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氷見事件

事案の概要

2002年1月14日、富山県氷見市内において、被害者女性A(事件当時18歳)が、自宅に侵入してきた男によってナイフを突きつけられて脅され、強姦された(以下「第1事件」という。)。


さらに、同年3月13日、同市内において、被害者女性B(当時16歳)が自宅で果物ナイフを突きつけられて脅され、強姦されそうになったが未遂に終わった(以下「第2事件」という。)。



取調べ

2002年1月14日、第1事件が発生し、富山県警氷見警察署(以下「氷見署」という。)は、直ちに、Aから事情を聴取し、その供述に基づき、犯人の似顔絵を作成した。また、A方に遺留され採取された足跡痕を鑑定した結果、同足跡痕はバスケットシューズにより印象されたものであることも判明した。


同年3月13日、第2事件が発生し、氷見署はBから事情を聴取し、犯人の似顔絵を作成した。また、氷見署は、B方から採取された足跡痕等から第1事件と第2事件は同一犯により行われたと判断した。氷見署は犯人の似顔絵を元に聞き込み捜査を行ったところ、同年3月25日、タクシー会社および運転代行会社からの情報により、元従業員であるX氏が浮上した。そこで、氷見署は、X氏を含む計15名の写真を貼付した面割り帳を作成し、AおよびBに示したところ、いずれもX氏を選んだ。


氷見署は、任意でX氏を取り調べたところ、1回目、2回目はいずれも否認した。


X氏は、同年4月15日の3回目の任意取調べで第2事件が自分の犯行であると自白した。氷見署は、同日、X氏を第2事件について通常逮捕した。


翌日、氷見署は、X氏を富山地検高岡支部に送致し、同支部検察官は、勾留請求し、勾留決定が出た。X氏は、同日の検察官による弁解録取および裁判官による勾留質問において被疑事実を否認した。


その後の警察官による取調べで、警察官が、弁解録取および勾留質問で否認したX氏を恫喝し、「二度と否認しません」という上申書を作成させた。


X氏は、以後は自白を継続した。


同年5月5日、氷見署はX氏を第2事件について一旦処分保留で釈放した上で、第1事件でX氏を再逮捕した。


第1事件は、同年5月7日、富山地検高岡支部に送致された。X氏は、同日の検察官による弁解録取、裁判官による勾留質問において事実を認めた。


検察官は、第1事件および第2事件につき、X氏を富山地裁高岡支部に起訴した。



公判の経過

2002年7月10日、富山地裁高岡支部において、第1回公判が開かれ、X氏および弁護人は、両事実を認め、検察官請求証拠の取調べについても全て同意し、取り調べられた。


その後、裁判所は、懲役3年の実刑判決を言い渡した。X氏は控訴せず、同年12月12日に同判決は確定した。その後、X氏は2005年1月13日に仮出所するまで、富山刑務所および福井刑務所で服役した。



真犯人が判明するに至った経過

その後、2006年に別事件で逮捕されたYが、第1事件および第2事件の犯人も自身であることを自白した。他方、第1事件および第2事件の確定記録から、第1事件の捜査のために入手したX氏方の固定電話の通話記録中に、第2事件の犯行時間帯にX氏の実兄方に架電した履歴があり、X氏にアリバイが成立する可能性が高いことなどが判明した。そこで、富山県警は、2007年1月19日、Yを第1事件および第2事件について逮捕した。


また、警察および検察庁で、X氏から改めて事情を聞いたところ、X氏は両事件の犯行を否定した。その上で、検察官は、X氏から、警察官や副検事、弁護士、裁判官を恨んでいない旨の検察官調書等を作成した。


富山地方検察庁高岡支部検察官が2007年2月9日に再審請求を行った。富山地裁高岡支部は同年4月12日、X氏について再審開始決定を行い、さらに同年10月10日に無罪判決を言い渡した。



国家賠償請求訴訟

再審により無罪判決が確定したX氏は、県、国、捜査担当警察官および公訴提起検察官に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。裁判所は、以下のように判断した上で、県警の捜査には、合理的根拠が客観的に欠如していたことが明らかであり、同捜査が警察官に認められた裁量を逸脱・濫用したもので国家賠償法上違法であるとして、県に対し1966万7733円の損害金の支払いを命じた。


警察官調書や図面、上申書等、取調べの過程において作成される書面の作成行為と取調べは区別することが可能であり、それぞれの行為につき違法性を観念することができる。警察官調書の作成については、刑事訴訟法198条4項が定める手続を遵守し、取調べの結果作成した警察官調書を被疑者に閲覧させ、または読み聞かせて誤りがないかどうか問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載する限りにおいて、警察官に裁量が認められているというべきである。

前記(1)アのとおり、当該被疑者に取調べを実施するに足る嫌疑があり、その供述に不自然な変遷や不明瞭な点がある場合において、警察官が従前の捜査で把握した情報を被疑者に示す手法によって、被疑者の供述の真偽を確認しまたは被疑者の記憶を喚起することは、事案の真相を解明するという捜査の目的に適うものとして必要性が認められ、それが直ちに取調官に与えられた裁量権を逸脱、濫用したとはいえない。
しかしながら、そのような手法には、常に「誘導」「押付け」につながる危険性が含まれており、捜査の目的・必要性という観点からは、自ずから一定の限界があるというべきである。このため、警察官がそのような手法を採用する場合には、常に、なぜそのような手法を用いる必要があるのか理由を確認しながら行わなければならず、かかる検討を怠った場合には、取調べおよび警察官調書等の作成のため警察官に認められた裁量の限界を逸脱したと判断される場合もあり得るというべきである。

例えば、被疑者が犯行自体は自白しつつも、犯行態様等の詳細を自ら具体的に説明しなかった場合において、警察官が、当該被疑者の記憶を喚起したり、当該被疑者が事実の一部を隠匿する目的で消極的な供述態度を示すのを改めさせたりする目的で、あらかじめ捜査資料等により知っている情報を含めた質問を示すことには、合理性を有する場面もないとはいえない。しかし、1警察官が被疑者に対して示す質問の内容が、本来、被疑者の記憶違いが生じがたいような、犯行態様の主要な部分に関するものであったり、2被疑者が消極的な供述態度を示していることについて、例えば、他の者をかばっているなどのように、具体的な目的が全くうかがわれないにもかかわらず、その供述態度が曖昧であったりするようなときまで、警察官が、単に自分が捜査資料により知っている情報を提示して質問するだけでなく、自分の意図する答えが被疑者から返ってくるまで、同じような形の質問を続けて確認を求める手法(以下「『確認的』取調べ方法」という。)を取ることは、既に供述の真偽を確認し、あるいは記憶を喚起するという目的の範囲を超えるものであり、もはや警察官が不当な誘導によって被疑者に回答を押しつけることと変わらないといわざるを得ない。

もっとも、警察官としては、得られた供述が、熱心に真相を供述するよう説得した結果であるのか、強制または迎合によるものかの区別は必ずしも容易ではなく、その判断が合理性を有する限り、責任を問うことはできないというべきである。しかし、被疑者の名で作成された書面または図面に記載された情報のうち、犯行態様の主要な部分にかかる情報が、ほとんど「確認的」取調べ方法により得られた場合には、そのような取調べを行った取調官本人はもちろん、同取調官から逐次捜査状況の報告を受けている捜査幹部らとしても、被疑者がなぜ犯行自体は自白しているのに、犯行状況の主要な部分をほとんど説明できない状態が続いているのかについて疑問を抱くのが合理的であり、このような場合においてまで、警察官が熱心に真相を供述するよう説得した結果、被疑者が任意かつ自発的に犯行態様の主要な部分について供述したと判断することには、もはや客観的にみて合理性が欠けていることが明らかといわざるを得ない。

取調官および捜査幹部らがそのような事情を知りながら、漫然とそれを録取して警察官調書等を作成し、何もないところから自白を作り上げる場合には、それが暴行、脅迫、偽計、利益供与等により獲得された供述であることを知りながら敢えて調書に録取した場合と同様に、警察官に認められた裁量を逸脱、濫用したものとして、当該警察官調書等の作成自体が違法となるというべきである。


平成19年4月12日 富山地方裁判所高岡支部再審開始決定(裁判所ウェブサイト)

平成19年10月10日 富山地方裁判所高岡支部再審判決(裁判所ウェブサイト)


<参考資料>

・日本弁護士連合会「『氷見事件』調査報告書」季刊刑事弁護54号(2008年)191頁以下

最高検察庁「いわゆる氷見事件及び志布志事件における捜査・公判活動の問題点等について」(2007年8月)(最高検察庁ウェブサイト)

・朝田とも子「氷見冤罪事件国家賠償訴訟第一審判決[富山地裁平成27.3.9]」法学セミナー727号(2015年)117頁以下

・毛利甚八「【氷見事件】失った5年間は取り戻せない」季刊刑事弁護64号(2010年)4頁以下



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