坂本堤弁護士一家遺体発見から30年の節目に、弁護士業務妨害を許さず、その対策に積極的に取り組む宣言

宣言全文(PDFファイル;192KB)


本年は、坂本堤弁護士一家殺害事件(以下「坂本事件」という。)の遺体発見から30年の年である。今、改めて、亡くなられた坂本堤弁護士一家の御冥福を祈り、心から深い哀悼の意を表する。


坂本事件は、オウム真理教の出家信者らの救出活動及び教団の反社会性を告発する活動に取り組んでいた弁護士が家族と共に殺害された事件であり、弁護士業務妨害事件の中でも最悪の事件の一つである。そして、この事件を契機に当連合会や全国の各弁護士会に弁護士業務妨害対策委員会(又はそれに相当する組織)が設置されるに至った。


もとより、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命としている(弁護士法第1条第1項)。弁護士に対する業務妨害は、このような弁護士の果たすべき使命を脅かすものにほかならない。すなわち、弁護士に対する業務妨害は、単に弁護士個人の業務や活動を妨害するものにとどまらず、市民の基本的人権の行使を萎縮させ、社会正義の実現を阻害するものであって、断じて許されるものではない。


坂本事件以外にも、近年、弁護士業務に関連して弁護士が殺害される事件が起こっている。特に、離婚・男女問題に関する事件においては、強い感情のもつれを原因として紛争が激烈化することがあり、この類型の事件を担当する弁護士は業務妨害を受けやすく、内容も苛酷になりやすい。また、弁護士の殺害にまでは至らないとしても、弁護士や事務職員への暴行・傷害、脅迫・強要、法律事務所への不法侵入、頻繁な架電及び連絡等によって弁護士の活動が妨害される事態も発生している。近時、インターネットの普及によりSNS等インターネット上での匿名の誹謗中傷や侮辱的言動が拡散されるなど、弁護士に対する業務妨害は深刻化・多様化・巧妙化している。このような今日の業務妨害に対し、被害を受けている弁護士が個人で対応することは困難であり、社会の状況に応じた組織的対応が必要である。


坂本事件の遺体発見から30年が経過したが、弁護士業務妨害対策の原点であるこの事件を風化させてはならない。弁護士に対する業務妨害は、単に弁護士個人の業務や活動を妨害するものにとどまらず、市民の基本的人権の行使を萎縮させ、社会正義の実現を阻害するものである。このことについて、広く市民の理解を得る必要がある。


当連合会は、弁護士に対する業務妨害を決して許さず、一致団結して今後も毅然と対応していく。また、弁護士業務妨害対策委員会を通じて、妨害実態の調査・情報収集・分析、妨害行為の原因及び対策の研究、会員への情報共有及び業務妨害対策の周知・啓発、警察との連携強化等の活動をより一層徹底するとともに、妨害を受けた弁護士に対する各弁護士会の支援活動をサポートし、もって我々弁護士の使命である市民の基本的人権の擁護と社会正義の実現に全力を尽くす決意であることをここに宣言する。


2025年(令和7年)12月5日

日本弁護士連合会

提案理由

1 坂本堤弁護士一家遺体発見から30年

本年は、坂本堤弁護士一家殺害事件(以下「坂本事件」という。)の遺体発見から30年の年である。


坂本堤弁護士(以下「坂本弁護士」という。)は、オウム真理教の出家信者らの救出活動及び教団の反社会性を告発する活動に取り組み、オウム真理教の信者の家族の代理人として訴訟提起の準備をしていたところ、1989年、その活動が教団にとって重大な脅威となると認識した教団により、妻子と共に殺害された。その後、オウム真理教は暴走を続け、1994年に松本サリン事件、1995年に地下鉄サリン事件等を引き起こした。


当連合会は、坂本事件を契機として、弁護士がいかなる業務妨害にも屈することなく果敢に立ち向かい、市民の基本的人権の擁護と社会正義の実現のための活動を行い得るよう、そして二度とこのような事件が起こることのないよう、1996年6月に弁護士業務妨害対策委員会を設置した。その後、全ての弁護士会に弁護士業務妨害対策委員会(又はそれに相当する組織)が設置されるに至った。


坂本事件は、3名の人命が失われるという重大な被害だけでなく、坂本弁護士が救出しようとしていた多数の信者及びその家族の人権保障に重大な影響をもたらした。その意味においても坂本事件は弁護士に対する業務妨害の最たるものであり、弁護士業務妨害対策の原点となった事件である。「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」と共に坂本弁護士の救出活動に取り組むさなか、当連合会は、1990年に「 弁護士業務妨害に関する決議」(第41回定期総会)、1992年に「 坂本弁護士一家救出に関する決議」(第43回定期総会)を採択した。


坂本弁護士一家の遺体発見から30年の節目である本年、当連合会は改めて、弁護士に対する業務妨害に断固として対峙する確固たる決意を表明する。


2 弁護士への業務妨害は市民に対する人権侵害である

弁護士に対する業務妨害は、単に弁護士個人に対する業務妨害という問題にとどまるものではない。弁護士が個別事件の受任を控えたり、依頼者が権利行使を断念したりすることで、弁護士が十分な人権保障活動を行うことができなくなる。その結果、市民の人権や社会正義が守られ難くなり、現に生じている人権侵害が放置されてしまう。すなわち、弁護士に対する業務妨害は、弁護士の使命(弁護士法第1条第1項)を否定するものにほかならない。


また、弁護士はこの使命に基づき、「法律制度の改善に努力」する義務を負っているが(同法第1条第2項)、弁護士に対する業務妨害によって弁護士の活動が阻害されれば、弁護士が「法律制度の改善に努力」することも困難となる。


そのため、当連合会は、坂本事件を契機に、弁護士業務妨害対策委員会を設置し、各弁護士会における業務妨害対策についても支援を行ってきた。


3 弁護士に対する業務妨害の深刻化・多様化・巧妙化

坂本事件は、弁護士が家族と共に殺害されたものであり、弁護士に対する業務妨害としては最悪の事件の一つであるが、近年においても、2010年6月に横浜で離婚事件の相手方から弁護士が殺害される事件、同年11月に秋田で弁護士が財産分与請求事件の元相手方から殺害される事件が起きている。


また、弁護士の殺害にまでは至らないとしても、弁護士や事務職員への暴行・傷害、脅迫・強要、法律事務所を突然訪問しての業務妨害、頻繁な架電、郵便物の送付、メールの送信等による妨害、濫用的懲戒請求、濫用的訴訟提起による妨害も多い。共同親権等に関する法改正について情報発信を行っている弁護士に対する激しい妨害行為も数多く報告されている。


これらに加えて近時は、インターネットの普及に伴い、SNSやGoogleマップ等の口コミ・レビュー機能を有するサイトへの顕名あるいは匿名での書き込みによるインターネット上での誹謗中傷等が行われ、弁護士の名誉やプライバシー権が侵害される事案も発生している。このような情報はネット上で急速に拡散し完全に消去することはできない上、安易に集中的な妨害行為がなされた場合にも弁護士は個人で対応しなければならないが、実際にはこのような事態に個々の弁護士が一人で立ち向かうのは極めて困難である。また、事件の種類では、離婚・男女問題に関する事件における業務妨害事案が目立っており、このように深刻化・多様化・巧妙化する業務妨害から弁護士の生命・心身の安全を確保することが、弁護士の使命を実現するために急務である。


4 当連合会及び各弁護士会による支援の必要性

インターネットを利用した業務妨害の場合、書き込みを削除するための手続が困難かつ煩雑であるなどの事情から弁護士個人で対応することが困難な場合が多く、当連合会及び各弁護士会が積極的な支援を行う必要性が高い。


また、離婚・男女問題に関する事件に係る業務妨害では、前述の横浜、秋田で弁護士が殺害された事件に見られるように、事件当事者間の強い感情的なもつれが反映されて、受任した弁護士に対する業務妨害が苛酷になる傾向がある。このような事案においても、早急な対応と支援が必要である。


なお、当連合会は、2024年12月19日付けで「 弁護士に対する業務妨害、特に離婚・男女問題に関する事件に係る業務妨害に関する会長声明」を公表している。同声明で指摘しているとおり、弁護士に対する業務妨害は、業務妨害罪(刑法第233条・第234条)、名誉毀損罪(同法第230条第1項)、侮辱罪(同法第231条)、脅迫罪(同法第222条)、強要罪(同法第223条)その他の犯罪に当たり得る行為であり、また、民事上も損害賠償責任を問われ得る行為であって、厳に許されない。


5 結びに

弁護士業務妨害対策の原点である坂本事件を風化させてはならない。弁護士は、弁護士に対する業務妨害が単に弁護士個人の業務を妨害するにとどまらず、市民に対する人権侵害であり、社会正義の実現を阻害するものであることを改めて強く自覚するとともに、広く市民の理解を得て、弁護士業務妨害対策を講じていく必要がある。


当連合会は、弁護士業務妨害対策に関する各種マニュアルを作成し、会員に対して業務妨害対策の啓発活動を行い、弁護士業務妨害対策全国会議を開催して担当者間でのノウハウ等の共有を図り、各弁護士会からの事例報告等を行うことを通して業務妨害対策の充実を図っている。それに加えて、適時に会長声明を公表するなど、当連合会としての断固たる姿勢を対外的に示すことで、市民の理解を得るための活動も行っている。


今後は、従来の弁護士に対する業務妨害の態様に加え、近時増えているインターネットを利用した業務妨害等の多様な類型の業務妨害行為があり得ることを念頭に対策を講じていく必要があり、そのためには、当連合会のみならず各弁護士会と連携して行動することが不可欠である。


当連合会は、弁護士に対する業務妨害を決して許さず、一致団結して今後も毅然と対応していく。また、弁護士業務妨害対策委員会を通じて、妨害実態の調査・情報収集・分析、妨害行為の原因・対策の研究、会員への情報共有及び業務妨害対策の周知・啓発、警察との連携強化等の活動をより一層徹底するとともに、妨害を受けた弁護士に対する各弁護士会の支援活動をサポートし、もって我々弁護士の使命である市民の基本的人権の擁護と社会正義の実現に、全力を尽くす決意であることをここに宣言する。


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