東京大学 海洋アライアンス 日本財団

RESEARCHERS Interview

ウナギは川の上流にも下流にもいる珍しい魚です

東京大学大気海洋研究所 脇谷量子郎特任准教授

東京大学大気海洋研究所 脇谷量子郎特任准教授

――脇谷さんのお顔は、テレビの生き物番組などでウナギの専門家として拝見することがあります。ウナギの研究が専門なのですか。

「専門は魚類生態学です。魚の生活のしかたを調べる研究です。研究の中心はウナギですが、それ以外にヤマメやハゼなども研究してきました。ウナギが自然環境のなかでどう暮らしているかに興味があるのですが、その特徴は、他の種類の魚と比べることではっきりしてきます」

――ウナギって、魚としてどんなところが面白いですか。

「ウナギは川の上流にも下流にもいます。河口付近にもいるし、南アルプスの山深い川にもいる。川にすむ淡水魚としては、じつは、これは珍しいことなんです。とても風変わりな淡水魚なんですよ」

ニホンウナギ(脇谷さん提供)

ニホンウナギ(脇谷さん提供)

表面の約7割を海が占める地球は、まさに「水の惑星」だ。だが水のほとんどは海の塩水で、淡水は全体の2.5%だけだ。その淡水のほとんどは南極や北極地域などに氷として存在し、残りのわずかな液体の水も大部分は地下水だ。結局、魚の生育に適した川や湖など淡水は、地球の水の0.01%にすぎない。このわずか「0.01%」に、3万ともいわれる魚の種類の半分以上がすんでいる。

つまり、川には多くの種類の魚が生息している。そして特徴的なのは、それぞれの生息域が狭く限られている点だ。イワナは上流を好み、コイやフナは下流の魚だ。すみ分けている。ところが、ウナギは、河口から上流までどこにでもいる。

ウナギは海で生まれて川で育つ。日本の川で育ったニホンウナギの親は海に下り、はるか南へ3000キロも旅をしてグアム島の近くで産卵する。卵からかえった子ウナギは、黒潮などの海流に運ばれ半年ほどかけて日本列島などにやってくる。このシラスウナギが川に入って成長する。養魚場で育てているウナギも、海岸や河口でとったシラスウナギだ。

どんなウナギが上流を目指すのか

――海からやってきたシラスウナギが川を上るわけですね。みんなが上流を目指すのでしょうか。

「どうやら、そうではなさそうです。まずは下流で暮らし始め、うまく成長できなかったウナギが上流を目指すようなのです」

脇谷さんたちの研究グループは、鹿児島県の土川川(つちかわがわ)の下流と上流でウナギを採取し、どのような違いがあるかを調べた。この川は、ウナギの移動を妨げる堰(せき)のような人工物がない全長が9キロほどの小規模河川だ。上流の75匹、下流の78匹を比べたところ、はっきりした違いがみえてきた。

上流のウナギの平均体長は37センチで、平均年齢は河口にやってきたときから数えて8歳。下流のウナギはそれぞれ33センチと5歳だった。上流のウナギのほうが、年齢が上で大きい。しかも、3歳未満のウナギはほとんどいなかった。

「河口にやってきたシラスウナギは、まず下流域で3年くらい過ごします。その間に速く成長できたウナギは上流を目指さず、そのまま下流で暮らす。そこで成熟したら早めに海に出てしまう。一方で、下流であまり成長できなかったウナギは川を上り、上流で何年もかけて大きくなっているようです」

かくして、ウナギは下流から上流までどこにでもいる例外的な淡水魚ということになるわけだ。

上流のウナギは川だけで生きているわけではない

――ウナギの生息環境としての「上流」と「下流」の違いは何なんでしょうか。わざわざ上流に行くのはエネルギーを余計に使うし、途中で死んでしまうリスクもあって損なように思うのですが。

「下流は、餌の量は比較的多いけれど、ウナギの数も多い。競争が激しいわけです。それに対して上流は、餌は少ないですが、ウナギの数も少なくて縄張り的な競争は緩い。それぞれにメリットとデメリットがあります」

一般に、競争に勝ってたくさんの餌を食べ、早く成熟して生殖できるようになれば、短期間に多くの世代を回せるメリットがある。逆に、時間をかけて大きく成長すれば、それがメスならいちどにたくさんの卵を産むことができる。これもまたメリットだ。両方の戦略がある。下流のウナギは前者の、上流のウナギは後者のメリットを選んでいることになる。

――上流のウナギと下流のウナギとでは、食べている餌も違うのでしょうね。

「上流のウナギは、サワガニやゴキブリ、ムカデなどいろいろな小動物を食べていましたが、下流のウナギは、ほとんどイソガニの仲間だけといってもよいくらいでした」

脇谷さんたちは、上流と下流のウナギの胃にたまっていたものを調べた。その結果、上流のウナギは水生動物のサワガニやテナガエビのほか、陸生動物のゴキブリやムカデ、ミミズなども食べていることがわかった。餌の数でいうと、サワガニ、ゴキブリ、ムカデ、テナガエビとミミズの順だった。

サワガニは水中の藻などのほか落ち葉も餌にしているので、上流のウナギは「川の幸」だけでなく「陸の幸」にも大きく依存していることになる。もし人工的な護岸や森の伐採などで陸と川のつながりが断たれると、そこはもう上流ウナギの本来の餌場ではないということだ。

「面白さ」を探しに行こう

――魚には子どものころから興味があったのですか。

「小学生のころ、本屋で淡水魚図鑑を熱心に立ち読みしていたら、親が買ってくれました。そのうち自分でも魚を飼ってみたくなって、『ためてあるお年玉でウナギを買ってもいいか』と親に聞いたのを覚えています。奄美大島産のオオウナギでした。小学3年生のころだったでしょうか」

オオウナギ(脇谷さん提供)

オオウナギ(脇谷さん提供)

――小学生がウナギのどこに魅力を感じたのでしょうか。

「ウナギの顔って、ナマズなんかもそうなんですが、偉そうな顔というか、なにか存在感があるんですよね。オオウナギの、あのふてぶてしくて、妖怪のような面構え。夜行性というのも怪しい魅力ですよね。小学生ながら、そんなところにひかれたんでしょうね」

――研究としては、ウナギのどのような面に興味がありますか。

「水産資源としてのウナギというより、ウナギ本来の生態ですね。中学生、高校生だったころ、川は、川によって自然環境がずいぶん違い、それが淡水魚の多様性に結びついていることに気づきました。それで自然環境について知りたくなり、大学では地球科学系の勉強をして、卒論のテーマは静岡県内のハゼの分布でした。ウナギの研究を始めたのは大学院の修士課程からです」

――研究を進める原動力は何ですか。

「それは『面白さ』です。面白そうなものを嗅ぎ分ける嗅覚といったほうがよいかもしれませんね。その嗅覚が、人が動く原動力になる」

――大学の学生さんたちも、面白いと思えることに出合えたら、ほんとうにラッキーですね。

「自分の土俵から外に出て、いろんな人に会い、いろんなことを経験してみる。そうした新しい体験をいくつもしていると、その点と点がつながって自分にとっての面白さが生まれてくる。自分の強みもわかってきます。失敗におびえて自分の土俵にとどまっていては、面白さに出合えるチャンスを逃してしまうと思います」

(2024年9月17日公開)
文責・構成:東京大学海洋アライアンス 保坂直紀

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