1.概要
強雨が数時間以上にわたって継続し、河川氾濫や土砂災害などの深刻な被害を引き起こす集中豪雨が近年多発しています。気象庁気象研究所(以下、「気象研」という)の研究(津口と加藤, 2014)によると、台風の直接的な影響によるものを除く集中豪雨の6割以上は、線状降水帯
(注1)によって引き起こされているといわれています。毎年のように線状降水帯による大雨で甚大な水害・土砂災害が発生しており、線状降水帯をリアルタイムで把握する技術開発は喫緊の課題となっています。
線状降水帯の予測精度向上には、線状降水帯を構成する一つ一つの積乱雲を高精度に予測する必要があります。積乱雲の予測には、雨の元となる、高度約1 km以下の低高度の水蒸気量の把握が重要であることが知られています(Kato et al., 2003)。積乱雲が出来始める前の水蒸気量を観測することで、積乱雲の発生予測を可能とし、線状降水帯の予測精度が飛躍的に向上すると期待されています。
内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」
(注2)の課題「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」において2018年度から実施している、新しい線状降水帯の観測・予測システムの開発プロジェクトでは、これまで積乱雲の観測・予測研究を行ってきた防災科学技術研究所(以下、「防災科研」という)が中心となり、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下、「NICT」という)と日本アンテナによる、地上デジタル放送波を用いた水蒸気量観測(以下、「地デジ水蒸気観測」という)、福岡大学と気象研による
水蒸気ライダー観測、防災科研による
マイクロ波放射計観測、名古屋大学による航空機観測などの技術開発を進めてきました。こうした最新の水蒸気観測データを予測に用いることで、2時間先までの線状降水帯の予測精度向上を目指した技術開発を行っており、九州の11の自治体と実証実験を通して予測精度の検証と予測情報の利活用の検討を進めています。また、本観測は、気象研が中心となって実施する線状降水帯の集中観測(2022年5月31日報道発表)において、陸上における水蒸気観測の中心的な役割を担っています。7月からは観測体制を強化すべく、海上での水蒸気量の把握を目指した航空機観測を実施します。本観測データを全国の大学・研究機関に提供し、線状降水帯の発生メカニズムの解明に貢献する予定です。
現在、全国で利用可能な地デジ放送波による、低コストな水蒸気観測法の実用化も目指しています(観測原理は後述)。具体的には、日本アンテナによるデータ配信クラウドサービスの事業化に向けた、九州地方での試験運用を開始しています。
線状降水帯が発生しやすい状況についての統計解析が気象研を中心として進められており、特に、低高度の水蒸気流入量が十分に多いことが線状降水帯の発生に重要であることが明らかにされてきました(Kato, 2020)。そこで、研究グループは、リアルタイム・低高度の水蒸気観測データを予測の初期値に反映することができる
データ同化手法を用いた、2時間先までの雨量予測の精度向上を目指し、水蒸気観測網の整備を進めています。
2020年6月には、気象研の水蒸気ライダー(図1中)を長崎県野母崎(のもざき)に設置し、観測を開始しました。SIPで2018年から製作を行った福岡大学の水蒸気ライダー(図1左)を鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市の下甑島(しもこしきしま)に2020年8月に設置して観測を開始しました。この水蒸気ライダーの施設内に、防災科研が
ドップラーライダーを2021年から設置し、高度1 km程度までの水平風を同時に観測することで、水蒸気の流入量を評価できるようにしています。上空の水蒸気の総量を測定することができる、マイクロ波放射計を防災科研が長崎県福江島に2020年10月に設置しました。2020年度内には、NICTと日本アンテナが共同で開発した地デジ水蒸気量観測機器(図2)を熊本県の北部に2台、大分県、福岡県、佐賀県にそれぞれ1台設置し、合計5台で観測を開始しました。2021年5月には防災科研のマイクロ波放射計を熊本県天草市に設置し観測を開始しました(図1右)。2022年3月までに熊本県以南に10台の地デジ水蒸気観測機器を設置し、合計15台の地デジ観測網の整備が完了しています。図3左に、水蒸気観測網を構成する観測機器の配置図を示します。