1令和4年10月15日
法制審議会担保法制部会 御中
全国倒産処理弁護士ネットワーク
理事長 中井 康之
意 見 書
法制審議会担保法制部会では、中間試案の確定に向けた審議がなされているところです
が、担保法の改正は、倒産実務に与える影響は極めて大きいものがあります。
そこで、
当倒産処理弁護士ネットワークは、
これまでの倒産処理における担保の実務上の取
扱いを巡る経験等に照らして、中間試案の確定に際して考慮すべき論点の取り上げ方に関
して意見書として取りまとめました。
法制審議会担保法制部会における審議の参考に供するために、提出いたします。
第1 新たな規定に係る担保権の実行手続(部会資料 22、第8、3及び4)
【中間試案への提案】
(1) 部会資料 22-2において、新たな規定に係る担保権の実行手続のうち、私的実行の手続の
流れについてのフローチャートが示されたが、中間試案で示される私的実行手続の【案】ごとに、
同様のフローチャートを中間試案の本文に示すべきである。
(2) 部会資料 22、第8、3及び4で提案されている「新たな規定に係る担保権の実行手続」につい
て、3(注 1)の考え方を具体化し、帰属清算方式の場合も、処分清算方式の場合も、評価額等
の通知から一定期間を経過する時まで、被担保債権は消滅せず、設定者は受戻権を喪失せず、
担保権者は目的動産の引渡請求や処分あるいは目的債権の取立てなどができないものとする
【案】を中間試案の本文に設けるべきである。
【理由】
(1)私的実行手続のフローチャートについて
私的実行手続のあり方について、それぞれの案における具体的な私的実行手続の流れについ
て、共通の理解がされているのかについて懸念があるため、今後の議論を明確化するために、そ
れぞれの【案】における私的実行手続のフローチャートが示されるべきである。すなわち、特定の動
産又は債権を目的財産とする新たな規定に係る担保権の実行手続と、集合動産又は将来債権を
目的財産とする新たな規定に係る担保権の実行手続のぞれぞれについて、手続の流れが示され
るとともに、その手続のどの段階で、設定者が使用収益権限・回収権限を喪失するのか、被担保債 2権が消滅するのか、設定者による受戻しができなくなるのか、設定者に対して目的財産を実体的
に引渡請求できることになるのか、が明確にされるべきである。
(2)猶予期間を設ける考え方について
新たな規定に係る担保権の実行方法は、担保権者にとっての利用しやすさが求められる一方、
設定者にとっては、1目的財産の合理的な評価・処分及び相当な清算金の支払の確保に加え、
2目的財産の受戻の機会(倒産局面においては設定者に担保権実行手続の中止命令の申立て
の機会を含む)が確保されることが重要である。1は、目的財産について最も情報・知見をもつ設
定者側が評価・処分の検討の機会を与えることによる、より適切な目的物の評価・処分を可能にす
るものであり、設定者のみならず担保権者にとっても利益となる。したがって、帰属清算方式、処分
清算方式のいずれの場合であっても、評価額等の通知の到達から、被担保債権の消滅、受戻権
の消滅、目的物の引渡請求の効力が生ずるまでの間に、一定の猶予期間(目的財産の評価額の
相当性や担保権者の優先弁済のあり方についての協議期間)を設けるべきとする考え方が有力に
存在する。この考え方を前提に、部会資料 22、第8、3(注 1)の記載がされているが、この考え方
は、動産を目的財産とする帰属清算方式による私的実行の手続についてだけでなく、処分清算方
式による私的実行手続についても検討されるべき考え方である。
したがって、これらの(注 1)の考え方に対するパブリックコメントを求め、今後の法制審部会にお
ける議論の対象とするためにも、部会資料 22、第8、3の(注 1)の考え方については、中間試案の
本文に【案】として記載すべきである。
第2 担保権実行手続中止命令等を発令できる時期の終期(部会資料 22、第 17)
【中間試案への提案】
部会資料 22、第 17、3(注)を、第 17、3において、中間試案の本文の提案の一つに格上げし、
担保権実行手続中止命令等を発令できる時期の終期を、被担保債権の消滅の時と、動産の場合
は、設定者から担保権者・第三取得者への引渡し、債権の場合は債権の回収完了又は第三者へ
の処分の時のいずれか遅い方とする案を新たに設けるべきである。
【理由】
別除権協定締結のための時間の猶予を確保するという担保権実行手続中止命令の趣旨から
すれば、受戻権の消滅時までは担保権実行手続を中止又は禁止ができてしかるべきである。な
お、受戻権がいつ消滅するかについては、私的実行手続がどのように定められるかが関係すると
いう考え方があるが、平時における受戻権の行使と、倒産時における別除権協定や担保権消滅許
可手続とは、必ずしもその目的が同一とはいえないという考え方もあるので、平時における受戻権
行使の終期と、倒産時における担保権実行手続中止命令等の終期を一致させる必要はなく、むし
ろ倒産手続の目的からすれば、平時の受戻権行使の終期よりも後の時期まで、担保権実行手続 3中止命令等を認めることが選択肢の一つであることを明確にして、パブリックコメントを求め、今後
の法制審部会における議論の対象とすべきである。
第3 否認(部会資料 22、第 21)
【中間試案への提案】
部会資料 22、第 21 に関して、新たな規定に係る担保権において、担保権者の主観的要件を不
要とする類型の提案を、中間試案の本文に加えるべきである。
【理由】
個別動産や個別債権の担保目的の範囲への加入行為は、設定者が単独で行うことができるも
のであるが、部会資料 22、第 21 の(1)及び(2)の要件については、担保権者の行為が存在しない
にも関わらず、現行法の偏頗行為否認で求められる担保権者の主観的要件を必要とすべきかどう
かについては、重要な論点となる。よって、現行法の偏頗行為否認の要件とは異なる、担保権者の
主観的要件を不要とする否認類型の提案について、パブリックコメントを求め、今後の法制審部会
における議論の対象とするために、中間試案の本文に記載すべきである。
第4 倒産手続開始申立特約(部会資料 22、第 18)
【中間試案への提案】
部会資料 22、第 18 について、1 と 2 に加えて、3として、設定者についての破産手続開始の申
立てを理由とする場合も、1 と 2 の場合と同様に、同じ内容の条項は無効とする旨の選択肢を設け
るべきである。
【理由】
倒産手続開始申立特約の効力の問題は、再生手続や更生手続による事業継続の視点に限られ
るものではない。倒産開始申立特約の効力は事業の再生に必要な資産を逸出させる点に問題が
あるだけでなく、倒産開始申立特約という当事者間の合意に基づく解除によって売主に取戻権を
発生させて特定債権者だけが完全な満足を受けるという不平等な事態を防止する必要があること
や、契約を履行するかどうかに関する管財人等の選択権を確保して倒産手続を円滑に遂行する必
要があることに照らせば、倒産開始申立特約の効力の問題は、破産手続を含めて管財人等による
契約の履行選択権の付与と理解するのが最も適しているといえる。
このような議論が存在することを前提に、部会資料 17、第3(2)においては、破産手続を含む
「倒産手続」開始申立特約についての提案がされていたが、部会資料22、第 18 においては、(注)
として、再生手続開始の申立て又は更生手続開始の申立て以外の理由で、第 18、1の権利を与え
ることを引き続き検討をすることのみが記載され、議論対象が限定されている。今後の議論の対象 4として、第 18、1 及び 2 のいずれについても、破産手続開始申立てを理由とする場合を含めるべき
かどうかは残っているのであり、パブリックコメントを求め、今後の法制審部会の議論の対象とする
ために、中間試案の本文に、3として、設定者についての破産手続開始の申立てを理由とする場
合も、1 と 2 の場合と同様に、同じ内容の条項は無効とする旨の選択肢を設けるべきである。
第5 ファイナンス・リース(部会資料 19、第 2)
【中間試案への提案】
部会資料 19、第2、1における定義について、「リース借主が、リース貸主に対し、リース物件の
取得の対価の全部又は一部、金利その他の経費等相当額をリース料として支払う債務を負い、リ
ース借主がリース物件に対して有する利用権を目的として、リース貸主が、リース料債権を被担保
債権とする担保権を有すること」と修正するなどすべきである。
また、倒産手続開始後は、リース契約の債務不履行解除による担保権の実行を認めない旨の
新たな提案を設けるべきである。
【理由】
(1) ファイナンス・リースの定義
ファイナンス・リース契約は実務においては広く利用されており、倒産手続ではこれを担保権(別
除権や更生担保権に係る担保権)として取り扱うことが定着しているので、民法上に定義規定を設
定することが望ましい。また、完全なフルペイアウト方式のファイナンス・リースのみを担保権として
定義するのではなく、一定の残価があったとしても性質上担保権とされるべきものについての議論
をするために、フルペイアウト方式に限定しない定義を提案すべきである。
(2) 担保実行と債務不履行解除の関係
担保権実行手続とは別に、リース契約の債務不履行解除の効力を倒産手続開始後に認めると、
リース貸主は倒産手続開始後に別除権のみならず取戻権を有すると解される余地を認めることと
なり、その効力をどのように制限すべきかについて新たな議論が必要となる。したがって、このよう
な論点を明確にするために、倒産手続開始後は、リース契約の債務不履行解除による担保権の実
行を認めない旨の新たな提案を設けるべきである。
第6 事業担保権(部会資料 18)
【中間試案への提案】
部会資料 18 において提案する事業担保制度については、別のフォーラムで議論すべきである。
仮に、民法における担保法制として事業担保制度を新設するとしても、その制度の必要性につ
いて明確な説明を行うとともに、設定者に倒産手続開始原因があるか否かによって場合分けを行う
など、事業担保権の内容や実行手続を具体的に提案して、パブリックコメントに対して的確な意見 5を述べることができるように中間試案の提案を明確にすべきである。
【理由】
(1) 事業担保制度への総論的な疑問
事業担保制度については、これまでにない強力な担保制度であり、そのような制度の必要性や
事業担保権制度は有形資産を持たない事業者が資金調達をしやすくする目的があると説明される
が、特にスタートアップの企業においては、キャッシュフローが不安定なうえ、担保実行により事業
全体を取られてしまうということに強い抵抗感も予想され、他方で、株式担保やコンバーティブル・ノ
ートといった代替手段もあり、事業担保権を設けたとしても、資金調達に資するものではない。ま
た、有形資産を有さない中小企業について、その事業評価がどのように算定されるのか明らかでな
く、過剰担保の問題や、事業担保権の設定を受けた金融機関との間の取引に事実上拘束されるこ
とにより中小企業にとって有利な条件での金融取引を行う機会が奪われる懸念がある。このように
事業担保権は、そもそもその立法事実の内容が不明であり、基本的には事業担保制度には反対
である。
仮に事業担保権を導入するとしても、過剰担保や制度の濫用防止の観点から、設定者や担保
権者の範囲に一定の制限を設けるべきであり、それ故、一般法に向いておらず、特別法とすべき
であるから、法制審ではなく別のフォーラムで議論すべきである。
仮に、中間試案において事業担保権を提案するのであれば、その制度の必要性や制度目的を
具体的に明確に説明すべきである。
(2) 倒産手続との関係
事業担保権を導入する場合、事業担保権の実行によって、債権者を含む広く利害関係人の権
利義務の調整を目的の一つとする倒産手続の規律の潜脱を認めるべきでない。したがって、事業
担保権の設定者に倒産原因がある場合か否かによって区別し、また、事業担保権の設定行為自
体が否認権行使の対象となる場合の否認の可否やその手続も含めて、事業担保権の実行手続が
議論されなければならないが、これまでの法制審の議論においては、それらの点が不明瞭と言わ
ざるを得ない。事業担保権の提案に対してパブリックコメントを求める際には、前提として事業担保
権の内容や実行手続について、共通の理解が得られるような具体的提案でなければ、パブリックコ
メントに対して的確な意見を述べることができず、パブリックコメントを求める意味がないこととなる。
したがって,仮に、中間試案において事業担保権の提案を残すとしても、中間試案の内容として、
事業担保権の内容及び実行手続(設定者について倒産原因がある場合とない場合とを区分する
ことや、事業担保権の設定自体に対する否認権行使の可否や手続を含めて)についての明確な
提案がされる必要がある。
以上

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