DNAをレールとして動く新たなナノマシンに関する資料
【背景と目的】
細胞やウイルスよりも小さなナノメートルサイズの機械を操って仕事をさせるというナノマシンのコンセプトは、1959年のR.P.ファインマンの講演に端を発するといわれています。1990年以降、実験技術や装置の進歩により、ナノマシンの研究・開発が急速に発展し、分子シャトルや分子スイッチ、ナノカーといった様々なナノマシンが開発されてきました。まだ応用には至っていない段階ながら、2016年にその精巧な設計と独創性に対してノーベル化学賞が与えられるなど、徐々にナノマシンの基礎が築かれつつあります。ただ、ナノメートルサイズまでマシンを小さくすると、周囲の分子の熱運動による激しいノイズにさらされるため、既存の技術でナノマシンを制御するためには、外部からノイズを圧倒するような大きなエネルギーを投入して逐一指令を与えて動作させる必要があります。一方、生物が持つナノマシンの中には、熱ノイズのわずか20倍程度のエネルギーを与えれば勝手に動く「生物分子モーター」が存在します。私たちの研究グループでは、大きなポテンシャルを持つ生物ナノマシンの応用を見据え、研究を行ってきました。
生物システムは、常にエネルギーを消費して必要な分子を必要な場所へ選択的に輸送することで生命活動を維持しています。このシステムを駆動しているのが生物ナノマシンの一種として知られている生物分子モーターで、ミオシンやキネシン、ダイニンなどが知られています。これらの分子モーターは、生命活動に必要な様々な分子を積荷として、細胞内に張りめぐらされた細胞骨格繊維(微小管やアクチン繊維)の上で輸送することで積荷を選択的に輸送しています。もし、この分子モーターシステムを制御可能な形で細胞から取り出して利用することができれば、生物由来の分子で構成された計算機や、生体内で働く分子ロボットのような画期的な応用につながると期待されています。しかし、これまで生物由来の分子モーターは、レールである細胞骨格繊維の人為的な制御が難しいため、実用には至っていませんでした。この問題を解決するためには、分子モーターのレールを、より制御しやすいものへと置き換えていく必要があります。そこで、私たちの研究グループでは、タンパク質で構成された細胞骨格繊維の代わりに、DNAをレールとして用いることにしました。DNAを用いた理由は、DNAが安定な物質であること、一塩基単位での編集が可能であること、デジタル情報を埋め込むことができること、精緻な三次元構造体を構築できることが挙げられます。
図5 ヒト細胞質ダイニンの微小管結合ドメインをDNA結合タンパク質と取り替えることによる新規分子モーターの構築図(左)、DNAの二重らせん構造と10本の二重らせん構造が束化したDNAナノチューブの模式図(右)(再掲)
【研究成果】
本研究では、DNAレール上を一方向に自走する新たな分子モーターを創出し、制御可能な分子輸送システムを構築しました。私たちは、まず、これまでの研究結果から、分子モーターが一方向に運動する上で二つの要素が重要であると仮定しました。一つは、鍵と鍵穴のように分子モーターが特定のレールと選択的に結合すること、もう一つは、ATP加水分解サイクルに依存した構造変化によってレールとの間の結合状態を繰り返し変調させることです。これら二つの要素が組み合わされることで、一方向性の運動が創出される可能性を考えました。
そこで、本研究では、レールとなるDNAナノチューブに結合するための「車輪」として天然由来のDNA結合タンパク質を用い、このレールとの結合状態を、結合→解離→結合→解離......と繰り返し変調させるための「エンジン」として、生物分子モーターの一種であるダイニンを用いました。具体的には、ヒト由来の細胞質ダイニンを改変し、元々これに付属していた微小管結合ドメインを取り除いて、その代わりにヒトや細菌などから採ってきたDNA結合タンパク質を遺伝子上で融合することにより、新規ナノマシンを作製しました(図5参照)。この新規ナノマシンが機能するかどうかを確認するために、DNA結合タンパク質が認識する塩基配列と蛍光色素を周期的に組み込んだDNAナノチューブを作製し、蛍光顕微鏡で観察したところ、新規ナノマシンがDNAナノチューブ上を一方向に移動することが分かりました。このDNA結合タンパク質を、別の種類のものに交換することによって、異なるDNA配列を認識する複数種類のナノマシンを開発することにも成功しました。
図6 二種類の積み荷を持つトラックが一つの道路に合流又は分岐する様子を描いた模式図(左)。
Y字型のDNAレールを蛍光顕微鏡で撮影した画像と、二種類のナノマシンがそのレール上で一つのレールへと荷物を集める又は分岐する様子(中央)。
荷物を持った二種類のナノマシンが、合流点又は分岐点でどの程度効率よく仕事をしているかを示したグラフ(右)
私たちは、さらに、高度に制御可能な分子輸送システムの構築を試みました。DNAオリガミという技術によって三本のDNAナノチューブが一点でつながったY字型の構造を形成するY字レールを設計し、これらの三本のDNAナノチューブのそれぞれにナノマシンの種類や移動方向をあらかじめプログラムしました。このY字レールと一種類又は二種類の新規ナノマシンを組み合わせることで、荷物をY字レールの中心に濃縮する、あるいは周辺に分散させることや、二種類の荷物を一つのレールに集める、あるいは、逆に、二つの別々のレールにそれぞれの荷物を仕分けるなどのタスクを行う分子輸送システムを実現しました(図6参照)。
【今後の展望】
生物が持つ天然のナノマシンは、人工的なものに比べ高機能・高効率であることが知られていますが、動作メカニズムが未解明であることやタンパク質の不安定性などの問題も残っています。このような問題を解決するためには、天然には存在しない多様な分子モーターを数多く試作し、機能を比較することによって、その設計原理に関する情報を帰納的に抽出することが重要です。本研究の手法を更に推し進め、生物のナノマシンから抽出した原理を基に、機械学習や進化分子工学を駆使して高度に安定なタンパク質ナノマシンを再設計することや、化学的に安定な物質で構成したナノマシンを創ることで、将来的には、多様な環境で有用なタスクをこなす信頼性の高いナノマシンを開発できる可能性があります。
生物は、分子計算の超並列性などの特徴を使って複雑な情報を効率よく処理していますが、その原理は未解明です。本成果により、天然のレールよりも圧倒的に制御しやすいDNAナノチューブ上を自走するナノマシンを創出できたことで、生物が使っている未知の情報処理システムを再構成して理解する研究や、生物分子モーターで一種のチューリングマシンを構成するような研究が可能になり、次世代の情報処理システムを目指した研究にブレークスルーをもたらす可能性があると期待しています。