人身取引対策行動計画 2009
平成 21 年 12 月
犯 罪 対 策 閣 僚 会 議
序 「人身取引対策行動計画2009」の策定に当たって
人身取引は、重大な人権侵害であり、人道的観点からも迅速・的確な対応を求
められている。これは人身取引が、その被害者に対して深刻な精神的・肉体的苦
痛をもたらし、その損害の回復は非常に困難だからである。
平成16年12月、人身取引対策に関する関係省庁連絡会議は、
「国際的な組
織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を
防止し、抑止し及び処罰するための議定書」
(以下「人身取引議定書」という。)を踏まえ、国際的な組織犯罪である人身取引に対し政府一体となった総合的・包
括的な対策を推進するため、
「人身取引対策行動計画」
(以下「旧計画」という。)を策定した。
人身取引議定書第3条は、
「人身取引」の定義について、次のとおり定めてい
る。
第3条
(a) 「人身取引」とは、搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫
若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくはぜい弱な立場
に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金
銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引き渡し、蔵
匿し、又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他の者を売春させ
て搾取することその他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の提供、
奴隷化若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器の摘出を含める。
(b) (a)に規定する手段が用いられた場合には、人身取引の被害者が(a)に規定
する搾取について同意しているか否かを問わない。
(c) 搾取の目的で児童を獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、又は収受するこ
とは、(a)に規定するいずれの手段が用いられない場合であっても、人身取
引とみなされる。
(d) 「児童」とは、十八歳未満のすべての者をいう。
旧計画の策定以来5年間で、IC旅券の導入等の水際対策、在留資格「興行」
に係る上陸許可基準の見直し及び査証審査の厳格化、人身売買罪の創設、取締り
の徹底、人身取引被害者への在留特別許可の付与を可能とする入管法の改正等の
旧計画に掲げられた施策が着実に実施され、我が国の人身取引対策は大きく前進
した。その結果、人身取引事犯の認知件数が減少するとともに、適切な被害者保
護が図られるなど旧計画に基づく各種対策は大きな成果を上げたと言える。
しかしながら、近年、在留資格「興行」をもって入国している被害者の数が著
しく減少している一方、ブローカー等が被害者を偽装結婚させるなどして就労に
制限のない在留資格をもって入国させるなど、人身取引の手口はより巧妙化・潜1在化してきているとの指摘もある。
また、人身取引は、深刻な国際問題であり、我が国の人身取引対策に対する国
際社会の関心も高く、より幅広い対策の推進を求める様々な指摘がなされている
(注)。このような内外からの指摘の中には、我が国の各種施策との整合性を確保しつ
つ、今後検討・推進すべき課題が含まれている。こうした我が国の人身取引をめ
ぐる近年の情勢を踏まえ、人身取引対策に係る懸案に適切に対処し、政府一体と
なった対策を引き続き推進していくため、人身取引対策行動計画2009を策定
し、人身取引の根絶を目指すこととする。
この行動計画では、旧計画と同様人身取引議定書第3条に定める「人身取引」
の定義に従い、関係行政機関が更に緊密な連携を図りつつ、また、外国の関係機
関、国際機関及びNGOとの協力を強化して、人身取引の防止を図るとともに、
潜在化している可能性のある人身取引事案をより積極的に把握し、その撲滅と被
害者の適切な保護を推進することとする。また、人身取引が、その定義上、人身
売買だけでなく、性的搾取、強制的な労働又は役務の提供、臓器の摘出等を含む
搾取の目的で人を獲得し又は輸送するなどの広範な行為をいい、外国人の女性や
児童に限られない様々な被害者が存在し、社会全体で取り組むべき課題であるこ
とについて国民の意識啓発に努めるとともに、関係行政機関の適切な連携の在り
方等の課題について、制度改正の必要性を含め継続的に検討を行い、対策の推進
体制を改善していくこととする。
(注)例えば、平成21年7月に国際連合の特別報告者が実施した人身取引対策に関する
訪日調査の際には、
「日本が多くの人身取引被害者の目的地となっている」との見解が
示されるとともに、
正式な報告に先立って、
次の事項が緊急性の高い懸案として指摘さ
れた。これらの中には、我が国において、これまで一般的には人身取引の問題として必
ずしも受け止められてこなかったものの、
人身取引議定書第3条の定義を踏まえ、
国際
的には人身取引の問題の一部又はそれに密接に関連した課題としてとらえられている
ものも含まれている。
○しろまる 人身取引議定書、
「国際組織犯罪防止条約」及び「すべての移住労働者とその家族の
権利の保護に関する国際条約」を批准していないこと。
○しろまる 国内法に人身取引の包括的な定義がないこと。
○しろまる 被害者認定手続が不明確なため、人身取引被害者の誤認が生じかねないこと。
○しろまる 被害者認定されないケースの存在、
秘密裏に利用できるサービス
(精神・社会的支援)
の不足、言語障壁、救済制度の不備等多様な要因により、人身取引が水面下で潜行して
いること。
○しろまる 人身取引被害者向けの適切な避難所のほか、
言語能力等被害者に十分な援助を提供し、
後に再び人身取引の犠牲にならないようにするための資源や専門的ノウハウが不足し2ていること。
○しろまる 研修生や技能実習生制度内での虐待があること。
これらは本来、
一部アジア諸国への
技能や技術の移転という善意の目的を備えた奨励すべき制度であるにもかかわらず、人身取引に相当しかねない条件での搾取的な低賃金労働に対する需要を刺激しているケ
ースも多く見られる。
○しろまる 法律上は可能であるものの、
被害者が事実上、
司法制度を通じて救済や補償を得られ
ていないこと。
○しろまる 関係当局(警察、入国管理局及び検察庁)間で実効的な対策を調整する上で問題があ
ること並びに裁判官を含めこれらの法執行当局者が人身取引に関する適切な研修を受
けていないこと。特に、被害者の認定及び保護並びに補償を含む実効的な司法上の救済
を受ける権利の行使に焦点を絞った研修が行われていないこと。
○しろまる 国による人身取引への対応と被害者支援について性による差が著しく、
女性と性的搾
取のみに焦点が当てられていること。この問題は重要であるものの、児童を含めて男女
双方が犠牲となる他形態の人身売買も見逃してはならない。
○しろまる 予防の分野での取組が不十分であること。
最新の情報通信技術等特に若者に人気のあ
るコミュニケーション経路を活用し、これを強化する必要がある。
○しろまる 児童ポルノや児童買春、更には「援助交際」
(金銭を介したデート)への取組が不十
分であること。
○しろまる 女性や女児に対する家庭内暴力が多発していること。3I.人身取引の実態把握の徹底
1 人身取引被害の発生状況の把握・分析
入国管理局における各種手続、警察における風俗営業等に対する立入調査
や取締り、婦人相談所における人身取引被害女性の保護等の活動や在京大使
館、NGO関係者、弁護士等からの情報提供を通じて、関係行政機関におい
て、外国人女性及び外国人労働者の稼働状況や人身取引被害の発生状況、国
内外のブローカー組織の現状等の把握・分析に努めるとともに人身取引につ
ながり得る事案に関する情報等必要な情報の共有を推進する。
2 諸外国政府等との情報交換
人身取引被害者の送出国等への政府協議調査団の派遣等を通じて、諸外国
の政府、関係機関等との情報交換に努める。また、関係省庁、在京大使館、
NGO等との間で設置している人身取引事犯に係るコンタクト・ポイントを
有効に活用して情報交換を図り、国内外のブローカー等の検挙に結び付ける。
II.総合的・包括的な人身取引対策
1.人身取引の防止
(1)潜在的被害者の入国防止
1 査証審査体制の強化
偽装結婚、
なりすまし等巧妙な手口による査証申請の増加及び国籍法改正に
伴って日本国籍を取得した未成年者に同伴して来日する母親、
日本国籍を取得
するために来日する親子等からの査証申請の増加に対処するため、
特にフィリ
ピンやタイに所在する在外公館の査証官の定員を増強し、
個別面接でのよりき
め細かい事情聴取を行い、人身取引被害の防止に努める。
2 査証広域ネットワーク(査証WAN)の整備強化
水際対策の一環として、
在外公館での疑わしい査証申請に関する情報の即時
共有化を図り、
人身取引の防止に役立てるため、
外務本省と在外公館及び関係
省庁との間で構築を進めている情報通信ネットワーク
(査証WAN)
について、
引き続きネットワークの拡充を図る。
3 出入国管理の強化
入国管理局が運用している人身取引データベース等を活用するなどして、
空海港において、厳格な上陸審査を実施するとともに、不法入国等の防止に
資するため、不法入国者が数多く出発している外国の空港にリエゾン・オフ4ィサー(連絡渉外官)として偽変造文書鑑識のエキスパートを派遣する。ま
た、我が国を経由して第三国に入国を図ろうとする人身取引被害事案を防止
するため、空港における直行通過区域(トランジットエリア)におけるパト
ロール活動を徹底し、航空会社と協力して、ブローカー等からの偽変造旅券
の受け渡し等不審な動きの監視・摘発に努める。
4 偽変造文書対策の強化
人身取引被害者を入国させる手段として旅券等の偽変造文書が使用されな
いようにするため、出入国者の大多数を占める成田・関西・中部の各空港に設
置している偽変造文書対策室において、
偽変造文書の鑑識を厳格に実施すると
ともに、偽変造鑑識機器を設置した空海港の職員に対する研修等を実施し、鑑
識機器の有効活用に努める。
5 次世代IC旅券発給に向けた検討
我が国の旅券が人身取引の手段として使用されないようにするため、
なりす
ましによる旅券の不正取得や偽変造を含めた旅券の不正行使事案への対策を
強化する方法として第二バイオメトリクスを搭載した次世代IC旅券の導入
を検討する。
(2)在留管理の徹底を通じた人身取引の防止
1 厳格な在留管理による偽装滞在・不法滞在を伴う人身取引事犯の防止
厳格な在留管理により、偽装滞在・不法滞在を伴う人身取引事犯の防止を図
る。特に、偽装結婚を手段とする人身取引事犯の増加が懸念されることから、
「日本人の配偶者等」の在留資格で入国後、摘発等のあった風俗営業店等で稼
働し、偽装滞在が疑われる外国人の婚姻実態を追跡調査して、偽装結婚事犯を
取り締まる。また、偽装結婚を始めとする偽装滞在事案及び不法滞在事案並び
にこれらの事案に関与するブローカー等の取締りに資するため、
警察及び入国
管理局において、情報交換を推進し、これらの事案を認知した場合には、連携
の上、積極的に取り締まり、人身取引事案の掘り起こし及び被害者の救済を図
る。さらに、入国管理局における在留資格認定証明書の交付審査及び在外公館
における査証審査の実施に当たっては、
入国管理局と在外公館の連携を強化す
る。
2 不法就労対策を通じた人身取引の防止
依然として、
不法就労を強制されている人身取引被害者が少なくないことを
踏まえ、警察、入国管理局、労働基準監督署等関係行政機関の連携を強化し、5不法就労事案の取締りに資する情報交換を積極的に行うとともに、
人身取引等
の被害者を不法就労させる悪質な雇用主、ブローカー等を認知した場合には、
警察において、入国管理局、労働基準監督署等関係行政機関の協力を得て、積
極的に取り締まることにより、
人身取引事案の掘り起こし及び被害者の救済を
図る。特に、風俗営業、性風俗関連特殊営業等に不法就労させられている人身
取引被害者が少なくないことから、
これらの営業に係る不法就労事案の取締り
を強化する。また、国民の不法就労防止に関する意識を高めるため、
「外国人
労働者問題啓発月間」に時期を合わせて毎年6月に実施している「不法就労外
国人対策キャンペーン」等、不法就労防止のための啓発活動を行う。
2.人身取引の撲滅
(1)取締りの徹底
1 人身取引事犯の取締りの徹底
警察、入国管理局、海上保安庁等において、各種法令違反の摘発や匿名通報
ダイヤルの運用等の各種活動を通じて人身取引事犯の早期発見に努め、
徹底的
に取り締まる。
その際、
人身取引事犯の背後に潜在する犯罪組織の解明を視野
に入れ、警察、海上保安庁等において、関係行政機関と緊密な連携・協力を図
り、人身売買罪、入管法違反、風営適正化法違反、労働基準法違反その他人身
取引に関連する行為を処罰する現行の罰則を積極的に適用し、
犯罪収益の剥
は く奪を含め、人身取引加害者に対する厳正な科刑の実現に努める。
2 売春事犯等の取締りの徹底
売春による搾取等の性的搾取を目的とした人身取引事案が多く発生してい
ることから、風俗営業店等を装った店舗型売春事犯、デリヘルを装った派遣型
売春事犯等の売春事犯及び風俗関係事犯の取締りを通じて人身取引事案の掘
り起しに努めるとともに、
人身取引加害者に対する厳正な科刑の実現に努める。
3 児童の性的搾取に対する厳正な対応
児童に対する性的搾取について、
「ゼロ・トレランス(不寛容)
」の観点から
対処することとし、児童買春・児童ポルノ事犯に対しては、国外犯規定の適用
を含め、児童買春・児童ポルノ禁止法違反等により徹底的に取り締まるととも
に、より一層厳正な科刑の実現に努める。また、児童ポルノ等の排除に向けた
取組を強化する。
4 悪質な雇用主、ブローカー等の取締りの徹底6風営適正化法、入管法、労働基準法等関係法令の履行確保を図るとともに、
警察、入国管理局、労働基準監督署、海上保安庁等の関係行政機関において、
性的搾取、
労働搾取等を目的とする人身取引に該当する可能性がある事案につ
いての認識を共有し、そのような事案を認知した場合は、警察において、入国
管理局、労働基準監督署、海上保安庁等の関係行政機関と緊密な連携・協力を
図り、悪質な雇用主、ブローカー等の検挙を念頭に置き、人身取引事犯の取締
りに当たる。
(2)国境を越えた犯罪の取締り
1 外国関係機関との連携強化
ICPO(国際刑事警察機構)を通じて、人身取引被害者の送出国や日本人
による児童買春等が行われている疑いのある諸外国の捜査機関との間で人身
取引事案及び児童買春・児童ポルノ事案に関する情報交換を必要に応じ実施す
る。また、人身取引被害者の送出国との間で、二国間の協議等(特に被害者が
多い日比領事当局間協議、
日タイ領事当局間協議及び日タイ共同タスクフォー
ス)を通じて、人身取引事犯に関係した外国旅券・査証等の情報を交換し、人
身取引の防止に向けた対策を講ずる。
2 国際捜査共助の充実化
外国当局が、当該国で児童買春・児童ポルノ事犯等の人身取引事犯に関与し
た日本人を訴追するに当たり、
児童の権利に関する条約選択議定書において規
定されている犯罪について我が国で双罰性が認められることも踏まえ、
国際礼
譲又は刑事共助条約等の関連する国際約束に基づいて我が国に捜査共助を要
請してきた場合には、
国際捜査共助法等の国内関連法に基づく積極的な共助を
実施する。特に、共助件数の多い国との間については、刑事共助に関する条約
の締結の可能性について検討する。
3.人身取引被害者の保護
(1)被害者の認知
1 潜在的被害者に対する被害者保護施策の周知
チラシ、
リーフレット等を作成し、
人身取引被害者の目に触れやすい場所で
配布し、また、法務省のホームページ英語版に、人身取引に関する情報を掲載
するなど、
被害を受けていることを自覚していない又は被害を訴えることがで
きずにいる潜在的な被害者への被害者保護施策の周知に努める。
また、
婦人相
談所が国籍を問わず、
各般の問題を抱えた女性の相談・保護に応ずる機関であ
ることについて、
潜在的な被害者が認識できるよう配慮しつつ、
各都道府県に7おける広報・周知を促進する。
2 各種窓口における対応
人身取引の被害者を含む幅広い外国人の人権侵害、生活上のトラブルへの
対応をも通じて、潜在的な人身取引被害者の認知及び保護を推進するため、
警察、入国管理局、法務局、婦人相談所、児童相談所、労働基準監督署、外
務本省、市区町村等の各種窓口や外国人総合相談窓口において、人身取引被
害者やその関係者から相談や保護要請があった場合には積極的かつ適切な対
応がなされるよう、関係機関相互の連携を図る。また、相談者等が人身取引
被害の申告を躊躇
ち ゅ う ち ょ
することのないように、関係行政機関において、例えば、
相談者等が外国人である場合にはその母国語を解する者が対応し、相談者等
が女性である場合には女性が対応することにより、相談者等が相談しやすい
状況をつくり、被害者の認知・把握に努める。さらに、相談窓口を設けてい
るNGOの連絡先やコンタクト・ポイントの周知を図るなど、NGOとの連
携・情報交換を推進する。あわせて、被害者の被害申告をより容易にするた
めの多言語ホットラインの運用又は運用の支援について検討する。
3 取締り過程における被害者の発見
警察、入国管理局、労働基準監督署等において、不法入国・不法残留事犯、
風俗関係事犯、売春事犯、児童買春・児童ポルノ事犯等又は外国人に係る労
働基準法等違反事案を取り扱う際には、人身取引被害者が潜在している可能
性があることを考慮した上、被害者が警戒心や不安感から人身取引被害の申
告を躊躇することのないように、例えば、当事者が外国人である場合にはそ
の母国語を解する者が対応し、当事者が女性である場合には女性が対応する
ことにより、被害者が被害を申告しやすい状況をつくり、人身取引事犯の早
期発見に努める。また、性的搾取を受けている人身取引被害者が、その実態
を売買春等の相手方に話す可能性もあることから、売買春事犯等の捜査にお
いて売買春等の相手方から事情聴取する場合には、潜在的被害者の発見を念
頭に置いた事情聴取を行い、情報の入手に努める。
4 新たに明らかになった被害者への対応
各種窓口や取締り過程において人身取引被害者を発見した場合であって、
保護した被害者及び関係者からの情報を基に他の被害者の存在が明らかにな
ったときには、関係行政機関が協力し速やかに対応する。
(2)被害者保護の徹底81 被害者の保護
関係行政機関において人身取引被害者を認知した際には、
被害者が悪質な
雇用主、ブローカー等から危害を加えられるおそれが強いこと等を踏まえ、
必要に応じて警察や入国管理局への通報を行うほか、
相互に連携して適切な
保護措置を講ずる。
2 被害者の安全確保
被害者からの事情聴取その他の刑事手続においては、被害者の安全確保、
二次的被害の防止・軽減等を図るため、被害者からの相談への対応及び事情
聴取場所の配慮、被害者支援員等による法廷への付添い、被害者等通知制度
による情報の提供等を行うとともに、公判手続における遮蔽
へ い
措置、ビデオリ
ンク方式による証人尋問等人身取引被害者の立場や心情に配慮した手続が実
現されるように努める。
3 被害者としての立場への配慮
警察、入国管理局等において、相談・各種手続、取締り等の過程で人身取
引被害者であることが判明した被害者に対して、被害者保護施策の周知及び
在留特別許可等の法的手続に関する十分な説明を行うとともに、可能な範囲
で今後の捜査について説明を行う。また、捜査機関において、人身取引被害
者が犯した犯罪が人身取引被害の一環として同取引に付随して行われたもの
である場合には、以後の捜査の状況を勘案しつつ、被害者としての立場に十
分配慮した措置に努める。
4 被害者の法的地位の安定
被害者の保護を優先する観点から、人身取引被害者に対しては、被害者の
立場を十分考慮しながら、被害者の希望等を踏まえ、被害者が正規在留者で
ある場合には、在留期間の更新や在留資格の変更を許可し、被害者が不法在
留等の入管法違反状態にある場合には、在留特別許可を行って、被害者の法
的地位の安定を図る。
(3)シェルターの提供と支援
1 婦人相談所等における保護、援助等の実施
婦人相談所において、警察、入国管理局等の関係行政機関、在京大使館、
IOM(国際移住機関)及びNGOとの連携確保に努め、国籍、年齢を問わ9ず、人身取引被害女性の一時保護を行い、被害女性に対する衣食住の提供、
居室や入浴への配慮、食事への配慮、夜間警備体制の整備のほか、被害者の
状況に応じ保護中の支援の充実を図る。
なお、
被害者が児童である場合には、
必要に応じて、児童相談所と連携して適切な保護措置を講ずる。また、所在
地が秘匿されていること、被害者の母国語を解する職員がいること等から、
より適切な保護が見込まれる場合には、民間シェルター等への一時保護委託
を実施する。
2 婦人相談所における母国語による通訳サービス
婦人相談所において、人身取引被害者を保護及び支援するに当たっては、
通訳雇上費の活用により、必要な通訳を確保するとともに、専門通訳者養成
研修事業の実施による通訳の養成に努め、被害者の母国語による支援の充実
を図る。
3 婦人相談所等におけるカウンセリング、医療ケア等の実施
婦人相談所に配置されている心理判定員及び一時保護所に配置されている
心理療法担当職員による人身取引被害者のカウンセリングを実施するととも
に、関係行政機関と連携しながら、婦人相談所に配置されている相談指導員
等による被害者の意向を踏まえた相談活動を実施する。また、無料低額診療
事業の利用又は医療費の補助の活用により、必要な医療ケアを提供する。な
お、被害者が児童である場合には、児童相談所において、必要に応じて、児
童心理司等による面接、医師による診断等を行うとともに、高度の専門性が
要求される場合は、専門医療機関と連携するなど、心理的ケアや精神的な治
療を行う。
4 被害者に対する法的援助に関する周知等
人身取引被害者が、加害者に対して損害賠償請求を行うに当たっては、当
該被害者が我が国に住所を有し、適法に在留している場合であって、収入等
の一定の要件を満たすときには、総合法律支援法に基づく日本司法支援セン
ターの民事法律扶助が活用可能であること及び刑事訴訟において被害者参加
制度を利用するに当たっては、収入等の一定の要件を満たす場合には、同セ
ンターを経由して国選被害者参加弁護士の選定を請求することが可能である
ことについて周知を図る。また、婦人相談所において、被害者支援の一環と
して、被害女性に対する無料法律相談及び利用可能な法的制度に関する情報
提供、婦人相談所の職員に対する助言並びに関係者との調整を、必要に応じ
て弁護士等により、行うなど可能な法的援助を実施する。10(4)被害者保護施策の更なる充実
1 中長期的な保護施策に関する検討等
我が国への滞在が中長期化している人身取引被害者について、
滞在に伴う負
担を軽減するため、
婦人相談所等における保護及び支援体制の整備並びに婦人
相談所等と捜査機関との連携について検討するとともに、
滞在が中長期化する
事情等について検証し、必要な保護施策について検討する。また、帰国するこ
とのできない被害者については、本人の意思を尊重しつつ、その理由や、会話
のできる言語等を考慮し、
関係行政機関が連携して必要な支援を行うよう努め
るとともに、
個別の事情を総合的に勘案した上、
必要に応じて就労可能な在留
資格を認める。
さらに、
我が国で就労可能な在留資格が認められた被害者につ
いては、就労の希望等を勘案し、必要に応じて就労支援を行うように努める。
2 男性被害者等の保護施策に関する検討
外国人に係る雇用関係事犯等を端緒とする人身取引事案においては、
男性被
害者等を認知する可能性があり、
女性の保護を専門にしている婦人相談所では
対応できないことから、男性被害者等の保護施策について検討する。
(5)帰国支援の推進
1 被害者の円滑な帰国に向けた環境整備
婦人相談所、警察、入国管理局等の関係行政機関間の更なる連携強化を図
るとともに、IOM、民間シェルター等との緊密な連携・協力を確保し、人
身取引被害者の出身国大使館と緊密な連絡・調整を図るなど、人身取引被害
者の円滑な帰国に向けた環境整備に努める。
2 帰国用渡航文書の速やかな発給のための関係各国との情報交換
人身取引被害者に対する速やかな保護のため、帰国を希望する人身取引被
害者に対して当該国大使館等から帰国用渡航文書が速やかに発給されるよう
関係各国との情報交換を推進する。
3 帰国支援等の充実
IOMを通じて行っている人身取引被害者に対する帰国支援について、支
援体制を一層充実させるとともに、被害者の出身国政府等と協力の上、被害
者の地元コミュニティへの再統合、再被害の防止のための情報収集等総合的
な支援策を講ずる。114 被害者の帰国に際しての安全確認の実施
被害者の帰国に当たっては、再被害を防止し、被害者の出身国政府、IOM
等と協力の上、帰国後の受入先の安全確認を実施し、本人の状況に応じて人道
的観点から適切な措置を講ずる。
4.人身取引対策の総合的・包括的推進のための基盤整備
(1)国際的取組への参画
1 人身取引議定書の締結
2005年6月に国会の承認を得た「国際的な組織犯罪の防止に関する国
際連合条約を補足する人、特に女性及び児童の取引を防止し、抑止し及び処
罰するための議定書」について、同議定書を実施するための国内法整備が完
了していることから、同条約締結後速やかに同議定書を締結する。また、国
際連合等における人身取引対策に関するその他の取組に対しても積極的に協
力する。
2 外国の関係機関等との情報共有等
外国の関係機関等との情報共有等のため、次の取組を推進する。
・ 東南アジアを中心とした諸外国等の捜査機関、
国内外のNGO等を招い
て警察庁が開催している
「東南アジアにおける児童の商業的・性的搾取対
策に関するセミナー」
において、
東南アジアにおける国外犯に関する捜査
協力の拡充・強化を図る。
・ 東南アジア諸国の入国管理当局、
IOM等関係機関を招いて法務省入国
管理局が開催している「出入国管理セミナー」において、情報交換及び意
見交換を行い、その中で人身取引に係る情報の共有を図る。
・ 国連アジア極東犯罪防止研修所における各種研修等を通じて、
途上国に
おける捜査協力に関する能力向上を図るとともに、
各国の捜査官等の交流
の強化を図る。
・ アジア・太平洋地域における人身取引対策に関する情報共有の更なる推
進のため、バリ・プロセス(密入国・人身取引及び関連の国境を越える犯
罪に関する地域閣僚会議フォローアップ・プロセス)
に積極的に対応する。
・ 人身取引被害者の送出国との間で、適切な情報交換等を可能とする二
国間協力・情報交換の枠組みの構築について検討する。
3 国際的な支援
我が国における人身取引被害者の出身国となる可能性の高い東南アジアを
中心とした途上国における教育の普及、被害者ケア、職業能力の強化、法執12行力の強化等を図るためODAによる協力を推進するほか、国際協力の手段
を活用し、人身取引の背景の一つである貧困の削減に取り組むとともに、各
国における人身取引の防止と被害者の支援に資する協力を実現する。
(2)国民等の理解と協力の確保
1 総合的な啓発・広報活動
人身取引について社会的な啓発を図り、人身取引撲滅を推進するため、毎
年11月に実施している「女性に対する暴力をなくす運動」において、人身
取引を含む女性に対する暴力を根絶するため、地方公共団体を始め広く関係
団体と連携して広報啓発を実施するほか、関係行政機関が協調して、人身取
引が決して許されない悪質な犯罪であり、人身取引の目的となる搾取には性
的搾取のほか労働搾取等が含まれることや、人身取引に対する政府の取組等
について、パンフレットの作成・配布やホームページへの掲載、在外公館を
通じた人身取引被害者の送出国に対する広報等を通じて積極的に広報するこ
とにより、国民等の意識啓発と協力の確保に努める。
2 人権啓発冊子の作成及び配布
法務省の人権擁護機関において、我が国の人身取引対策に関する記載を含
む人権啓発冊子を作成・配布するとともに、
「外国人の人権を尊重しよう」、「人
身取引をなくそう」等を啓発活動の年間強調事項と定め、全国の法務局及び
地方法務局において講演会・研修会等の啓発活動を実施する。
3 学校教育等における取組
学校教育・社会教育等において、発達段階・生涯の各時期に応じ、人権尊
重の意識を高める教育を充実するとともに、学校教育活動全体を通じて、性
に関する科学的知識や生命を尊重する態度、自ら考え判断する能力を身に付
け、望ましい行動をとれるように指導することにより、売買春防止のための
啓発を図る。その一環として、少年非行防止教室等における広報活動を通じ
て、売買春の被害防止等に関する少年の規範意識を醸成するための教育・啓
発を行う。あわせて、独立行政法人国立女性教育会館において、売買春防止
を図る観点から人身取引の防止のための教育・啓発と連携方策に関する調査
研究を行う。
4 人身取引に関連する行為を規制する法令の遵守の促進等
人身取引の目的となる搾取には性的搾取のほか労働搾取等が含まれること
及び雇用者等が意識せず人身取引に類する行為を行う場合が散見されること13を踏まえ、
雇用者等への重点的な広報啓発活動等により、
人身取引に関連する
意識の向上、人身取引に関連する行為を規制する法令(刑法、入管法、売春防
止法、風営適正化法、職業安定法、労働基準法、児童福祉法、児童買春・児童
ポルノ禁止法等)の理解・遵守を促し、人身取引への加担を防止するように努
める。
5 性的搾取の需要側への啓発
人身取引被害者の多くが売春等による性的搾取を受けていること等につい
て広報を行うなどにより、性的搾取の需要側への啓発を推進する。また、海
外旅行者による渡航先における児童買春等の行為について、同行為が我が国
の法令に照らして違法であることに加え、当該国における人身取引を助長す
ることから、我が国の旅行会社、パスポートセンター等における、海外旅行
者に対する児童買春等の防止のためのポスターの掲示及びリーフレットの配
布を通じて、潜在的な性的搾取の需要側への啓発を推進する。
(3)人身取引対策の推進体制の強化
1 関係行政機関職員の知識・意識の向上
巧妙化・潜在化する人身取引事犯に的確に対処し、
人身取引被害者を適切に
保護するため、
各関係行政機関において、
関係職員に対する人身取引被害者の
認知、保護、支援等の方法に係る専門的かつ実践的な研修等の実施を通じて、
人身取引対策を推進する上で必要な知識・技能の習得及び意識の向上を図る。
2 関係行政機関の連携強化・情報交換の推進
人身取引の定義及び最近の情勢を踏まえつつ、
関係省庁が連携して、
被害者
の認知から保護・帰国支援に至る一連の手続等や関係行政機関の連携の在り方
を検証し、人身取引事案の取扱方法について体系的な整理を行う。また、人身
取引事案に係る関係省庁横断的な情報共有及び統計の充実を図るとともに、事例の蓄積を行い、
人身取引被害者の特定や人身取引事案の適切な取扱方法と合
わせて、
関係省庁間、
国と地方の間及び地方の関係行政機関間で情報交換を行
う枠組みについて検討する。
あわせて、
人身取引対策に係る政策の企画・立案・
調整を一元的に担当する部局を設置する必要性について検討する。
3 NGO、IOM等との連携確保
関係省庁及びNGOの連絡会議を引き続き定期的に開催するとともに、N
GO、IOM等と適切な連携を図り、官民一体となった人身取引対策を推進
する。144 外国人施策の推進・検討のための枠組みとの連携
関係省庁において、人身取引対策を推進する際には、政府全体における外
国人施策との整合性を確保するなど各種外国人施策の推進・検討のための枠
組みとの必要な連携・協力を図る。
5 犯罪被害者等施策の推進・検討のための枠組みとの連携
関係省庁において、人身取引被害者の保護のための各種施策を推進する際
には、政府全体における犯罪被害者等施策の推進の観点から、犯罪被害者等
基本計画との整合性を確保するなど犯罪被害者等施策の推進・検討のための
枠組みとの必要な連携・協力を図る。
6 人身取引対策の効果的かつ継続的な推進と行動計画の見直し
政府が一体となって人身取引対策を効果的かつ継続的に推進するため、各
施策の進捗状況を定期的に検証するとともに、人身取引に係る最新の情勢の
把握に努め、人身取引の手口の変化等に対応して、随時必要な施策を検討・
推進し、あわせて、必要に応じて行動計画の見直しを行う。15