国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。

国連総会ハイレベルウィーク開幕 - 課題解決への選択を

国連総会ハイレベルウィーク開幕に寄せた、国連広報センターの根本かおる所長の寄稿をお届けします。

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毎年9月下旬、ニューヨークの国連本部は1年で最も忙しい時期を迎えます。

今年は9月22日から30日、ハイレベル会合が目白押しの第80会期国連総会のハイレベルウィークに世界の首脳たちが集結し、舌戦を繰り広げ、対話し、外交を展開します。

今年のハイレベルウィークでは、採択から10年・ゴール年まであと5年に迫った持続可能な開発目標(SDGs)の約束を実現し、グローバルな協力を再活性化することが急務であることをハイライトする ©UN Photo/Manuel Elías

国連創設80周年の記念式典こそありますが、国連を取り巻く厳しい国際情勢が際立つ中でのハイレベルウィークです。地政学的な分断が広がり、紛争が激化し、国際法を踏みにじる無責任な行動と不処罰が横行し、地球沸騰化に歯止めがかかりません。新たな技術は規制なしに急速に進化し、不平等と格差はますます拡大しています。多くの国々で自国第一主義が高まり、国際協力・国際協調に対して強い逆風が吹きつけています。

しかし、ほぼすべての加盟国が国連に集まり、150人近い国家元首・政府首脳が出席するこの機会を逃してはなりません。ハイレベルウィークは、対話と仲介のあらゆる可能性を提供する、解決策を見出す絶好の機会です。数千件の首脳会談が行われ、グテーレス国連事務総長も150件以上の二国間会談を行う予定です。

事務総長は9月16日、ハイレベルウィークに向けて行った記者会見で、「私はそのすべての場を活用し、各国首脳に直接対話を促し、分断を乗り越え、リスクを減らし、解決策を見出すよう働きかける」と力を込め、ハイレベルウィークを「解決の一週間」にしようと呼びかけました。

国連事務総長は9月16日、ニューヨークの国連本部で記者会見で、ハイレベルウィークを「解決の一週間」にしようと呼びかけた。
UN Photo/Eskinder Debebe

世界の人々が求めているのは、世界が直面する課題の重大さに見合った行動です。事務総長は記者会見で、以下の課題を喫緊の課題として挙げました。

  • 平和のために:ガザ、ウクライナスーダン、そして中東における公正で持続可能な二国家解決への道筋。
  • 気候のために:1.5度目標を維持するための、各国による野心的な国家気候行動計画。
  • 責任ある技術革新のために:すべての国が参加する「AIガバナンスに関するグローバル対話」の開始。
  • 女性と女児のために:第4回世界女性会議(北京会議)30周年を記念し、具体的な平等の計画。
  • 開発資金のために:国際金融機関と国家元首が集う初の「持続可能な開発目標資金調達に関する隔年サミット」。
  • より強い国連のために:創設時の1945年とは異なる世界に効率的・効果的に対応するための「UN80イニシアティブ」の推進。

今の時代に必要なのは、スピーチ合戦に終止しない、対話と前進と実行です。国連憲章を尊重し、平和を追求し、持続可能な開発を推進し、人権を守り、世界的課題に共に立ち向かうこと。国連こそがそれができる場であり、今週こそがその時です。各国首脳は真剣に取り組み、成果を出さなければなりません。

9月21日の国際平和デーに先立って、9月12日に国連本部で行われた「平和の鐘」の鐘打式で、グテーレス事務総長はあいさつの中でこう強調しました。

"Eighty years ago, the UN emerged from the ashes of war to pursue the cause of peace." - UN Secretary-General @antonioguterres and @UN_PGA rang the ceremonial Peace Bell at UN Headquarters on Friday, marking an annual tradition and urging an end to violence. pic.twitter.com/bYzfQsq8dy

— UN News (@UN_News_Centre) 2025年9月12日

「平和は偶然に起こるものではありません。それは勇気、妥協、そして何よりも行動によって築かれるものです。

私たちは行動しなければなりません:
– 銃声を沈め、外交を強化するために。
– 市民を守り、国連憲章を擁護するために。
– 不平等、排除、ヘイトスピーチ、そして気候カオスという紛争の根本原因に立ち向かうために。
– 予防、対話、信頼の構築に投資するために。

平和は、より良い未来のための最も強力な力です。
そしてそれは、私たちが選ぶならば、手の届くところにあります。」

2025年の国際平和デーのテーマは「平和な世界のために今すぐ行動を」
UN Photo/Mark Garten

この平和の鐘は、世界中の人々から寄付された硬貨やメダルを鋳造して作られたもので、日本の国連加盟より2年も前の1954年に、日本の人々が国連に寄贈したものです。一人一人のほんの小さな貢献でも、永続的な成果を築けることを私たちに思い出させてくれる、日本とゆかりの深い平和のシンボルです。

世界が分断されている時だからこそ、リーダーたちは共に集い、対話し、共鳴し、課題解決への糸口を探り、結果を出すことが一層求められています。人類が団結するなら、解決は可能です。

世界の目が注がれる中で世界のリーダーたちがどのような選択をするのか

― どうぞ 9月22日から30日までの国連総会ハイレベルウィークにご注目ください。

写真でつづる、アントニオ・グテーレス国連事務総長の訪日

アントニオ・グテーレス 国連事務総長は、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)、2025年大阪・関西万博に出席するため、2025年8月下旬に訪日しました。事務総長としての訪日は2年ぶり、7回目です。

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TICADとは、Tokyo International Conference on African Development(アフリカ開発会議)の略称であり、アフリカの開発をテーマとする国際会議です。今でこそ中国、韓国、アメリカなどがアフリカの首脳を集めた国際会議を開催するようになっていますが、冷戦の終結後、アフリカへの国際社会の関心を呼び戻すきっかけを創出しようと第1回のTICADが開催されたのは1993年のことで、30年以上の歴史があります。日本政府が主導し、国連、国連開発計画(UNDP)、世界銀行、およびアフリカ連合委員会(AUC)と共同で開催しています。

TICAD9では、石破茂総理大臣が共同議長を務め、アフリカから33人の首脳級を含む49カ国の代表らが参加。会場には、国際機関、民間企業、国会議員、市民社会の関係者らが国内外から訪れ、熱気に包まれていました。

TICAD9開会にあたって行われたフォトセッション。今回は「アフリカと共に革新的な解決策を共創する」 というテーマが掲げられた CUN Photo/Ichiro Mae

事務総長はオープニング・セッションの冒頭で「アフリカのための開発ではなく、アフリカと共に行う開発に、明確に注力する必要があります」と発言し、アフリカのポテンシャルに光を当てる上でのTICADの役割を強調。そのために必要な5つの優先課題は、 1グローバル・ガバナンス改革 2持続可能なバリューチェーン地域統合に向けた投資 3人工知能(AI)を含むデジタル活用 4若者と女性の参画 5持続可能な平和 だと説明しました。

TICAD9のオープニング・セッションで挨拶では、日本のアフリカ大陸との協力の在り方に敬意を表した CUN Photo/Ichiro Mae

"We meet at a time of interconnected crises and deep inequalities. Tackling these crises requires a clear focus not on development for Africa, but development with Africa."

- @antonioguterres' full remarks at #TICAD9 in Japan: https://t.co/k62wnthx2Y pic.twitter.com/oXw0tp2cOh

— UN Spokesperson (@UN_Spokesperson) 2025年8月20日

続いて、石破茂総理大臣との会談に臨み、大阪・関西万博、TICAD9の主催に対し、謝意を伝えました。さらに、日本のマルチラテラリズム(多国間主義)に対する長年のコミットメントと国連への揺るぎない支援に深い感謝を示しました。

On the margins of #TICAD9, Secretary-General @antonioguterres met with Mr. Ishiba Shigeru, Prime Minister of Japan.

They exchanged views on issues of mutual interest, including UN reforms, nuclear disarmament and non-proliferation: https://t.co/6iId19Jr5V pic.twitter.com/uNR9F7wO9X

— UN Spokesperson (@UN_Spokesperson) 2025年8月20日

TICAD 2日目の21日は、記者会見を実施。国内外から数多くのメディアが参加しました。事務総長は、TICADサミットでの議論では、1平和 2グローバル・ガバナンスと金融 3気候行動 4デジタル・トランスフォーメーション の4分野で、アフリカとのパートナーシップによる解決策の強化に焦点を当てると説明しました。

TICAD9会場で開かれた記者会見では、「日本は開発協力におけるチャンピオンです」と発言 CUN Photo/Ichiro Mae

一方、ガザ市の大規模な破壊が進んでいることを受けて、停戦の呼びかけをこの会見でも改めて表明。イスラエル当局によるヨルダン川西岸地区への非合法な入植活動を国際法違反だとも強調し、発言は国内外の報道で、広く取り上げられました。

Speaking to the press at the #TICAD9 in Yokohama, Japan, UN Secretary-General @antonioguterres renews ceasefire call, amid massive destruction of #Gaza City. https://t.co/37yhPLMqVf pic.twitter.com/Km7I4RdkU5

— UN News (@UN_News_Centre) 2025年8月21日

期間中は、限られたスケジュールの中で、日本の関係者らとの会談も重ねました。

独立行政法人 国際協力機構(JICA)の田中明彦理事長との会談 CUN Photo/Ichiro Mae
TICAD9開催地の横浜市の山中竹春市長との会談 CUN Photo/Ichiro Mae

また、ガーナ、ケニアの大統領とも、それぞれ会談を実施。協力分野、地域情勢に焦点があたりました。

On the sidelines of the #TICAD9 conference in Yokohama- Japan, @antonioguterres met separately with President @JDMahama of Ghana and President @WilliamsRuto of Kenya.

Discussions focused on areas of cooperation & regional matters.

📷 UN Photo/Ichiro Mae pic.twitter.com/S4yvgyRvy8

— UN Spokesperson (@UN_Spokesperson) 2025年8月21日

22日は、大阪・関西万博を訪問。国連スペシャルデーに参加したほか、政府や2025年日本国際博覧会協会など関係者との会談や、日本館、国連パビリオン、出身国であるポルトガルのパビリオンの視察を実施しました。

万博迎賓館での一枚。事務総長のほか、承子女王殿下、宮路拓馬外務副大臣、国連機関の関係者などが参加した CUN Photo/Daisuke Tanaka

万博迎賓館では関係者が見守る中、記帳した CUN Photo/Daisuke Tanaka
日本館では、持続可能な開発目標(SDGs)の推進に向けて、国連と広報面でも協力しているハローキティが展示されている CUN Photo/Daisuke Tanaka
出身国であるポルトガルのパビリオンも訪問。「海、青の対話」をテーマに、海洋生態系の保全と持続可能な経済成長を組み合わせた解決策を紹介している CUN Photo/Daisuke Tanaka

国連スペシャルデーのスピーチでは、万博の意義について、「未来を描くことは政府だけの仕事ではなく、私たち全員に共有の責任がある。そのことを万博は再認識させてくれます」と強調しました。

スピーチでは、「万博を作り上げられたことは、国際的な対話や協力への日本のコミットメントの証し」と語った CUN Photo/Daisuke Tanaka

The moral of the United Nations’ story is simple: humanity is strongest when we stand as one.

Expo 2025 is a celebration of that possibility.

- @antonioguterres' full remarks in Osaka, Japan: https://t.co/fB7LIafraK pic.twitter.com/Lm4oIIgjDQ

— UN Spokesperson (@UN_Spokesperson) 2025年8月22日

35の国連諸機関および15の国連事務局の部局が集結する国連パビリオンのテーマは、「人類は団結したとき最も強くなる。」(United For a Better Future)です。

国連パビリオンの没入型映像では、事務総長が登場し、人類が団結すれば実現できる「持続可能な未来」のビジョンを紹介している CUN Photo/Daisuke Tanaka

地政学的対立が深まる中、創設から80年を迎える国連の役割や意義、今後のビジョンについて、日本においても、事務総長の口から改めて発信する機会となりました。

会談や式典の合間に、国連広報センターの職員、国連パビリオンのスタッフとも写真を撮影した (上: CUN Photo/Ichiro Mae, 下:CUN Photo/Daisuke Tanaka)

国連創設80周年:苦難を国連の再生につなげるために

国連創設80周年の節目に寄せた、国連広報センターの根本かおる所長の寄稿です。

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今年は第2次世界大戦の終結から80年であり、2つの世界大戦を受けて設立された国連にとっては創設から80年の節目の年だ。

1945626日に開かれたサンフランシスコ会議で各国が国連憲章に署名した CUN Photo/Rosenberg

史上初の「総力戦」と呼ばれる第1次世界大戦で、戦争の性質がそれまでの「軍人同士の戦い」から、民間人を含む国家全体を巻き込む戦争へと大きく変化した。第2次世界大戦による死者数は、世界全体で5,000万〜8,000万人と推定され、民間人が軍人を上回り、全体で当時の世界人口の2.5パーセントから4パーセントにも相当する。現在進行形のガザでの戦争によるガザの死者は8月末の時点で6万2千人超を数え、これはガザの人口の3パーセント程度にあたる。単純比較はできないが、世界全体で今のガザと同程度の比率で人々が殺害された計算になる。

国連創設80年を迎え、国連本部に展示された国連憲章の原本

国連憲章の前文の冒頭にある「われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救」うことを決意して国連を設けるという言葉には、平和を求める切実な願いが込められているのだ。国連憲章は、「武力行使の原則的禁止」と「国家主権の法的平等の尊重」を定めて国際社会が戦争を未然に防ぐためのルールを明文化し、戦後の国際秩序の中核を担ってきた。「法による支配 = 国際法に基づく秩序」を打ち立て、国家間の関係を根本から変え、現代の国際社会の基本構造の礎となった。

それから80年。国連はそれぞれの時代の制約の中で、第3次世界大戦が起きるのを未然に防いできた。対話は戦争よりも解決につながるものであり、共に協力することであらゆる人々が健全な地球の上で平和、尊厳、平等のうちに暮らせる世界を構築できるという理念を掲げ、希望の光であろうとしてきた。過去80年間、国連は和平の仲介、平和維持活動、平和構築を通じて、戦争や強制移住の地獄から、天然痘やポリオなどの疾病から、そして不公正や人権侵害から、数え切れないほどの人々を救ってきた。 国連の活動は、飢饉の回避、核兵器の拡散の防止、疾病の封じ込めや根絶、子どもたちの教育、多くの人権条約の推進、そして環境危機に対処するための連携などに寄与してきた。

パキスタンで戸別訪問による全国ポリオキャンペーンが実施され、遊牧民コミュニティの子どもたちにもワクチン接種を行われた CUNICEF/Zaidi

しかしながら、国連創設80周年にあって、各国のリーダーたちが集う国連総会ハイレベルウィーク初日の9月22日に80周年記念式典は予定されているものの、今の国連に祝賀ムードは一切ない。10年前の国連創設70周年の2015年に、3年にわたる交渉を経て持続可能な開発目標(SDGs)を含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が9月に採択され、12月には気候変動対策の「パリ協定」が合意されて国際協調の機運が高まったことが、まるで幻のように感じる。

安全保障理事会常任理事国として重責を負うロシアが自ら国連憲章に違反してウクライナに侵攻し、イスラエルが民間人の保護をはじめとする国際人道法を踏みにじってガザ攻撃を続け、史上初めてアフリカ大陸以外で飢饉宣言が出されるまでにガザを追い込み、餓死者が続出している。このような危機にあって、拒否権の発動で安保理がこれらの紛争に対して有効な手立てを取ることができない。こうした不処罰は、国連加盟国の間にあった既存の国際秩序を壊すことへの躊躇を弱め、規範の弱体化につながる。

飢餓の宣言が出されたガザでは、栄養失調率が着実に増加している © UNICEF/Mohammed Nateel

アントニオ・グテーレス 国連事務総長が8月下旬に横浜での第9回アフリカ開発会議(TICAD9)と大阪・関西万博での国連スペシャルデーの式典に出席するために訪日した際、国連を取り巻く厳しい状況に対して事務総長が心情を吐露する場面があった。8月22日の万博での国連スペシャルデーでのあいさつで、「これは個人的な見解だが」と断った上で、準備されていたスピーチ原稿から離れ、安保理が1945年の世界ではなく、今日の世界を代表するよう改革が必要だと突然アドリブで話し始めたのだ。ステージ横の大型スクリーンに投影されていた予定原稿の和訳が話している内容に合わなくなり、会場の空気がピンと張りつめた。

大阪・関西万博での国連スペシャルデーのスピーチ CUN Photo/Daisuke Tanaka

「すべての地域が公正に代表され、そして戦争の容認につながる決定やその欠如ではなく、平和を保障するための決定が下される安全保障理事会でなければならない」と力を込めたところで、会場から大きな拍手が巻き起こった。

「世界中の非常に多くの人々にとって、国連を見るときに安全保障理事会でなされていないことが目に映ることを残念に思う。しかしそれは国連のごく一部にすぎず、しかも明らかに改革が必要な部分だ。国連の他の活動や、世界を一つにしようとする私たちの努力は、ときに忘れ去られてしまう。しかし私は断言できる。私たちは、国連をより効果的に、より費用対効果の高いものに、より現代的に、そして私たちの時代の巨大な課題により的確に応えられるものにするために、あらゆる努力を尽くす」と真剣勝負の言葉が続いた。

2025年3月、「UN80イニシアチブ」の立ち上げについて国連事務総長が記者団に発表した CUN Photo/Manuel Elías

国連はいま、道のりの厳しい改革努力の真っただ中にある。地政学的な対立の深まりに加え、国連加盟国として数を増やし、分極化する国際関係の中で力をつけてきたグローバル・サウスの国々の間には、1945年当時のままの安保理常任理事国の体制やガザでの戦争におけるダブル・スタンダードなどへの不満や不公平感が高まっている。自国第一主義ポピュリズムの強風が吹き荒れ、世界の軍事費の増加が人道支援や開発のための資金を圧迫している。アメリカと欧州の主要ドナー国が援助資金を大幅に削減し、国連の人道・開発部門を含む援助機関が組織と活動の縮小を余儀なくされただけでなく、何よりも最貧国の脆弱層が必要とする、命を救うための人道支援や医療支援などを受けられなくなり、打撃を受けている。さらに、アメリカは国連事務局の通常予算と平和維持活動(PKO)予算への義務的に支払わなければならない分担金についても大幅に減らす構えだ。こうした中、グテーレス国連事務総長は今年3月に国連自らの改革努力として「UN80イニシアチブ」を立ち上げた。これまでも組織改革には取り組んでいたが、資金難がそれに拍車をかけた形だ。

国連事務総長は、8月1日の国連総会の非公式の全体会合でUN80イニシアチブについてブリーフした CUN Photo/Evan Schneider

「UN80イニシアチブ」には3つの柱がある。第一に、大胆な組織改編や人員整理などを断行してより効率化し、スリム化する。第二に、加盟国から国連に委ねられたマンデート(任務)の重複、細分化、時代遅れの任務、膨大な数の会議の開催と報告書の作成を整理して、国連をより効率的で一貫性があり、影響力のある組織にするよう、加盟国に促す。国連には加盟国の同意なしに自らマンデートの整理を行うことはできず、加盟国がこれを主導しなければならない。第三に、国連システム全体における構造的な変革や事業の再編成を検討する。80年の間に肥大化し複雑になってしまった国連システムの構造を見直そうというものだ。7つのテーマ別クラスター(平和と安全、人道問題、開発(事務局)、開発(国連システム)、人権、訓練と研究、そして専門機関)を設置し、複雑になり過ぎた国連システムの構造を再検討するものだ。

マンデートの多くは、ニューヨーク国連本部にある安全保障理事会で合意される CUN Photo/Rick Bajornas

資金繰りのひっ迫が続いていることを受けて、グテーレス事務総長は国連事務局における資金と人員の大幅な削減を盛り込んだ2026年の通常予算案の修正版を今月加盟国に提出する。

苦難を国連の再生につなげることを目指す「UN80イニシアチブ」。それは、財政的な持続可能性と国連の使命の有効性を同時に追求し、必要不可欠な存在としてあり続けられるようにすることだ。単に官僚機構の改革を行うものではなく、その最大の目的は、国連の支援を必要とする人々のためにリソースを効率的に、そして効果的に、使えるようにすることだ。この大胆な改革努力には、人々からの信頼が必要だ。

先に触れた万博の国連スペシャルデーの式典で、グテーレス国連事務総長はこう語っている。

大阪・関西万博での国連スペシャルデーのスピーチ CUN Photo/Daisuke Tanaka

「私たちは危機の時代に生きている。ただし、それは多くのチャンス、そして責任が生まれる時代でもある。国連が紡いできた物語の教訓はシンプルだ。『人類は団結したとき最も強くなる。』2025年大阪・関西万博は、そんな可能性を祝う場だ。未来を描くことは政府だけの仕事ではなく、私たち全員に共有の責任がある。そのことを万博は再認識させてくれる。...尊厳、平等、そして世界平和のために、共に(物語を)紡ぎ続けよう」

TICAD9初日に国連事務総長石破茂総理大臣と会談が行われた CUN Photo/Ichiro Mae

石破茂総理大臣は、横浜で行われたグテーレス国連事務総長との会談で、日本が国連と多国間主義に強いコミットメントを示してきたことに力を込めた。ニューヨークでのUN80イニシアチブの議論においても、日本の代表は「多国間主義へのコミットメント」を強調しつつ、このイニシアチブが国連の再活性化という緊急性に応えるものであると述べている。さらには「UN80イニシアチブの成功は、私たちが責任を共有し補完し合えるかにかかっている」とも語っている。

日本は戦後80年、平和国家として国際秩序に貢献し、法の支配や自由貿易体制をはじめとする国際協調から恩恵を受けてきた。秩序の回復と多国間主義強化のために、国連加盟国の間の利害対立を調整する橋渡し役の難業をリードしていただきたい。

ダカールから横浜へ:アフリカの未来はなぜ日本の未来なのか(後編)

2025年8月20日〜22日、日本、国連、国連開発計画(UNDP)、世界銀行アフリカ連合委員会(AUC)の共催のもと、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)が横浜で開かれます。TICAD9開催を前に、在ダカール国連広報センター斉藤洋之所長による寄稿を前編・後編の2回に分けて、紹介します。
斉藤洋之(さいとう・ひろゆき)
【略歴】2024年1月から在ダカール国連広報センター所長。セネガルと西アフリカで国連の戦略コミュニケーションを担い、緊急時は方針設計、メッセージ作成、関係各所との調整まで対応。着任前はエチオピアアディスアベバの国連開発調整室アフリカ地域広報官として、各国常駐調整官事務所や国連広報センターと連携し、広報戦略の立案やメッセージ発信を進めた。20年以上にわたり国連とメディアの現場で活動。ボストン大学大学院で放送ジャーナリズム修士早稲田大学第一文学部卒。英語・フランス語・日本語で業務を行う。
前編では、日本とアフリカのパートナーシップの現場、TICAD9に向けたアフリカ諸国の歩み、国連の役割などについて詳しく説明しています。前編はこちら

TICAD9――横浜で議論されるテーマ

1993年に始まったTICADは日本とアフリカの主要な懸け橋だ。8月20〜22日に横浜で開かれ、「経済」「社会」「平和と安定」の三本柱で議論が進む。スタートアップ・エコシステムの強化、未電化地域の電力アクセス拡大、アフリカ連合の平和支援活動への持続的・予測可能な資金確保などが検討される。会期中には、若者による関連プログラムも実施される。アフリカ・日本の若者100人が「ユース・アジェンダ2055」を策定する予定で、債務問題、譲許的融資(低利かつ返済条件が緩やかな融資)、気候変動への適応資金へのアクセスといった課題が議論される見込みだ。このプロセスは、国連が今年発表した「ユース2030戦略」の第2フェーズ(2025〜2030年)とも方向性が一致している。この戦略では、若者の参画促進やSDGsの達成に向けた取り組みの加速、資金確保、説明責任の強化など、6つの優先課題が掲げられている。

セネガルと日本の協力で設立されたダカール市内の職業技術訓練センターでは、再生可能エネルギー分野などを見据えた電気系統の実習に、女性の訓練生も積極的に参加している。
©2023 CFPT Senegal Japon

セネガル、日本、国連が目指す「ビジョン 2050

セネガル政府は2024年に長期開発計画「ビジョン2050」を採択し、技能重視・グリーン志向・包摂型経済を目指す。日本は二国間協力と国連機関を通じた支援などでこれを後押ししている。前編の冒頭で紹介した職業訓練センターでは、再生可能エネルギーや産業機械メンテナンス分野を含む新コースで若者を育成する計画だ。円借款によりダカール半島で海水淡水化プラントを建設し、日量5万立方メートルの飲料水が供給される予定。無償資金はティエス地域病院の拡張に充てられ、同市初のMRI装置も導入される。国連食糧農業機関(FAO)が実施する日本の資金協力プロジェクトでは、省エネ型オーブンがカザマンス域内25か所で設置され、女性の所得向上とマングローブ 保全を目指す。そのカザマンスでは、地雷除去機の供与を通じて地域の平和と安定に貢献するとともに、稲作の技術協力を行っている。さらに、国連工業開発機関(UNIDO)と日本の二国間クレジット制度の共同パイロットで、太陽光冷蔵庫を導入し、将来の炭素クレジット創出を目指して調整が進められている。国家計画、多国間、二国間の連携が相乗効果を生む好例である。

日本と国連食糧農業機関の支援により、カザマンス地方とシン・サルーム地方の女性たちが、魚加工技術に関する優良事例を共有するため、相互訪問を実施。©FAO Senegal

日本にとっての意義

日本の消費者にとって責任あるサプライチェーンはアフリカの鉱山や農場から日本の家庭まで続く。リチウムイオン電池のコバルトやニッケルの倫理的な調達は、人権とブランドを守るうえで欠かせない。企業にはアフリカ自由貿易圏(AfCFTA)がEUを上回る市場を提供し、北部セネガルの風力地帯は日本の脱炭素戦略に欠かせないグリーン水素の好適地だ。デジタル決済やオンライン学習は西アフリカで急拡大し、先行参入の企業に大きな利点をもたらす。政策面では、開発協力が海上安全保障を強化する。ODAは慈善ではなく、共通の安定と繁栄への投資である。

国連食糧農業機関と日本が連携するプロジェクトで、女性の魚加工業者の意見を踏まえ、省エネ型オーブンの設置場所と内容が現地で決定された。©FAO Senegal

対話に参加しよう

サミットを前に、日本各地の大学や市民団体がグリーン金融やデジタル起業などをテーマに公開討論を計画している。経済団体はAfCFTAの規制概要を紹介し、自治体は二国間クレジット制度(JCM)を活用して低炭素プロジェクトを模索できる。信頼できるアフリカ関連ニュースを追い、オンライン配信されるTICAD関連イベントに耳を傾けるだけでも視野は広がる。

「なぜアフリカか」と問われた際には、「アフリカの25歳未満人口は9億人を超え、G7諸国の総人口さえ上回る規模だ」と答えてみてほしい。一つの数字が、新しい協力の発想を生む契機となる。

2019年に開かれた第7回アフリカ開発会議(TICAD7)の横浜の会場付近の様子。
CUN Photo/Ichiro Mae

横浜湾から見据える未来

8月のTICAD9では、再生可能エネルギー、教育、保健安全保障分野を中心に、新たな大型コミットメントが見込まれている。その影響は会議場を超えて、世界各地に広がることになる。たとえば、サヘル地域で干ばつや洪水により住民が避難を余儀なくされれば、その影響は西アフリカのみならず、欧州や中東にまで及ぶ。海上輸送の混乱や資源価格の高騰など、経済や安全保障への打撃は、最終的には東アジア、そして日本にも波及する。気候変動による過酷な状況に追い詰められた地域は、紛争の火種にもなりやすい。だが、その原因となる温室効果ガスの多くは、先進国によって排出されてきた。日本も例外ではない。

ニジェール・マラディ州で、干ばつと食料価格高騰を受け、世界食糧計画(WFP)のプログラムを利用する男性。CUN Photo/WFP/Phil Behan

こうした国際的な相互依存を踏まえ、TICAD9は、国連も関わりながら、日本とアフリカ諸国が連携をさらに深める重要な契機となる。アフリカ主導の気候変動対策を支え、公正な資金の流れを確保し、9億人にのぼる若者たちが将来のグリーン経済を支える原動力となれるような道筋をつくることが期待される。持続可能な開発目標(SDGs)達成まで残り5年。横浜の会場、日本企業の会議室、アフリカの訓練センターで下す選択が、数十年先を左右する。日本とアフリカをつなぐこの架け橋をさらに強固にすることは、日本にとっても安定と繁栄をもたらし、ひいては世界にとっても安定と繁栄をもたらすことになる。持続可能で平和な未来に向けて、共に歩む姿勢が何よりも問われている。

トヨタケニア財団は、国連女性機関(UN Women)、日本政府と連携し、カクマ難民キャンプとトゥルカナ・ホストコミュニティの女性と若者を対象に研修プログラムを実施。自動車修理・メンテナンスコースでは、まず30名の受講生がナイロビに赴き、生計を立てるためのスキルを身につけ、将来の就職機会の拡大を目指す。CUN Women/Luke Horswell

ダカールから横浜へ:アフリカの未来はなぜ日本の未来なのか(前編)

2025年8月20日〜22日、日本、国連、国連開発計画(UNDP)、世界銀行アフリカ連合委員会(AUC)の共催のもと、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)が横浜で開かれます。TICAD9開催を前に、在ダカール国連広報センター斉藤洋之所長による寄稿を前編・後編の2回に分けて、紹介します。
斉藤洋之(さいとう・ひろゆき)
【略歴】2024年1月から在ダカール国連広報センター所長。セネガルと西アフリカで国連の戦略コミュニケーションを担い、緊急時は方針設計、メッセージ作成、関係各所との調整まで対応。着任前はエチオピアアディスアベバの国連開発調整室アフリカ地域広報官として、各国常駐調整官事務所や国連広報センターと連携し、広報戦略の立案やメッセージ発信を進めた。20年以上にわたり国連とメディアの現場で活動。ボストン大学大学院で放送ジャーナリズム修士早稲田大学第一文学部卒。英語・フランス語・日本語で業務を行う。

具体化するパートナーシップ――ダカールからカザマンスまで

ダカール市内の「セネガル・日本職業技術訓練センター」では若者が青色の作業服に身を包み、産業用保冷設備、機械保守や自動車整備などの実習に取り組む。数百キロ南のカザマンスでは、女性の魚加工業者が日本の支援により省エネ型オーブンを導入し、製品品質と収入の向上を図るとともに、マングローブ林の薪使用の大幅な削減を目指している。こうした教室や燻製小屋での取り組みは、日本とセネガルの協力が日常生活に息づいていることを示すとともに、今後のさらなる発展の可能性も示唆している。

セネガル・日本職業技術訓練センター」の実習では、若者たちが自動車整備の技術習得に励んでいる。©2024 JICA

セネガルはアフリカ最西端に位置し、面積は北海道と四国を合わせた程度。首都ダカールは大西洋に突き出す。その約1万4千キロ東の横浜では8月、アフリカ諸国の首脳等を迎え「第9回アフリカ開発会議(TICAD9)」が開催される。現場での成功例は、西アフリカから遠く離れた日本の地で生まれたパートナーシップが実際に成果を上げること、そしてその絆を強めることがアフリカの目標と日本の持続可能な成長、技術的リーダーシップ、責任ある地球市民としての目標を同時に後押しすることを示している。

アフリカ大陸の地図。セネガルは最西端に位置する。

人口、気候、安全保障――補完し合う強み

日本は少子高齢化が進み、若年労働力の縮小と平均年齢の上昇が経済構造を揺さぶっている。一方、アフリカは「人口急増期」に入り、人口の約6割が25歳未満だ。国連の推計では、同大陸の人口は2050年までに約25億人に達する。これは、世界人口の4人にひとりにあたる。若いエネルギーは日本の技術・文化の巨大市場となり、グリーン技術の普及の場、デジタル人材の供給源ともなり得る。

利害の重なりは経済に留まらない。アフリカの温室効果ガス排出量は世界全体の4%未満にすぎないが、干ばつや洪水、暴風雨など気候災害による損失は地域GDPの最大5%に達すると報告されている。適応策の成否は、日本自身の脱炭素目標とも表裏一体である。また、日本と欧米を結ぶ海上輸送はアフリカの角や西アフリカ沖を通過するが、海賊や過激派の脅威が増している。アフリカ諸国の安定化は日本のサプライチェーン保護にも直結する。

セネガルと日本の協力で設立されたダカール市内の職業技術訓練センターには、両国とJICAの旗が掲げられている。©2023 CFPT Senegal Japon

前進とギャップ

世界経済の逆風下でも、アフリカ経済は25年に約3・9%成長、21カ国が5%超を予測する。ただ、毎年1200万人の若者が労働市場に参入する一方、正式な新規雇用は約300万にとどまる。電化率は過去10年で39%から53%へ向上したが、5億7100万人が依然として安定的な電力を利用できない。アフリカ大陸での気候変動への適応策には年間2770億ドル(約40兆円)が必要だが、現在の資金流入は300億ドル(約4兆円)程度にとどまる。いくつかのサハラ以南諸国では利払いが歳入の半分近くを占める。課題は大きいが、投資・技術・公正な資金供給が追いつけば、勢いはさらに加速し得る。

セビリア会議後――公正な資金の論点

6月30日〜7月3日、スペイン・セビリアで開かれた「第4回開発資金国際会議」では、100項目超の行動案を盛り込んだ「セビリア・コミットメント」が採択された。多国間銀行の融資拡充や、債務を開発支援に転換する「債務スワップ」の促進などが含まれる一方、格付手法の偏りにより、アフリカ諸国の借入コストは先進国の3〜5倍という構造が浮き彫りとなった。2020年には22カ国で保健支出より債務返済額の方が多い結果となった。

2025年6月30日から7月3日まで、スペインのセビリアで開催された第4回開発資金国際会議での集合写真。CUN Photo/Rick Bajornas

このセビリア会議は、2024年9月の国連「未来サミット」で各国首脳が合意した「未来のための協定」の具体化に向けた第一歩と位置づけられている。同協定では、気候変動対策や持続可能な開発目標(SDGs)の達成に必要な資金を公平に確保すること、過剰債務の軽減、公正な信用評価制度の確立などが柱とされている。また、若者や将来世代の国連活動への参画促進も打ち出されている。これらの理念を実行に移すため、「セビリア・コミットメント」では前述の債務スワップの活用や開発銀行の融資拡大といった具体策が提示された。

アフリカ側も対応を進める。アフリカ連合は「アフリカ信用格付機関」を創設し、実情に即した評価を目指す。アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)は13億人市場を形成し、域内取引の活性化を図る。ベナンはグリーン資本誘致策を導入し、ルワンダブルキナファソは税基盤を強化、さらにコートジボワールトーゴ、エジプト、マリはディアスポラ債(海外に住む自国出身者を対象とした国債)で海外在住者の貯蓄を呼び込む。気候変動や紛争、資金流出、貿易障壁の拡大、そして社会保障費を圧迫する債務負担など、アフリカが直面する課題は多い。それでも、自らの手で経済の未来を切り開こうとする動きが広がりつつある。

国連の役割――地域主導の解決策を後押し

国連開発調整室のアフリカ地域所長ヤクブ・エル=ヒロ氏は「アフリカは援助を求めているのではなく、解決策を提供している」と語り、支援の在り方について「主権を尊重すべきであり、依存を生んではならない」と強調した。外部からの支援は、各国主導の戦略を後押しするものであり、支援側の意向を押し付けるものであってはならないと訴える。

国連開発調整室のアフリカ地域所長ヤクブ・エル=ヒロ氏(左から2番目)。2024年6月にブルキナファソ外務大臣を表敬した。

国連は、現地の国連常駐調整官の指揮のもと、国別チームを通じてこうした方針を具体化している。セビリア会議をはじめとする国際会議での合意事項を現場の成果につなげ、各国の開発計画とSDGsを連動させ、官民の資金を組み合わせて調達。アフリカが直面する多様な課題への対応を進めている。財政の自立、地域連携の強化、技術革新を目指すアフリカに対し、国連は各国政府や地域団体、国際機関と連携し、障害の克服と持続的な発展を後押ししている。気候技術、資本市場、円借款の歴史を持つ日本は、こうした前向きな潮流を後押しし得る。今後、より公正で持続可能な資金供給が各国で広がれば、雇用の創出や気候変動対策、地域の安定にも一層つながっていくと期待されている。

後編では、TICAD9で議論されるテーマや、日本、そして世界にとっての意義などについて詳しく説明します。後編はこちら

「再び被爆者をつくらないで」――原爆投下から80年 ヒバクシャの訴え

広島・長崎に原爆が落とされてから、2025年8月で80年になります。被爆者は「核兵器は人類と共存できない」と声を上げ続け、「ヒバクシャ(Hibakusha)」という言葉は国際的に認知されるようになりました。しかし、核兵器の惨劇を二度と繰り返してはならないと声を上げてきた被爆者たちの努力をよそに、地政学的な対立の深まりから、核兵器、そしてその使用の威嚇は、現実の国際関係において、日常的なレトリックとして再び姿を現しています。
80年の節目を前に、国連広報センターは2025年7月27日に上智大学で開催された「ノーベル平和賞カンファレンス」(ノルウェー・ノーベル研究所主催、上智大学日本原水爆被害者団体協議会日本被団協」共催)と、同日行われた記者会見を取材しました。

ノーベル平和賞カンファレンス」記者会見での記念撮影

CUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

ノーベル平和賞受賞の意義

日本被団協代表委員を務める田中熙巳さんは記者会見で、ノーベル平和賞受賞の意義を問われ、「世界の市民が改めて核兵器の脅威に気付く機会を与えていただきました」と振り返りました。

ノーベル平和賞の受賞について振り返る田中さん
CUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

日本被団協は、47都道府県のそれぞれにある被爆者の団体の協議会で、被爆者の唯一の全国組織です。1956年の結成後、核兵器廃絶や、原爆被害への国家補償要求を続けてきました。核兵器のない世界の実現を目指し、「核のタブー」という国際的な価値を築いてきたことが評価され、2024年10月にノーベル平和賞を受賞しました。
ノーベル委員会によると、平和賞の受賞者の国を委員が訪れ、賞に関連するイベントを開催するのは初めてのことだといいます。ヨルゲン・バトネ・フリードネス委員長は「被爆者がまだ話せるうちに、彼らの声に耳を傾け、核軍縮のために活動することが必要だ」と今回の訪日の理由を説明しました。

ノーベル委員会のヨルゲン・バトネ・フリードネス委員長と握手を交わす田中さん
CUNIC Tokyo/Yudai Hiraka

日本被団協の歩み

満席の会場に熱気が満ちる中、田中さんはノーベル平和賞カンファレンスに登壇。基調講演で、日本被団協結成からのこれまでの歩みを紹介しました。

日本被団協は、1954年のビキニ水爆実験による第五福竜丸被爆をきっかけとした原水爆禁止運動の広がりを受け、1956年に結成。結成宣言では、「自らを救うとともに、私たちの体験を通して、人類の危機を救う」との決意を表明しました。

1978年、1982年には国連ニューヨーク本部で開催された国連軍縮特別総会(SSID)に、それぞれ41人の代表団を派遣し、演説や表現活動を展開。2016年には、核兵器の廃絶を求める「ヒバクシャ国際署名」を呼びかけ、1370万を超える署名を国連に提出しました。そして、2017年に核兵器禁止条約が国連の場で採択され、2021年に発効したことを振り返り、「私たちにとって、大変喜ばしいことでした」と語りました。

2011年10月、日本政府、国連広報局(DPI)、国連軍縮局(UNODA)が共催する軍縮週間を記念したニューヨークの国連本部でのイベントで被爆者による演説が行われました。左の像は、長崎・浦上天主堂被爆した聖アグネス像 CUN Photo/Paulo Filgueiras

現在も1万2千発以上核兵器が地球上に存在するとして、「核兵器は一発たりとも持ってはいけないというのが原爆被害者の心からの願いです」と力を込めました。

被爆者の高齢化は進み、厚生労働省によると、現在存命している被爆者の平均年齢は、86歳を超えました。田中さんは「今話せる被爆者の声を聞くとともに、これからは私たちがやってきた運動を次の世代の皆さんが工夫して築いていくことを期待しています」と来場者に語りかけ、エールを送りました。

ノーベル平和賞カンファレンス」で核兵器の非人道性を訴える田中さん
CUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

80年経った今も

続いて登壇したのは、日本被団協の事務局次長を務める児玉三智子さん。広島で7歳のときに被爆しました。原爆が投下された直後に目にしたのは、「この世の地獄」でした。変わり果てた街の中で、助けを求めていた、自分と同じぐらいの年齢の女の子に、声をかけることさえできずに通り過ぎてしまったことが忘れられず、女の子の視線が「突き刺さって離れない」のだと言います。

「80年経った今も、あの日が消えることはありません。」

1945年8月に原子爆弾が投下された直後の広島 © UN Photo/Mitsugu Kishida

被爆者」から逃れることはできない

8月6日の後にも、被爆の苦しみは続きます。当時10歳だったいとこは軽傷でしたが、下痢を繰り返していました。ある日鼻から血を流し、口からは血の塊をたくさん吐き出し、突然亡くなりました。外見は何ともなくても、体の中から命を蝕まれる放射能の怖さを知り、恐怖に襲われました。

広島で医療処置を受けた被爆者 CUN Photo/Hajime Miyatake

周囲の人々からは、「放射能がうつる」と怖がられ、差別されます。被爆者は奇跡的に生き延びても、脳裏に焼きついた地獄の光景や、音、声、匂いを抱きながら、「自分だけが生き残った」という罪悪感に苛まれ、その後も世間の偏見や差別を受けてきました。

結婚し、子どもを授かった時にも、「放射能の影響が出ないか」と迷い、苦しんだと言います。明るく元気に育った子どもは、45歳で癌に奪われ、発症からたった4カ月で亡くなりました。

被爆者は命果てるまで被爆者。被爆者から、逃れることはできません」と、児玉さんは声を詰まらせて訴えました。

核兵器をなくすことができるのも人間

世界各地では、今この瞬間にも、戦争や紛争が続いています。学校や病院が破壊され、多くの人々の命が奪われる映像を見る度に、児玉さんは自身の過去の記憶が重なり、体が震え、涙が溢れるといいます。

「未来ある子どもたちの命を奪う戦争は、何のための、誰のための戦いでしょうか」

そして、核兵器による抑止力ではなく、戦争をしないための外交努力こそが重要だと訴えます。

「今もし、核兵器が意図的であれ、偶発的であれ、使われることがあれば、未来に甚大な被害を及ぼします。核兵器が地球上にあること、それ自体が人道的に許されるものではありません」

核兵器の非人道性を訴える児玉さん
CUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

講演の最後には、声を震わせながら、力強く、こう語りました。

「皆様に心から訴えます。再び被爆者をつくらないでください。核兵器をつくるのも、使うのも、私たち人間です。そして、使うことを止めることができるのも、核兵器をなくすことができるのも私たちです」

自分が核兵器の被害者にならないために

2時間超のカンファレンスの終わり際、2人から、これからの平和教育への想いが語られました。

田中さんは、「抑止力」という言葉に焦点を当てました。「核兵器による抑止力はない」と前置きをしたうえで、「争いがあるから、抑止力が生まれる。争いの原因が何かということをもっと明らかにして、原因をなくしていく努力をすれば、戦争も段々なくなっていく」と教育の過程で、平和について掘り下げる重要性を語りました。

児玉さんは、日本もかつて加害国だったことを子どもたちに伝えていく必要があると強調。「核兵器の被害者にならないために、他人事ではなく、一人ひとりが自分事として取り組んでほしい」と呼びかけました。

イベントの最後に、次世代への想いを伝える児玉さん
CUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

被爆から80年。あの日の記憶は、次の世代へと渡されようとしています。核兵器による悲劇を、二度と繰り返さないために、それぞれの立場でできることから始めてみませんか。核兵器のない未来を願うのなら、今、私たち一人ひとりがそのバトンを受け取る番です。

写真でつづる、フレミング国連事務次長(グローバル・コミュニケーション担当)の訪日

国連広報センターが所属する国連グローバル・コミュニケーション局のトップ、メリッサ・フレミング国連事務次長が5月末に訪日しました。2年半ぶりとなった訪問の間、フレミング事務次長は朝から晩まで精力的にさまざまな日本の関係者と対話し、協力関係を深めました。

***

レミング事務次長が日本に到着してまず向かったのが、大阪です。

開催中の大阪・関西万博における国連パビリオンおよび他の国や政府、企業などが手がけるパビリオンの視察が主な目的でした。初日に真っ先に向かったのはもちろん、「人類は団結したとき最も強くなる。」がテーマの国連パビリオン。アテンダントたちの連日の頑張りに感謝と激励を送ったのち、マーヘル・ナセル国連事務次長補兼陳列区域代表の案内でパビリオン内の展示を一巡しました。

国連パビリオンでは、日常生活で使うものと国連の関わりを表した展示を常設している

同日午後には、国連パビリオンと株式会社サンリオとの共催で実施された#HelloGlobalGoalsのグリーティングイベントに参加し、世界中で人気のキャラクターであるハローキティと一緒に、来館者にSDGsと「よりよい未来のために団結する」ことの重要性を伝えました。2日間を通してアメリカ合衆国、国際赤十字赤新月運動、サウジアラビア、中国といった海外パビリオンに訪問したほか、バチカンパビリオン主催のイベントに参加。ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier、大阪ヘルスケアパビリオン、日本館にも足を運びました。また、大阪府の渡邉繁樹副知事などの万博関係者や各館代表者と意見交換も行いました。

C 2025 SANRIO CO., LTD. APPROVAL NO. GS660006
マーヘル・ナセル国連事務次長補兼陳列区域代表(右端)と株式会社サンリオの辻友子常務執行役員、グローバルサステナビリティ推進室 室長(左端)も加わり、ハローキティと国連パビリオンの来場者をお出迎え。SDGsの認知度の高さを実感した。

阪急阪神ホールディングスでは、嶋田泰夫社長への表敬訪問を行ったほか、各目標のデザインをあしらったSDGsトレイン「未来のゆめ・まち号」を試乗し、電車全体が丸ごとSDGsの発信につながっているSDGsトレインを体感しました。

SDGsトレインに初乗車し、社内のSDGsに関するポスターなどを熱心に見入っていた

大阪での2日間の滞在の後に東京に移動し、3日間みっちり日本政府をはじめ幅広い関係者と対話を持ちました。国連創設80周年という節目に国連と日本が連携する重要性を改めて共有するとともに、紛争や気候変動、国際社会の分断などの危機にどう対応すべきか話し合うためです。

藤井比早之外務副大臣への表敬では、日本政府の長年の国連への支援に謝意を述べるとともに、安保理改革をはじめとする国連改革と多国間協調、国連と日本の連携の強化について認識を共有しました。

In Japan, I met with the State Minister of Foreign Affairs, Mr. Hisayuki Fujii @MOFAJapan_en. We discussed the importance of strengthening multilateralism, UN reform & UN-Japan cooperation. 🙏 Japan for your generous support to the 🇺🇳, + our UN Information Centre @unic_tokyo. pic.twitter.com/cRrcgANGcx

— Melissa Fleming 🇺🇳 (@MelissaFleming) 2025年5月30日

総務省の玉田康人総括審議官からは、オンライン上の誤情報・偽情報に対する日本政府の施策について伺い、啓発活動から法制度の整備に至るまで幅広い取り組みの重要性について意見を交わしました。

誹謗中傷や違法情報と関連するオンライン上の誤・偽情報の傾向とその対策について、最新の状況を伺った

また、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の田中熙巳代表委員と和田征子事務局次長に2年半ぶりに面会し、ノーベル平和賞受賞を祝うとともに核兵器廃絶にむけたたゆまない活動に改めて敬意を表しました。

With Nihon Hidankyo - a grass-roots movement of survivors from Hiroshima & Nagasaki.

It was a privilege to see Mr. Terumi Tanaka and Ms. Masako Wada of Nihon Hidankyo again. pic.twitter.com/lNe4nbE8IJ

— Melissa Fleming 🇺🇳 (@MelissaFleming) 2025年5月29日

今回の訪日では4つものイベントに登壇し、それぞれ異なるオーディエンスに対して語り掛けました。気候変動に関する誤・偽情報への対策というテーマについて、一般社団法人Media is Hope主催の気候変動メディアシンポジウムでメディアへの期待を、東京大学グローバル教育センター主催のDialogue at UTokyo GlobEで若者への期待を語りました。この分野での誤・偽情報は、科学に対する信頼を損なわせ気候変動対策を阻害させようとするだけでなく、気候行動を支持する人々への危害につながっています。しかし、フレミング事務次長は80%以上の人々は気候変動に対する政策の強化を求めていると示し、解決提案型の報道など人々に希望をもたらす発信の有効性を強調しました。

気候変動メディアシンポジウムでは、100名以上の参加者に気候変動の実情だけでなく解決策も提示して発信する重要性を強調した
東京大学の様々な学部や大学院の学生らからは、気候変動と人口問題の関連性や、環境問題に関する効果的なコミュニケーションについて質問があがった

国際文化会館主催の会員特別講演会でも誤・偽情報が社会にもたらす影響を解説し、AIなどの新技術の危険性と可能性や、広告代理店やテック企業の責任について参加者と意見を交わしました。

国際文化会館主催のイベントでは、国際的な知見を持ったメディア、企業、学術界など様々な分野の参加者に、誤・偽情報が国連にとっても脅威となっていることを紹介した

読売新聞社とYIES(読売国際経済懇話会)共催の読売国際会議2025の5月フォーラムでは、研究者や元大使らとなぜ今日も国連が必要なのかを議論。国連が人道支援や医療保健分野の現場で人々の命を支えるとともに、国際的な協力の枠組みや規範をつくってきたことなど、多面的な国連の役割を解きほぐしました。そして、国連が創設80年を経てこれからも効果的に活動するために必要な国連システムの改革の重要性について話し合われました。

大きく揺れ動く世界情勢の中で、多国間協調を国連と日本がどのように維持・強化できるか、白熱した議論が展開された

その他、企業、メディア、国連機関らとも会談を行いました。

NHKでは、公共メディアとしての誤・偽情報に対する取り組みの意義や気候変動に関する報道について意見交換しました。

正しい情報を人々に届けるために、メディアもオンライン上で発信する有効性について認識が共有された

また、SDGsのアイコンの日本語化や気候キャンペーン「1.5°Cの約束」、そして国連パビリオンのロゴの日本語化でご協力いただいている、博報堂DYホールディングスのクリエイティブ・ボランティアの皆さんとも面会。フレミング事務次長は、人々に情報を伝えるうえでクリエイティビティが果たす役割の大きさを語り、これまでの協力に感謝の意を伝えました。

国連のコミュニケーションが、コピーライター、アートディレクター、デザイナー、プランナーなど多くの方に支えられていることに感謝を述べた

日本の国連ファミリーとも意見交換の場をもらい、資金をめぐる影響を鑑みた効果的なパートナーシップの強化と拡大について、日本からの視点や経験を学びました。

首都圏に拠点を置く国連機関に加えて、関西などの国連機関もオンラインで参加し、多国間協調を強化する必要性について議論が行われた

あっという間の1週間の滞在中に、フレミング事務次長が何度も口にした言葉は「希望」でした。紛争、分断、気候変動、誤・偽情報の蔓延といった幾多の困難があってもなお、世界はこれらを解決する手段を持っており、希望を広めなければならない。フレミング事務次長は、このメッセージを分かりやすく的確に伝えるために、会議の合間にスピーチ原稿や発表資料を自ら何度もギリギリまで修正していました。

今回の訪日で、フレミング事務次長は国連が取り組む課題について日本の多くの人々もともに取り組んでいることを肌で感じたようでした。日本の関係者からいただいた意見やアイディア、そして平和とよりよい世界に向けた力強い想いを携えて、フレミング事務次長は帰国の途に就きました。

イベントや会談の合間を縫って、国連広報センターの職員とも写真を一枚。今回の訪日は、2年半ぶりに日本にいる職員とも顔を見て話す機会となった

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