- 1 -
論文式試験問題集[民事系科目第1問]
- 2 -
[民事系科目]
(配点:100〔 、 及び の配点は、50:30:20〕)
〔第1問〕 〔設問1〕 〔設問2〕 〔設問3〕
次の各文章を読んで、後記の 、 及び に答えなさい。
〔設問1(1)・(2)〕 〔設問2〕 〔設問3〕
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されて
いる法令に基づいて答えなさい。
【事実I】
1.個人で事業を営んでいるAは、その所有する甲土地を売却することとした。
2.令和2年3月20日、不動産取引の経験がなかったAは、かつて不動産業に携わっていた友
人のBに甲土地の売却について相談をした。甲土地の登記記録には、弁済によって被担保債権
が既に消滅した抵当権の設定登記が残っていたことから、Bは、甲土地の売却先を探してみる
が、その前に抵当権の登記を抹消してあげようと申し出、Aはこれを了承した。
【事実II】
前記【事実I】の1と2に続いて、以下の事実があった。
3.Bは、自身が負う金銭債務の弁済期が迫っていたため、甲土地を自己の物として売却し、そ
の代金を債務の弁済に充てようと考えた。
4.令和2年4月2日、Bは、Aに対し、抵当権の抹消登記手続に必要であると偽って所有権移
転登記手続に必要な書類等の交付を求め、Aは、Bの言葉を信じてこれに応じた。Bは、Aが
甲土地をBに3500万円で売却する旨の契約(以下「契約1」という。)が成立したことを
示す売買契約書を偽造し、同契約書とAから受け取った書類等を用いて、同月5日、甲土地に
つき、抵当権の抹消登記手続及びAからBへの所有権移転登記手続をした。
5.令和2年4月20日、Bは、甲土地を4000万円でCに売却する旨の契約(以下「契約2」
という。)をCとの間で締結した。Cは、契約2の締結に当たり、甲土地の登記記録を確認し、
Bが甲土地を短期間のうちに手放すことになった経緯につきBに尋ねたところ、Bは、「知ら
ない人と契約を交わすのを不安に感じたAの意向で、いったん友人である自分が所有権を取得
することになった」旨の説明をした。
6.令和2年4月25日、CからBへの代金全額の支払と、甲土地につきBからCへの所有権移
転登記がされた。
〔設問1(1)〕
【事実I】及び【事実II】(1から6まで)を前提として、令和2年5月1日、CがAに対して
甲土地の引渡しを請求した。Aはこれを拒むことができるか、論じなさい。
【事実III】
前記【事実I】の1と2に続いて、以下の事実があった(前記【事実II】の3から6までは存在
しなかったものとする。)。
7.令和2年4月2日、Aは、知人のDから甲土地を4000万円で購入したいとの申出を受け、
この額が時価相当であったことから、Dに売却することを決めた。Aは、同日、Bに対して、
甲土地の売却先を探してもらう必要はなくなったが、抵当権の抹消登記手続については急いで
ほしい旨を述べ、Bはこれを了承した。
8.Aは、事業の不振により債務超過に陥っていたことから、Dに対し、登記手続は来月になっ
てしまうが、売買契約の締結と代金の授受は早々にさせてほしいと懇請し、Dはこれに応じた。
令和2年4月5日、Aが甲土地を4000万円でDに売却する旨の契約(以下「契約3」とい
- 3 -
う。)がAとDとの間で締結され、代金全額がDからAに支払われた。なお、甲土地は、Aが
所有する唯一のめぼしい財産であった。
9.令和2年4月8日、Bは、Aが甲土地を売却した相手が、かねてより恨みを抱いているDで
あることを知って、契約3を阻止し、Dに損害を与えようと考えた。Bは、Aに対して、今後
継続的にAの事業を支援するから、甲土地は自分に2000万円で売ってほしいと述べた。A
は、今後のBからの支援に期待をかけ、Bの申出を受けることにした。
10.令和2年4月12日、Aは、甲土地を2000万円でBに売却する旨の契約(以下「契約4」
という。)をBとの間で締結した。同月15日、BからAに代金全額が支払われ、甲土地につ
き抵当権の抹消登記及びBへの所有権移転登記がされた。
11.令和2年5月8日、Bは、甲土地を4000万円でCに売却する旨の契約(以下「契約5」
という。)をCとの間で締結した。同月10日、CからBへの代金全額の支払と、甲土地につ
きCへの所有権移転登記がされた。なお、Cは、契約5の締結に当たり、契約3の存在やAが
十分な資力を有していないことについてBから説明を受けていたが、BにDを害する意図があ
ったことは、Cへの所有権移転登記がされた後も知らないままであった。
〔設問1(2)〕
【事実I】及び【事実III】(1、2及び7から11まで)を前提として、令和2年6月1日、Dは、
Cに対し、甲土地につき、Dへの所有権移転登記手続をするよう請求し(以下「請求1」という。)、
それができないとしても、Aへの所有権移転登記手続をするよう請求した(以下「請求2」という。)。
これらの請求は認められるか、請求1及び請求2のそれぞれについて論じなさい。
【事実IV】
12.令和3年3月、Fは、その所有する乙建物を、期間5年、賃料月額30万円でGに賃貸する
契約(以下「契約6」という。)をGとの間で締結し、Gに引き渡した。
13.令和3年5月31日、Fは、Hから1000万円を弁済期を2年後とする約定で借り受け、
その借入金債務(以下「債務α」という。)を担保する目的で乙建物をHに譲渡する契約(以
下「契約7」という。)をHとの間で締結した。契約7において、Fが債務αの弁済期が経過
するまで乙建物の使用収益をする旨が合意された。同年6月5日、契約7に基づき、乙建物に
つきHへの所有権移転登記がされた。
14.Gは、その後もFに対して契約6に基づく賃料を支払っていたが、令和5年5月、乙建物に
つきHへの所有権移転登記がされていることを知り、賃料を支払わなくなった。
15.Fは、債務αの弁済期経過後もその弁済をしないまま、令和5年7月、債務αの弁済期経過
前に発生した同年5月分の賃料と弁済期経過後に発生した同年6月分の賃料の支払をGに請求
した(以下「請求3」という。)。Gは、「ア乙建物がHに譲渡されたので、Fに対して賃料
を支払う必要はない。」と述べて支払を拒んだ。Fは、「イHへの所有権移転登記がされてい
るが、これは契約7に基づくものであって、賃貸人の地位が直ちにHに移転する効果を生ずべ
き譲渡があったわけではない。ウ仮にそのような譲渡があったとしても、債務αの弁済期が経
過するまでFが乙建物の使用収益をする旨の合意があるから、賃貸人の地位は自分に留保され
ている。」と反論した。
16.Hは、請求3の時点で、契約7に基づく担保の実行も、乙建物の第三者への処分もしていな
い。
〔設問2〕
【事実IV】(12から16まで)を前提として、次の問いに答えなさい。
下線部アイウの各主張の根拠を説明した上で、Fの反論の当否を検討し、請求3が認められる
- 4 -
か、論じなさい。その際、令和5年5月分と6月分とで結論に違いが生じ得るかにも留意しなさ
い。
【事実V】
17.Kは、別荘とその敷地(以下併せて「丙不動産」という。)を所有していた。Kには子Lが
いたが、Kは、姪のMを幼少の頃からかわいがっていたことから、令和6年1月17日、Mとの
間で「Kが死亡したときには、丙不動産をMに与える」旨の贈与契約(以下「契約8」という。)
を書面で締結した。
18.令和8年2月頃よりKとMの関係が悪化した。
19.令和8年10月1日、Kは、丙不動産をN県に遺贈する旨を記した適式な自筆証書遺言を作
成し、同日、LとN県にその内容を通知した。
20.Kは、令和9年5月1日に死亡した。Kの相続人はLのみであった。
21.丙不動産の所有権の登記名義人はKのままであった。令和9年8月20日、Mは、Lに対し、
契約8に基づき丙不動産のMへの所有権移転登記手続を求めた(以下「請求4」という。)。
これに対し、Lは、「エ契約8は、その後にKがN県に丙不動産を遺贈する遺言をしたことに
より、撤回されたはずである。」と主張してこれを拒んだ。
〔設問3〕
【事実V】(17から21まで)を前提として、次の問いに答えなさい。
下線部エの主張の根拠を説明した上で、考えられるMからの反論を踏まえ、請求4が認められ
るか、論じなさい。
- 1 -
論文式試験問題集[民事系科目第2問]
- 2 -
[民事系科目]
〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、35:35:30〕)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、平成10年(1998年)4月に設立され、首都圏
においてドラッグストアを営む会社法上の公開会社ではない取締役会設置会社である。また、乙
株式会社(以下「乙社」という。)は、医薬品、化粧品及び日用品等の企画、製造及び販売の業
務を営む会社法上の公開会社ではない取締役会設置会社である。
2.甲社と乙社の間に資本関係はなく、下記3のとおり、甲社の取締役のうち1名が乙社出身であ
るほかは、役員の兼任等の人的関係もない。乙社は、甲社から甲社が経営する店舗で販売する商
品の製造の委託を受けており、その売上が乙社の売上総利益の約50パーセントを占めている。
乙社が製造する商品には「乙」の名称が入った登録商標Pが使用されている。
3.甲社では、設立以来、A、Aの親族及び乙社出身者を中心に取締役会が構成され、令和3年
(2021年)4月の時点では、Aが代表取締役、B(Aの弟)、C(Aの長女)、D(乙社出
身者)及びE(Aの親族でも乙社出身者でもない)が取締役を務めていた。
甲社の取締役の任期については、その定款において、当初、選任後2年以内に終了する事業年
度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとされていたところ、平成22年(2
010年)6月に開催した定時株主総会において、その期間を選任後10年以内に終了する事業
年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までと変更された。もっとも、乙社出身
の取締役については、上記定款変更の前後を問わず、選任から4年で退任するのが慣例となって
いた。
甲社の発行済株式総数は10万株であり、Aが4万株、B及びCがそれぞれ2万株を保有し、
残りを甲社の従業員複数で保有している。
4.Dは、大学を卒業してから35年間にわたって乙社で勤務し、57歳になった平成30年(2
018年)3月、Aから甲社の取締役になるように誘われた。その際、Aは、Dに対し、乙社出
身の取締役は従前より4年ごとに交代していることを説明した。Dは、乙社の就業規則に定年が
60歳と定められていたことから、Aに対し、「61歳まで甲社の取締役を務めた方がより長く
安定した収入が得られるので、引き受けます。」と述べ、Aの誘いに応じた。Dは、同年5月3
1日に乙社を退職し、同年6月20日に開催された甲社の定時株主総会において、取締役に選任
された。Dの前任の乙社出身の取締役は、選任から4年が経過した上記定時株主総会の日に辞任
した。
Dは、甲社の常勤取締役として、甲社から役員報酬として月40万円の支払を受けていた。ま
た、Dには他の収入はなかった。
5.Aは、令和2年(2020年)3月、Dに対し、「次の株主総会で取締役の選任から2年にな
る。そろそろ折り返し地点なので、乙社出身の後任者を探してほしい。」と述べたところ、Dは、
「定款に定められた任期を満了するまで取締役を務めたいので、まだ後任者を探すつもりはな
い。」と答えた。
その頃、Aは、東北地方にも新規店舗を設けて甲社の事業の拡大を図ろうとしていた。東北地
方への進出は、Aの先代が果たせなかったものであり、B及びC(以下、A、B及びCを総称し
て「Aら」という。)も達成すべきものであると考えていた。これに対し、Dは、丙株式会社と
の競争に伴う値下げによって2年連続営業損失を計上していることを理由に事業の拡大には反対
であり、Aらとの間で意見が対立していた。
6.Aは、令和2年(2020年)4月、他の取締役らに対し、「取締役の任期を1年に短縮する
ことで、信任を得る機会を多くし、取締役の業務に緊張感を持たせたいから、次の定時株主総会
- 3 -
でその旨の定款変更を行いたい。」と提案した。Dは、東北地方への進出に反対したことから、
自分を追い出すためにするものではないかと疑って上記提案に反対した。しかし、甲社の取締役
会は、D以外の取締役らの賛成により、同年の定時株主総会において、1定款変更を議題とし、
取締役の任期を選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終
結の時までとする旨の議案を提出すること、2取締役の選任を議題とし、A、B、C、D及びE
を取締役に選任する旨の議案を提出することを決めた。なお、A、B、C及びEは、いずれも平
成22年(2010年)の定時株主総会において取締役に選任されていた。
7.甲社の定時株主総会は、令和2年(2020年)6月25日に開催され、計算書類の承認等の
ほか、上記61の定款変更議案及び上記62のうちA、B、C及びEを取締役に選任する旨の議
案がAらの賛成により可決されたが、上記62のうちDを取締役に選任する旨の議案は、Aらの
反対により否決された。
〔設問1〕 Dは、一連の経緯により甲社の取締役の地位を失ったことは実質的な解任であって不
当であり、甲社に対して会社法上の損害賠償責任を追及しようと考えている。Dの立場において
考えられる法律構成及び損害に関する主張並びにそれらの当否について、論じなさい。なお、上
記6及び7の定時株主総会の招集の手続及び議事は、適法であったものとする。
8. 乙社は、令和2年(2020年)に入ってから業績が悪化するようになった。同年1月末日の
時点では資産1億円、負債5000万円、資本金2000万円であったところ、現預金の流出が
続くなどして、令和3年(2021年)10月1日の時点では、資産6000万円、負債400
0万円、資本金2000万円となった。
9.乙社は、令和2年(2020年)6月までに株式会社丁銀行(以下「丁銀行」という。)から
複数回にわたって融資を受けており、令和3年(2021年)6月末日の弁済期日を経過した同
年10月1日の時点で合計3000万円の残債務があった。
10.乙社の代表取締役Fは、業績の悪い事業を譲渡しようと考え、令和3年(2021年)9月頃
から、関西地方でスーパーマーケットを営む会社法上の公開会社ではない取締役会設置会社であ
る戊株式会社(以下「戊社」という。)と交渉を始めた。乙社及び戊社は、同年10月1日、必
要な手続を経た上で、乙社が戊社に日用品製造販売事業を譲渡する旨の契約を締結した(以下、
この事業譲渡を「本件事業譲渡」といい、この契約を「本件事業譲渡契約」という。)。
11.本件事業譲渡契約においては、乙社の日用品製造販売事業の資産と負債(日用品製造販売事業
に従事する従業員との間の雇用契約を含む。)が対象とされ、その対価は4000万円とされた。
また、戊社の代表取締役Gは、本件事業譲渡契約を締結するに当たり、上記8及び9の事実をF
から知らされていた。
12.戊社は、本件事業譲渡の約3年後、下記14の問題点が発覚したことにより、その事業年度の決
算において、乙社から譲り受けた日用品製造販売事業の資産について多額の評価損を計上すると
ともに、多額の負債を計上した。
13.本件事業譲渡契約が締結された経緯の詳細は、下記14から17までのとおりであった。
14.会社やその事業の買収を行う場合には、買収の対象となる会社又は事業の業績、資産、財務状
態及び法律上の問題点等の調査(以下「デュー・ディリジェンス」という。)を行うことが実務
上広く行われている。しかし、戊社は、本件事業譲渡の際に、乙社の日用品製造販売事業につい
てデュー・ディリジェンスを実施しなかった。もし、デュー・ディリジェンスを行っていれば、
乙社の日用品製造販売事業の在庫の価値が落ちていること、その製品に知的財産権上の問題があ
ること等の問題点を発見することができ、本件事業譲渡契約を締結しなかったか、仮に締結して
いたとしても、その対価は1000万円以下となるはずであった。
15.戊社の取締役でそのメインバンク出身であるHは、本件事業譲渡について検討されていること
- 4 -
を知ってから、乙社とも取引のあった出身銀行の知人に乙社のことを尋ねたところ、「日用品製
造販売事業はうまくいっているとはいえず、在庫の価値が下落している可能性がある上に、知的
財産権等の管理もいい加減であるから気を付けた方がよい。」との回答を得た。そこで、Hは、
知人の弁護士に確認したところ、「事業の買収を行う場合には常にデュー・ディリジェンスが必
要とまではいえないものの、そうした事情がある場合は行った方がよい。」との回答を得た。そ
のため、Hは、戊社の代表取締役Gに対し、上記の回答内容を伝えた上で、本件事業譲渡には慎
重になるべきであり、デュー・ディリジェンスを行うべき旨を指摘した。
16.Hの指摘にもかかわらず、デュー・ディリジェンスが行われなかったのは、次の事情による。
すなわち、甲社は、戊社の総株主の議決権の60パーセントを有する親会社であり、戊社の取締
役5名のうちG及びIの2名は、かつて甲社の従業員であった。甲社の代表取締役Aは、戊社の
代表取締役Gに対し、「乙社の日用品製造販売事業が立ちゆかなくなると甲社の事業に大きな影
響が及ぶため、本件事業譲渡を迅速に進めてほしい。これが実現しなければ、GとIの取締役の
再任はない。」と述べた。その後に行われた本件事業譲渡の交渉において、Aの意向を知ってい
た乙社の代表取締役Fは、Gに対し、「乙社の主要ブランドを譲渡するのであるから、相応の対
価とすべきである。1か月程度で交渉がまとまらないのであれば別の譲渡先を探すか、最悪の場
合には乙社の法的整理も検討するつもりである。」と述べた。これらのやり取りを踏まえ、Gは、
上記15の事実の下でもデュー・ディリジェンスを省略して交渉に当たるのもやむを得ないと判断
し、Fの主張を受け入れて上記11の内容で本件事業譲渡契約を締結した。
17.戊社の取締役会は、令和3年(2021年)10月1日に開催されたところ、Hは、その必要
性が見いだせない上にデュー・ディリジェンスを行っていないことを理由に反対する旨の意見を
表明した。他の取締役から説明を求められたGは、「乙社の日用品製造販売事業を救わないと、
甲社の主力商品の1つが欠けることになり、甲社を中心とした我がグループに大きな不利益が及
ぶ。戊社の売上総利益の約50パーセントは甲社との取引に由来するものであるため、単純に乙
社の日用品製造販売事業だけを見て本件事業譲渡に反対するのは適切ではない。」と説明した。
その後、戊社の取締役5名のうち甲社出身のGとIは自ら退席し、残りの3名の取締役によって
審議が行われ、Hを除く2名の取締役の賛成により、本件事業譲渡契約を締結することが決定さ
れた。
〔設問2〕 戊社の少数株主であるJは、株主代表訴訟を提起して、Gに対し、本件事業譲渡契約を締
結する旨の判断をして実行したという一連の経緯について、会社法上の損害賠償責任を追及しようと
考えている。Jの立場において考えられる主張(損害に関する主張を含む。)及びその当否について、
論じなさい。なお、株主代表訴訟は、適法に提起されたものとする。
下記18以下においては、上記11から17までの事実は存在せず、上記10のとおり、必要な手続を経て本
件事業譲渡契約が締結されたことを前提として、〔設問3〕に答えなさい。
18.本件事業譲渡契約においては、乙社の日用品製造販売事業の業績が低下していたことから、その資
産(日用品製造販売事業に従事する従業員との間の雇用契約を含む。)が対象とされ、負債は対象と
されなかった。また、本件事業譲渡契約が締結された令和3年(2021年)10月1日の時点での
乙社の日用品製造販売事業の資産の簿価は4000万円であったが、戊社が「専門家を交えた調査の
結果によれば簿価どおりの資産価値がない可能性がある。」と主張し、乙社も早く現金を手にしたい
と考えていたことから、本件事業譲渡契約の対価は、2000万円とされた。
19.また、乙社及び戊社は、本件事業譲渡契約において、乙社が戊社に対して登録商標Pの使用を認め
ることに合意した。これは、乙社が使用してきた登録商標Pとこれに含まれる「乙」が日用品のブラ
- 5 -
ンドとして確立し、消費者には登録商標Pが乙社を示すものと受け取られており、業績が悪くなった
とはいえ顧客誘引力が残っているからであった。
なお、乙社は、登録商標Pを使用した商品を製造して卸売を行うだけであり、これまでに消費者等
に直接販売したことはなかった。また、戊社は、関西地方でスーパーマーケットを営んでおり、これ
までに乙社の商品を扱ったことはなく、その商号や経営する店舗の名称に「乙」の文字や登録商標P
に含まれる文字と共通するものを使用したことはなかった。
20.戊社は、本件事業譲渡の完了後、経営するスーパーマーケットの店舗内において、登録商標Pを描
写した看板を複数の入口に掲げて、登録商標Pを使用した日用品を販売した。また、戊社は、自社の
ウェブサイトにおいて、「Pが新たに生まれ変わり、当店で扱うことになりました。」との宣伝を掲
載し、そこには登録商標Pも掲載されていた。戊社が扱っている登録商標Pが使用された日用品のう
ち6割程度は、従来、乙社が登録商標Pを使用して販売していたものと同じ商品であった。
21.乙社の業績は、その後も改善しないことから、丁銀行に上記9の残債務を弁済することができなく
なった。そこで、乙社は、令和4年(2022年)5月、丁銀行に対し、その旨を通知した。
〔設問3〕 丁銀行が戊社に対して乙社の残債務の弁済を請求できるかについて、論じなさい。
- 1 -
論文式試験問題集[民事系科目第3問]
- 2 -
[民事系科目]
(配点:100[ から までの配点の割合は、45:30:25])
〔第3問〕 〔設問1〕 〔設問3〕
次の文章を読んで、後記の から までに答えなさい。
〔設問1〕 〔設問3〕
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されて
いる法令に基づいて答えなさい。また、商号のうち「株式会社」は省略して差し支えありません。
【事 例】
1.動画コンテンツの企画・制作を行う会社(商号「株式会社Mテック」)(この会社は平成30年5
月21日に設立された。以下、この会社を「甲」という。)の設立者で代表取締役であるAは、事務
所の移転先を検討していたところ、都内に雑居ビルを所有するXを知人から紹介された。Xが同ビル
の4階部分(以下「本件事務所」という。)を勧めるとAは即決し、令和2年4月10日、Xは甲と
の間で、賃料を月額30万円、毎月末日に翌月分を支払う、期間を2年とすることを主な内容とする
賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。同月14日、Aは、本件事務所の所在
地を甲の本店とする本店移転の登記をし、Xにその旨を伝えた。
2.移転後の甲の業績は当初好調であったが、令和2年10月頃から徐々に業績が悪化し、運転資金に
不足が生じるようになった。賃料の支払が滞り、令和3年3月の時点で賃料の未払は3か月に及んだ。
Xは、同年3月10日、甲に対し、3月末日までに未払賃料の全額を支払うように催告するとともに、
その支払がなければ、本件賃貸借契約を解除するとの意思表示をし、訴えを提起して明渡しを求める
旨を内容証明郵便で通知した。甲は、期間内に未払賃料を支払わなかった。Aは、Xの訴えを空振り
させて時間稼ぎができるように一計を案じ、同年4月2日、まず甲の商号を「株式会社Gテック」に、
代表取締役をAの配偶者であるBに変更し、商号の変更等の登記をした。さらにAは、同日、代表取
締役をA、商号を「株式会社Mテック」とする株式会社を設立し、設立の登記をした(以下、新設さ
れた会社を「乙」という。)。乙の商業登記簿上の本店所在地、目的等は甲のそれと同一であった。
3.Xは、令和3年4月20日、Aによる一連の行為を知らぬまま、本件事務所の所在地を住所とする
「株式会社Mテック」を被告として表示し、請求の原因として、(1)原告は、被告との間で、令和2年
4月10日に本件事務所につき賃貸借契約を締結した、(2)原告は、同日、本件事務所を被告に引き渡
した、(3)原告は、被告が令和3年1月分以降の賃料を支払わないため、催告の上同契約を解除した(以
下省略)旨を記載した訴状を作成し、賃貸借契約の終了に基づき、本件事務所の明渡しを求める訴え
を提起した(以下、この訴えに係る訴訟手続を「本件訴訟」という。)。なお、訴状には、同年4月
16日に発行された乙の代表者事項証明書が附属書類として添付されていた。代表者事項証明書には、
会社の商号、本店所在地、法人番号、代表者の資格、氏名及び住所の記載はあるが、会社の設立年月
日については記載がないため、Xは、乙を甲と誤認していた。
4.第1回口頭弁論期日の呼出状を受領したAは、Xの請求を棄却するとの判決を求める旨を記載した
答弁書を提出したものの、同期日には出頭しなかった。なお、答弁書には、請求の原因に対する認否
につき、「追って認否する。」とのみ記載されていた。
5.第2回口頭弁論期日に出頭したAは、請求原因事実(1)、(2)及び(3)を認める旨の陳述をした。その際、
Aは、同年4月2日付けで行われた甲の商号変更及び新会社乙の設立については一切明らかにしなか
った。裁判所は、以上の経過を踏まえて口頭弁論を終結し、判決の言渡期日を指定した。
6.ところが、Aは、判決の言渡期日の直前に、(1)本件訴訟に係る訴えの提起時において「株式会社M
テック」は乙の商号であるから被告は乙である、(2)乙はXとの間で本件賃貸借契約を締結していない、
(3)第2回口頭弁論期日におけるXの主張を認める旨の陳述は事実に反するからこれを撤回する、(4)被
告たる乙はXに対していかなる債務も負わないからXの請求は棄却されるべきである、として口頭弁
- 3 -
論の再開を申し立てた。再開された第3回口頭弁論期日において、Aは、上記と同旨の主張をし、(1)
の証拠として、乙の全部事項証明書を提出した。全部事項証明書には、乙の設立年月日が記載されて
いる。裁判所は、Xに対し、対応について検討するように指示し、次回期日を指定した。
以下は、裁判官Jと司法修習生Pとの間の会話である。
J:本件訴訟の被告に疑義が生じていますから、裁判所としては被告を確定しなければなりません。
当事者の確定の基準については様々な見解がありますが、ここでは、本件訴訟の被告が甲となる
ような見解、乙となるような見解をそれぞれ一つ取り上げ、これらの見解に従って、被告を甲又
は乙と確定することができることをそれぞれ論じてもらえますか。これを「課題1」とします。
P:承知しました。
J:次に、仮に被告を乙と確定した場合について、裁判所は、第2回口頭弁論期日における乙の代
表者としてのAの陳述につき、自白が成立していると取り扱うべきか、仮に自白が成立している
とすると、再開後の第3回口頭弁論期日における自白の撤回をどのように取り扱うべきかを検討
してください。これを「課題2」とします。なお、最高裁判所昭和48年10月26日第二小法
廷判決・民集27巻9号1240頁(以下「最判昭和48年」という。)は、新旧会社が実質的
に同一という事案において、新会社が旧会社と別人格であることを信義則によって実体法上否定
し、新会社は旧会社の責任を負うべきものとしましたが、課題1及び課題2について最判昭和4
8年を考慮する必要はありません。
〔設問1〕
あなたが司法修習生Pであるとして、Jから与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
【事 例(続き)】
7.第3回口頭弁論期日後、本人訴訟を続けることに不安を覚えたXは、相談のため弁護士Lの事務所
を訪問した。Lは、事件の経過を一通り確認し、本件訴訟の被告が甲と確定される可能性は必ずしも
高くはないとの見方を示した。Xは、Lの指摘を踏まえ、甲に対する給付判決を得て、本件事務所の
明渡しを実現したい旨をLに伝え、対処法の検討を依頼した。
以下は、弁護士Lと司法修習生Qとの間の会話である。
L:Xは、甲に対する給付判決を得たいとのことですが、本件訴訟の被告が乙と確定されることを
前提とした場合に、Xにとって便宜な手段はありますか。
Q:甲を被告に追加する主観的追加的併合を申し立てることが考えられます。もっとも、最高裁判
所昭和62年7月17日第三小法廷判決・民集41巻5号1402頁(以下「最判昭和62年」
という。)は、この場合につき、仮に新旧両訴訟の目的たる権利又は義務につき現行の民事訴訟
法(以下「法」という。)第38条所定の共同訴訟の要件が具備する場合であっても、新訴が法
第152条1項の適用をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできない旨
判示しました。最判昭和62年によれば、甲に対して別訴を提起し、裁判所の裁量により弁論が
併合されるのを待つしかないと思います。
L:基本はそのとおりですが、本件訴訟においてXが被告の追加を求めるに至った原因が、甲が被
告にならないように乙を設立して甲の旧商号を乙に使用させたAの一連の行為にあるとしますと、
Xには主観的追加的併合を求めるだけの理由があると思います。それでも最判昭和62年と同様
に考えるべきでしょうか。
Q:最判昭和62年が主観的追加的併合を認めた場合の問題として指摘したのは、主として次の4
点に整理できると思います。第1に、新たな当事者に対する別訴(新訴)に対し、係属中の訴訟
- 4 -
(旧訴訟)の訴訟状態を当然に利用できるとは限らないので、訴訟経済に資するとはいえないこ
と、第2に、全体として訴訟を複雑化させる弊害が予測されること、第3に、訴訟の途中で被告
の間違いや被告の脱漏が判明しても、原告は被告を追加できるため、軽率な提訴等が誘発される
おそれがあること、第4に、新訴の提起の時期いかんによっては訴訟の遅延を招きやすいことで
す。
L:そうですね。では、これらの4点を踏まえ、甲を被告に追加するXの申立てが認められるよう
に立論してもらえますか。これを「課題」とします。
〔設問2〕
あなたが司法修習生Qであるとして、Lから与えられた課題について答えなさい。
【事 例(続き)】
8.本件訴訟の被告は乙と確定された。そこで、Xから訴訟委任を受けたLは、甲を被告として、本件
賃貸借契約の終了に基づき、本件事務所の明渡しを求める訴えを提起した。第1回口頭弁論期日に出
頭したBは、令和3年1月15日、甲はXとの間で賃料の支払猶予につき協議し、支払が遅れた賃料
及びその後2か月分の賃料の支払を猶予する旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立したため、
Xは本件賃貸借契約を解除することはできないと主張し、「賃料支払猶予合意書」と題する電子ファ
イル(以下「本件合意書」という。)を保存したUSBメモリを証拠として申し出た。Bの説明によ
れば、本件合意書は、Aがコンピュータで賃貸人記名欄を未入力にした原案を作成し、Xに対し電子
メールで送信し、Xが内容を確認した上で賃貸人記名欄に氏名及び住所を入力して完成させた後、U
SBメモリに保存し、Aに渡されたものとのことである。これに対し、Lと共に出頭したXは、本件
合意の成立を否認し、本件合意書は知らないと反論した。
以下は、裁判官Jと司法修習生Pとの間の会話である。
J:Bが証拠として申し出たUSBメモリは、情報を電磁的に記録する媒体であり、情報の読み出
しにはコンピュータやプリンター等の出力機器が不可欠ですから、新種証拠と呼ばれます。Xが
本件合意の成立を否認している以上、USBメモリを取り調べる必要があります。新種証拠の証
拠調べの方法をめぐっては、見解の対立がありますが、電磁的記録媒体のうち録音テープ及びビ
デオテープについては法第231条により立法的に解決されました。これに対し、USBメモリ
のようなコンピュータ用の記録媒体は、同条に挙がっていないため解釈が必要です。良い機会で
すから、この種の記録媒体の取り調べは書証によるべきであるとの見解に立って、同条をUSB
メモリに適用することができることを論証してもらえますか。
P:USBメモリは、法第231条の「情報を表すために作成された物件で文書でないもの」に該
当し、同条を適用することができる理由を明らかにせよということですね。
J:そのとおりです。ただし、論証する際には、まず「文書」を定義して、USBメモリが「文書
でないもの」に当たることを論証してください。その上で、USBメモリを録音テープ等と同様
に取り調べることが許容される理由を明らかにしてください。以上を「課題」とします。
〔設問3〕
あなたが司法修習生Pであるとして、Jから与えられた課題について答えなさい。

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /