将来像 「自然共生経済」
2024 年 7 月
TSC とは Technology and Innovation Strategy Center(イノベーション戦略センター)の略称です。
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
イノベーション戦略センター(TSC)
エグゼクティブサマリー..............................................................................2
はじめに.........................................................................................................4
1 章 社会問題とその解決に向けた動き...................................................5
2 章 社会問題の解決に向けた将来像.....................................................12
3 章 将来像実現に向けたシナリオ(バイオエコノミー分野)..........25
おわりに.......................................................................................................35
イノベーション戦略センターレポート 2エグゼクティブサマリー
〈 1 章 〉 社会問題とその解決に向けた動き
人間は地球環境に対し様々な負荷をかけて産業を発展させてきたが、地球に対する負荷は
年々増大し、気候変動や天然資源危機、生物多様性の損失といった社会問題が拡大している。
これらの社会問題を解決し持続可能な社会を実現するために、カーボンニュートラルやサーキ
ュラーエコノミーの実現に向けた動きが活発化していることに加え、近年では、ネイチャーポジテ
ィブの実現に向けた動きも注目を浴びている。
カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に向けた取組は、
互いにシナジーやトレードオフの関係を有するため、相互の影響を考慮して取り組むことが必要
である。
〈 2 章 〉 社会問題の解決に向けた将来像
・将来像「自然共生経済」
カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に向けた取組を、
経済活動において中心的な役割を果たす「産業」、「市民/消費者」、「自然」の関係性の中で整
理すると、「産業」、「市民/消費者」からの「自然」に対する働きかけが不十分であり、働きかけ
を後押しするための原資を始めとしたモチベーションが生み出される持続的な仕組みが必要であ
る。
そこで本レポートでは、社会問題の解決に向けて、「産業」や「市民/消費者」と「自然」が互い
に補完し合い、それらの価値の総和を高め、社会問題の解決と持続的な経済発展を実現する循
環型経済を、将来像「自然共生経済」として提案する。
「自然共生経済」の全体像 3・将来像実現に向けたアクション
「自然共生経済」の実現のためには、「産業」、「市民/消費者」、「自然」の各主体が補完し合
う効果的なアクションが行われることが必要である。具体的なアクションとしては、1再生可能な
自然資本の活用、2廃棄物の再資源化と資源の循環性向上、3自然の維持・再生が挙げられ
る。
それぞれのアクションは、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブ
のいずれか一つの実現に影響を及ぼすというものではなく複数に影響を及ぼすことに留意が必
要である。
・将来像実現のための価値の創出・向上と可視化/指標化
将来像実現のためのアクションを実行するに当たっては、負担するコストと得られる価値のギ
ャップ(コストギャップ)の課題があるため、それらのアクションに必要なコストを削減するとともに、
コストギャップを埋めるための原資を調達すべく、製品やサービスの価値を向上させることが必
要である。そのためには、これらの環境価値等を明確化して経済価値化することを通じた新しい
価値の創出や価値の向上が有効な方策となり得る。環境価値を明確化して経済価値化するため
には、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に向けた、ア
ウトプットの可視化/指標化が必要である。
カーボンニュートラルについては、具体的な達成目標が設定され、当該目標の達成にむけて
可視化/指標化の取組がさらに進んでいるが、サーキュラーエコノミーにおける横断的な評価手
法の開発やネイチャーポジティブについての可視化/指標化の拡充は今後の重要な課題と言え
る。また、指標の検討に際しては、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポ
ジティブそれぞれの相互影響性にも考慮した可視化/指標化の議論が必要な状況である。
〈 3 章 〉 将来像実現に向けたシナリオ(バイオエコノミー分野)
バイオエコノミーは、『バイオエコノミー戦略』において「バイオテクノロジーや再生可能な生物
資源等を利活用し、持続的で、再生可能性のある循環型の経済社会を拡大させる概念」と定義
されており、バイオエコノミー分野の取組は、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイ
チャーポジティブの三つの実現に貢献することができる重要な取組である。
そこで、将来像実現に向けたバイオエコノミー分野における推進シナリオを検討した。当該シナ
リオにおいては、将来像実現に向けたアクションにより、自然資本を維持・再生しつつ経済発展を
もたらすことが重要である。つまり、将来像実現に向けたアクションを新しい価値の創出や価値の
向上により促進し、自然と産業エコシステムとがスパイラルアップしながら発展することで、持続
的な経済発展だけでなく市民の幸福度が増していく流れを生み出すことができると考えられる。
こうしたシナリオを進めていくに際しては、対象地域における、産業構造、再生可能資源量、人
口規模・構成について検討し、各地域の実情に沿ったアクションが必要である。くわえて、複数の
地域の自治体や企業が各地域の特長を活かしながら最適な形で連携することで、地方発の自律
的なシステムの構築が期待される。 4はじめに
世界人口が 70 億人を突破し、2050 年には 98 億人に達すると予測される中で、人間社会は
様々な危機に直面している。人間活動による地球環境への負荷が増大していく中で、ロシアによ
るウクライナ侵略等の地政学的な要因も加わり、食料やエネルギー等の課題において新たな危
機が発生する事態となっている。
NEDO は、これらの環境問題を乗り越え、環境、経済、社会が調和を形成し、新しい価値が創
造され続け、持続的に発展し続ける社会の実現を目指すべき将来像として、2020 年に TSC
Foresight『持続可能な社会の実現に向けた技術開発総合指針 2020』1
を取りまとめた。この中で
は、特に脱炭素社会の実現という観点から見た社会システムとして、「サーキュラーエコノミー」
「バイオエコノミー」「持続可能なエネルギー」の三つの社会システムが継続的に発展していくこと
が不可欠であり、これらの「三つの社会システム」を統合的に捉え、非連続なイノベーションにつ
なげ、経済合理性をもって社会実装に繋げていくことが重要であると述べている。
これらの脱炭素の観点に加えて、近年は、生物多様性の観点からの議論が活発化している。
2022 年 12 月に行われた生物多様性条約第 15 回締約国会議(COP15)において、『昆明・モント
リオール生物多様性枠組』2
が採択され具体的な数値目標が打ち出されたことで、生物多様性の
損失を止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」の実現に向けた取組の必要性も高まっ
ている状況である。
そこで、本レポートでは、持続可能な社会の実現に向けて、カーボンニュートラル、サーキュラ
ーエコノミー、そしてネイチャーポジティブを等しく実現するための将来像として、「自然共生経済」
を提案する。そして、「自然共生経済」の実現に向けたアクションと当該アクションを実行するため
の方策を示す。くわえて、当該アクションを具体的にどのような形で進めるべきかを、バイオエコノ
ミー分野におけるシナリオとして提案する。1持続可能な社会の実現に向けた技術開発総合指針 2020(NEDO、2020)
https://www.nedo.go.jp/content/100964351.pdf215/4. Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework(UN Environment Programme、2023)
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_en.pdf 51 章 社会問題とその解決に向けた動き
1-1 社会問題
人間は産業革命以降、地球環境に対して様々な負荷をかけて産業を発展させてきたが、地球
に対する負荷は年々増大し、それに伴う社会問題が深刻化している。ロックストームらが唱えた
概念である「地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)」3
では、地球が気候変動や生物の絶滅速
度等で危機的状況にあることが示されている。また、世界経済フォーラムから発表されている『グ
ローバルリスク報告書 2023 年版』4
においても、自然災害と極端な異常気象や生物多様性の喪
失や生態系の崩壊、天然資源危機等が深刻な環境リスクとして想定されている。
(1)気候変動
気候変動は、近年、最も関心が高まっている社会問題の一つである。世界の温室効果ガス
(GHG:Greenhouse Gas)排出量は、2020 年で 540 億トン(CO2 換算)を記録し(図 1)、直近 10
年間の排出量の平均値は、それ以前の 10 年間と比べて最高を記録した。現在、世界各地で
大雨、高温、温帯低気圧の発生等に伴う気象災害が確認されており、GHG 排出に起因する地
球温暖化の進行に伴い、今後、豪雨や猛暑のリスクが更に高まることが予想されている。気象
災害にもつながる気候変動は、人間社会が持続的に発展するために解決すべき重大な社会
問題の一つと言える。
図 1 世界の温室効果ガス排出量
出所:令和 5 年版 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書(環境省、2023)53Planetary boundaries(Stockholm Resilience Centre)
https://www.stockholmresilience.org/research/planetary-boundaries.html4https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023_JP.pdf5https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r05/pdf/full.pdf 6(2)天然資源危機
人口増加や産業の発展に当たり、人間は地球の様々な天然資源6
を活用してきたが、それら
の資源は持続可能ではない形で消費されてきた。エコロジカル・フットプリント7
と地球のバイオ
キャパシティ8
の測定から、2020 年時点でバイオキャパシティ(生態系の資源生産力)の 1.75 倍
のエコロジカル・フットプリント(経済活動の資源需要量)があるという結果が出ている。これは、
人間は地球の資源を少なくとも 75%過剰に使用していることを示している。1961〜2022 年の
地球全体のエコロジカル・フットプリントとバイオキャパシティは図 2 のとおりである。
図 2 1961 年〜2022 年の地球全体のエコロジカル・フットプリントと
バイオキャパシティ(1 人当たりのグローバルヘクタール数)
出所:生きている地球レポート 2022(WWF ジャパン、2022)9
また、天然資源の一つである食料に着目すると、異常気象による不作や人口増加による食
料危機が起きている。特に近年はロシアのウクライナ侵略により主要な食糧の国際価格が高
騰し、途上国で食料が安定供給されない事態も起きている。
これらの天然資源危機への対策を講じることは、持続可能な社会を実現するために必要不可
欠である。特に地政学的なリスクも考慮したサプライチェーンの強靱化は重要な課題と言える。6天然資源は、一般的には、天然に存在して人間の生活や生産活動に利用し得る物質・エネルギーの総称を言う
が、ここでは、天然資源危機が食料生産に大きな影響を及ぼすことから、食料を含めて天然資源とする。7食料や繊維等を含む資源生産、CO2 吸収等に必要な生態系サービスの需要量。8生物生産力。地球の自然資本が本来持っている生産性を土地面積に置き換えたもの。
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4033.html9https://www.wwf.or.jp/activities/data/20221013lpr_02.pdf 7(3)生物多様性の損失
近年、高い関心が寄せられ始めてきたのが生物多様性に関する問題である。人間社会は
地球の資源を活用することで発展を遂げてきたが、その結果として生物多様性の損失を招く事
態となっている。自然と生物多様性の健全性を測る指標である「生きている地球指数」は 1970
〜2018 年の間に 69%減少し(図 3)、「淡水域の生きている地球指数」は 83%減少している(図
4)。また、地球温暖化に伴う気候変動も生物多様性に影響を与えるとされており、今後も気候
変動により、生息地の適切な環境が失われることで、生物多様性の損失がさらに進行すること
が予想されている。
図 3 生きている地球指数(1970 年〜2018 年)
出所:生きている地球レポート 2022(WWF ジャパン、2022)10
図 4 淡水域の「生きている地球指数」(1970 年〜2018 年)
出所:生きている地球レポート 2022(WWF ジャパン、2022)1010https://www.wwf.or.jp/activities/lib/5153.html 81-2 社会問題の解決に向けた動き
1-1 に挙げた社会問題が顕在化する中、地球と人間は別々の存在ではなく、相互依存関係に
あることを前提に置き、人間の活動が地球上の全ての生命に及ぼす影響を分析し対応する「プラ
ネタリーヘルス」11
の取組が行われている。また 2015 年の国連サミットで採択された『持続可能な
開発のための 2030 アジェンダ』12
に記載された持続可能な開発目標(SDGs)においては、持続可
能な環境や経済社会を実現するために取り組む目標が掲げられた。こうした動きは、持続可能な
社会の実現に向けて、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに加え、ネイチャーポジティ
ブの動きが重要であることを示している。
(1)カーボンニュートラル(CN)
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計を
ゼロにすることである。
2015 年に採択された『パリ協定』において、国際条約として初めて「2°C(できれば 1.5°C)目
標」や「排出と吸収の均衡」が掲げられ、各国、当該目標に向けた取組を加速している(図 5)。
2021 年の COP26 終了時点で 150 か国以上がカーボンニュートラルの実現を表明しており、日
本も 2020 年 10 月、政府として 2050 年までのカーボンニュートラル社会の実現を表明した。
さらに、2023 年 7 月に世界平均気温が月別の最高記録を更新したことを踏まえ、国連のグ
テーレス事務総長が先進国に対し 2040 年までのネットゼロにコミットするよう早急な行動を促
しており、カーボンニュートラルに向けた更なる取組の必要性が訴えられている状況である。
図 5 日本・EU・英国・米国・中国のカーボンニュートラル表明状況
出所:資源エネルギー庁ホームページ1311https://www.planetaryhealthalliance.org/planetary-health12https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101401.pdf13https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-2-2.html 9(2)サーキュラーエコノミー(CE)
サーキュラーエコノミー(循環経済)とは、図 6 のとおり、大量生産・大量消費・大量廃棄型の
線形経済モデル(リニアモデル)を脱却し、あらゆる経済活動において資源投入量・消費量を
抑えつつ、資源の効率的・循環的な利用を図り、付加価値の最大化を図る経済モデルのこと
である。
EU が 2015 年にサーキュラーエコノミーに関する政策パッケージを公表14
したことを契機に、
サーキュラーエコノミーに対する取組が世界的に拡大し、各国でサーキュラーエコノミー政策が
打ち出されている。
米国の『国家リサイクル戦略』(2021 年)15
のリサイクル率 50%や、フランスの『サーキュラー
エコノミーに関する法律』(2020 年)16
の 2040 年までの使い捨てプラスチック包装の販売終了な
ど、具体的な目標設定も多く見られる。日本では、1999 年 7 月に策定した『1999 年循環経済ビ
ジョン』や 2000 年に成立した『循環型社会形成推進基本法』に基づき、いち早く循環型社会へ
の移行に取り組んできたが、世界的な循環経済への転換の潮流を踏まえ、2020 年 5 月に『循
環経済ビジョン 2020』を策定した。その後、コロナ禍やウクライナ情勢に端を発した資源供給制
約を受け、資源循環経済政策の再構築等を通じた国内の資源循環システムの自律化・強靱
化と国際市場獲得を目指し、2023 年 3 月に、『成長志向型の資源自律経済戦略』17
を策定した。
図 6 循環経済(サーキュラーエコノミー)
出所:循環経済ビジョン 2020(経済産業省、2020)1814Closing the loop: Commission adopts ambitious new Circular Economy Package to boost competitiveness, create
jobs and generate sustainable growth (European Commission、2015) https://ec.europa.eu/commission/presscorn
er/detail/en/IP_15_620315National Recycling Strategy(米国環境保護庁、2021)
https://www.epa.gov/system/files/documents/2021-11/final-national-recycling-strategy.pdf16Loi du 10 février 2020 relative à la lutte contre le gaspillage et à l'économie circulaire(Republique Franzaise、202
0) https://www.vie-publique.fr/loi/268681-loi-10-fevrier-2020-lutte-contre-le-gaspillage-et-economie-circulaire17成長志向型の資源自律経済戦略(経済産業省、2023)
https://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230331010/20230331010-2.pdf18https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/junkai_keizai/pdf/20200522_02.pdf 10(3)ネイチャーポジティブ(NP)
ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、「2020 年を基準として、2030 年までに自然の損失を
止め、2050 年までに完全に回復を達成する」という世界的な社会目標19
であり、前述のカーボ
ンニュートラルやサーキュラーエコノミーに関する動きに加えて、近年、特に注目を浴びている
概念である。日本では『生物多様性国家戦略 2023-2030』(環境省、2023)20
において、「生物多
様性の損失を止め、回復軌道に乗せること」と定義されている(生物多様性の損失を減らし、
回復させる行動の内訳については図 7 参照)。
図 7 生物多様性の損失を減らし、回復させる行動の内訳
出所:ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて(環境省、2023)21
2010 年、生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP10)において、2011〜2020 年の中長期
戦略のビジョンとして「自然と共生する(living harmony with nature)世界」が設定された。その
後も継続的に議論がなされた結果、2022 年 12 月の COP15 において、『昆明・モントリオール
生物多様性枠組』が採択され、30by3022
などの 2030 年までの具体的な数値目標が打ち出され
た。この枠組みに基づき、各国で具体的な政策が検討され始めている。
日本においても、『昆明・モントリオール生物多様性枠組』を踏まえて、2030 年ネイチャーポ
ジティブを目標とした『生物多様性国家戦略 2023-2030』を 2023 年 3 月に策定した。同戦略の
中で 2030 年ミッションを達成するための基本戦略の一つとして掲げられた「ネイチャーポジティ
ブ経済の実現」についてさらに議論が重ねられ、2024 年 3 月に『ネイチャーポジティブ経済移
行戦略』23
が策定された。19A GLOBAL GOAL FOR NATURE(Nature Positive Initiative、2024) https://www.naturepositive.org/20https://www.env.go.jp/content/000124381.pdf21https://www.env.go.jp/content/000116996.pdf222030 年までに陸と海の 30%以上を保全する目標。昆明・モントリオール生物多様性枠組の 2030 年ミッションのタ
ーゲットの一つ。23ネイチャーポジティブ経済移行戦略(環境省、2024) https://www.env.go.jp/content/000213033.pdf 11(4)社会問題解決に向けたカーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティ
ブの相関関係の重要性
各国でカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに関する動きが活発化し、ネイチャー
ポジティブの実現に向けた動きも盛んになりつつある。そのような中、環境省からは、それらの
実現に向けた取組を行うにはシナジーやトレードオフがあり、三つの要素を統合的に考えるこ
との重要性が指摘されている24
(図 8)。例えば、カーボンニュートラルの実現に向けた取組
は、気候変動が抑制されることによる生態系の維持・保全というネイチャーポジティブの実現と
のシナジーをもたらす一方で、太陽光パネルの設置等の取組の際に自然に対する配慮が欠
けた場合には生物多様性の損失を招くといったネイチャーポジティブとのトレードオフも懸念さ
れる。
したがって、トレードオフを考慮しながら、よりシナジーを生み出すような取組を推進する必
要がある。
図 8 カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの関係性
出所:ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて(環境省、2023)2424ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて(環境省、2023)
https://www.env.go.jp/content/000116996.pdf 122 章 社会問題の解決に向けた将来像
2-1 社会問題の解決における主体の関係性
カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブに向けた取組を経済的に
推進する方向性を検討するにあたり、経済活動において中心的な役割を果たす主体として
「産業25
」、「市民/消費者26
」、「自然27
」の関係性を整理する。
「自然」は資源としての自然資本を「産業」に提供し、「産業」はその自然資本を活用して、「市
民/消費者」にエネルギーや食料、製品、サービス等を提供し、「市民/消費者」はそれらの価
値に対する対価を「産業」に支払い、資金が循環することで経済社会は成り立ってきた。
従来の経済活動における「産業」、「市民/消費者」、「自然」の関係性は図 9 のとおりであるが、
こうした線形経済モデルにおいては自然資本が再生されずいずれ枯渇することとなり、持続的な
経済発展は実現しない。
図 9 従来の経済活動における「産業」、「市民/消費者」、「自然」の関係性
対して近年、各国におけるカーボンニュートラル宣言に見られるようにカーボンニュートラルの
実現に向けた動きが加速する中で、経済活動も持続的な社会に向けて変化しつつある。温室効
果ガス発生の要因である化石資源を利用しエネルギーやマテリアル等を生み出す経済活動から、
太陽光やバイオマス等の再生可能資源の活用への転換が進んできている。また、「市民/消費
者」の活動で排出された廃棄物を資源として再利用することにより化石資源を含めた自然資本の
使用量の抑制を図るサーキュラーエコノミーの動きも活発化している。さらに、「自然」における資
源以外の価値に対する注目も高まり、「市民/消費者」のボランティアによる自然保護の働きか
けや、「産業」における環境への配慮を組み込んだ CSR(Corporate Social Responsibility:企業の
社会的責任)の取組等も行われている。こうした近年の社会問題の解決に向けた取組も含めた
「産業」、「市民/消費者」、「自然」の関係性を表したものが図 10 である。25ここでいう「産業」とは、生産を営む仕事、すなわち自然物に人力を加えて、その使用価値を創造し、また、これを
増大するため、その形態を変更し、もしくは移転する経済的行為のことをいう。26ここでいう「市民/消費者」とは、次の「市民」と「消費者」を合わせたものをいう。
「市民」とは、国政に参与する地位にある国民・公民であり、また広く、公共空間の形成に自律的・自発的に参加する
人々をいい、「消費者」とは、物資を消費する人をいう。27ここでいう「自然」とは、山や川、木など、人間と人間の手の加わったものを除いた、この世のあらゆるものをいう。 13図 10 社会問題解決に向けた動きの中での「産業」、「市民/消費者」、「自然」の関係性の現状
カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに向けた動きはより加速していくことが必要であ
り、それに伴って自然資本の活用は、これまでと内容が変わりながら、今後更に進むことが予想
される。しかし、持続性の観点を考慮せずに自然資本を使い続けることは、自然資本の毀損や枯
渇につながることが危惧される。
自然資本を持続可能な状態で活用し続けるためには、現状の「自然」に対する「産業」や「市民
/消費者」からの CSR の取組やボランティアといった働きかけだけでは不十分である。「自然」に
対する働きかけが拡充されるためには、自然資本の状態を正確に把握し、その寄与や価値を認
識することによって、原資を始めとしたモチベーションが生み出され、経済活動として自然資本の
活用と自然の維持・再生の取組とが持続的に回る仕組みを構築することが必要である。 142-2 将来像「自然共生経済」
自然資本を持続可能な状態で活用し続けるためには、「自然」の価値を認識して資本としての
価値が生み出される仕組みを構築することで、自然の維持・再生についても経済活動として行う
ことが望ましい。そのような目指すべき姿を「自然共生経済」と定義して、図 11 に示す。ここでは、
「自然」における資本がモノやエネルギーという形で「産業」を通じて「市民/消費者」に提供され、
その対価としてのお金の流れが生まれるとともに、「産業」や「市民/消費者」にとってのモノやエ
ネルギー以外の「自然」の価値に対するお金の流れも生み出され、それが「自然」への働きかけ
につながっている。また、「市民/消費者」における排水や廃棄物、余剰エネルギー等も有効に
活用することで、「自然」由来の資源をより有効に活用できる循環経済も形成されている。
このように、「自然共生経済」においては、「産業」や「市民/消費者」が、「自然」からの恩恵を
最適な形で有効に活用して、モノやサービスそれぞれの価値を高めるとともに、「自然」そのもの
の価値を高め、結果として社会全体の価値の総和を高めることが重要である。
したがって本レポートでは「自然共生経済」について、
「産業」や「市民/消費者」と「自然」が互いに補完し合い、それらの価値の総和を高め、
社会問題の解決と持続的な経済発展を実現する循環型経済
と定義する。
図 11 「自然共生経済」の全体像 152-3 将来像実現に向けたアクション
(1)将来像実現に向けて必要になるアクション
「自然共生経済」は、社会問題の解決に向けてカーボンニュートラル、サーキュラーエコノミ
ー、ネイチャーポジティブを実現しつつ持続的な経済発展を達成する姿である。これを実現す
るためには、「産業」、「市民/消費者」、「自然」の各主体が互いに補完し、価値の総和を高め
るための効果的なアクション(図 12)が行われることが必要である。
第一のアクションは、「自然」における再生可能な自然資本を「産業」が活用し、生み出した
食品、素材、製品、エネルギーを「市民/消費者」が使用・消費する1再生可能な自然資本の
活用である。ここでは、「産業」や「市民/消費者」が「自然」由来のモノやエネルギーを得るだ
けでなく、「産業」に対する企業価値向上・生産環境の維持や、「市民/消費者」に対するエシ
カル消費ニーズの充足といった、お金やモノ、エネルギー以外の価値が提供されることが重要
であり、そのような価値も含めた対価や投資等のお金の流れが生み出されることが効果的な
アクションとなり得る。
第二のアクションは、「産業」で生じる廃棄物に加えて「市民/消費者」から排出される廃棄
物等を回収し「産業」において再資源化し、「産業」や「市民/消費者」において使用・消費する
こと、またそのような再資源化を行いやすい製品等を開発することである。このような2廃棄物
の再資源化と資源の循環性向上においてもお金やモノ、エネルギー以外の価値が生み出され、
それも含めた対価や投資等のお金の流れが生み出されることが重要である。
第三のアクションは、「自然」における GHG 削減や豊かな食料や水の提供等の価値を「産業」
や「市民/消費者」が認識した上で、それらの価値を維持・向上させるための資金や労働力を
費やし3自然の維持・再生を行うことである。このように、自然の維持・再生を通して享受した
恩恵を投資等の経済活動に結びつけることが重要となる。
これらのアクションを通して、「産業」、「市民/消費者」、「自然」における全体の価値の総和
を高めることが、「自然共生経済」の実現につながると言える。 16図 12 「自然共生経済」の実現に向けて必要となるアクション 17(2)将来像実現に向けたアクションの具体例
前述の三つのアクションは、将来像の実現に対するものであり、カーボンニュートラル、サー
キュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に貢献するものである。これらのアクションは、
カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブのいずれか一つの実現に
影響を及ぼすものではなく、複数の実現に影響を及ぼすため、これを考慮して全体最適な形で
実行していく必要がある。以下、これらのアクションの具体的な事例について述べる。
1再生可能な自然資本の活用
再生可能な自然資本の活用とは、「産業」や「市民/消費者」が使用・消費している化石
資源を、よりカーボンニュートラルな自然資本の活用へと転換することである。
具体的には、太陽光、風力等の再生可能エネルギーを活用した発電やバイオものづくり
等のアクションが進められている(表 1)。
表 1 再生可能な自然資本の活用に向けたアクション事例
再生可能な自然資本の活用は、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献するが、サーキ
ュラーエコノミーやネイチャーポジティブの実現にも影響を及ぼすため、それらも考慮しなが
ら推進する必要がある。例えば、太陽光発電を大量導入する場合、設備に必要な鉱物等の
自然資本を大量に消費することになるため、サーキュラーエコノミーの観点から設備のリサ
イクルについても考慮する必要がある。また、ネイチャーポジティブの観点からは設置のた
めの森林伐採や設置場所の土壌等の周辺環境への影響等も考慮して進める必要がある。 182廃棄物の再資源化と資源の循環性向上
廃棄物の再資源化とは、「産業」で生じる廃棄物に加えて「市民/消費者」から排出される
廃棄物を回収し再び「産業」や「市民/消費者」において使用・消費することである。また、資
源の循環性向上とは、「産業」において再資源化を行いやすい製品等を開発することである。
これらのアクションは、自然資本の使用量を抑えることにもつながる。
具体的には、廃プラスチックのリサイクルや有機廃棄物の再資源化の技術開発をはじめ
として、リサイクルを前提とした製品設計、サプライチェーンの可視化等も進められている
(表 2)。
表 2 廃棄物の再資源化と資源の循環性向上のアクション事例
このアクションは、サーキュラーエコノミーの実現に大きく寄与するが、カーボンニュートラ
ルやネイチャーポジティブの実現にも影響を及ぼすため、それらも考慮しながら推進する必
要がある。例えば、リサイクルを推進するに当たっては、多量のエネルギー等を投じる必要
があることも想定され、カーボンニュートラルの観点から化石資源の使用量の増大に伴う
CO2 排出量の増加が懸念され、また、ネイチャーポジティブの観点からは洗浄のための水利
用の際の自然資本の消費増大の懸念等の環境面での課題も顕在化している。
3自然の維持・再生
自然の維持・再生とは、「自然」の本来あるべき状態を維持し、また失われた状態から再
生することであり、「産業」や「市民/消費者」が行うアクションである。
具体的には、ネイチャーポジティブの実現に貢献する植林活動や海洋生態系の保全・再
生、持続可能な都市設計等が進められている(表 3) 19表 3 自然の維持・再生に向けたアクション事例
自然の維持・再生は、ネイチャーポジティブの実現だけでなく、カーボンニュートラルやサ
ーキュラーエコノミーの実現にも貢献する。例えば、森林の維持・再生のための植林活動に
おいては、森林が CO2 を固定することによりカーボンニュートラルの実現に貢献し、炭素や
窒素の循環という点でサーキュラーエコノミーの実現に貢献する。
(3)三つのアクションの複合的な取組
将来像実現に向けては、三つのアクションを複合した取組も重要であると考えられる。バイ
オマスを燃料やものづくりの原料として利活用(再生可能な自然資本の活用、廃棄物の再資
源化)しつつ、利益を森林の維持・管理に還元(自然の維持・再生)する取組は、三つのアクシ
ョンを複合した取組と言える。例えば、岡山県真庭町では、地元の森林組合や集積材メーカー
等でバイオマス発電株式会社を設立し、地域の森林で発生した間伐材や林地残材、製材所で
発生する端材等の廃材を燃料として活用し、その売電収益を植林などの森林環境の改善に還
元している28
。こうした複合的な取組は、自然資本や廃棄物の活用と自然資本の維持・管理を
同時に達成できるものであり、積極的に推進・展開すべきと考えられる。28ローカル SDGs を生み出す地域のかたち(環境省)
http://chiikijunkan.env.go.jp/assets/pdf/shiru/localsdgs.pdf 202-4 将来像実現のための価値の創出・向上と可視化/指標化
(1)価値の創出・向上と可視化/指標化の必要性
2-3 に挙げた三つのアクションを推進するに当たっては、アクションを行う主体である「産業」
や「市民/消費者」が負担するコストと得られる価値の間にギャップ(コストギャップ)があるた
め、アクションに必要なコストを削減するとともに、それでも生じるコストギャップを埋めるための
原資の調達が重要である。特に、3自然の維持・再生を継続的に行うには、原資の調達は課
題となる。
原資の調達のためには、製品やサービスの価値を高めることが必要である。そのためには、
これらの環境価値を明確化することを通じて、これまで経済的価値として認識がないものにつ
いて社会的に経済的価値を新たに認識させること(これを「新しい価値の創出」という)29
や、経
済的価値として認識があるものの価値を高めること(これを「価値の向上」という)30
が有効な方
策となり得る。
環境価値を明確化して経済価値化するためには、三つのアクションが、カーボンニュートラ
ル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブそれぞれに対して、具体的にどのような効果
や影響を与えるかを可視化することが必要であり、可視化のための標準となる指標が必要で
ある。
カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に向けて、アウ
トプットの可視化/指標化がなされることで、その達成に資する取組の環境価値が新たな経済
的価値として付与されて原資が増大し、それが三つのアクションを後押しし、「自然共生経済」
の実現を加速することができる。(図 13)。29「新しい価値の創出」の事例としては、自然からもたらされる安らぎやゴミとして廃棄されていた廃棄物など経済的
な価値としては認識されていなかったものについて、技術開発や社会の変化等により経済的な価値として社会的に
認められるようなケースが考えられる。30「価値の向上」の事例としては、バイオマスなど資源としての価値があることは従来から認められていたものが、技
術開発や社会の変化などで更に価値が高まるようなケースが考えられる。 21図 13 可視化/指標化が及ぼす価値の創出・向上と将来像実現に向けたアクションとの関係
(2)可視化/指標化に関する現状
前記(1)で、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に
向けたアウトプットに関する可視化/指標化の重要性について述べたが、それぞれの可視化
/指標化の現状は以下のとおりである。
ア)カーボンニュートラルの可視化/指標化に関する現状
カーボンニュートラルの可視化/指標化については、気温や GHG 削減量といった達成目
標が設定されるなど、これまである程度進められてきたが、達成度の検証基準の整備等、さ
らに精緻な可視化/指標化の取組が進められている。例えば、2023 年 11 月には、カーボン
ニュートラリティを達成・実証するための原則、要求事項、ガイダンスを提供する国際規格
「ISO 14068-1:2023」31
が発行されている。日本ではヤマト運輸株式会社が本規格に基づい
たカーボンニュートラルの検証を受け、同社の宅配便 3 商品が「ISO 14068-1:2023」に準拠
したカーボンニュートラリティであることの第三者検証意見書を取得している32。なお、NEDO においても新技術に関する CO2 削減ポテンシャルや CO2 削減コストを試算し、
カーボンニュートラルに向けた可視化/指標化を進めている33。31
https://www.iso.org/obp/ui/en/#iso:std:iso:14068:-1:ed-1:v1:en32「宅急便」「宅急便コンパクト」「EAZY」について国際規格 ISO 14068-1:2023 に準拠したカーボンニュートラリティを
実現(ヤマト運輸株式会社、2024)
https://www.yamato-hd.co.jp/news/2023/newsrelease_20240130_1.html33持続可能な社会の実現に向けた技術開発総合指針 2023(NEDO、2023)
https://www.nedo.go.jp/content/100964787.pdf 22イ)サーキュラーエコノミーの可視化/指標化に関する現状
サーキュラーエコノミーの可視化/指標化に関して、国際的な取組としては、表 4 国際
標準(ISO/DIS59020)におけるサーキュラリティ指標の概要のとおり、ISO59020 においてサ
ーキュラリティ指標などが発効されている。各国・地域の取組として、欧州では、2020 年に採
択された『サーキュラーエコノミー行動計画』34
における EU 各国の進捗を判定する指標群と
してのモニタリングフレームワークを制定しデータベース化35
している。また、米国においても、
指標の統一化を進めていくと国家リサイクル戦略の中で明記されている。
経済界での取組としては、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD:World
Business Council for Sustainable Development)が、2020 年より、企業が自社のサーキュラ
ーエコノミーに関する状況を把握分析し改善していくための共通指標とガイダンス(CTI:
Circular Transition Indicators)を提供している36。こうした様々な取組が進められているが、一般社団法人循環経済協会によると、地域や
組織、製品・サービスなどについて横断的に適用できる評価手法の開発は難度が高く、引き
続き議論が続く見込み37
で、課題がある状況である。
表 4 国際標準(ISO/DIS59020)におけるサーキュラリティ指標の概要
出所:第 9 回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 資源循環経済委員会 資料 3(経済産業省、2023)38
ウ)ネイチャーポジティブの可視化/指標化に関する現状
ネイチャーポジティブの実現に向けては、現状、自然の価値を認識するための可視化/
指標化の議論が進んでいる。例えば、企業や金融機関が、自然資本や生物多様性に関す
るリスクや機会を適切に評価し開示するための枠組みを構築する組織として、自然関連財34Circular economy action plan (European Commission)
https://environment.ec.europa.eu/strategy/circular-economy-action-plan_en35https://ec.europa.eu/eurostat/web/circular-economy/monitoring-framework36https://www.wbcsd.org/resources/circular-transition-indicators-v4/37循環経済国際標準化アニュアルレポート ISO/TC323(循環経済)活動報告(2022)(一般社団法人循環経済協会)
https://www.ce-association.org/wp/wp-content/uploads/2022/11/c90beb78e4ae55ab5b1ccbe4b5085cc9.pdf38https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/resource_circulation/pdf/009_03_00.pdf 23務情報開示タスクフォース(TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)39が設立され、環境省においても、企業における TNFD の枠組みに沿った意思決定や情報開示
の取組を推進している。また、生物多様性版 IPCC と呼ばれる生物多様性及び生態系サー
ビスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)が 2012 年 4 月に設立され、2022 年
にまとめられた『自然の多様な価値と価値評価の方法論に関する評価報告書』40
において、
自然の価値の評価手法や評価プロセスの設計と実施等のための指針がまとめられている。
このようにネイチャーポジティブを可視化/指標化するための議論は進められているが、
それらは、現状、リスク等のネガティブネスの観点が議論となっている。2024 年 3 月に公表
された『ネイチャーポジティブ経済移行戦略』23
においても、ネイチャーポジティブへの移行を
新たな成長の機会としてつかむとともに「ポジティブなインパクト」を生み出すことが重要であ
ることが示されており、ポジティブネスの可視化/指標化の拡充が望まれる。
(3)カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの相互影響性を考慮し
た可視化/指標化
1 章で述べたとおり、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの
実現に向けた取組は、相互にシナジーやトレードオフがある。そのため、それぞれの取組のア
ウトプットの可視化/指標化においても、シナジーやトレードオフの相互影響性を評価できるこ
とが重要になる。
例えば、太陽光パネルを設置し再生可能エネルギーを活用する取組に関しては、カーボン
ニュートラルに対してはプラスの寄与で評価されるが、設置場所の自然資本に損失を与えた
場合はネイチャーポジティブとのトレードオフの影響を同時に評価できることが必要である。他
方、太陽光パネルの設計における易リサイクル性や製造時の廃棄物を再資源化した資源の
使用量などのサーキュラーエコノミーに対するプラスの寄与がある場合は、自然資本の持続性
確保につながることになるためネイチャーポジティブとのシナジー効果も定量的に評価する必
要がある。また、そのような相互影響性を定量的に評価するためには、評価項目に関する大
量のデータを整備し有効に利活用することが重要になってくる。39自然関連財務情報開示タスクフォースの提言(TNFD、2023) https://tnfd.global/wp-content/uploads/2024/02/%
E8%87%AA%E7%84%B6%E9%96%A2%E9%80%A3%E8%B2%A1%E5%8B%99%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%96%8B%E7%A4%BA-%
E3%82%BF%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%8F%90%E8%A8%80_20
23.pdf40https://www.iges.or.jp/jp/pub/ipbes-values-spm-j/en 242-5 将来像まとめ
2 章においては、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを等しく
実現するための「産業」、「市民/消費者」、「自然」の関係性を整理した上で、将来像「自然共生
経済」を提案した。また、「自然共生経済」の実現に向けたアクションとして、1再生可能な自然資
本の活用、2廃棄物の再資源化と資源の循環性向上、3自然の維持・再生の三つを挙げた。こ
れらのアクションを後押しするためには、アクションのアウトプットにおける環境価値の経済価値
化を通した新しい価値の創出や価値の向上が必要であり、そのためのカーボンニュートラル、サ
ーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に向けた取組のアウトプットの可視化/指標
化が必要であることも示した。今後の課題としては、サーキュラーエコノミーの横断的評価手法の
確立やネイチャーポジティブのポジティブネス評価指標の拡充とともに、相互影響性を考慮した
可視化/指標化が重要である。 253 章 将来像実現に向けたシナリオ(バイオエコノミー分野)
2 章では、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを等しく実現す
るための将来像「自然共生経済」を提案した。「自然共生経済」を実現するための重要な取組とし
て、自然資本の代表的な資源である生物資源やその機能を活用するバイオエコノミー分野の取
組がある。そこで 3 章では、バイオエコノミー分野における将来像実現に向けた推進シナリオを検
討する。
3-1 バイオエコノミー
(1)バイオエコノミーとは
バイオエコノミーは、2009 年に OECD(経済協力開発機構)が 『The Bioeconomy to 2030:
designing a policy agenda』41
でその概念を提唱したことを契機に、各国での取組が進められて
いる。
バイオエコノミーは、そのカバーする市場範囲や重点分野が、各国・地域の天然資源、技術
力、天然資源基盤、経済・貿易政策によって異なっており、現状、国際的に共通する定義が定
まっていないが、日本においてはバイオエコノミーを、「バイオテクノロジーや再生可能な生物
資源等を利活用し、持続的で、再生可能性のある循環型の経済社会を拡大させる概念」として、
『バイオエコノミー戦略』42
で定義している。また海外では、バイオエコノミーの範囲・役割にはバ
イオテクノロジーやバイオリソースだけでなく、生物多様性の増進や生態系の保全、生態系サ
ービスの提供能力等に着目したバイオエコロジーを含めた捉え方もなされている43。41
https://www.oecd-ilibrary.org/economics/the-bioeconomy-to-2030_9789264056886-en42バイオエコノミー戦略(内閣府、2024) https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/bio_economy.pdf43What Is the Bioeconomy? A Review of the Literature, Sustainability(Markus M. Bugge, Teis Hansen and Antje Klit
kou、 2016) https://doi.org/10.3390/su8070691 26(2)カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブとバイオエコノミーとの関係
前述のバイオエコノミーのキーワードには、将来像「自然共生経済」の定義と共通のものが
多い。このことは、政府の『バイオエコノミー戦略』でも言及されているように、バイオエコノミー
が、「自然共生経済」が実現しようとする、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイ
チャーポジティブの実現との関係性が強いことを示している。
バイオエコノミーとカーボンニュートラルには、バイオマスを始めとした再生可能な自然資本
で化石資源を代替すること等が CO2 排出の削減につながるという関係があり、バイオエコノミ
ーとサーキュラーエコノミーには、有機系廃棄物等を再資源化して有効に活用することが資源
の循環につながるという関係がある。また、バイオエコノミーは、自然資本を資源として活用す
るものであるが、それだけではなく、経済活動の中で自然を維持・再生させることもバイオエコ
ノミーであり、ネイチャーポジティブの考え方と非常に近い。このようなバイオエコノミー分野の
取組の、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの三つの実現へ
の貢献の関係を図 14 に示す。
図 14 CN、CE、NP とバイオエコノミーとの関係図 27(3)将来像実現に向けたアクションに関するバイオエコノミー分野での取組事例
バイオエコノミーは、将来像実現に向けた三つのアクションとも密接に関係しているともいえ
ることから、三つのアクションに関するバイオエコノミー分野での取組事例を以下に述べる。
ア)再生可能な自然資本の活用に関するバイオエコノミー分野の取組事例
再生可能な自然資本の活用に関する取組としては、ものづくりの取組がある。
例えば、航空機燃料を SAF(持続可能な航空燃料、Sustainable Aviation Fuel)に置き換え
る動きがある。これは、航空機燃料の原料を原油からバイオマス等の再生可能資源に転換
するカーボンニュートラルに資する動きである。NEDO においても、2030 年頃までの SAF 製
造及び供給に関するサプライチェーン(図 15)構築のため、バイオジェット燃料生産技術に
関するプロジェクト44
を行っている。
図 15 SAF のサプライチェーンを表したイメージ図
出所:NEDO ホームページ4544「カーボンニュートラルの空へ」―NEDO バイオジェット燃料生産技術開発(SAF 実用化)―(NEDO、2022)
https://webmagazine.nedo.go.jp/movies/202202-03-biojet/45バイオジェット燃料生産技術開発事業(NEDO、2023) https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100127.html 28また、バイオマスを活用したものづくりに関する取組として、戦略的イノベーション創造プロ
グラム(SIP)の第 2 期で行われた「アグリバイオ・化学生産システムの構築」が挙げられる。
このプロジェクトでは、非可食農業残渣に含まれる構成成分を、付加価値のある複数の有
用成分・高品質バイオ素材として高い歩留りで変換することによって同時に得られる基幹化
合物を安価・安定供給することを目的としており、稲わらやもみ殻などを原料として化学工業
の基幹物質の原料となる C6 糖を 30 円/kg で供給する事業モデルを考案している(図 16)。
図 16 アグリバイオ・化学生産システムのプロジェクト概要
出所:アグリバイオ・化学システムコンソーシアムホームページ46
イ)廃棄物の再資源化に関するバイオエコノミー分野の取組事例
廃棄物の再資源化に関する取組として、有機系廃棄物47
の再資源化の取組が活発である。
有機系廃棄物は水分を多く含み嵩高いため長距離輸送は適さないという問題があること
から、特定の地域内で特有の廃棄物を再資源化して有効利用する取組がなされている。
例えば北海道興部町では、2016 年 11 月に家畜ふん尿のバイオガスプラントを稼働させ、
乳牛ふん尿などの地域バイオマス資源を原料として発酵技術を活用したバイオガス及び液
肥を製造し、酪農家をはじめとする地域内に供給する資源循環システムを構築している。あ46アグリバイオ・化学システムコンソーシアム(戦略的イノベーション創造プログラム、内閣府)
https://agribioconso.cm.kyushu-u.ac.jp/project/47家畜ふん尿、食料品製造業等の有機性汚泥、食品加工廃棄物、家庭系厨芥類、下水汚泥、し尿・浄化槽汚泥等
のことを指す。 29わせて FIT(Feed-in Tariff:固定価格買取)制度を活用したバイオガス発電事業にも取り組
んできたが、FIT 売電期間終了後の収益化継続をにらみ、大阪大学の開発技術を適用して
バイオガスから化成品原料や水素キャリアとなるメタノールやギ酸等を製造する技術の事業
化・実用化を目指している48。また、茨木県牛久市では、2008 年にバイオマスタウン構想を制定し、回収した廃食用油
からバイオディーゼル燃料(BDF:Bio Diesel Fuel)を製造する取組や、耕作放棄地で栽培し
た菜種から搾油し給食に使用した後 BDF 原料に利用するなどの取組を行ってきた。こうした
取組と BDF を近隣自治体への供給を通じた資源循環の環を広げたことが評価され、2013
年にはバイオマス産業都市構想の認定49
を受けた50。NEDO では、バイオものづくり革命推進事業において、廃棄物の再資源化に取り組んでい
る。その中では、飲食店の廃食油や食品加工工場等から排出される食品残渣、農産物の残
渣(農業残渣)、間伐材、廃木材、廃パルプ等の産業の副産物として発生する有機物(供給
余剰となり利用されないものを含む)や古着、古紙、家庭ゴミ・汚泥等の有機廃棄物を未利
用資源として例示し、その収集や原料としての利活用とともに微生物機能を活用した物質生
産に関する研究開発に取り組んでいる(図 17)。
図 17 バイオものづくり革命推進事業で検討中のバイオものづくりの製造フロー(イメージ)
出所:NEDO ホームページ5148バイオガスの高度利用に向けた取り組み(興部町)
https://www.town.okoppe.lg.jp/cms/section/kikaku/biomass-methanol.html49バイオマス産業都市の取組(農水省)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/biomass/b_sangyo_toshi/b_sangyo_toshi.html50バイオマス産業都市構想の認定について(牛久市、2020) https://www.city.ushiku.lg.jp/page/page003074.html51バイオものづくり革命推進事業(NEDO) https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100246.html 30ウ)自然の維持・再生に関するバイオエコノミー分野の取組事例
自然の維持・再生に関する取組としては、自然が有する、経済活動に必要な原材料を提
供する機能、二酸化炭素を吸収し地球温暖化を防ぐ機能、自然災害を防ぐ機能などに着目
し、こうした機能を維持し高めるための取組が行われている。
住友林業は、持続可能な森林経営として、社会全体での木材活用を推進し脱炭素に貢献
するため、木の計画的な伐採及び再植林に取り組んでおり52
、生態系を守りながら森林を若
返らせ、CO2 吸収量の増加を目指している。また、王子ホールディングスも、国内外に保有
管理する 573 千 ha の広大な森林において、木を植え、育て、伐採し、伐採した木材を製材
や合板、製紙用チップ、木質バイオマス燃料等に活用しつつ、再植林することで持続可能な
森林経営を実践している53
。さらに、日本製鉄では、海洋生態系の保全・再生を目指して、北
海道や千葉の町村と共同で藻場造成事業を行い、藻場の回復と CO2 のブルーカーボン生
態系への隔離・貯留に資する取組を行っている54。52
持続可能な森林経営(住友林業)
https://sfc.jp/information/sustainability/environment/forest/domestic.html53豊かな森づくりと資源循環(王子ホールディングス)
https://ojiholdings.disclosure.site/ja/themes/215/54昨年度に引き続き、新たに 3 件の J ブルークレジット認証を取得
〜北海道増毛町、古宇郡泊村、君津市沖のブルーカーボンプロジェクトで共同申請〜(日本製鉄他、2024)
https://www.nipponsteel.com/common/secure/news/20240319_100.pdf 313-2 将来像実現に向けたシナリオ(バイオエコノミー分野)
ここまで述べてきたように、「自然共生経済」の実現、すなわち、様々な「産業」と「市民/消費
者」で形成される産業エコシステムと「自然」との補完関係の構築において、バイオエコノミー分野
の取組は重要な役割を果たすと考えられる。
そこで、バイオエコノミー分野における取組を踏まえた産業エコシステムと自然の補完関係の
構築シナリオを検討した。
(1)従来の産業エコシステムと自然との関係性
従来の産業エコシステムは、図 18 に示すように、自然由来の資源を消費し続ける線形経済
(リニアエコノミー)型となっている。産業セクターの活動で使用する自然由来の資源は、主に
化石資源であり、再生可能な資源である農林水産物の生産においても、使用される肥料の製
造等で化石資源を使用しているため、大量の CO2 の排出により気候変動に大きな影響をもた
らしてきた。また、資源、製品、利用、廃棄というサプライチェーンの流れが一方向となっており、
資源の源泉である自然の維持・再生は十分には行われていない。このような大量生産・大量
消費・大量廃棄型の線形経済モデルが 1 章で述べた社会問題の要因の一つとして挙げられ
る。
図 18 従来の産業エコシステム 32(2)目指すべき産業エコシステムと自然との関係性
こうした諸問題を抱える従来の産業エコシステムから脱却するべく、「自然共生経済」の実現
に向けたアクションをバイオエコノミー分野において実行するにあたってのシナリオを図 19 で
示す。
図 19-1 は、2 章でも述べた将来像実現に向けたアクションや、産業エコシステムと自然との
現状の関係を表したものである。1再生可能な自然資本の活用で、バイオマス等の未利用資
源を新たに活用することで、一次産業セクターにおける収益源の多様化や新規参入者をもた
らすとともに、二次産業セクターにおいてもバイオマスを活用した新たな産業が生じている。ま
た、2廃棄物の再資源化と資源の循環性向上の推進によって、廃棄業者においては資源をよ
り有効活用する新たな産業が生まれるとともに、リサイクル資源が産業セクターに循環するこ
とで製品の多様化などの効果ももたらされている。さらに、3自然の維持・再生の実行により、
自然における生物多様性の回復が始まっている。
図 19-1 将来像実現に向けたアクションを実行する際の産業エコシステムと自然との関係の現状
ただし、これらのアクションを実行するに当たっては、2 章で述べたとおり、コストギャップの
課題が存在するため、現状ではアクションが経済活動として定着しておらず、そのもたらす成
果は限定的なものとなっている。特に自然の維持・再生のアクションは十分ではないと言える。
将来像の実現を推進するためには、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャ
ーポジティブの実現に向けた取組のアウトプットの可視化/指標化により新しい価値の創出や
価値の向上を図り、それを原資として三つのアクションを後押しすることが必要である。 33価値の創出・向上によりアクションが促進された、将来像実現に向けたバイオエコノミー分野
における推進シナリオを図 19-2 で示す。自然資本や廃棄物に由来する製品の環境価値を経
済価値化することによって、一次産業における収益源多様化による更なる新規参入者の拡大
や二次産業におけるバイオマス等を活用した産業の更なる拡大が進むと考えられる。また、価
値の創出・向上は、三次産業セクターの提供する環境価値クレジット化やツーリズムなどのサ
ービスの価値を高め産業が拡大するとともに、再資源化セクターにおける資源を有効活用する
産業の拡大ももたらす。くわえて、価値の創出・向上は、それらの製品やサービスに対する消
費者の需要拡大ももたらす。これらの産業セクターにおける企業や消費者の自然に対する原
資を始めとしたモチベーションの変化は、企業や市民における自然の維持・再生のアクション
を促す。このアクションによって、生物多様性の回復や自然の拡大が図られ、自然の環境価値
がさらに高まり、将来像実現に向けたアクションの更なる後押しとなると考えられる。
図 19-2 将来像の実現に向けたバイオエコノミー分野における推進シナリオ
このように、環境価値の経済価値化を通した価値の創出・向上により、自然と産業エコシス
テムの間でポジティブな影響を与え合うことで、スパイラルアップしながらお互いの価値が高ま
り、製品やサービス等を通じて市民/消費者にもたらされる幸福度が増すような好循環を生み
出すことが重要であり、それこそが将来像実現に向けた有効なシナリオであると考えられる。 343-3 将来像実現に向けた検討すべき項目(バイオエコノミー分野)
バイオエコノミー分野においては自然資本であるバイオマスを活用することになるが、バイオマ
スは地域ごとに偏在しており、またその特性から輸送効率が低く輸送に大量のエネルギーやコス
トを要するため、将来像実現に向けたアクションは、地域単位で、バイオマスが存在する地域や
バイオマス増産が可能な地域の特性を活かす形で行っていくことが現実的である。実際、環境省
は、地域循環共生圏を「日本が目指す持続可能な社会の姿」と位置付け、地域の多様な資源を
最大限に活用しながら、環境・社会・経済の同時解決を目指す地域や団体を登録し支援を行って
おり、現在、203 団体が登録されている55。ただし、将来像の実現に向けては、3-2 で示したシナリオの推進を経済面での自律性や持続
性を高めつつ行うことが必要で、そのためには、より最適な規模での広域化を図るべく、複数の
地域や産業が連携して進めることが重要である。その場合でも、連携する地域における「産業」、
「市民/消費者」、「自然」の在り方によってどのようなアクションを選択すべきか検討することが
鍵となる。具体的には、対象地域の産業構造、人口規模・構成、再生可能資源量を把握し、その
情報を参加する機関の間で共有しながら、環境価値を最大化する最適なアクションを選択し、適
切な施策も講じながら推進することが重要である。
3-4 まとめ
3 章では、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの三つの実現
に貢献し得るバイオエコノミー分野に焦点を当て、将来像「自然共生経済」を実現するためのバイ
オエコノミー分野でのシナリオを、自然と産業エコシステムとの関係性として整理した。
バイオエコノミー分野でのアクションによって、産業エコシステムが従来の線形経済モデルから
循環経済モデルへと移行しつつあるが、将来像実現を推進するためには、カーボンニュートラル、
サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブ実現に向けた取組のアウトプットの可視化/指標
化によって環境価値の経済価値化を通した新しい価値を創出や価値の向上を図り、アクションを
後押しすることが重要である。その際には、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイ
チャーポジティブの個々の実現だけを見据えるのではなく、統合的に捉えて取り組んでいくことが
重要である。その結果、自然と産業エコシステムが補完的に影響し合うことで、「産業」、「市民/
消費者」、「自然」の価値がスパイラルアップしながら高まり、市民/消費者の幸福度を増していく
ような好循環が生み出されると期待される。
バイオエコノミー分野においては、取り扱う資源の特性を踏まえ、対象地域の在り方に応じた
最適なアクションを実行することが鍵となる。地域の自治体や企業が連携し、対象地域の特長を
活かすことにより、地方発の自律的なシステムの構築が期待される。55地域循環共生圏 企業等登録制度(環境省)
http://chiikijunkan.env.go.jp/kigyou/list/ 35おわりに
気候変動や天然資源危機、生物多様性の損失といった社会問題が拡大しており、カーボンニ
ュートラルやサーキュラーエコノミーに向けた動きが活発化している。日本においても、グリーンイ
ノベーション基金事業やグリーントランスフォーメーション推進事業などが強力に推進されている。
また近年では、ネイチャーポジティブの重要性も指摘されており、持続可能な社会の発展に向け
て、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの統合的な実現が重要
との認識が広がっている。
本レポートでは、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現
に向けて、「産業」や「市民/消費者」と「自然」が互いに補完し合い、それらの価値の総和を高め、
社会問題の解決と持続的な経済発展を実現する循環型経済の仕組みとして、将来像「自然共生
経済」を提案し、「自然共生経済」実現に必要な三つアクション(1再生可能な自然資本の活用、
2廃棄物の再資源化と資源の循環性向上、3自然の維持・再生)を事例とともに示した。また、
将来像実現のためには、これら三つのアクションが経済合理性をもって進められることが重要で、
そのためには、アクションによって得られる環境価値を可視化/指標化することにより経済価値
化することの重要性を示した。なお、指標の検討に際しては、カーボンニュートラル、サーキュラ
ーエコノミー、ネイチャーポジティブ実現に向けた取組の相互影響性が今後の議論の重要な論点
である。NEDO イノベーション戦略センターでは、今後も引き続き、可視化/指標化や関連する動
向調査等を行って、その結果を産業界、自治体、学界、政府機関、市民といったマルチステイク
ホルダーと共有して議論を進め、「自然共生経済」の実現に向けた活動を進めていく。
本レポートが起点となって、マルチステイクホルダーでの議論が展開され、それぞれの意識や
行動の変化が次々と起こり、多くの社会問題の解決に向けた具体的施策が講じられていくことを
期待する。
イノベーション戦略センターレポート
将来像 「自然共生経済」
2024 年 7 月 26 日発行
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
イノベーション戦略センター(TSC)
くろまる本書に関する問い合わせ先
電話 044-520-5200(イノベーション戦略センター)
くろまる本書は以下 URL よりダウンロードできます。
https://www.nedo.go.jp/library/foresight.html
本資料はイノベーション戦略センターの解釈によるものです。
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引用を行う際は、必ず出典を明記願います。
しかくセンター長 岸本 喜久雄
しかく事務局長 植木 健司
しかくバイオエコノミーユニット
・ユニット長 水無 渉
・研究員 山森 明弘 (〜2024 年 3 月まで)
木村 雄輔
三牧 義也 (〜2024 年 6 月まで)
小林 和輝 (〜2024 年 3 月まで)
南 誓子 (〜2023 年 9 月まで)
井出 博之 (〜2024 年 6 月まで)
石倉 峻
・フェロー 馬場 嘉信 国立大学法人名古屋大学 未来社会創造機構 教授
八十原 良彦
株式会社カネカ Pharma & Supplemental Nutrition
Solutions Vehicle バイオテクノロジー研究所
湯元 昇 神戸大学先端バイオ工学研究センター 客員教授
吉川 博文 東京農業大学 生命科学部 名誉教授
(五十音順)

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