来年度の生活保護基準引下げを見送り、物価高騰を踏まえた大幅引上げを求める会長声明


生活保護基準は、憲法第25条第1項に基づいて健康で文化的な生活の保障を権利として実現するための基準であり、住民税非課税・就学援助・国民健康保険減免等の各基準と連動するなど、極めて重要な役割を有するものである。しかしながら、2004年の老齢加算の削減・廃止を始めとして20年もの間、断続的に引下げが行われてきた。とりわけ、2013年以降は史上最大(平均6.5%、最大10%)の生活扶助基準の引下げがなされ、その違法性を問う集団訴訟(いわゆる「いのちのとりで裁判」)において保護費減額処分の違法性を認める判決が相次ぎ、2023年11月30日の名古屋高等裁判所による判決では、生活保護利用者が「生活扶助費の減額分だけ更に余裕のない生活」を「長期間にわたり強いられてきた」ことを理由として、国が慰謝料の支払いまで命じられたところである。


このような状況の中、国は、2022年度の社会保障審議会生活保護基準部会(以下「基準部会」という。)の検証結果に基づき、主に都市部の高齢者世帯を中心として2023年度の生活扶助基準を大幅に引き下げる方針を示した。2022年12月23日に閣議決定された政府予算案において、物価高騰を考慮した2023年度及び2024年度の臨時的・特例的措置として、世帯人員一人当たり月額1000円の加算を行ってもなお現行の生活扶助基準額から減額となる世帯については基準額を据え置く措置を講じることとしたものの、2025年度の基準額については、「上記検証結果を適切に反映の上、これまでの基準見直しにおける配慮を参考にしつつ、その時の社会経済情勢を勘案」した上で、2025年度の予算編成過程において改めて検討するとしていた。現在、2025年度予算編成の時期を迎えているが、2024年11月29日に財務省の財政制度等審議会が財務大臣に提出した「令和7年度予算の編成等に関する建議」では、一般低所得世帯の消費実態との均衡を図るためとして、臨時的・特例的措置の解消を求めている。仮に臨時的・特例的措置が解消され、基準部会の検証結果に従うこととなれば、2025年度の生活扶助基準は、例えば都市部(1級地の1)の高齢単身世帯(75歳)は7.2万円から6.8万円へと5.9%の引下げとなるなど、多くの世帯が減額改定となる可能性がある。


しかし、その一方で消費者物価指数は2020年以降連続して上昇し続け、2020年を100とした2024年10月分の消費者物価指数は109.5(前年同月比2.3%上昇)であった。中でも光熱・水道は111.1(同3.2%上昇)、食料は120.4(同3.5%上昇)であり、特に生鮮食品は127.6(同2.1%上昇)に及んでいる(2024年11月22日総務省統計局公表)。このような記録的ともいえる物価高騰は今なお継続しており、特に低所得者の家計に占める割合の高い光熱・水道や食料にかかる費用の著しい高騰が、生活保護利用世帯の家計を直撃している。


現に、当連合会が2024年12月3日を中心に実施した「全国一斉生活保護ホットライン」において、「保護費が低すぎて生活できない」などの相談が、生活保護利用中の者からの相談190件中49件(約26%)を占め、「基準減額と物価高騰で生活が苦しい。服、下着は買えていない」、「保護費が引き下げられ物価高も加わり、何のぜいたくもしていないのに苦しい。食べる量を減らす以外なく、冷房も暖房も使えず、冬場はたくさん着て過ごしている」などの切実な声が多数寄せられている。


同じように物価高騰に直面する諸外国の公的扶助基準(直近2年間)に目を向けると、ドイツは12%(2023年)、12%(2024年)、韓国は7%(2023年)、14%(2024年)、スウェーデンは8.7%(2023年)、8.9%(2024年)といずれも大幅に引き上げており、引下げ一辺倒の日本とは正反対の動向となっている。


当連合会は、2023年12月22日付け会長声明2024年10月4日付け第66回人権擁護大会決議を公表するなど、これまでも生活保護基準の引下げの見直しを求めてきたところであるが、改めて政府に対し、来年度の生活保護基準引下げを見送ることはいうまでもなく、むしろ、現下の記録的な物価高騰、特に低所得世帯に影響の大きい光熱・水道や食料の著しい高騰を考慮し、生活扶助基準を少なくとも2020年以降の消費者物価指数の上昇分である9.5%を超えて大幅に引き上げることを強く求める。



2024年(令和6年)12月11日

日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子

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