法務省札幌矯正管区更生支援企画課の広報誌
ほっかいどう矯正だより
第17号(令和6年7月8日)
特集『精神障害受刑者処遇・社会復帰支援モデル事業』について
刑事施設に収容されている受刑者の中には、およそ6人に
1人の割合で精神障がいを抱えている人が含まれており、そ
の障がいによる影響が犯罪行為の遠因になっているのではな
いかと思われるケースも少なくありません。
刑事施設は自らの犯罪行為を反省し社会復帰を目指すため
の施設ですが、服役することによって障がいそのものがなく
なるわけではありません。この点に着目し、札幌刑務所では
服役中から治療や社会復帰支援に軸足をおいた処遇を展開し
ながら、出所の際は医療・保健福祉にシームレスにつなぐと
いうモデル事業を立ち上げることとしました。
これを支える体制として、施設内では、医師、看護師、理
学療法士、作業療法士、精神保健福祉士、刑務官等の多職種
による処遇チームを組み、施設外とは、北海道大学病院附属
司法精神医療センター、社会福祉法人浦河べてるの家、北海
道作業療法士会、北海道精神保健福祉士協会等の多機関と連
携・協力する体制を構築しました。このうち北海道大学病院
附属司法精神医療センターとは、連携と協力を継続的かつ強
固なものとするため協定書を締結しました。
また、それに適した処遇環境を整備するため、病棟内に専
用ユニット「札幌刑務所精神科リカバリーユニット」(愛称
「IPPO」)を設け、一般社会の精神科デイケア((注記)1)で
実践されている治療や支援に軸足をおいた処遇を展開してい
ます。このユニットの日課はおよそ右の表のとおりですが、
個々の受刑者の障がいの程度やその日の体調等によって、臨
機応変に対応しており、このような手法も社会における精神
科デイケアのやり方を模したもので、刑事施設で中核となっ
ていた規律・秩序に重点をおいた従来の処遇と一線を画す内
容となっています。
ここからは、IPPOで勤務しているスタッフに実施したイン
タビューの内容をお伝えします。
協 定 書
IPPOのロゴマーク
6:50〜7:30起床・点検・朝食
7:30〜8:00準備・出室
8:00〜
10:00
作業・指導プログラム
10:00〜
10:10
休憩
10:10〜
12:00
作業・指導プログラム
12:00〜
13:00
運動・昼食・休憩など
13:00〜
15:40
指導・クラブ活動
(途中休憩あり)
15:40〜
16:00
後片付け
終了ミーティング
16:00〜
16:30
還室・入浴・個別指導
など
16:30〜
17:00
点検・夕食
17:00〜
21:00
余暇時間など
21:00〜 消灯・就寝
日 課
日 常 生 活 の 自 立 に 役 立 つ
各 種 改 善 指 導
安定した地域生活のための
持 続 可 能 な 社 会 復 帰 調 整
各 種 の 専 門 的 手 法 を
用 い た 治 療 ・ 処 遇
医療機関、地域の事業所や関係機関との連携
本モデル事業のねらい1専用ユニットについて2馬 場 将 宏 さん
札幌刑務所 処遇部処遇部門
統括矯正処遇官
(社会復帰支援モデル事業担当)
受ける機会に恵まれなかった方もおります。
このような方々については、受刑中に自身が抱える障がいやそれによって生じる生活上の
支障や生きづらさを自覚し、必要な支援を受けながら社会生活を送っていく術を学ぶことが
大切ではないかと考えています。
これまで刑事施設では、刑務作業を中心とする
処遇が展開されてきました。これは刑法において、
懲役刑を受けた者に対し所定の作業を課すことが
義務付けられているからです。しかし、再犯防止
の施策を推進していく上で、罪を犯した人の更生
を促す側面が徐々に重要視されるようになり、こ
の流れを受けて懲役刑に替えて拘禁刑が導入され
ることとなりました。そして、その施行は約1年
後(令和7年6月16日)に迫っています。
精神障がいを抱える受刑者にとって、刑務作業
に従事することに時間を割くよりも、その障がい
との向き合い方を学ぶことに注力する方が有益な
場合が少なくありません。また、障がいを抱える
受刑者の中には、自身が障がいを抱えていること
に気が付かず、そのため、これまで福祉の支援を
まず、このモデル事業の対象者を収容している専用ユニット「札幌刑務所精神科リカバリ
ーユニット」について御紹介します。私たちはこのユニットのことを「IPPO(いっぽ)」
という愛称で呼んでいます。対象者にとって、このモデル事業への編入が円滑な社会復帰に
向けた大切な「第一歩」となるように・・・という願いを込めて、そのように名付けました。
IPPOは当所の病棟3階部分を改修してつくられているため、治療に軸足をおいた処遇を
実践する場として適しており、当所が医療重点施設(道内の刑事施設の医療を重点的に担っ
ている施設)であることのメリットを上手く活かすことができたと考えています。そして、
図書室
教室
多職種ケース会議
調理室
フィットネスエリア
ここは対象者の生活の場であると同時
に様々なプログラムを実践する学びの
場となっており、現在、実施している
プログラムのメニューは、疾病教育、
機能向上訓練作業、認知行動療法的指
導、SST、社会復帰準備指導、ミーテ
ィング(対象者に様々な職種の職員が
行うミーティング)などと多岐にわた
っています。
次にIPPOの専属スタッフから、モ
デル事業において担当している業務や
指導プログラムについて紹介してもら
います。
インテークと同意形成について3作業療法について4渡 部 恵 さん
札幌刑務所 作業療法士
IPPOは刑事施設内に設けられたユニットであるため、作業療法で使用できる道具や材料
に一定の制約が伴いますが、作業内容のレベルを落とすことなく、一般的な病院のリハビ
リテーションで実施しているものになるべく近づけるようにしています。
対象者の多くは社会生活において数多くの失敗を繰り返していますが、障がいを抱えて
いるがゆえに、その原因や対策についてじっくりと考察する機会に恵まれず、積み重なる
失敗体験にさいなまれているケースが少なくありません。作業療法は良質な試行錯誤を行
う機会をもたらしており、対象者は自身の「得意なこと」、「苦手なこと」を体験しなが
ら、職員や他の対象者と一緒にどうすれば上手くいくかについて考えて
います。また、どうしてもできないことについては、他者からの支援を
受けることも一つの手段であることを伝えて、必要な支援を受けながら
社会生活を送っていく術を学んでもらっています。
機能向上作業
そもそも病識が乏しいケースもあり、それに対応するため工夫をしています。具体的には
対象者が抱えている「苦手なこと」や「困りごと」を尋ね、対象者自身にこれまでの経験
を思い起こさせながら徐々に本プログラムに参画する動機付けにつなげています。
また、作業療法士だけではなく、本人の日常生活をよく見ている刑務官にもインテークを
実施してもらっています。
インテークを丁寧に進める上で、対象者に考える時間を十分に設けることも大切です。
初回のインテークで拒否感がある対象者には、無理をせず、一定期間をおいて、再度アプ
ローチするという工夫をしていますが、初回から前向きな反応を示す方についても、意図
的に考える期間を設けることで、対象者が改めて自分に向き合い、モデル事業への参加の
必要性を認識し、より主体的に関わることができるように促しています。
私からは、まず本モデル事業のインテ
ークについて説明したいと思います。ど
のような治療や処遇も、対象者にその目
的や内容を十分に説明し、自ら進んで受
けようとする気持ちを持ってもらう必要
があります。「不本意ながらやらされて
いる」という状態では十分な効果が望む
ことはできず、他の対象者にも悪い影響
を及ぼすおそれがあるからです。そのた
め、モデル事業のメリット、デメリット、
プログラム受講による効果等をきちんと
説明し、同意を得ています。
ただ、障がいを抱えている方へのイン
テークは、外科などの分野と異なり、治
療や処遇の必要性を実感しづらかったり、
社会復帰支援について5荒 川 徹 さん
札幌刑務所 福祉専門官
(注記)1 精神科デイケア〜医療機関で実施される精神科リハビリ
テーション治療を行う通所施設。社会参加、社会復帰などを目
的としたプログラム(スポーツ、創作活動、調理実習、ミーテ
ィングなど)が行われる。
(注記)2 特別調整〜高齢又は障害を有し、かつ、適当な帰住先の
ない受刑者や少年院在院者に対して、釈放後速やかに福祉関係
機関等による適切な介護、医療、年金等の福祉サービスを受け
ることができるようにするための福祉的な調整のこと。
(注記)3 宿泊型自立訓練〜将来的に一人暮らしやグループホーム
等での生活を目指している方が、一定期間(原則2年)住居と
して利用し、食事や家事など自立した生活に必要な様々な経験
を積み重ねる訓練施設。日中は外部の障害福祉サービスや精神
科デイケア等を利用する。
(注記)4 自立支援医療(精神通院医療)〜精神疾患の治療にかか
る医療費を軽減する制度。病院又は診療所への通院医療(外来、
薬局、デイケア、訪問看護等含む)が軽減の対象である。
私は、これまで関東の刑事施設で6年ほど勤務していましたが、このモデル事業のス
タートを機に札幌刑務所へ転勤となりました。前施設では特別調整((注記)2)の対象者を中
心に社会復帰支援を担当しており、IPPOでも、対象受刑者に社会復帰準備指導を行って
います。
前施設との大きな違いは、IPPOでは専属スタッフによるチーム処遇を柱としているた
め、個々の対象者に多角的かつ丁寧に関わることができ、その特性に応じた支援を行い
易いと感じています。また、集団処遇には対象者同士の相互作用による治療共同体的な
効果が生まれ易いメリットがある反面、どうしても他者の帰住調整等の進捗が気になり、
必要以上に他者と自分を比較してしまうというデメリットもあり、状況に応じて集団指
導と個別指導を使い分けるようにしています。
IPPOは精神科デイケア((注記)1)を模して創設されたものですが、社会生活への移行を
見据えつつ生活能力の向上を目指したプログラムに力点がおかれている点やIPPOへの編
入期間が出所前の1年間になるようあらかじめ期間が設けられている点などから、宿泊
型自立訓練((注記)3)にかなり近いという印象を受けています。福祉専門官としては、IPPO
での変化を直接見ることができるので彼らが地域で暮らしていく姿をイメージしやすく、
社会復帰支援の業務にもプラスに作用していると感じています。
IPPOの対象者が帰住する先は、主として1引受人(親族、知人、元雇用主)、2生活
困窮者支援施設、3障がい者グループホーム等の福祉施設などに分類されます。出所後、
速やかに福祉サービスを受けられるよう、IPPOにいる間に障害者手帳や福祉サービス利
用の申請支援を行っていますが、自立支援医療(精神通院医療)((注記)4)のように出所し
てからの着手とならざるを得ない手続きもあり、このような申請を出所後遅滞なく行う
よう指導することも社会復帰準備指導に含まれています。引受人の方々にも、対象者が
抱えている障がいの正しい知識や情報はもとより、出所後、このような手続きが必要と
なることを確実に伝える必要があり、今後は、引受人の方々にも対象者がIPPOにいる段
階からケース会議や家族会のようなものに参加してもらうなど、なるべく早いタイミン
グでの情報共有が重要になると考えています。

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /