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論文式試験問題集[公法系科目第1問]
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[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
X県公立大学法人が運営する県立X大学では、かねてより、地域経済の振興に貢献する研究の推
進・人材の育成に力を入れており、その中核となる組織としてA研究所を設置している。A研究所
にはX大学の各学部の教員のうち、学部の推薦に基づき特に優れた研究業績があると認められた者
が研究員として所属している。A研究所は、「地域経済の振興に資する研究活動を支援する」こと
を目的に、研究員の申請に基づき、年100万円の研究助成金を交付する制度を設けている。研究
員はこれまで全員が毎年研究助成金を交付され、そうした手厚い支援の下でそれぞれの専門分野の
研究を行うとともに、その成果を踏まえた教育を各学部の教員として行ってきた。X県には有名企
業の製造拠点が複数あり、地域経済の原動力となってきたことから、X県はそれらの企業に積極的
な支援を行っており、A研究所においても、県の産業政策の根拠となる研究が進められてきた。
地域経済を研究しているX大学B学部教授Yは、A研究所に研究員として所属し、研究助成を受
けて研究・教育に当たってきた。Yは、持続可能な地域経済の在り方を研究する中で、X県の自然
環境をいかした農業や観光業などに力を入れていくことが必要であると考えるようになり、かかる
観点から学術論文を積極的に発表するようになった。丁寧な実地調査とデータ分析に基づき地域経
済の構造転換の必要性を主張するYの論文は、国内外の学界で高い評価を得た。
Yは、環境保護運動にも強く関与するようになり、地域で環境保護運動を進める団体Cを設立し
て、自らその代表となった。団体Cは、X県の自然環境の保全を訴え、工業団地への企業誘致など
X県が進めてきた産業政策を、環境を犠牲に産業振興を図っているなどとして批判する活動をも展
開していた。著名な研究者であるYによるこうした活動は、広く社会的な注目を集めた。Yはまた、
研究成果を発信するためにA研究所のサーバー上に開設している自身のウェブサイト「Y研究室」
において、団体Cの活動を記録した動画と、X県の産業政策に対する批判的なコメントを掲載した。
動画には、Yを含む団体Cの構成員が、X県の産業政策の推進に熱心な県議会議員Dらと県庁前で
激しく口論する様子や、Yが、環境保護に熱心に取り組む県議会議員らと団体Cの集会で対談する
様子などが含まれていた。
202*年、団体Cは、自己の資金を用いて、学生や一般市民を読者として想定した、X県にお
ける環境保護の必要性を訴えるブックレット『持続可能な地域社会の未来に向けて―今こそ政策を
転換すべきとき』を刊行した(以下「ブックレット」という。)。ブックレットでは、編者である
Yのほか、X県各地で活動する団体Cの構成員らもそれぞれ一章を担当し、それぞれの活動を紹介
するとともに、X県の産業政策を厳しく批判する論考を執筆していた。X県を中心に発行されてい
る地方紙は、ブックレットについて、「持続可能な社会の在り方を考える上で貴重な学問的示唆を
含んでいる」との好意的な書評を掲載した。
Yは長年にわたり、B学部の必修科目である「地域経済論」の講義を担当し、地域経済の経済学
的分析を行ってきたが、202*年度前期の講義では、ブックレットを教科書として使用し、毎回
の講義にブックレットの共著者をゲストとして招いた。また、Yは、講義の中で、再三にわたり団
体Cへの加入を勧め、加入申込書の配布なども行った。さらに、期末試験では、ブックレットの章
の一つを選んで学術的観点から検討せよ、という出題を行った。
このようなYの活動に対して、公務員ではないとはいえ県立大学の教員としてふさわしくないと
いった強い批判が学内の一部の教員からなされるようになった。X県議会でも、Dなど一部の議員
から、Yの活動を問題視する発言がなされた。さらに、202*年12月、X大学の経営の重要事
項を審議するX大学経営審議会において、地元経済界出身の委員から、特定の議員らと連携して県
の産業政策を批判する教員の活動に研究助成を行っているのは県立大学として問題ではないかとい
う、明らかにYを念頭に置いたと思われる発言がなされた。これに対して、A研究所長である教授
Eは、特定の政策への批判は研究者としてあり得ることだが、県費を原資とする研究助成金が学外
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での政治活動にも用いられているとすれば問題であるから、研究助成金が適正に用いられているか
どうかについては精査したいと応答した。
経営審議会の後、Eを委員長とするA研究所の運営委員会が開催され、次年度の研究助成金の交
付について審議された。Yに対しては、過去数年にわたり研究助成金が助成の趣旨に適合しない形
で使用されており、次年度についてもYが提出した申請書では同様の支出が想定されるとの理由で、
運営委員会は助成金を交付しないことを決定した。不交付決定の通知を受けたYは、助成が認めら
れなければ次年度の研究活動に重大な支障が生じる、自分が助成を得て行ってきた研究活動は全て
「地域経済の振興に資する研究活動を支援する」という助成の趣旨に沿ったものである、A研究所
ではこれまで研究員に研究助成が認められなかった例はなく、優れた成果を上げてきた自分に対し
てだけ助成が認められないのは到底納得できないなどと述べ、Eに対して詳しい説明を求めた。E
は、経営審議会での指摘を受けて運営委員会がYについて過去数年の支出を精査したところ、その
結果、ウェブサイト「Y研究室」の運営の委託及び実地調査のための国内各地への出張に研究助成
金の3分の2以上が支出されているが、ウェブサイトは研究成果の発信のほかにYの政治的な意見
表明や団体Cの活動のためにも利用されていること、また出張に際しては、Yが、団体Cと連携し
て活動している各地の団体に聞き取り調査を行うだけでなく、それらの団体が主催する学習会でX
県の産業政策を批判する講演を無報酬で行っていることが明らかになった、と述べた。そしてEは、
いずれもが助成対象となる研究活動とは認め難いものであったので、研究助成の趣旨に適合しない
同様の支出が想定される次年度については、助成金を交付しないこととした、と説明した。
また、Yが202*年度前期に担当した「地域経済論」の成績評価に対して、団体Cに加入した
学生がいずれも「S」の最高評価を得ている一方で、期末試験の答案でブックレットの内容を批判
した学生の多くが不合格の評価を受けている、この科目の単位を取得しなければ卒業できないのに
このような評価では納得できないなど、成績評価が著しく不公正であるという異議の申立てが、同
科目を履修した学生からなされた。202*年の翌年の1月、B学部教授会は、学部長Fらによる
Yに対する事情聴取や答案の調査の結果を踏まえ、異議申立てについての審査を行った。教授会で
は、事情聴取に際し、Yが、「大学生は十分な批判能力を備えているので、高校までの授業とは異
なり大学では講義内容などについて教員に広い裁量が認められており、成績評価もその中に入るは
ずだ。」、「ブックレットの論考はいずれも私の研究を踏まえた学問的な根拠に基づくものであっ
て、それを十分な理由を示さず批判している答案は評価できない。」、「団体Cへの加入勧誘は何
ら強制を伴っておらず、社会問題に関心の高い学生が自発的に加入しただけである。そうした意識
の高い学生が、結果として優れた答案を書き高い評価を得たのは自然なことである。」、「大学が
実施した今年度の授業評価で6割以上の学生が私の講義について5段階評価で4以上の評価をして
いることは大学も承知しているはずだ。」などと述べたことが報告された。続けてFからは、期末
試験の答案の調査により、ブックレットの内容を批判した答案の成績評価が全体として著しく低い
ことが確認され、学術的観点からなされるべき大学の成績評価として著しく妥当性を欠くと判断さ
れるとの説明があった。Fは、B学部教授会の議を経て、「地域経済論」の不合格者の成績評価を
取り消し、別の教員が不合格者を対象とした再試験を行い、それにより成績を評価することを決定
した。
Yは、研究助成金の不交付決定(以下「決定1」という。)及び「地域経済論」の不合格者の成
績評価を取り消し、他の教員による再試験・成績評価を実施するとの決定(以下「決定2」という。)
のいずれにも納得できないとして、X大学長Gと面会した。面会には、A研究所長EとB学部長F
も同席した。決定1及び決定2は政治的圧力による不当な決定であり、大学に撤回を求めるとする
Yに対して、Gは、E・Fとともに、決定1及び決定2は大学としての決定である、大学の一員で
ある以上、研究・教育の内容や方法について大学の自主的な決定に従うのは当然である、と述べた。
YはGの説明に納得せず、自分が依頼した弁護士も同席の上で、再度話合いの場を設けることを要
求すると告げた。
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〔設問1〕
X大学長Gは、X県公立大学法人の顧問弁護士Zに対して、Yとの再度の話合いに応じるつも
りだが、大学としては憲法を踏まえてできるだけ丁寧な説明を行いたい、と相談した。あなたが
Zであるとして、X大学の立場から、決定1及び決定2それぞれについて、次回の面会において
どのような憲法上の主張が可能かを述べなさい。
〔設問2〕
〔設問1〕で述べられた憲法上の主張に対するYからの反論を想定しつつ、あなた自身の見解
を述べなさい。
なお、〔設問1〕及び〔設問2〕とも、司法権の限界については、論じる必要がない。また必
要に応じて、参考とすべき判例に言及すること。
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論文式試験問題集[公法系科目第2問]
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[公法系科目]
〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕(1)、〔設問1〕(2)、〔設問2〕の配点割合は、40:20:
40〕)
A株式会社(以下「A」という。)は、水素・燃料電池自動車や自動運転等の研究開発と自動車
の整備や走行テストを実施するため、B県C市内にある台地状のD山山頂部のA所有地と、これに
連なる中腹部のE所有地の一部を開発区域(以下「本件開発区域」という。)として、山林の伐採、
大規模な切土と盛土により合計200ヘクタールの土地を造成し(以下「本件開発行為」という。)、
周回路等の走行試験場、開発・整備工場等の施設を設置する計画(以下「本件計画」という。)を
立てた。本件開発区域は、森林法(以下「法」という。)第10条の2第1項における地域森林計
画の対象となっている民有林で、総面積の98パーセントがA所有林、2パーセントがE所有林で
ある。
本件計画のうちE所有林の部分においては、立木の伐採、住民の生活用水のための貯水池(以下
「本件貯水池」という。)の設置等が予定されている。本件開発区域には、A所有林からE所有林
を通過して本件開発区域外に流れ出す沢(以下「本件沢」という。)があり、Fは、本件開発区域
の外縁から200メートル下流部の本件沢沿いに居住し、本件沢の水を飲料水や生活用水として使
用している。また、本件開発区域を含むD山の山林はC市の水道水源の一部となっている。過去に
数十年に一度程度の集中豪雨があった際、本件沢からの溢水等により、本件開発区域外のE所有地
の土砂等が流失しE所有の立木の育成に悪影響が生じ、Fの住居も浸水被害を受けたことがあった。
なお、Eは、D山から30キロメートル離れたC市外に居住し、D山を水源とする水道水を使用し
ていない。
B県には、法第10条の2第1項に基づく開発行為の許可(以下「開発許可」という。)の手続
を円滑に進めるための指導指針(以下「B県指針」という。)があり、開発行為を行う者は、開発
計画に関する概要等を記載した書面を担当課であるB県農林水産部森林課(以下「担当課」という。)
や関係市町村に提出すること、開発区域の周辺住民や地権者等に対し、開発計画、開発行為に係る
防災計画等について説明することなどが定められている。Aが開催した説明会では、参加したFを
含む地域住民やEが、本件開発行為を含む本件計画が実施された場合、水害や土砂災害の発生リス
クが高まり、また、安定的な水の確保も困難になるなどとして反対意見を述べた。これに対し、A
は、担当課と地域住民等に、説明会で出された質問や要望に対する見解と対応方針を伝達した上で、
B県知事に対し、本件計画に係る開発許可の申請(以下「本件申請」という。)を行った。
B県指針に基づき上記書面の提出を受け、上記説明会に参加したC市担当者は、今後、本件計画
のようなC市の水道水源確保に支障が生じるおそれのある事業を規制する必要があると考えた。そ
こで、C市は本件申請前に水道水源保護を目的としたC市水道水源保護条例(以下「本件条例」と
いう。)を新たに制定・施行し、C市長は、直ちに、所定の手続を経て、本件開発区域を含むD山
の林地を本件条例第6条第1項に基づく水源保護地域に指定し、公示した。本件申請後に同指定を
知ったAは、本件条例第7条第1項に基づくC市長との協議を開始したが、C市長は、C市水道水
源保護審議会においてAの事業用の取水量・貯水量の多さが問題として重視されたことから、同審
議会の意見に従い、本件計画により設置する予定の施設を本件条例第7条第3項に基づく規制対象
事業場として認定し(以下「本件認定」という。)、Aに通知した。
以下に示された担当課長とB県法務室長(弁護士)による【検討会議の会議録】を読んだ上で、
法務室長の立場に立って、設問に答えなさい。
なお、関係法令の抜粋を【資料1 関係法令】に、B県における法第10条の2第2項に基づく
都道府県知事の許可に係る開発許可基準(以下「本件許可基準」という。)の抜粋を【資料2 B
県林地開発行為の許可基準(抜粋)】に、それぞれ掲げてあるので、適宜参照しなさい。
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〔設問1〕
B県知事がAに対し本件申請に係る許可をした場合を想定して、以下の点を検討しなさい。
(1) E及びFが同許可の取消訴訟を提起した場合、E及びFには、この取消訴訟における原告適格
が認められるか、検討しなさい。
(2) 仮にEが本件開発行為に同意し、Fのみが同許可の取消訴訟を提起した場合、同訴訟の係属中
に本件開発行為に関する工事が完了した後においても、Fに訴えの利益は認められるか、検討し
なさい。なお、解答に当たっては、Fに原告適格が認められることを前提にしなさい。
〔設問2〕
B県知事がAに対し本件申請に係る許可をし、Fが同許可の取消訴訟を提起した場合を想定して、
Fによる違法事由の主張として考えられるものを挙げた上で、それぞれに対するB県の反論を検討
しなさい。ただし、同許可が法第10条の2第2項第1号及び同項第1号の2に定める基準を満た
すかどうかについては、違法事由として検討する必要はない。また、Fによる違法事由の主張につ
いては、主張制限(行政事件訴訟法第10条第1項参照)を考慮しなくてよい。
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【検討会議の会議録】
担当課長:本件申請に係る許可の審査に当たり、Aの開発行為に関わる紛争発生時におけるB県の対
応戦略について、法的観点からの検討をお願いします。
法務室長:それでは、B県知事がAに対し本件申請に係る許可をした後、EやFから同許可の取消訴
訟が提起された場合を想定します。まず、訴訟要件について検討しますが、本件開発行為に
よりどのようなことが起こる可能性がありますか。
担当課長:一般に、大規模に行われる盛土、切土等の造成による地形の改変は、造成前に比べ、地盤
の安定を害し、また、山林を伐採すれば、山林の保水力も低下し、土砂による濁水も増え、
水源かん養機能を低下させるおそれが高くなります。しかも、本件計画では工事が長期に及
ぶ予定ですから、その間に集中豪雨により土砂災害や水害が発生する可能性は否定できませ
ん。
法務室長:開発許可が処分であることは明らかですので、論点の一つは、E及びFに原告適格がある
かです。この点は、ゴルフ場建設に関わる開発許可の取消訴訟に関する最高裁判決(最高裁
判所平成13年3月13日第三小法廷判決・民集55巻2号283頁)を参考に、EとFの
各々について検討することにします。
担当課長:本件申請では、Eの同意書は添付されていません。仮に本件申請に係る許可をしても、E
の同意が得られなければ、本件開発行為の完了を見込むことはできません。ただ、Aによれ
ば、AとEは協議中であり、今後、Eが同意に転じる可能性はあるようですが、明らかでは
ありません。仮にEが本件開発行為に同意し、Fのみが本件申請に係る許可の取消訴訟を提
起した場合、同訴訟の係属中に本件開発行為に関する工事が完了するとどうなるのでしょう
か。
法務室長:その場合、Fの訴えの利益の問題が生じます。取消訴訟係属中に林地の開発行為に関する
工事が完了した事例に関する最高裁判決(最高裁判所平成7年11月9日第一小法廷判決・
裁判集民事177号125頁)では訴えの利益が否定されていますが、その理由が明確では
ありません。訴えの利益を否定する理由を明確化するため、建築確認の取消訴訟係属中に建
築工事が完了した事例に関する最高裁判決(最高裁判所昭和59年10月26日第二小法廷
判決・民集38巻10号1169頁)を参考にしつつ、開発許可の法的効果などを法の仕組
みに即して検討することにします。次に、本案の問題ですが、開発許可に当たっては、水源
の確保対策等の必要性や措置の妥当性の評価などに関する専門技術的判断はもとより、公益
の考慮も必要となります。そこで、法第1条と法第10条の2第3項に規定する「森林の保
続培養」の意味を教えてください。
担当課長:「森林の保続培養」とは、森林造成には長期を要し、一度開発して土砂災害・水害防止機
能や水源かん養機能などの公益的機能が破壊されると回復は相当難しいので、森林の無秩序
な開発により森林の持つ機能発揮を阻害しないように、合理的かつ計画的に森林を維持改善
することを意味します。
法務室長:B県知事が定め、B県ウェブサイト等で公開している本件許可基準(【資料2 B県林地
開発行為の許可基準(抜粋)】参照)第1-1-1の趣旨は何ですか。
担当課長:本件許可基準では、法第10条の2第3項を踏まえ、同条第2項各号の要件を判断するた
めに共通して必要となる一般的事項を定めています。森林法施行規則(以下「規則」という。)
第4条第2号に関し、本件許可基準第1-1-1では、開発行為の完了が確実であるといえ
るかを判断するため、開発区域内の私法上の権原を有する者全てではなく、3分の2以上の
権利者が現に同意していること等を求めています。本来、全員の同意が望ましいのですが、
申請時には開発行為が許可されるか不明であり、申請者に過度な負担を課さないためです。
この基準を前提に、Eの同意書が添付されていない現段階で本件開発行為を許可すると、法
的にはどのように評価されるのでしょうか。
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法務室長:想定する取消訴訟では、本件許可基準第1-1-1との関係が問題になりそうです。そこ
で、開発許可につきB県知事の裁量権が認められる理由や、本件許可基準に定める同意を要
する権利者数以外に、本件許可基準に定めのない本件開発区域における所有林面積の割合を
本件開発行為の許否の判断に当たって考慮することができないか、検討することにします。
なお、規則及び本件許可基準は適法であることを前提にしておきます。
担当課長:本件計画によれば、Aは本件開発区域全域に本件貯水池のほか複数の井戸や貯水池を設置
して事業用水等を確保する予定です。本件開発区域を含むD山の山林はC市の水道水源の一
つですから、C市長は、Aによる事業用水の取水や貯水によってC市の水道水源が枯渇する
おそれを解消するため、本件計画の阻止を意図して本件認定をしたようです。この点に関す
るAとC市長の本件条例に基づく協議では各々の主張を言い合っただけで終わったそうです。
B県としては、C市長が丁寧に協議を行い、Aの協力を得ることができれば、水道水源の枯
渇という問題は生じないと考えています。いずれにしても、C市長の本件認定は、Aの権利
に重大な影響を与えますが、本件申請との関係ではどのような影響が生じるでしょうか。と
いうのも、本件認定はAの土地の使用を制限する処分ですが、B県では、市町村による土地
の使用制限に関する処分が違法であると評価して開発許可をした事例がかつてあったからで
す。
法務室長:本件許可基準第1-1-2との関係で本件認定の違法性が問題となります。想定する取消
訴訟で、B県が本件認定の違法を主張することができるかは、別の機会に検討する必要があ
りそうですが、ここでは、本件認定が違法で取り消されるべきものであれば、本件許可基準
第1-1-2に適合し、B県知事が本件申請に係る許可をするのに支障はないという前提で、
本件認定の違法性について検討することにします。
担当課長:本件開発行為についてEが同意し、本件申請に係る許可がされて本件開発行為が始まれば、
Aは本件計画に従い本件貯水池を設置することになります。しかし、Fは、説明会で、本件
貯水池の容量が少なく、Fの生活用水に不足が生じると主張していました。B県としては、
Fが主張する容量の確保は技術的に難しく、実現には費用が掛かりすぎると考えています。
法務室長:想定する取消訴訟では、本件計画による水資源確保対策が法第10条の2第2項第2号及
び本件許可基準第4-1に適合しているかが問題となるでしょう。そこで、B県として法的
にどのような反論をすることができるか、検討することにします。その他の本案の論点は別
の機会に検討することにしたいと思います。
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【資料1 関係法令】
しろまる 森林法(昭和26年法律第249号)(抜粋)
(この法律の目的)
第1条 この法律は、森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養
と森林生産力の増進とを図り、もつて国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的とする。
(開発行為の許可)
第10条の2 地域森林計画の対象となつている民有林(中略)において開発行為(土石又は樹根の
採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為(中略)をいう。以下同じ。)をしようとする者は、
農林水産省令で定める手続に従い、都道府県知事の許可を受けなければならない。(以下略)
2 都道府県知事は、前項の許可の申請があつた場合において、次の各号のいずれにも該当しないと
認めるときは、これを許可しなければならない。
一 当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能からみて、当該開発行為
により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあ
ること。
一の二 当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当
該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること。
二 当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該
機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること。
三 (略)
3 前項各号の規定の適用につき同項各号に規定する森林の機能を判断するに当たつては、森林の保
続培養及び森林生産力の増進に留意しなければならない。
4〜6 (略)
(監督処分)
第10条の3 都道府県知事は、森林の有する公益的機能を維持するために必要があると認めるとき
は、前条第1項の規定に違反した者若しくは同項の許可に附した同条第4項の条件に違反して開発
行為をした者又は偽りその他の不正な手段により同条第1項の許可を受けて開発行為をした者に対
し、その開発行為の中止を命じ、又は期間を定めて復旧に必要な行為をすべき旨を命ずることがで
きる。
第206条 次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処す
る。
一 第10条の2第1項の規定に違反し、開発行為をした者
二〜四 (略)
しろまる 森林法施行規則(昭和26年農林省令第54号)(抜粋)
〔(注) 本規則中、「法」は森林法を指す。〕
(開発行為の許可の申請)
第4条 法第10条の2第1項の許可を受けようとする者は、申請書(中略)に開発行為に係る森林
の位置図及び区域図並びに次に掲げる書類を添え、都道府県知事に提出しなければならない。
一 開発行為に関する計画書
二 開発行為に係る森林について当該開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意
を得ていることを証する書類
三 (略)
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しろまる C市水道水源保護条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は、住民が安心して飲める水を確保するため、市の水道水源を保護し、もって市民
の生命及び健康を守ることを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 (略)
二 水源保護地域 市の水道に係る水源及びその上流地域で、市長が指定する区域をいう。
三 水源の枯渇 取水施設の水位を著しく低下させることをいう。
四 対象事業 水源の枯渇をもたらすおそれのある事業をいう。
五 規制対象事業場 対象事業を行う工場その他の事業場のうち、水道に係る水源の枯渇をもたら
し、又はそのおそれのある工場その他の事業場で、第7条第3項の規定により規制対象事業場と
認定されたものをいう。
六 (略)
(水道水源保護審議会の設置)
第5条 市の水道水源の保護を図り、水道事業を円滑に実施するため、(中略)水道水源保護審議会
(以下「審議会」という。)を設置する。
2 審議会は、水源の保護に関する重要な事項について、調査、審議する。
(水源保護地域の指定等)
第6条 市長は、水道水源を保護するため、水源保護地域を指定することができる。
2 市長が、水源保護地域を指定しようとするときは、あらかじめ審議会の意見を聴かなければなら
ない。
3 市長が、第1項の規定により、水源保護地域の指定をしたときは、その旨を直ちに公示するもの
とする。
(事前の協議及び措置等)
第7条 水源保護地域内において対象事業を行おうとする者(以下「事業者」という。)は、あらか
じめ市長と協議しなければならない。
2 (略)
3 市長は、第1項の規定による協議の申出があった場合において、審議会の意見を聴き、規制対象
事業場と認定したときは、事業者に対し、その旨を速やかに通知するものとする。
(規制対象事業場の設置の禁止)
第8条 何人も、水源保護地域内において、規制対象事業場を設置してはならない。
(罰則)
第20条 次の各号の一に該当する者は、1年以下の懲役、又は10万円以下の罰金に処する。
一 第8条の規定に違反した者
二 (略)
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【資料2 B県林地開発行為の許可基準(抜粋)】
第1 一般的事項
1 次の事項の全てに該当し、申請に係る開発行為を行うことが確実であること。
1 開発行為に係る森林につき、開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を申
請者が得ていることが明らかであること。この場合の相当数の同意とは、開発行為に係る森林に
つき開発行為の妨げとなる権利を有する全ての者の3分の2以上の者から同意を得ており、その
他の者についても同意を得ることができると認められる場合を指すものとする。
2 開発行為又は開発行為に係る事業の実施について、法令等による許認可等を必要とする場合に
は当該許認可等がなされているか若しくはそれが確実であること又は法令等による土地の使用に
関する制限等に抵触しないこと。(以下略)
第4 水資源確保の要件(法第10条の2第2項第2号関係)
1 飲用水、かんがい用水等の水源として依存している森林を開発行為の対象とする場合で、周辺
における水利用の実態等からみて必要な水量を確保するため必要があるときには、貯水池又は導
水路の設置その他の措置が適切に講ぜられることが明らかであること。(以下略)

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