平家琵琶へいけびわ
概要
琵琶を伴奏として『平家物語』を弾き語りする音楽です。兼好法師が書いた『徒然草(つれづれぐさ)』226段には、信濃前司行長(しなのぜんじゆきなが[生没年未詳])が、世を捨てて比叡山(ひえいざん)にこもった際に、天台宗(てんだいしゅう)の琵琶法師・生仏(しょうぶつ:性仏とも書く[生没年未詳])と出会い、自分が作った平家物語を教えて弾き語りさせたと記されています。行長も生仏も誰であったか特定できていませんが、文才のある貴族と仏教儀礼に関わる琵琶法師の関わりの中で生まれた音楽だと思われます。
この平家琵琶を大成させたのは南北朝時代の明石検校(けんぎょう)
室町時代に作られた盲人組織である当道座(とうどうざ)における最高の位階。当道座には平家琵琶(へいけびわ)や地歌(じうた)、箏曲(そうきょく)などの演奏家が属した。覚一(あかしけんぎょうかくいち[1299-1371])です。これまで語られてきたさまざまな歌詞を整理し、また新たな節をつけるなど、平家琵琶中興の祖といわれます。文学作品として知られている『平家物語』ですが、現在広く読まれている文章は、この明石検校覚一が弟子に口述筆記させたものといわれています。
平家琵琶は仏教儀礼の中で演奏されたり、鑑賞用に演奏されたりするなど、江戸時代には幕府の式楽(しきがく)
朝廷や幕府の儀式で用いられる音楽や舞のこと。江戸幕府においては能楽(のうがく)や平家琵琶(へいけびわ)をいう。 の一つとして将軍家の儀礼の中でも演奏されるようになりました。
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平成27年(2015)11月 国立能楽堂 第160回企画公演 「平家と能」
詞章
- かの、秦皇(しんこう)、漢武(かんぶ)
- ある経の文(もん)にいはく閻浮提(えんぶだい)のうちに湖あり、その中に金輪際(こんりんざい)より生(お)ひ出でたる水晶輪(すいしょうりん)の山あり
- それ大弁功徳天(だいべんくどくてん)は、応護(おうご)の如来(にょらい)
- 千早振る、神に祈りの、かなへばや
演奏
平家琵琶の語りは、音楽的な部分からも、その歌詞や記譜法(きふほう)
楽譜として音を記すための規則のこと。日本の伝統音楽では、それぞれのジャンルや楽器ごとに、独自の規則で楽譜が記されている。などからも、天台宗の声明(しょうみょう)の影響をうかがうことができます。楽器は楽琵琶(がくびわ)と同じく水平に構えます。撥(ばち)は、しゃもじ型の楽琵琶のものと比べて、先が広く角のあるものとなっています。語りの前奏や間奏、あるいは息継ぎの時の合の手(あいのて)
歌と歌をつなぐ楽器による演奏のこと。また歌や踊りに合わせた手拍子や掛け声など。として演奏され、語りと重なることはほとんどありません。
平成27年(2015)11月 国立能楽堂 第160回企画公演 「平家と能」
(Y_N0150160002004)
平成27年(2015)11月 国立能楽堂 第160回企画公演 「平家と能」
(Y_N0150160002015)
映像・画像出演者
今井勉
所蔵:国立劇場
所蔵:国立国会図書館