起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直し
に関する検討会
〜議論の取りまとめ〜
令和6年1月 1第1 はじめに
1 定款認証制度の概要等
定款とは、会社の商号、事業目的、出資関係、機関設計等について定める会社
の根本規範であり、会社法上、株式会社の設立に際し、設立時の定款について公
証人の認証を受けることが必要とされており(会社法第30条第1項)
、その手
続は公証人法で規定されている。
近時、
政府全体で社会変革を進める上でスタートアップの活用を進めようとす
る中、この定款認証について、現在の制度・運用が、限りある時間・労力の中で
創業準備を行う起業家にとって、円滑・迅速な起業の負担となっているのではな
いか、スタートアップ支援・創業環境の改善のため、更なる負担軽減や抜本的見
直しを図るべきではないかといった指摘があり、政府内の複数の会議体において
も、その見直しに関する言及等がされている状況にあり(注)
、令和5年10月1
1日開催のデジタル行財政改革会議では、内閣総理大臣から法務大臣に対し、創
業環境の改善のため、公証人による定款認証の見直しをするよう指示があった。
(注)本文で言及したほか、規制改革実施計画(令和5年6月17日閣議決定)
、規制改革推
進会議(同年10月16日開催)
、行政事業レビュー・秋の年次公開検証(同年11月1
1日開催)等。
2 検討会の開催趣旨と検討経緯
本検討会は、前記1のような状況を受け、株式会社等の法人設立に必要とされ
る定款認証の改善に向けて、その制度趣旨を踏まえ、デジタル技術等を用いた起
業家の負担を軽減する方策等を検討するとともに、定款認証制度の必要性・見直
しについて検討するため、法務大臣の指示により、各界の有識者の知見を得てス
ピード感ある充実した審議・検討を行うことを目的として、令和5年10月に法
務省民事局に設けられたものである。
本検討会は、末尾記載の経済界、消費者団体、研究者、専門資格者といった各
界の有識者により構成され、令和5年10月31日から同年12月27日までの 2間に合計5回の調査審議を重ねて、定款認証の機能・意義や現状・課題に関する
認識を踏まえ、起業家の負担軽減に向けた運用上・制度上の改善策や、定款認証
制度の必要性・抜本的見直し等について検討を行った。本検討会の検討の過程で
は、有識者の各委員による意見交換に加えて、スタートアップ経験者、デジタル
サービス事業者及び関係省庁(警察庁、経済産業省)からのヒアリングを実施し
たほか、事務局が行ったリーガルテックやeKYC(デジタル技術を用いた本人
確認。electronic Know Your Customer の略。
)関係の事業者等からのヒアリング
結果の共有なども実施されたところである。
3 本検討会における検討の基本的方向性
本検討会の議論では、
まず、
スタートアップ支援、
創業環境の改善を図るため、
起業家の負担軽減を図る必要があるという基本的方向性について、各委員の意見
が一致し、その観点から、定款認証について必要な見直しを図ることが共通認識
とされた。また、公証人による定款認証は、株式会社のほか、一般社団法人・一
般財団法人等の設立にも必要とされている(一般社団法人及び一般財団法人に関
する法律第13条、第155条等)が、本検討会においては、まずは専ら株式会
社を対象に必要な方策を検討すると整理され、特に、小規模かつ簡易な組織形態
で早期の株式会社の設立を望む起業家を念頭に、対応策を検討するのが相当であ
るとされた。したがって、本検討会では、以下、特に断らない限り、まずは小規
模かつ簡易な組織形態の株式会社における定款認証の場面を前提に、検討の結果
を取りまとめることとしたい。
そして、本検討会では、定款認証制度の必要性・見直しに関する総合的・多角
的な検討を、テーマを制限することなく広く進めるとともに、並行して、実施可
能な運用改善策についても速やかに取り組んでいくこととされた。その中でも、
制度上の課題については、
本検討会において、
「モデル定款」
の導入や面前確認手
続の見直しといったテーマに議論が集まり、意見が分かれる論点も多くみられた
ことから、これらの論点を中心に検討が深められた。こうした議論を経て、以下 3では、各委員から示された意見の内容、分布等を踏まえ、本検討会としての取り
まとめの方向性を示すとともに、更なる課題・可能性として指摘された点や、新
たな制度設計・運用に当たって考えられる内容・選択肢についても言及すること
としたい。
第2 定款認証制度の機能・意義及び制度の現状について
法務省では、これまで、定款認証制度の機能や意義につき、1定款や法人格の存
立をめぐる紛争の予防、2不正な起業・会社設立の抑止、3マネー・ロンダリング
対策(実質的支配者の把握)といった機能があると整理して説明を行ってきたとこ
ろ、本検討会では、これらの機能・意義に関してゼロベースで様々な観点からの検
討を改めて行った。
その結果、独立の法人格を創出することになる株式会社の設立の在り方として、
前記1〜3の機能が果たされる必要があるとすることには、各委員に異論がなかっ
た。特に、株式会社制度の意義、社会的信用から、前記1として、定款内容の適法
性の確保、
発起人の確定等の必要があること、
前記2として、
実態のない名義貸し、
ダミー会社等の設立抑止を図る必要があること、前記3として、我が国の金融市場
の評価確保のためマネー・ロンダリング対策を徹底する必要があること等の意義に
は、多くの賛同があった。また、法人設立における起業家の負担軽減策を検討する
に当たっては、
取引の安全確保や消費者保護の要請とのバランスも考慮する必要が
あるとの意見もあった。
もっとも、前記1〜3の機能を果たすための手段・制度として、公証人による定
款認証を用いることの是非については、委員間で意見が分かれた。公正中立な第三
者専門家である公証人による設立前の事前チェックとして、その役割を評価する意
見がある一方、公証人の審査による必然性はなく、他の手段や担い手で同様の機能
を果たすことが可能でないかという意見があるなど、定款認証の必要性・相当性に
ついては、その効果や負担、廃止した場合の弊害や代替策の有無、あるいは株式会 4社設立後の定款変更や合同会社の設立手続では定款認証が不要であることとの比
較等の観点から、様々な指摘があった。また、前記1〜3の機能を公証人の定款認
証が担うとしても、
現在の公証実務では確認手続が形式化している例が一部にみら
れるなど、
必ずしも十分な機能を果たしておらず問題があるとの意見も多く示され
た。
その上で、定款認証が果たすべき機能の実効性を確保・向上する観点から、公証
人による実務運用を早急に改善すべきとの意見が多く出される一方、今後は公証人
を介さずにより起業家の負担を軽減する形で前記1〜3の機能実現を目指してい
くべきという意見も相当数示され、その評価が分かれた。他方で、前記1〜3の機
能を確保するに当たっては、必要な機能水準を確保しつつ、近時のICT技術の進
展を踏まえたデジタルによる手法を最大限用いることで、会社設立の負担軽減・効
率化を図っていく方向に多くの支持があった。
このとおり、定款認証制度の果たすべき機能、意義等には多様な意見が示された
ところであるが、この問題は、総論的に制度の存廃を単純に論じるのではなく、会
社設立手続において充たされるべき前記1〜3の機能それぞれに応じ、分析的に、
定款認証の見直しあるいは定款認証に代わる代替策の有無、それらの効果・負担・
コスト等を検討することが相当と考えられる。現状においては、前記1〜3の必要
な機能は、定款認証制度が果たすべきものと整理されるとの意見が多かったが、そ
の立場を前提としても、その整理は固定的なものではない。会社設立段階で果たさ
れることが期待される機能の程度や内容、定款認証の制度・運用の実効性等いかん
では、今後、その代替可能性は否定されないからである。
以上を踏まえると、株式会社の設立の在り方として、1定款や法人格の存立をめ
ぐる紛争の予防、
2不正な起業・会社設立の抑止、
3マネー・ロンダリング対策(実質的支配者の把握)といった機能が図られる必要があることを前提に、起業家の負
担軽減を図る観点から、また、デジタル技術の活用も十分に視野に入れつつ、定款
認証制度の改善策、見直しと、これに代わる新たな代替手段の有無、可能性を、両 5面から併せて検討していくことが相当である。そこで、第3以下では、そのために
考えられるアプローチを、具体的方策・負担軽減策と結びつけて各論的に検討する
こととしたい。
また、
その取りまとめに当たっては、
必要に応じて定款認証の機能、
意義及び制度の現状に関する意見にも触れながら整理することとした。
第3 「モデル定款」の制度化の是非等について
1 議論の経過等
現行の制度や実務運用では「モデル定款」と位置づけられたものはないが、日
本公証人連合会が公表する定款記載例や、複数の民間事業者が提供する定款作成
支援サービスなど、
発起人が定款案を作成する際に参考となる記載例やサービス
が提供されている。本検討会では、これらを活用し、又は発展させた「モデル定
款」の作成を可能とした上で、これを活用して起業家の負担軽減を図ることがで
きないかについて様々な観点から検討が加えられた。
検討の当初においては、どのようなものを「モデル定款」と位置づけるかが問
題とされたが、議論が進むにつれて、
「所定のフォームに従って一定の必要事項
(商号・事業目的・発行可能株式数等)について入力又は選択をすることで定款
案が簡易・確実・迅速に作成されるシステムないしアプリケーション」
(以下「シ
ステム等」という。
)を用いて作成された定款案を「モデル定款」と呼称するとい
う大枠のイメージが共有されるようになり、
これを前提として、
「モデル定款」を利用した場合の具体的な効果、
「モデル定款」を作成するためのシステム等の策
定主体や策定の在り方等に関してさらに検討が行われた。
2 「モデル定款」の制度化の是非について
(1) 公証人による認証を不要とする「モデル定款」の制度化の是非について
ア 本検討会では、まず、定款変更の場合との比較などの観点から定款認証の
必要性に疑問を示す立場などを背景として、
民間が用意したシステム等によ
り作成された「モデル定款」を利用した場合には、内容の適法性が担保され 6た定款案の作成が可能となることを前提に、これを利用すれば、公証人によ
る定款認証を経ずに、
法務局に対して設立登記申請を認めるための法律改正
を行うべきとする考え方が検討された(以下「認証不要案」という。)。
イ 認証不要案をめぐっては、以下のような論点について、様々な立場から多
様な意見が示された。
(ア) 適法性が担保された「モデル定款」を作成するシステム等の策定可能性
について
認証不要案に慎重な立場からは、システム等の利用により適法性が保証
されることに疑問を示す指摘があり、さらに、会社法の規律のみでなく許
認可を要する事業に関する各種の業法規制など他の行政手続との関係等
も含めて考えると、民間が策定したシステム等を利用して作成された「モ
デル定款」について内容の適法性を完全に担保することは、現時点では不
可能ではないか、また、システム等を用いて結果的に適法性を欠く定款案
が作成された場合に誰がどのような責任を負うのか等を整理する必要が
あるとの意見が示された。これに対しては、認証不要案を支持する立場か
ら、
民間で展開されている定款作成支援サービスの現状や現在のデジタル
技術の水準等に鑑みれば、簡易な組織形態のパターンに限定すれば、それ
を利用して作成される「モデル定款」について会社法との適合性が担保さ
れるようなシステム等を構築することは可能ではないかとの意見が出さ
れた。
そして、
許認可を要する事業に関する各種業法と定款に記載される事業
目的との関係については、定款作成の段階で許認可手続を見据えた検討を
加えることの評価の違いに起因し、許認可手続は会社設立後の手続であり、
また、
すべての事業に必要とされる訳ではないから、
「モデル定款」
につい
て会社法以外の許認可事業に係る法令との適合性まで確保する必要はな
いとする意見や、その一方で、そのような「モデル定款」が実務で利用さ 7れた場合には、許認可を得るために定款変更を要する事例が頻発し、かえ
って円滑な事業開始を阻害することになりかねないという意見があった。
さらに、許認可を要する事業目的の株式会社については「モデル定款」の
対象から除外することも考えられるとの意見もあった。
(イ) 法制度の建付けに関する課題について
認証不要案に対しては、
前記(ア)の
「モデル定款」
を作成するシステム等
の策定可能性にも関連して、仮に「モデル定款」の適法性が担保されるよ
うなシステム等を構築することが可能であるとしても、それによって作成
される定款は簡易かつ最低限度の内容にならざるを得ないのではないか、
この場合に特例的な法的効果を認めることは、特定の類型の会社形態を奨
励する意味を持つことになり、定款自治の原則に基づき多様な組織形態を
許容する会社法の精神にもとるのではないかとの指摘があった。これに対
しては、
システム等の利用に当たって適切な注釈を付すことにより特定の
類型を推奨するようなことにはならず、定款自治にも反しないという指摘
や、会社法の精神にもとるとの指摘については、産業競争力強化法といっ
た特別法により民商事法の特例的効力を付与することも考えられるとい
った考え方も示された。
また、定款認証は、現行会社法の複雑な会社設立手続の起点として定款
内容や発起人を確定する機能があり、定款認証を不要とするのであれば株
式会社の設立手続全体を見直す必要があるとの指摘がされた。これに対し
ては、
定款認証の要否に関する見直しと会社設立手続全体の規律の見直し
とを結びつける必要はないのではないかとの意見や、むしろ会社設立手続
を可能な限り簡易迅速化すれば設立手続中の紛争防止に繋がるといった
指摘もあった。
(ウ)
「モデル定款」が普及することによる弊害について 8認証不要案に慎重な立場として、特に消費者被害等を懸念する立場から、
定款認証の際には、
発起人となろうとする者が定款の内容や発起人として
の責任を十分理解しているかといった点を公証人がチェックすることが
必要であり、
「モデル定款」
が安易に利用されることにより、
起業家が株式
会社の仕組みや目的を十分に理解しないまま発起人や取締役となったり、
実態に合っていない定款が作成されてしまったりするなどの弊害が生じ、
株式会社の根本規範としての定款の意義が低下するおそれがあるとの意
見が出された。これに対しては、現在の実務では定款の内容について起業
家の理解を公証人が十分に確認するような運用とはなっていないとの指
摘があったほか、
発起人の定款の内容に関する理解や責任の醸成を図るの
であれば、
起業家教育一般や設立登記段階でのパンフレット配布等によっ
ても可能であり、定款認証制度によってそのような機能、役割を負担する
必要はないとの意見もあった。
(エ)違法・不正な会社設立の予防・抑止について
認証不要案に対しては、消費者詐欺などを目的とする違法・不正な会社
設立が増加傾向にある中、これを予防、抑止するという観点から、公証人
といった公正中立な第三者専門家の関与が必要であるとして、反対する意
見があった。
これに対しては、
現在の定款認証の実務運用を前提とすれば、
違法・不正な会社設立を予防、抑止する効果は限定的であり、多数の問題
のない株式会社も含めて事前審査の対象とする合理性に欠けるとの指摘
があった。この点については、事後的な損害賠償請求や行政規制・刑事罰
などでは被害者救済の実効性に欠け、事後対応のみで十分といえるかは疑
問であるとの意見も示された。
(オ) 「モデル定款」を作成するシステム等の策定主体等について
認証不要案を支持する立場から、国が作成主体となってシステム等を策
定するとした場合であってもシステム等の開発は民間事業者に委託する 9ことになり、その開発費用が国の負担となるにすぎないから、
「モデル定
款」に関するシステム等の作成主体は民間とし、国は、当該システム等が
法令に適合した定款を作成することができるか否かの機能審査や認証を
行うという形で関与すれば足りるという意見や、国がガイドラインや基準
を提供して民間が策定するシステム等を技術専門家が評価するような仕
組みが考えられるとの意見があった。
これに対しては、
民間が策定するシステム等の品質保証のために必要な
審査コストを、
国の予算と手間をかけて全て負担することは合理的な制度
設計とはいえないのではないかとの意見があったが、その一方、他の既存
の制度でも、国が民間のシステムの審査をする仕組みは導入されており、
不合理なものではないとの意見も示された。
ウ このように、認証不要案については、これが実現すれば起業家の負担軽減
の効果が大きいのは確かであるものの、制度の根幹や制度化に関わる事項に
ついて、
所期の機能を有するようなシステム等の技術的開発の可能性が明ら
かでないことや株式会社設立手続全体の中での定款認証制度の位置づけに
関する見方の違いに起因し、解決を要する課題が複数指摘されており、その
ために本検討会においても慎重・反対の意見が複数あり、方向性の一致がみ
られない状況にある。そのため、実現に向けて指摘された複数の課題につい
て、まずはそれを検証・解決していく必要があると考えられる。すなわち、
認証不要案について一定の支持があったとおり、利用者目線で利便性の高い
制度・運用上の設計を目指す見直しの方向性として考えられるものであるが、
その制度化に当たっては、前記イで掲げられているようなシステムの技術的
開発や機能確保・審査等の問題、具体的な担い手確保といった枠組み作りの
問題や、
さらには会社法など関連法令の見直しが必要になるといった制度的
課題の検討も必要となる。 10そうすると、本検討会としては、認証不要案が前提とする制度設計を考え
られる1つの方向性としつつ、引き続き、想定される課題の整理・検証を早
期に行った上で制度設計に関する具体的検討を行うべきものと整理するの
が相当と考えられる。
(2) 「モデル定款」を利用した負担軽減策について
ア 以上のような認証不要案に対し、定款認証制度に積極的な意義や必要性を
認めて不要とする方向性に慎重な立場、あるいは現時点では時期尚早とする
立場から、
まずは速やかな取組が可能な方策として、
「モデル定款」
を利用し
た場合について、認証手続に要する時間を大幅に短縮する、平日夜間にも手
続を行うなど、
ファストトラックを確保した実務運用上の取組を行うべきと
の考え方(以下「ファストトラック案」という。
)が示された。
このファストトラック案については、そもそも公証人による認証というプ
ロセスが残ること自体が負担であるから、起業家の負担軽減策としてはなお
不十分であるとの指摘や、このようなメリットであっても特定の類型の会社
形態についてのみ特典を付与することとなり会社法の精神に反するとの指
摘もみられたが、
起業家の負担軽減策としてまずはこのような取組が行われ
ること自体については、本検討会では肯定的な意見が多かった。その上で、
ファストトラック案の起業家にとってのメリットに関して、審査時間として
2日程度又は即日での処理を目指すべきとの意見があった。また、定款認証
の手数料について、
審査の省力化に伴い大幅な引下げが可能になるはずとの
意見があった一方で、
手数料の額の基礎となるのは定款認証により起業家が
受ける利益であるとして、引下げに反対する意見もあった。
そして、
運用実施については、
「モデル定款」
の幅広い利用が可能となるよ
う無料で広く公開されるべきであるとの意見や、
「モデル定款」の対象につ
いて小規模で簡易な組織形態の株式会社に限定すべきであるとして、発起人
の数や属性、資本金額、機関設計等に限定を設ける意見が複数あったほか、 11多様な組織形態が可能な株式会社の中で「モデル定款」はそのうち一部の会
社形態についてのものにすぎないこと、起業家自らの選択・判断のみによら
ず、専門家に相談する選択肢もあること、一旦定款を作成するとその後の変
更に相応の手続が必要になること、というような留意点を併せて提供して注
意喚起すべきとの意見がみられた。
さらに、
「モデル定款」を作成するシステム等の策定主体や策定プロセス
については、法務省が責任を持って関与すべきとの意見と、実務の知見とシ
ステム技術のある民間主導で進めるべきという意見の両方があったほか、有
識者、
専門資格者を含めた有識者会議で策定した上でパブリックコメント等
による一定のオーソライズを与えることが必要ではないかとの意見があった(なお、
これら策定主体等に関する指摘は、
ファストトラック案に限らず、
前記(1)の認証不要案を前提とした検討を行う上でも同様に当てはまるもの
と思われる。)。
イ これらの意見を踏まえると、ファストトラック案については、認証不要案
について前記の検討が進められることと並行して、まずは実現可能な取組と
して、このような運用を速やかに開始することに向けて、その実現のための
枠組み等を早急に進めることが考えられる。また、具体的な取組を進めるに
当たっては、
「モデル定款」
の意義、
メリット等を広く情報発信した上で適切
な利用を促しつつ、
「モデル定款」を作成するためのシステム等を利用する
に当たって起業家に必要な留意事項も提供されることにより、システム等の
利用に伴う弊害が生ずることのないよう、留意することが求められる。これ
らに配意した上で、
「モデル定款」を作成するための具体的なシステム等の
策定や、
その後の継続的な改訂等のプロセスについても必要な検討を行うべ
きと考えられる。
(3) 「モデル定款」を作成するシステム等における情報提供の在り方について 12本検討会では、ファストトラック案と同じく運用上の取組と位置づけつつ、
ファストトラック案とは異なり、システム等を利用して「モデル定款」を作成
する場合において自由記載を広く認めるなど発起人の独自性・選択の多様性が
確保された内容とするが、定款作成を支援する情報提供の効果にとどめ、これ
を利用する場合であっても、定款認証の手続負担まで軽減する仕組みは設けな
いとする考え方(以下「情報提供案」という。
)も出された。この立場は、発起
人において自らが作成しようとする定款案について幅広く十分な理解が得ら
れることに資するよう、
フォームの選択肢の詳しい内容解説や選択肢以外の他
の選択可能性に関する情報提供、発起人としての責任を負うことに伴う警告、
専門家を含む各種相談窓口の案内等の情報を広く提供することを重視するも
のである。
本検討会では、情報提供案では起業家にとってのメリットが少なく、発起人
の負担軽減策としても不十分であるとの指摘が多く、情報提供案を支持する意
見は少なかった。もっとも、認証不要案やファストトラック案に沿って「モデ
ル定款」を活用する場合であっても、情報提供案の指摘を勘案して組み入れら
れる部分はあり、
例えば、
「モデル定款」
を作成するためのシステム等の利用者
の理解に資する適切な情報提供が併せて行われるべきであることは大いに参
考になると考えられる。すなわち、起業家の負担軽減の観点から、
「モデル定
款」
を利用した場合の利便性の向上やメリットの充実に向けた取組が今後とも
進められるべきであるが、それとともに利用に伴う弊害を回避する方策として、
株式会社における定款の意義、
「モデル定款」は会社法の認める多様な組織形
態のうち一部の形態についてのものであり、推奨定款あるいは標準定款という
ようなものではないこと、発起人は会社設立に関して相応の責任を負うこと、
さらには「モデル定款」により設立される株式会社が採用するガバナンスの仕
組み等について理解を促進することが必要であり、
「モデル定款」の制度化な
いし実務上の負担軽減策の運用に当たって配慮することが望ましい。 133 「モデル定款」を利用する仕組みの実現に向けた提言
以上のとおり、本検討会では、現行の制度や実務運用で明確に位置づけられた
ものがない「モデル定款」について、今後、法務省を中心として、その「モデル
定款」の位置づけを明確にしつつ、利用者目線の使いやすさをも意識した具体的
な負担軽減の効果やメリットの実現に向けた検討や枠組みの準備を進めること
を求める。
まずは本検討会で早期の実現可能性があるとの見方が多かったファストトラ
ック案の早期実現に向けて、
「モデル定款」を作成するためのシステム等の内容
や利用上の利便性、それを利用した場合のメリットの充実など、具体的検討を進
めるべきである。さらに、認証不要案については、先述のとおり課題が指摘され
ているものの、考えられる1つの方向性であることを踏まえ、課題の整理や制度
設計に関する検討等を具体的に進められるようにすべく、システム・運用・制度
上の課題について必要な調査検討を早期に進めることを求めたい。
第4 面前確認手続の見直しについて
1 議論の経過等
現行公証人法においては、定款認証の際に、公証人による面前での確認手続が
要求されており、これを省略することは認められていない。このため、面前確認
手続を省略することやその代替方策を認めるためには、公証人法の改正ないし特
例法による例外措置を講ずることが必要となる。これを前提に、本検討会におい
ては、
より負担の軽い手続で迅速な会社設立を実現したいと考える起業家のニー
ズを念頭に置きつつ、見直しの要否やその方向性について検討が加えられた。
なお、前記第3で認証不要案を採用することになれば、一定の場合には定款認
証が不要となるため、
面前確認手続自体の見直しの検討を要しないとの考え方も
あるが、
仮に認証不要案を採用しても、
「モデル定款」
を利用しない場合などには
定款認証が残り、また、
「モデル定款」の制度化の是非とは別に、定款認証一般を 14視野に面前確認の見直しをすることも考えられる。このような観点から、第3と
は独立した論点として、第4が検討された。
2 面前確認手続の見直しについて
(1) 面前確認が果たすべき機能について
検討に当たっては、まず、公証人による面前確認が果たすべき機能について
改めて立ち返って意見が交わされた。定款認証の役割・機能として整理されて
きた事項のうち、定款の内容の適法性担保については、公証人が定款案を法的
観点から審査することで足り、面前確認手続までは要しないとの点についての
異論はみられなかったが、面前確認において発起人の本人確認や真意(実質的
設立意思。定款記載の会社を実際に設立・活動する意思や、発起人として法的
責任を負う認識等が含まれる。
)の確認が必要かどうか、必要であるとしてど
の程度まで厳密に確認を求めるべきかとの点(代理人による面前確認が広く認
められていることとの関係も含む。)、さらには、会社設立の検討に当たって公
証人が発起人に行う助言機能、発起人として責任を負うこと等の警告機能を求
めるべきかとの点については委員の間で考え方が分かれ、この違いを背景とし
て、面前確認手続の見直しの方向性についても複数の考え方が示された。
(2) 面前確認手続の見直しの方向性について
ア まず、面前確認において、発起人の実在や真意(実質的設立意思)の確認
に加え、違法・不当な目的での設立抑止の機能、公証人が設立設計に当たっ
て発起人に行う助言機能、発起人として責任を負うことについての警告機能
を広く有していることを重視する立場から、面前確認手続の省略を認めるこ
とに慎重な意見があった。この立場からは、現在の運用では十分に普及して
いないウェブ会議システム(現状での利用は全体の1割程度)を利用した面
前確認手続の利用を積極的に促進することで、起業家の負担軽減を相当程度
図ることが可能であるとの考えが示された。 15もっとも、このような考え方に対しては、ウェブ会議システムを利用した
手続であっても、公証人との面談の予約や時間確保が必要であり、発起人の
負担は小さくないという指摘や、助言機能や警告機能は望ましいものではあ
るものの、公証人の面前確認手続のみによって実現する必要はなく、代理人
による面前確認が広く認められている現行の実務の実態とも乖離している
との指摘があった。本検討会の多数の委員の意見としては、ウェブ会議の利
用拡大を実施するのは当然の方向性であるが、その程度の見直しでは不十分
であり、
起業家の負担軽減のために更なる見直しを図るべきというものであ
った。
そうすると、前記のような立場の指摘、特に、ウェブ会議を用いる場合に
は公証人と発起人等との双方向のリアルタイムのやり取りが確保され、疑わ
しい場合に審査の精度が高まるとの観点は念頭に置きつつも、ウェブ会議の
利用拡大にとどまらずにさらに進んだ改善策を検討していくことが必要と
考えられる。
イ 次に、
定款認証が果たすべき機能の中心は適法性の確保と本人確認にある
との立場から、デジタル技術の活用(定款に付した電子署名等)によって発
起人本人の確認ができれば、一律に面前確認手続を不要とする(面前確認手
続の廃止)との意見が出された。
この立場では、本人確認の方法として、発起人に対し、マイナンバーカー
ドに搭載された公的個人認証に基づく電子署名を定款に求めるほか、電子署
名に加えて容貌の画像提供を求めるなど本人確認方法を実施すること等が
想定されることになるが、面前確認をおよそ要しないという点で、起業家の
負担は大きく軽減されることになる。
もっとも、この見解に対しては、電子署名や容貌の画像提供等のみでは、
あくまで本人確認が可能となるにすぎず、発起人の真意(実質的設立意思)
は確認できないのではないか、そうすると、名義貸しなど設立される会社の 16実態を知らない発起人による設立や、会社の事業実態を確認して違法・不当
な目的による設立を抑止するとの定款認証の機能が損なわれ、株式会社が消
費者犯罪等に悪用される可能性が増すのではないかといった指摘があった。
そして、現行制度上、公証人が面前確認手続で、本人確認に加えて発起人
の真意(実質的設立意思)の確認を行うという整理が一般にされているとこ
ろ、これを本人確認のみで足り、発起人の真意(実質的設立意思)の確認は
必要がないと変更することについてまでは了解できないという意見が多く
出された。
そうすると、
本人確認のみで足り発起人の真意
(実質的設立意思)
の確認は不要とする、
従来の一般的整理と異なる立場を前提とすることまで
はせず、一般的整理を前提とした上で、この立場が指摘する本人確認方法等
を参考にするのが相当と考えられる。
ウ このように違法・不当な目的での設立抑止等のために面前確認が果たすべ
き発起人の真意(実質的設立意思)の確認機能を維持すべきことを前提とす
る場合に、本検討会において多数の意見を占めたのは、これまでの面前確認
手続のみによらず、デジタル技術を用いた方法等により発起人の真意(実質
的設立意思)の確認が可能であれば、面前確認手続の省略を認めてもよいと
する考え方である。
この考え方にも2つの立場があり、1つは、法律改正により、デジタル技
術を用いた情報提供その他の面前確認手続以外の新たな方法によって、公証
人が本人確認及び発起人の真意(実質的設立意思)の確認を行う新たな手続
を設けることとし、この手続により意思が確認された場合には、面前確認手
続を省略することを認めるとするものであり、
もう1つは、
法律改正により、
デジタル技術を用いたシステム上で完結する確認手続のみによって、公証人
の関与なく本人確認及び発起人の真意(実質的設立意思)の確認を行う新た
なデジタル手続を設けることとし、このデジタル手続により意思がシステム
上確認できない場合にのみ例外的に公証人の面前確認を行うというもので 17ある。両者は、必ず公証人との面前確認手続が必要とされている現行法に対
し、
法律改正により一定の要件のもとで面前確認に代わる代替手段を導入し
ようとする点で同じ方向性を志向するものであるが、公証人が一切関与しな
いデジタル完結手続を設けるか否かといった点に違いがあると整理される。
エ この2つの立場のうち、前者(公証人がデジタル技術の利用その他の面前
確認以外の方法で確認するもの)については、面前確認手続の役割を維持し
つつ、
それと同様の機能が確保される新たな審査手続を設けようとするもの
であるが、
公証人が確認を行う新たなスキームについては更なる検討を要す
る課題である。本検討会では、例えば、1発起人本人が設立意思等を宣明し
た状況を録画等した電子データを提供させて公証人が当該録画等を確認す
る方法、
2定款認証の事前相談から認証付与までの過程のいずれかの段階で
公証人が発起人とウェブ会議等で直接やり取りすることにより設立意思等
を確認する方法、3専門資格者が代理人として実質的に関与している場合に
公証人が専門資格者に発起人の設立意思等を確認して保証を得る方法が挙
げられたほか、4公証人が発起人本人とかねてから面識があり、メール等の
やり取りで発起人の設立意思等が確認できた場合には面前確認を不要とす
ることを認めてよいとする考え方が示された。これらは、公証人が面前確認
に代わるデジタル的な情報提供その他の方法で発起人の真意(実質的設立意
思)を確認することができる場合には、面前確認を不要とするものであり、
具体的事案において十分な確認ができなければ公証人による面前確認に進
むことが予定されており、いずれの場合も公証人の確認が前提とされている
点で、現行の面前確認制度に比較的近いものとみることができる。さらに、
面前確認を省略するにしても、公証人と発起人等との間で双方向のやり取り
がされることを確保することが重要であるとの意見や、面前確認の省略が可
能となる対象を小規模かつ簡易な組織形態の設立の場合に限るべきとの意
見なども出された。 18これに対し、後者(公証人が関与せずにシステム上で確認するもの)は、
チェックボックス式の記入欄を設けたものに発起人が電子署名を付すこと
や犯罪収益移転防止法施行規則において厳格な本人確認手法として採用さ
れているeKYCを活用してリアルタイムで撮影された発起人本人の画像
の送信と組み合わせること等により本人確認にとどまらず発起人の真意(実
質的設立意思)の確認までシステム上可能とするデジタル完結(公証人の確
認不要)の手続を設けようとするものである。この方向性は人による確認を
要しない余地を認めるもので、より発展的なものである。eKYCや発起人
本人の画像の送信等によりどこまでの確認審査が可能となるのかについて、
本検討会では委員間で必ずしも認識が共有されたとはいえず、デジタル技術
を組み込んだ確認システムの構築可能性や担い手の問題等も議論が尽くさ
れていない現状にあるものの、意思確認に関する様々な分野において各種デ
ジタル技術の活用が進展しつつある社会状況を踏まえて、定款認証における
発起人の真意(実質的設立意思)の確認についてもデジタル完結を実現する
システムの構築も可能であろうとの意見が出された。
オ 本検討会では、多数の委員が、今後、面前確認手続によらずにデジタル技
術を用いた新たな方法によって、発起人の本人確認及び発起人の真意(実質
的設立意思)
の確認を行う手続の新設を検討する前記ウの方向に賛意を示し
た。そのアプローチとして、前記ウに掲げた2つの方向性が示されていると
ころ、これらは内容に違いはあるものの、面前確認手続に代替するものとし
て両立・移行可能なものと考えられる。他方、必要とされる確認機能を確保
した上で、より利用者の利便性・負担軽減に資するものとして、どのような
手続、仕組みを構築するのか、とりわけ、何をもって発起人の真意(実質的
設立意思)を確認したものと評価するのか、そのことをどのような仕組みで
担保するのか、事後的に検証する仕組みをどのように設けるか、面前確認を 19不要とする場合の要件をどう考えるか等について、実務的観点を踏まえた更
なる検討が不可欠である。
その検討・導入の過程では、例えば、本検討会でも多くの支持があった公
証人がデジタル技術等を用いて提供された情報で審査し、意思確認ができれ
ば面前確認を不要とする手続の導入を先行して検討し、並行して、公証人の
関与を必要とせずに、
デジタル技術のみによって必要な事項を確認すること
が可能となるシステム構築に向けた技術的・実務上の課題の調査・分析を進
めることなども考えられるところである。
3 面前確認手続の見直しに向けた提言
以上を踏まえると、面前確認手続については、デジタル技術等を用いて発起人
から一定の必要な情報提供がされることにより、本人確認に加えて発起人の真意
(実質的設立意思)まで確認された場合には、面前確認手続を省略することを認
める旨の制度見直しを目指していく方向性が相当と考えられる。その上で、具体
的にどのような手続・仕組みを設けていかなる場合に面前確認手続を省略可能と
すべきか、
提供された情報のみでは確認が困難な場合にどのようにして公証人に
よる面前確認を求めることとするかなど、具体的な制度上の課題や有効に機能す
る仕組み・システムの構築等について検討を要する課題があるため、本検討会で
示された意見を踏まえ、更なる検討を進めていくことが相当である。
第5 その他の関連する論点について
1 定款認証時における実質的支配者申告制度の在り方について
本検討会においては、定款認証制度の機能・意義に関連して、マネー・ロンダ
リング対策・FATF(Financial Action Task Force の略)勧告への対応等の
ために実施されている定款認証時における実質的支配者申告制度についても、検
討が加えられた。 20まず、現在の実質的支配者申告制度は、株式会社の設立段階において実質的支
配者を把握する制度として公証人が担っているところ、これがマネー・ロンダリ
ング対策、FATF勧告への対応に一定の役割・機能を果たしていること、何ら
の代替策も講ずることなく単純に現行制度を廃止するとすれば我が国のマネー・
ロンダリング対策等に関する国際的な評価への悪影響が懸念されることについ
ては、各委員の意見が一致した。
その上で、
現在の実務として、
株式会社の設立段階で行われる定款認証の中で、
設立される株式会社の実質的支配者について暴力団関係者該当性等を公証人が
日本公証人連合会管理のデータベースで個別に照会して該当者に疑義があれば
対面調査等を行う役割の有用性を指摘し、実質的審査権限のない法務局ではその
役割を代替することはできないとの意見がある一方で、公証人が現在使用してい
るシステム以外の他のシステムからデータベースへの直接の照会を可能とする
新たな仕組みを設けることや、法人全般に関する包括的・継続的な把握の枠組み
が実現すれば、その担い手が公証人である必要はないといった指摘や、定款認証
制度とは切り離した仕組みとすることを検討すべきとの意見もみられたが、いず
れにしても、マネー・ロンダリング対策としての実質的支配者情報の把握に関す
る見直しについては、
本検討会とは別の政府の枠組みにおいて全体的検討が進め
られているところ、定款認証時における実質的支配者申告制度の在り方について
は、
その別の枠組みにおける検討状況を見定めながら検討していく必要があるこ
とが確認された。
また、実質的支配者申告制度の運用については、現在も、申告書や関係情報を
メールに添付して公証人に送信することで電子的審査は可能となっているが、本
検討会では、デジタル技術を用いてより一層の利便性向上を求める意見もあり、
今後、起業家のニーズ等を踏まえつつ、必要な運用改善を検討していくことも期
待される。
2 面前確認の実施ルールの適正化について 21面前確認については、定款認証の機能・意義に関する議論(前記第2)や、面
前確認手続の見直しに関する議論(前記第4)の中で、現在の面前確認手続の実
務運用について、専門資格の有無を問わず代理人による面前確認を広く許容する
扱いとなっているため、設立される会社の実態を詳しく知らない知人・関係者等
とやり取りする場合には不十分な確認になりがちであるとの指摘が複数された。
これは、
効率的かつ適切な定款認証のためには専門資格者等の代理人の関与が一
般的に有益であるものの、発起人の意思確認を行う面前確認の場面に限っては、
代理人の果たす役割に一定の限界があるとの認識を前提とする立場に基づくも
のと考えられる。
この点は、
まずは前記第4の面前確認手続の見直しの方向性を踏まえる必要が
あるが、
定款認証手続のプロセスの中で公証人による面前確認が今後も一定範囲
で残存するのであれば、それを前提に、公証人において、設立される会社の実態
や発起人の意思に関する疑義の程度なども踏まえつつ、いかなる確認手段を用い
るか、誰を相手方として確認を行うか、確認で疑義が生じた場合にどのように対
応するかといった事項について、取扱いのルールを具体化・明確化することが必
要と考えられる。もっとも、このようなルールの具体化・明確化に当たっては、
現在の実務運用と比較して、起業家・嘱託人の負担が過重されることのないよう
に留意すべきであり、
代理人による面前確認により実害が生じているかの実態も
踏まえつつ、
定款認証手続全体における起業家の負担軽減を図る観点からの配慮
が必要と考えられる。
第6 終わりに
1 本取りまとめを踏まえた今後の取組の在り方
本検討会で取りまとめた方向性については、既述のとおり、法務省や関係団
体等によって直ちに取り組まれ、早期に実現されるべきものと、引き続き、法務
省が中心となって検討・調査を進め、課題分析や実現可能性に向けた準備が必要 22になるものの双方が含まれるが、いずれについても、起業家の負担軽減に向けた
見直しを図るという本検討会の趣旨に立ち返って、法務省を中心にスピード感あ
る早期の対応が進められることを求めたい。
その取組を進める際には、本検討会で示した方向性を踏まえ、また、経済界、
専門資格者団体、消費者団体等の各方面の実務のニーズ、意見を的確に反映した
上で、必要な取組を加速していくべきである。
2 取組のフォローアップと成果結実への期待
本検討会での議論を進める中でも、定款認証の見直しについては各所で様々な
意見や要望があり、その改善に向けた期待は高まっている状況にある。
そのため、本検討会で取りまとめた方向性の推進を、まず何より求めたい。そ
の取組に当たっては、定款認証手続の各場面・論点ごとの見直しのほか、見直し
相互の連携を図った効率化を進めることが考えられ、さらには、デジタル技術の
活用により起業家が一度の手続申請で問題がなければ会社設立に至ることがで
きるような仕組みの構築や、定款認証制度そのものの在り方といった観点をも視
野に入れた検討も求められる。
なお、本検討会の議論と並行して、法務省では、本検討会でも取り上げて意見
交換を行った、定款認証に関して速やかに実施する改善措置として、1スタート
アップ向けの定款作成支援ツールの公表(令和5年12月中。なお、このツール
は、前記第3で取り上げた「モデル定款」とは異なる位置づけのものである。)と、これを用いる場合は、不備がない限り、申請から48時間以内に認証手続を
完了させる新たな運用の試行(令和6年1月〜。なお、この試行は、前記第3(2)
で取り上げたファストトラック案とは異なる位置づけのものである。)、2定款認
証に必要な面前確認手続について、公証役場出頭型から、原則ウェブ会議での実
施への移行(令和5年度中)を開始する。これらの取組は、本検討会における取
りまとめの方向性の一端にも関連するものである。 23先に述べたとおり、我が国で、スタートアップ支援・創業環境の改善が求めら
れる中、起業家の負担軽減のための定款認証の見直しは喫緊の課題である。本取
りまとめで言及した課題認識や、本検討会として示した骨太な方向性を踏まえ、
引き続き、更なる取組を求めたい。これから取組が本格的に始まることが期待さ
れるところ、本検討会としても、その取組状況を引き続きフォローアップしてい
く必要があるとともに、例えば、本人確認方法や意思確認方法等に関するデジタ
ル技術の現状等を踏まえた更なる実務的検討も要すると考えられる。今後とも、
起業環境やマネー・ロンダリング対策等の全体動向も見つつ、各方面の意見やデ
ジタル技術の進展、諸外国の動向等を踏まえた更なる対応が求められる。
最後に、起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに向けて、本取りまとめ
を第一歩として、その着実な取組と成果の速やかな実現を強く期待して、取りま
とめの結びとしたい。
(別紙1)
起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する検討会
委員名簿
座長
佐久間 毅 同志社大学大学院司法研究科教授
委員
梅野 晴一郎 弁護士(第二東京弁護士会)
神作 裕之 学習院大学法科大学院教授
後藤 元 東京大学大学院法学政治学研究科教授
鈴木 龍介 司法書士(東京司法書士会)
関 聡司 新経済連盟事務局長
原田 誠 行政書士(広島県行政書士会)
堀 天子 弁護士(第二東京弁護士会)
増田 悦子 全国消費生活相談員協会理事長
(敬称略 五十音順)
オブザーバー
小坂 敏幸 日本公証人連合会会長
(別紙2)
起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する検討会
開催状況
第1回会議(令和5年10月31日)
しろまる 起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しについて(意見交換)
第2回会議(令和5年11月21日)
しろまる ヒアリング
しろまる 定款認証制度の必要性・抜本的見直しに関する検討事項等につい
て(意見交換)
第3回会議(令和5年11月28日)
しろまる ヒアリング
しろまる 定款認証制度の必要性・抜本的見直しに関する検討事項等につい
て(意見交換)
第4回会議(令和5年12月12日)
しろまる 起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する取りまとめ
たたき台(案)について(意見交換)
第5回会議(令和5年12月27日)
しろまる 起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する取りまとめ
(案)について(意見交換)

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