出し、「あのころに戻れるなら、今、頑張らねば、いつやるのか」とつくづく思いました。
- 人と人との触れ合い、親子の愛情の素晴らしさを感じた。もし、自分に家族、家庭ができたら二度と失わないよう家族を大切にしていきたい。
- 今日は、子供たちが小さかったころの記憶がよみがえりました。私には、三人の子供がいます。三人とも成人して上の二人には子供がいます。家族の絆、家族の温かさは本当に失ってみないと分からないものです。少しの間、記憶をよみがえらせていただいたことに感謝します。また、子供たちに恥じない親でありたいと思います。
- ビデオを観て感じたことは、家族の大切さ、家族の絆の深さです。家族がいれば、どんなにつらいことや困難なことも乗り越えられると思いました。残念なことに私は、事件をきっかけにして身内、そして家内とも疎遠になってしまいました。もうすぐ私は園を出て自立していきますが、地に足をつけた生活をして再び家族を持てるように努力し、つらいことや困難なことを乗り越えていきたいと思います。
- 「家族は大切なんだ」と改めて思い、自分自身の生活にゆとりが持てたら父と母に会いに行こうと思いました。
第5単元の「立場による考え方の違いについて」では、ロールプレイングで役割を交換することにより、相手の立場を理解し、健全なものの見方・考え方ができるように指導するとともに、VTR『ホームレスから上場IT企業の社長になった男の決断』、VTR『にんげんドキュメント・逃げたらあかん〜60歳の新人プロゴルファー〜』を視聴し討議させている。以下に、被保護者の感想を示す。被保護者たちは、頑張りたい気持ちを言葉では表すが、どうしたら実行できるのかが、これまで支援も応援も十分には受けてこられなかった彼らの課題であるような気がする。
- 人と人とのつながり、絆がどれほど大切か分かった。また、人は、人に支えられ生きていることが理解できた。
- 何事もやり抜くことの大切さを思い知った。今まで苦しいことから逃げてきた自分が、どこまで変われるのか自信がない。しかし、心のなかで常に意識しながら残りの人生を見つめ直し、しっかりと地に足をつけて生きていきたいと思う。
- 一番強く感じたことは、どんな状況であっても目標を決め努力することで達成することができると思った。自分も目的意識をしっかりと持って頑張っていこうと思った。
第6単元の「再犯をしない決意と生活設計について」では、VTR『犯罪被害者はなぜ救われないのか』を視聴する。これは、事件の裁判の経緯、犯罪被害者の悲惨な状況及び遺族が苦悩して生活している様子を訴えた実話と犯罪被害者の会の活動を描いたドキュメンタリー番組である。犯罪被害者及び遺族の心情を理解するとともに、自分が犯罪にかかわったことを振り返り再犯をしない決意を固めさせること、また、自分の将来の生活設計を考えさせることを目標にしている。今まで自分が犯した罪を振り返り、事件を起こすことにより苦しめられてきた被害者の気持ちを考え、二度と罪を犯すまいとの決意が表れている。
- VTRを観て、自分のしたことは大変なことだと思いました。私は被害者に対して何も償いをしていません。これからもできないと思いますが、被害者のことを一日も忘れず自分の生活を一生懸命生きていこうと思っています。
- 人の痛みが分かる人間であってこそ生きている価値があると思いました。刑は終わっても被害者への償いの気持ちは自分が生きている限りずっと持ち続けていきます。
- 一つの犯罪による多くの被害者がこれからの人生をどんなに苦しい思いで生きていかなければならないかを考えると、二度とこのような被害者を出さないようまじめに社会の一員として正しい生き方をしていかなければならないと思った。
この指導は、現在の補導スタッフでやっと動き始めたところであり、今後の課題は少なくない。その主なものを挙げると次のようになる。
- 指導実施状況から得たものを踏まえ、より効果的な指導方法を検討する。
- 職員の処遇力を強化するため、職員を外部研修等に積極的に参加させる。
- 特にロールプレイング等の技法については有効であるため、修練し指導力のスキルアップを図る。
- 臨床心理士、当園を支援する弁護士等の外部講師の助力を求める。
- 社会への自立に向け、保護観察所、社会福祉機関、地域生活定着支援センター等との連携を深めていく。
この指導を通し犯罪によって多くのものを失った被保護者の心情に接する時、「二度と犯罪はするなよ」と言わずにはおられない。
更生保護施設が単なる保護施設でなく、"更生"を掲げている以上、被保護者に自分の罪を振り返らせ、感動・感銘を多く体験させることにより、 相手の立場を理解する"思いやりの気持ち"や"優しさ"を取り戻し、 豊かな人間性を回復し、二度と犯罪をしない決意を固めさせる指導を続けていく必要があるものと考えている。