平成25年11月26日
法 務 省 矯 正 局
法務省式ケースアセスメントツール(MJCA)について
1 開発経緯
これまで我が国の少年保護手続においては,少年の再非行の可能性や
教育上の必要性の把握に特化した統一的な手法(アセスメントツール)
は設けられていませんでした。
そこで,法務省矯正局では,平成20年度から欧米等の取組を参考に
しつつ,アセスメントツールの開発に着手し,心理学や犯罪学等の人間
科学の知見を踏まえて,外部専門家の助言等を受けながら作業を進め,
今般,法務省式ケースアセスメントツール(MJCA)として少年鑑別所
において運用を開始しました。
2 アセスメントツールの概要
(1)位置付け
本ツールは,再非行等に密接に関連する調査項目を少年鑑別所の心
理技官が面接や鑑別資料に基づいて評定することにより,少年の再非
行の可能性と教育上の必要性を定量的に把握するものです。
本ツールの調査項目は,少年鑑別所に入所した少年の実証データを
踏まえて,鑑別実務に基づく知見も加味して選定したもので,アセス
メントツールとしての信頼性・妥当性が統計学的に十分確認されてい
ます。
(2)アセスメントツールの構成と結果
調査項目は,少年の生育環境や過去の問題行動歴・非行歴等これま
での出来事等に関する項目(5領域24項目)と再非行を防止するた
めの教育や処遇を行う必要性に関する項目(4領域28項目)の計5
2項目で構成されています。
評定した結果は,再非行防止に向けた今後の教育の必要性として,
4つの領域(保護者との関係性の改善,社会適応力の向上,自己統制
力の向上,逸脱親和性の低減)により数値化・グラフ化され,概括的
に把握することができます。
また,再非行の可能性は,10.1%から78.0%までの4区分
により示されます。
3 運用と今後の展望について
本ツールを活用することにより,家庭裁判所の調査・審判に資する鑑
別の実施に役立つほか,少年鑑別所が少年院,保護観察所等に対して,
再非行防止のため,保護者との関係性の調整や社会適応力の向上などの
教育上の必要性を分かりやすく伝達することが可能となります。
また,少年鑑別所の鑑別(アセスメント)と少年院・保護観察所の教
育・処遇とが,本ツールの結果を踏まえながら,共通の理解のもとに一
層効果的に展開されることとなります。
さらに,今後においては,本ツールを少年院等における処遇効果の検
証等に活用するほか,データの収集・蓄積を通じて再非行防止に向けた
施策の検討に役立てるための作業を進めることとしています。
【参考資料】
1 MJCA(法務省式ケースアセスメントツール)
Ministry of Justice Case Assessment tool の略です。
2 アセスメントツールの基本的な考え方
再犯・再非行防止に向けて効果的な処遇を行う上で,リスク原則,ニ
ーズ原則,レスポンシビティ(処遇応答性/処遇反応性)原則という考
え方が重視されています。
これらはRNR原則と呼ばれ,誰に対して,何を目標として,どのよ
うな形で処遇を実施することが効果的であるかを研究する中で導き出さ
れたものです。
諸外国も含め,刑事司法分野におけるリスク・ニーズアセスメントツ
ール
(注1)は,この原則に基づいて開発されており,
統計的手法によって,
将来の再犯・再非行に関連のある要因(=リスク)と再非行・再犯防止
に必要な働き掛けの水準や処遇目標(=ニーズ)を査定しています。
MJCAもRNR原則に立脚した考え方のもと,開発を進めたツール
です。
3 法務省式ケースアセスメントツールの特長
(1)実務経験を踏まえて開発した法務省独自のツールであること
MJCAの開発に当たっては,国内外の再犯・再非行要因に関する
研究や,諸外国のリスク・ニーズアセスメントツールの構成を参考と
しつつも,少年鑑別所の鑑別実務を通じて蓄積してきた,少年非行に
関する知見を活用して,有効と考えられる評定項目を選定しました。
開発に当たって重視した観点,分析方法等も含めて,MJCAは,
法務省矯正局が独自に開発したアセスメントツールであり,再非行防
止のため,
対象者の特性に応じた指導及び支援の強化に役立てるほか,
今後,処遇効果の検証等への活用も予定されています。
(2)再非行の予測等に係る妥当性等が検証されていること
MJCAは,
統計上の信頼性及び妥当性が十分に検証(注2)
されてお
り,諸外国のリスク・ニーズアセスメントツールと比較しても,予測
妥当性に関して,そん色のない結果(AUC値0.66)
(注3)
を得て
います。
なお,再非行の可能性・教育の必要性は,4つの区分(IからIV)
によって示され,
区分Iから区分IVに向けて推定再非行率(注4)
が高ま
ります。
区分Iに該当する場合の推定再非行率は10.1%であり,最も高
いレベルに相当する区分IVに該当する場合の推定再非行率は78.
0%です。
(3)広範なデータ収集及び統計的分析を経ていること
全国の少年鑑別所において,
約6,
000人のデータ
(注5)
を収集し,
その後,約2年間の観察期間を設定し,その間に,対象者が少年鑑別
所に再入所したかどうかを調査し,
再入所(注6)
と密接に関連する項目
を統計的な分析を経た上で特定しました。
MJCAは,実証データに基づいて作成しています。
(4)外部専門家・有識者の助言等を得ていること
開発に当たっては,犯罪・非行のリスクアセスメントに関する研究
に造けいのある,甲南女子大学の森 丈弓准教授から継続的に助言を
受けました。
また,統計数理研究所の椿 広計副所長,国立精神・神経医療研究
センター精神保健研究所の岡田 幸之司法精神医学研究部長に,作成
手続及び妥当性・信頼性等全般に関する評価を依頼しました。
4 法務省式ケースアセスメントツールの構成と評定結果の取扱い
(1)構成
静的領域,動的領域の2領域(全52項目)で構成されています。
静的領域とは,
教育上の必要性や再非行の可能性等を把握する上で,
特に過去の経歴等に着目するものです。
他方,動的領域とは,意欲,態度など,今後の教育等によって変化
し得る要素に着目するものです。
ア 静的領域
静的領域は,以下の5つの下位領域から構成されており,それぞ
れ3項目ないし6項目を設けています。
各領域の項目の例は,次のとおりです。
(ア)生育環境
「家族に家庭内暴力をする者がいた。」,
「本件時に家出や浮浪の
状態にあった。」,
「家族に少年を虐待する者がいた。
」等
(イ)学校適応
「学校内で問題行動を頻発していた。」「学業不振があった。
」等
(ウ)問題行動歴
「小学生時に家出又は無断外泊があった。」,
「小学生時に喫煙又
は飲酒があった。
」等
(エ)非行・保護歴
「初回の警察補導等の措置を受けた年齢が13歳以下である。」,
「財産非行がある。
」等
(オ)本件態様
「本件は指導・監督を受けている期間中の再非行である。」,
「本
件は同種事案の再非行である。
」等
イ 動的領域
動的領域は以下の4つの下位領域から構成されており,
それぞれ
5項目ないし9項目を設けています。
これらは,
少年院での矯正教育や保護観察所の指導などを通じて
改善が期待できるものであり,
再非行防止に向けての働き掛けの目
標となります。
各領域の項目の例は,次のとおりです。
(ア)保護者との関係性
「保護者は少年に対して高圧的である。」,
「保護者に反発してい
る。
」等
(イ)社会適応力
「学校又は職場内で必要とされる決まりを軽視している。」,
「学
校生活又は就労生活に対する意欲が乏しい。
」等
(ウ)自己統制力
「欲求不満耐性が低い。」,
「感情統制が悪い。
」等
(エ)逸脱親和性
「法律を軽視している。」,
「犯罪性のある者に親和的である。」,
「反社会的な価値観や態度に親和的である。
」等
(2)評定結果
ア プロフィール
各項目の評定結果を数値化し,
静的領域及び動的領域それぞれの
下位領域ごとに,粗点とT得点(少年鑑別所入所者の中での当該少
年の相対的な位置を示す値)をプロフィールとして表示します。得
点が高い場合には,
再非行に関連する問題性が相対的に大きいこと
を示します。
イ 再非行の可能性及び教育上の必要性に係る区分
静的領域,動的領域,総合区分(静的領域と動的領域を総合した
もの)それぞれについて,再非行の可能性等を4つの区分(4段階
の高低レベル)で把握できるようにしています。区分Iから区分IV
に向かうほど,再非行の可能性等が高まることを示します。
ウ 所見
鑑別担当者は,プロフィール及び区分等を踏まえて,所見欄に,
改善更生に向けて必要と考えられる処遇目標等を総合的に分かり
やすく記載することとしています。
(3)判定会議での検討と鑑別結果通知書
MJCAの評定結果は,少年鑑別所長が主宰する判定会議の場で,
担当の鑑別技官,観護教官等が参加し,面接,心理検査,行動観察,
外部資料等から得られた情報と総合して鑑別判定や少年の再非行防止
のための働き掛け,教育の方法等の指針を検討します。
その結果は,鑑別結果通知書として家庭裁判所に提出します。
また,鑑別の結果は他の記録とともに少年簿として編てつし,処遇
機関である少年院や保護観察所に送付されて,処遇の資料として活用
されています。
注1 諸外国のリスク・ニーズアセスメントツール
カナダではLSI-R(LS/CMI)のほか,少年を対象としたYLS
/CMI,英国ではASSETといったリスク・ニーズアセスメントツール
が開発されている。
注2 信頼性の検証
MJCAの評定に係る信頼性の検証として,同一の少年を対象として,2
人の鑑別技官が個々の項目を独立して評定し,その一致度を確認した。静的
領域全体については,ほぼ完全な一致(級内相関係数0.92)を示す結果
が,動的領域全体については,かなり高い一致度(級内相関係数0.7)を
示す結果を確認した。
注3 AUC値
ROC曲線(Receiver Operating Characteristic 曲線の略)の下部の面積
率(Area under the curve)のことをいい,0から1の間の値を取り,0.
5よりも大きければ大きいほど,予測精度が高いとされる。
ROC曲線とは,真の陽性(MJCAの結果で再非行の可能性等が高いと
され,実際に再非行したケース)の領域と偽陽性(MJCAの結果で再非行
の可能性等が高いとされたが,実際には再非行しなかったケース)の領域の
面積比率に着目し,それらを図示して判定の精度を表したものである。
なお,諸外国のリスク(・ニーズ)アセスメントツールのAUC値は,L
SI-R(0.67)
,YLS/CMI(0.61)
,ASSET(0.72)
である。
(Singh, Grann and Fazel,2011)等
注4 推定再非行率
カプラン・マイヤー推定法により,データの制約(対象者による追跡期間
の長短や20歳に達することによる追跡の打ち切り等)を補正し,各区分に
該当する集団の推定再非行率を算出したものをいう。
なお,カプラン・マイヤー推定法とは,生存時間分析の手法の一つで,生
存率曲線を描くことで生存時間の推定を行う統計手法のことをいい,生存率
曲線とは,縦軸に生存率,横軸に追跡期間を取った曲線である。
注5 データの概要
平成22年の一定期間に,全国の少年鑑別所に入所した少年についてデー
タを収集したほか,約2年間の観察期間を設定し,追跡を行った。
対象者6,630件のうち,約89%に当たる5,942件(男5,30
4,女638)について追跡を行った。このうち,少年鑑別所に再入所した
ものは,約17.9%に当たる1,064件(男985,女79)である。
追跡期間の平均値は,472.7日である。
注6 再入所
約2年間の観察期間の間に,
少年鑑別所に再度入所したか否かをもって調
査を実施し,その結果を用いてMJCAを作成したことから,MJCAにお
ける再非行とは,少年鑑別所に再入所することを指す。

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