公証実務のデジタル化に関する実務者との協議会
〜議論のとりまとめ〜
令和5年3月
公証実務のデジタル化に関する実務者との協議会 委員名簿
弁 護 士 ( 大 阪 弁 護 士 会 所 属 ) 井 上 雅 人
行 政 書 士 ( 神 奈 川 県 行 政 書 士 会 所 属 ) 岡 本 祐 樹
司 法 書 士 ( 広 島 司 法 書 士 会 所 属 ) 隂 山 克 典
公 証 人 ( 東 京 法 務 局 所 属 ) 齊 木 敏 文
司 法 書 士 ( 東 京 司 法 書 士 会 所 属 ) 鈴 木 龍 介
行 政 書 士 ( 埼 玉 県 行 政 書 士 会 所 属 ) 多 田 隈 亨
公 証 人 ( 東 京 法 務 局 所 属 ) 萩 原 秀 紀
弁 護 士 ( 第 一 東 京 弁 護 士 会 所 属 ) 松 尾 博 憲
行 政 書 士 ( 千 葉 県 行 政 書 士 会 所 属 ) 山 下 敬 司 1第1 公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化の概要
1 背景
我が国においては、近年の科学技術の進展によりデジタル技術の利用が
国民にとって身近な存在になったことを踏まえ、行政手続や裁判手続の全
般にわたって、利用者の目線に立って利便性を向上させることが重要な課
題となっている。
公正証書の作成手続についても、令和3年6月に閣議決定された規制改
革実施計画において公正証書の作成に係る一連の手続についてデジタル原
則にのっとった必要な見直し及び法整備を行うこと等が実施事項とされ、
令和4年6月に閣議決定された規制改革実施計画において上記実施事項の
実施時期につき令和4年度中に検討・結論を得て、
令和5年の通常国会に法
案提出、令和7年度上期の施行を目指すとされている。
法務省民事局が令和4年11月から12月にかけて公証役場の利用者を
対象に行ったアンケート調査においても、
公正証書の正本・謄抄本の提供を
電磁的記録の形式で受けることができるようになった場合に「積極的に利
用したい」
「利用してもよい」と回答した割合は約81%、ビデオ通話等を
利用して公証役場に出頭せずに公正証書を作成することができるようにな
った場合に「積極的に利用したい」
「利用してもよい」と回答した割合は約
84%と、公正証書に関する全般的なデジタル化への利用ニーズが高いこ
とが示されている。
2 デジタル化による制度の見直しの骨格
上記を踏まえ、
公正証書の作成に係る一連の手続について、
以下のとおり
の見直しを予定している。
1 電磁的記録による公正証書
(原本)
の作成・保存を原則化するとともに、
公正証書の正本・謄抄本に相当する効力を有する電磁的記録(以下「正本
等データ」
という。)の提供を公証人に対して請求することを可能とする。
ただし、
紙媒体による正本・謄抄本の提供を請求することも引き続き可
能とする。
2 嘱託人の公証人に対する陳述、通訳人や証人(立会人)の立会い、公正
証書に間違いがないことの確認といった公正証書作成過程の公証人と関
係人とのやり取りをビデオ通話の方法によることを可能とする。
併せて、公正証書に間違いない旨を確認したことを明らかにするため
の嘱託人や通訳人・証人の署名・押印に代わり、電子サイン等の電磁的方
法による措置を講ずることを可能とする。
また、
オンラインで嘱託を行うことについても可能とする
(これに伴い、
本人確認資料や代理権限を証する資料を電磁的記録によって提供するこ
とを可能とする。)。
なお、一つの事件について、嘱託人Aがオンラインで嘱託を行い、ビデ 2オ通話の方法によって作成手続に参加する一方、嘱託人Bは公証役場に
出頭し、
さらに、
通訳人Cは嘱託人A及びBとは別の場所からビデオ通話
の方法で参加するといったことも可能とする。
3 本協議会における協議事項
本協議会においては、公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化
に関する具体的な実務運用に関し、どのような課題が生じることが想定
されるかや、
その課題についての対応の方向性について、
公正証書に関す
る実務に携わる実務者との協議を行った。
第2 公正証書(原本)及びその正本・謄抄本の電磁的記録化について
公正証書(原本)及びその正本・謄抄本の電磁的記録化(前記第1の21)
の具体的な実務運用の在り方については、以下のような方向性が考えられる。
1 基本的な考え方
公正証書(原本)及びその正本・謄抄本の電磁的記録化は、公証役場にお
ける公正証書(原本)の保存を合理化するとともに、利用者における正本・
謄抄本の保存・管理の合理化・効率化や、公正証書の正本・謄抄本を利用す
る他の各種手続のオンライン化にも対応することになるものであり、これ
を積極的に進めるべきである。
その上で、より利用者にとって利便性の高いものとする視点から実務運
用を工夫すべきである。
2 他の手続における利用可能性への配意について
正本等データについて、
法務局を始めとする行政機関や、
裁判所における
各種の手続、金融機関等の民間機関における手続等において利用すること
が可能となるよう、以下の点に配意すべきである。
(1) 正本等データが官民の幅広い手続で利用可能となるよう、日本公証人
連合会と法務省が連携して、関係機関との調整や周知・広報に努めるこ
とが望ましい。
(2) 正本等データのデータ形式等について、公証人が行う電子署名の方式
を始めとして、一般に受入れが可能なものとなるように配意すべきであ
る。
特に、公正証書は、遺言公正証書を始めとして、作成から長期間経過
した後に利用されることも多いことを踏まえ、公正証書を作成した公証
人が退職した場合等も含め、公正証書の作成から長期間経過した後も、
電子署名・電子証明書の有効性の確認を支障なく行うことのできる正本
等データの提供を当該公正証書を保存する公証人から受けることができ
る仕組みとする必要がある。
(3) 正本等データにおける公証人の電子署名を正本等データの利用者が容
易に検証することができるように取組を進める必要がある。例えば、デ 3ジタル庁が公開している公文書署名検証サイト(https://shinsei.e-go
v.go.jp/recept/official-doc-signature-verify/)
を広く周知すること
などを通じて、利用者が混乱なく正本等データを利用することができる
環境を整備する必要がある。
(4) 前記(2)及び(3)の仕組み・環境の整備に当たっては、デジタル技術の
進展やこれを取り巻く社会の状況、政府全体のデジタル施策の動向も踏
まえる必要がある。また、運用開始後も、継続的にこれらの動向を注視
し、利用者の利便性の向上に資するよう、不断に見直しを図る必要があ
る。
3 公正証書の有無を検索するシステムの構築について
利用者の利便性の向上の観点からは、公正証書を電磁的記録により保存
することのメリットをいかして、全国的な検索システムを構築するなどし
て、一定の範囲の者が公正証書の有無やその公正証書が保存されている公
証役場を容易に探索することができるようにすることも有用である。
なお、
このような公正証書の作成の有無等に関する情報は、
個人情報又は
法人に関する信用等情報として保護されるべきものに当たり得ることから、
このような検索システムを構築する場合には、
その検索結果の提供は、
公正
証書の閲覧に関する規律(現行公証人法第44条第1項)と同様に、その提
供を受けることについて利害関係を有することを証する書面・電磁的記録
が提供された場合に限定するなど、
嘱託人等の権利・利益を不当に害するこ
とのない仕組みとするよう配意すべきである。
また、
将来的には、
遺言公正証書の嘱託人が自宅等において正本等データ
の形式により遺言公正証書を保管することも生じ得るところ、相続人が遺
言公正証書の存在に気が付かないことも生じ得ることから、検索システム
の利用について広く国民に周知することが望ましい。
第3 ビデオ通話の方法による公正証書の作成について
ビデオ通話の方法による公正証書の作成
(前記第1の22)
の具体的な実務
運用の在り方については、以下のような方向性が考えられる。
1 基本的な要件・考え方
(1) ビデオ通話の利用を認める基本的な要件について
ビデオ通話の利用は、国民の利便性を高める観点から許容するもので
あるから、
第一次的には、
公正証書の作成を嘱託する嘱託人自身の意向に
委ねるのが相当である
(嘱託人が望まないにもかかわらず、
ビデオ通話の
方法を採用する権限を公証人に与えることはしない。)。
他方で、ビデオ通話の方法によっては公証人が必要な確認をすること
が困難である場合など、後の紛争を予防すべく作成される公正証書の機
能に鑑みてビデオ通話の方法によることが相当でないケースも生じ得る。 4そこで、
嘱託人の公証人に対する陳述、
公正証書に間違いがないことの
確認といった公正証書作成過程における嘱託人と公証人とのやり取りを
ビデオ通話の方法により行うかどうかについて、1嘱託人からビデオ通
話を利用したい旨の申出があり、
かつ、
2公証人がこれを相当と認めるこ
とを要件とすることは、合理的である。
(2) 具体的な判断基準に関する基本的な考え方について
前記(1)の要件に基づく具体的な実務運用の在り方については、以下の
方向性に基づいて、実務的な観点から検討を進めることが相当である。
すなわち、嘱託人の心身の状況や就業状況等により公証役場に出向く
のが難しいケースや、
公証役場へのアクセスが困難な地域
(離島などの遠
隔地や豪雪地帯など)
に嘱託人がいるケース、
DV等の事情により他方の
嘱託人と同じ場所で直接対面することなく離婚給付公正証書等を作成す
ることを希望するケース、
列席者が相当数に上り、
遠隔地に所在する者も
いるためスケジュールの調整に支障を来すケース、感染症予防のために
入居・入院施設への外部者の立入りが許されないケース等においては、列席者の全部又は一部についてビデオ通話の方法により公正証書を作成す
る現実的なニーズは相当程度存在するものと考えられる。
他方、高齢である嘱託人による遺言公正証書や任意後見契約公正証書
のケース等を中心に、
嘱託人の判断能力の有無や、
嘱託人が第三者に発言
を誘導されていないかを確認する必要があり、
公証人における
「相当性」
の判断枠組みをどのように構築するのかが重要であると考えられる。
なお、
これを過度に消極的に運用することとした場合には、
いわゆるB
toB取引において公正証書が作成されるケースなど、ビデオ通話を利
用する合理性が認められるのにこれを利用することができないこととな
るため、デジタル技術の活用による利便性の向上を利用者に享受させる
観点から、バランスのよいものとすることを目指す必要がある。
また、上記の遺言公正証書についても、高齢化社会が進展する中で、遺
族間の紛争を防止する観点や所有者不明土地問題等の各種の問題を解消
する観点からも、遺言の活用を推進して相続手続を円滑に進めることは
重要であるほか、
「第二期成年後見制度利用促進基本計画」
(令和4年3月
25日閣議決定)
などにも示されているように、
人生設計についての本人
の意思の反映・尊重という観点から、
任意後見契約公正証書が積極的に活
用されるようにすることも重要である。
そのため、
遺言公正証書や任意後
見契約公正証書についても、
事後的に紛争となる蓋然性が低いケース(後記2参照)
においては、
ビデオ通話を積極的に利用していくことが望まし
いとも考えられる。
2 相当性の判断基準について
(1) 必要性に関する検討 5ビデオ通話によることが相当であるかどうかについては、ビデオ通話
によることの必要性と許容性とを総合的に勘案することが必要である。
このうち、
必要性に関しては、
公証役場への出頭という手間やコストが
不要となることに加え、前記1(1)のとおり嘱託人がビデオ通話を希望し
ていることが前提となることからすれば、
基本的に、
利用の必要性がある
ことは一定程度肯定することができる。加えて、前記1(2)のような利用
ニーズがある場合には、より高度の必要性を認めることができるものと
考えられる。
(2) 許容性に関する検討
ビデオ通話によることの許容性については、嘱託人の本人確認や真意
確認等をビデオ通話による場合にも問題なく行うことができるかどうか
という観点が中心的な判断要素となるものと考えられる。
このような観点から、ビデオ通話の方法によることを広く認めてよい
類型と、慎重な判断が求められる類型とを分析すると、例えば、次のよう
にいうことができる。
ビジネス目的で利用される公正証書
(例えば、
嘱託人がいずれも企業で
あるものなど)であって代理人を利用して嘱託をすることが可能なもの
については、
ビデオ通話による必要性と許容性を認めることができ、
広く
ビデオ通話による相当性を認めて差し支えないものと考えられる。なお、
その前提としては、
嘱託人の本人確認
(代理人が嘱託する場合にあっては、
代理権限の確認)
が十分にされることが必要であるため、
これらの確認の
手続が事前に厳重に履践されていることが必要になる(後記4参照)。他方、現行制度下において代理人による嘱託が認められていない遺言
公正証書や、運用上公証人が嘱託人本人と直接面接することが求められ
ている任意後見契約公正証書(注1)
(注2)については、公証人が嘱託人
本人の真意やその前提としての判断能力の有無を慎重に確認する必要性
の高い類型の公正証書であるといえ、ビデオ通話の方法によることが相
当かどうかは慎重に判断されるべきであると考えられる。
(注1)平成12年3月13日付け法務省民一第634号民事局長通達「民法の一部
を改正する法律等の施行に伴う公証事務の取扱いについて」第2の3(抜粋)
「任意後見契約の公正証書の作成については、
通常の公正証書の作成手続によるほ
か、次のとおりとする。
(1) 本人との面接等
ア 任意後見契約の公正証書を作成するに当たっては、本人の事理を弁識す
る能力及び任意後見契約を締結する意思を確認するため、原則として本人
と面接するものとする(本人が病気等のため公証人役場に赴くことができ
ない場合は、公証人法第18条第2項ただし書の「事件ノ性質カ之ヲ許サ
サル場合」に当たる。)。」 6
(注2)遺言や任意後見契約に類似する機能を果たすべく締結される遺産承継・財産
管理等を目的とする信託契約に係る公正証書についても、同様に考えられる。
ただし、遺言公正証書についても、遺言者の年齢・心身の状況や遺言の
内容、嘱託に至るまでの状況等に応じて、求められる真意・判断能力確認
の慎重さの程度は異なるものと考えられる。
例えば、
・ 遺言能力の有無について問題となりやすい高齢者による遺言
・ 遺言能力に影響を及ぼす可能性のある病気・症状の診断を受けている
者の遺言
・ 複数人いる推定相続人のうち一部の者のみに合理的な理由なく財産
全てを相続させる内容の遺言
・ 公証人への事前相談が遺言の内容について利害関係を有する一部の
親族等を通じてされている遺言
など、
事後的に紛争となる蓋然性の高い類型の遺言については、
特に慎重
な判断が必要となると考えられる。
このようなケースでは、
後記3の利害
関係者の関与防止策を厳格に講ずるほか、前記1(2)のようなビデオ通話
による特別の必要性が認められるケースに限ってビデオ通話によること
を相当と認めるべきであると考えられる。
他方、遺言能力について問題となるおそれの少ない中年層が遺言者と
なるケース、
相続人のいない遺言者が慈善団体に遺贈をするケース、
高齢
者であっても医師の診断書により判断能力が十分にあることを客観的に
確認することができるケースなど、事後的に紛争となる蓋然性が低いと
推測されるものについては、
真意・判断能力確認を特別に慎重に行うこと
までは求められないものと考えられる。
また、任意後見契約公正証書についても、遺言と同様、委任者の年齢・
心身の状況や任意後見契約の内容、
嘱託に至るまでの状況等に応じて、求められる真意・判断能力確認の慎重さの程度は異なるものと考えられる。
特に、
任意後見契約は、
自己の事理弁識能力が不十分となった場合に自己
の生活、
療養看護、
財産の管理等について代理権を付与するという複雑な
契約であり、
代理権濫用や財産の囲い込みなどの危険性、
受任者が不当に
高額な報酬を設定する問題等も指摘されている。
そのため、
専門資格者が
関与していないケースを中心に、当事者がその締結しようとする任意後
見契約の内容や任意後見制度の趣旨(委任者の判断能力が低下した場合
には速やかに任意後見監督人の選任の申立てをする必要があることを含
む。
)を正しく理解しているかどうかという点も含めて公証人が慎重に確
認する必要性が高いと考えられ、この観点からもビデオ通話の利用が相
当かどうかを慎重に判断する必要があると考えられる。
なお、これまでに取り上げた、1ビジネス目的の公正証書や、2遺言公 7正証書、任意後見契約公正証書及びこれらに準ずる信託契約公正証書の
いずれにも該当しないものについては、どちらにより近い性質を有して
いるかを考慮しつつ、ビデオ通話の利用の相当性を判断することになる
と考えられる。
例えば、
尊厳死宣言公正証書は、
嘱託人が自己の人生の最終段階におけ
る医療・ケアの在り方についての意思を表明し、
公証人がこれを聴取する
事実実験公正証書であり、公証人が嘱託人本人の判断能力や真意を丁寧
に確認する必要性が特に高いことから、ビデオ通話の利用の相当性の判
断に当たっては、遺言公正証書等のケースにおける判断要素が参考にな
るものと考えられる。
(3) 判断基準等の策定・公表
公証人が実際の嘱託事案においてビデオ通話によることが相当である
かどうかを判断するに当たっては、当該事案における個々の事情に即し
て、前記(1)の必要性と前記(2)の許容性とを総合的に勘案して判断する
必要があるが、
予見可能性を持って制度を利用することができるよう、公証人が準拠する判断基準や判断における考慮要素を整理し、取りまとめ
た上で、
誤解を生じさせないように配意しつつ、
ホームページ等を通じて
利用者にそのポイントを分かりやすく示すことが望ましい。
(4) 証拠資料の保存
事後的に紛争となる蓋然性の高い類型の事案など、ビデオ通話の利用
に慎重な判断が必要となるケースにおいて、
公証人が相当性を認め、
ビデ
オ通話を利用して公正証書の作成手続を行うときは、後日の紛争に備え
て、公証人として証拠資料の保存に留意すべきである。
3 利害関係者の関与を防ぐ方策について
遺言等の公正証書の作成の際には、嘱託人が自由な意思の下で真意を述
べることができる環境を確保するため、利害関係者等が立ち会うことのな
いように配慮する必要があるが、嘱託人と公証人が別の場所でビデオ通話
の方法により公正証書を作成する場合には、嘱託人の周囲に利害関係者が
いて真意に基づく発言を妨害していないことを公証人がどのように確認す
るかが問題となる。
現時点において利用可能な技術を前提とすると、嘱託人の周囲の全方位
を常時撮影することまで求めることは現実的でないと考えられるが、例え
ば、
ビデオ通話の開始時や途中の任意の時点において、
一度嘱託人がカメラ
を動かして嘱託人の周囲の全方位を撮影し、周囲にだれもいないことを公
証人に確認させるという方法は採り得ると考えられる。
また、
嘱託人が病院や老人ホーム等の施設に入居しているケースでは、その部屋に当該施設の関係者以外の者が立ち入ることができない状況である
ことを当該施設の関係者に確認しておくことも有用であると考えられる。 8さらに、
公的機関等の中立的な第三者の協力を得て、
利害関係者が立ち入
ることができないような場所を確保し、その場所でビデオ通話により公正
証書の作成を行うことも有用であると考えられる。
このほか、
利害関係者の排除の要請が高いケースにおいては、
証人を嘱託
人と同じ場所に所在させた上でビデオ通話で参加させるといった工夫もあ
り得ると考えられる。
なお、
利害関係者の関与が疑われる事象が発生した場合には、
公証人は、
積極的にビデオ通話を中断し、出頭を求めて対面での確認を慎重に行うの
が適切である。
4 本人確認手続について
オンラインによる嘱託を認める場合には、
本人確認は、
公的個人認証等の
電子証明書により行うことが相当である。
これにより、実印と印鑑証明書を利用した現状における本人確認と同程
度の本人確認を実現することができることから、
全くの第三者による
「なり
すまし」を防止することができると考えられる。
もっとも、
ビデオ通話の方法により公正証書の作成を行う際には、
例えば、
公証人の意思確認を経て翻意することが懸念されるケースなどでの替え玉
の利用も懸念されることから、
これを防止するため、
公証人が以下の確認を
行うことが相当であると考えられる。
1 身分証明書を提示させた上で、その顔写真とビデオ通話の画面に映っ
ている嘱託人の顔とを照合する。
なお、
その際、
ビデオ通話の映像に不正な加工が施されていないかどう
かについても、注意して確認する必要がある。
2 本人確認のため必要があると判断するときには、生年月日その他の事
項についても質問を行う。
3 嘱託人の了承を得て、ビデオ通話の画像キャプチャを保存する。
なお、画像キャプチャの保存について嘱託人の了承が得られない場合
など、替え玉の利用が疑われるケースにおいては、公証人は、積極的にビ
デオ通話を中断し、出頭を求めて対面での確認を慎重に行うのが適切で
ある。
また、
この画像キャプチャについては、
他の附属書類と同程度の期間保
存しておくのが相当である。
5 他の嘱託人に異議がないことについて
契約に関する公正証書など嘱託人が複数人いる場合については、他の嘱
託人に異議がある場合には、ビデオ通話の方法による公正証書の作成を認
めることはできないとすることが適切であると考えられる。当事者間の将
来の紛争を予防するために公正証書が作成されるにもかかわらず、他の嘱
託人の意思に反してビデオ通話により公正証書の作成手続が実施されると 9すれば、
その嘱託人に不満を残すことになりかねないし、
ビデオ通話に反対
する嘱託人はそもそも公正証書の作成自体を拒否することもできることな
どによるものである。
ただし、
嘱託人の一方がDV被害を申告するケースなど、
当事者を直接対
面させず、ビデオ通話の方法によることが望ましいと考えられる事案もあ
り得る。このようなケースについては、実務運用に当たっては、公証人が他
の嘱託人に十分に説明を尽くすなどして、
公正証書を安全・安心に作成する
ことができるよう配慮することが必要であると考えられる。
なお、通訳人による通訳や証人による立会いは、通訳人・証人を選定した
嘱託人の意向を尊重し、
当該嘱託人の希望があれば、
他の嘱託人に異議があ
るかどうかを確認することまでは要しないと考えられる。
6 その他
前記3及び4に記載したとおり、ビデオ通話の方法によって本人確認や
真意・判断能力確認を行っている過程において、
ビデオ通話によることの相
当性を疑わせる事象が発生した場合には、
公証人は、
積極的にビデオ通話を
中断し、出頭を求めて対面での確認を慎重に行うのが適切であると考えら
れる。
第4 保証意思宣明公正証書の取扱いについて
保証意思宣明公正証書の制度が設けられた趣旨は、個人が保証契約を締
結するリスクを十分に自覚せず安易に保証人になることを防止するため、
公的機関である公証人が保証予定者と直接面接し、保証予定者が保証契約
を締結するリスクを十分に理解した上で保証債務を履行する意思を有して
いることを確認することとし、この意思確認の手続を経ていない保証契約
を無効とする点にある(令和元年6月24日付け法務省民総第190号民
事局長通達「民法の一部を改正する法律の施行に伴う公証事務の取扱いに
ついて」参照)。このように、
保証意思宣明公正証書は、
将来の紛争予防のために作成され
る一般の公正証書とはその目的を全く異にするものであることから、ビデ
オ通話の方法による作成を認めることで公正証書のより容易な作成を可能
にするといった制度改正を行うことは、その本来の制度趣旨との関係で問
題があると考えられる(注)。(注)民法上、保証意思宣明公正証書を作成するには、嘱託人本人が公証人に口授す
べき旨が定められており(民法第465条の6第2項)
、代理人が嘱託人に代わって
口授することはできない。
同様に嘱託人本人が公証人に口授すべき旨が定められているものとしては、遺言
公正証書があるところ(民法第969条第2号)
、遺言公正証書については、代理が
許されないことを踏まえて、公証人法第18条第2項本文の規定にかかわらず、公 10証役場以外の場所において作成することができることとされている(公証人法第5
7条)。他方、保証意思宣明公正証書については、その制度趣旨に鑑み、遺言公正証書と
同様の特例は設けられておらず、この点からも、保証意思宣明公正証書のより容易
な作成を可能にする制度改正を行うことは、その本来の制度趣旨にそぐわない面が
ある。
そこで、
保証意思宣明公正証書については、
他の類型の公正証書とは別の
ものとして、ビデオ通話によることを一律に許容しないこととすべきであ
ると考えられる。

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