ヒトは言語を介して世界を認識できます。一方で、世界を言語化することで思い込みが生じて認識が変化することもあり、特に匂いの感じ方は匂いを表す言葉(当原稿では「言葉ラベル」と呼ぶ)の影響を強く受けることが知られています。言葉ラベルがヒトの匂いの脳内情報伝達に与える影響を解明することは、ヒトが世界をどのように認識するのかを理解する上で重要な足がかりとなりますが、言葉ラベルが脳情報処理に与える影響は十分に解明されていません。匂いの感じ方との密接な関係が知られる脳領域として一次嗅覚野が挙げられますが、これまでの研究では、言葉ラベルの影響は一次嗅覚野より下流の脳領域(前頭眼窩野や前帯状皮質)において報告されていました。一次嗅覚野におけるラベルの影響が明らかになっていなかった理由の1つには、一次嗅覚野が非常に小さい領域であるため、ラベルの影響を検出するのが難しかった可能性が考えられます。
そこで、本研究では高解像度な計測が可能な超高磁場fMRIを用い、従来よく用いられてきた3ミリメートル角の解像度と比較すると27倍の解像度にあたる1ミリメートル角の空間解像度で一次嗅覚野の脳活動を検証しました。同じ匂いに対して異なる思い込みを与えるために、1つの匂いに対して、その匂いの名前として違和感のない2つの言葉ラベルをそれぞれ同時に呈示しました(図)。また、この実験系で匂いの感じ方が変化するのかを検証するために、言葉でラベルされた匂いの主観的な感じ方の違いについて評定を行いました。
まず主観評定を検証したところ、同じ匂いに対して同じ言葉がラベルされた場合に比べて、2つの異なる言葉がラベルされた場合の方が、匂いをより違って感じることが示されました(図)。このことから、同じ匂いであっても異なる言葉ラベルが与えられると匂いの感じ方が変化することが示されました。
次に一次嗅覚野の脳活動に対して
脳情報デコーディング解析を行ったところ、同じ匂いに対して2つの異なる言葉がラベルされた場合に、その活動の空間的なパターンが異なることが示されました(図)。このことから、同じ匂いであっても異なる言葉ラベルが与えられると一次嗅覚野の活動が変化することが示されました。
最後に、一次嗅覚野の活動が言葉によって変化するメカニズムを探るために、一次嗅覚野と嗅覚野以外の脳領域について
機能的結合解析をしたところ、一次嗅覚野と言葉や記憶の処理に関わる脳領域とが連携して機能していることが示唆されました。