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「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する
法律」に係る参考情報(その3)
本稿 は 「 本邦 外 出 身 者 に 対す る 不 当 な 差 別 的言 動 の 解 消に 向 けた 取 組の 推、」 、 、
進に関する法律 に関する参考情報として 法務省人権擁護局において作成し
関係地方公共団体に提供するものである。
(1) 一般に人権侵害とは、特定の者に対しその人権を違法に侵害する行為を
いう。人権侵害を理由に救済措置を講じるには、人権を侵害された者を特
定する必要がある。一方、不当な差別的言動は、人種、国籍等の特定の属
性 を 有 す る 者 の 集 団 や 不 特定 多 数 の 者 ( 以 下 「 集 団等 」 と い う ) に 向 け。られた形をとるものが少なくないところ、このような集団等に向けられた
、 、
不当な差別的言動については 特定の個人に向けた言動ではないことから
個人の人権を侵害するとはいえないのではないかという問題がある。この
ような事情から、集団等に対する不当な差別的言動については、救済措置
を講ずるか否かの判断に困難を伴う場合が少なくないのではないかと思わ
れる。
この 点について、法務省人権擁護局では、平成31年3月、人権侵犯事
件における集団等に向けられた不当な差別的言動の違法性について、平成
31年3月8日付け調査救済課長依命通知「インターネット上の不当な差
別的言動に係る事案の立件及び処理について」を全国の法務局及び地方法
務局に発出し、考え方を整理したところである。
本稿 は、この通知における整理に関して、若干の裁判例を引用しつつ、
その考え方を説明するものである。
(2) 不当な差別的言動が特定の個人を直接の対象としておらず、集団等に向
けられている場合には、当該差別的言動による個人の人権に対する影響は
間接的、抽象的なものになるため、個人の人権が侵害されたとは認められ
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にくくなる。しかしながら、集団等が個人の集合体である以上、不当な差
別的言動が集団等に向けられたものであっても、当該差別的言動が行われ
た経緯、場所、当該差別的言動の態様及び内容、その対象とされた集団等
の規模等の個別具体的な事情次第では、その集団等に属する個人の人権を
侵害する場合があり得る。これらを踏まえると、不当な差別的言動がその
文言上は集団等に向けられたものであっても、1その集団等を構成する自
然人の存在が認められ、かつ、2その集団等に属する者が精神的苦痛等を
受けるなど具体的被害が生じていると認められる場合には、個人の人権が
侵害されていると解するのが相当であると考えられる。
そし て、2を満たすか否かは、これが自然人の受ける精神的苦痛等を問
題 と す る も の で あ る 以 上 「 当 該 差 別 的 言 動 は 、 そ の 対 象 であ る 集 団 等 に、属する者であれば精神的苦痛等を受けるような性質のものであった」とい
えるか否かを、当該差別的言動が行われた経緯、場所、当該差別的言動の
態様及び内容、対象とされた集団等の規模等の具体的な事情を考慮し、社
会通念に照らして客観的に判断することになる。例えば、特定の集団等に
属する者が集住する地域や通学する学校の近隣で、拡声器等を用いるなど
して大音量で行われるといった事情は、当該差別的言動がその対象である
集団等に属する者であれば精神的苦痛等を受けるような性質のものである
こ と を 肯 定 す る 方 向 に 働 く事 情 に な り 得 る と 考 え られ る ( 注 1 。 他 方 、)当該集団等を特定する際の地域表示等が余りに広く、当該集団等に属する
自然人が極めて多数に及ぶ場合には、そのような集団等に属する自然人が
聞いたとしても、個人の人権が侵害されたことを基礎付けるに足りる程の
精神的苦痛等を感じるものであるとまではいえない場合もあると思われる
ため、このような事情は、上記の精神的苦痛等を否定する方向に働く事情
に な り得 る と考 えら れ る( 注2 ( 注 3 (注 4 。な お、単 なる 不快感 や
) ) )
否定的な感情を覚えるといった程度では、ここでいう精神的苦痛等には当
たらないというべきであろう(注5 。)注1 横浜地裁川崎支部平成28年6月2日決定は ある運動団体に属する者 以
( ) 、 (
下「A」という )が「反日汚染の酷いからこそ【川崎を攻撃拠点】に、自国。 - 3 -
を 貶 め 、 嘘 、 捏 造 を 垂 れ 流 す 日 本 の 敵 を 駆 逐 し ま し ょ う ! 」 な ど と デ モ の実
施 を 予 告 し 、 デ モ へ の 参 加 や 運 動 へ の 賛 同 を 呼 び か け て い た の に 対 し 、 在日
韓 国 ・ 朝 鮮 人 が 集 住 す る 地 域 に 所 在 し 、 在 日 韓 国 ・ 朝 鮮 人 を 主 た る 対 象 とし
て 社 会 福 祉 事 業 を 行 っ て い る 社 会 福 祉 法 人 が そ の 差 止 め を 求 め た 事 案 に つい
て、同法人の事業所や同法人が運営する各施設の近隣において 「本邦外出身、者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律 (平成」2 8 年 法 律 第 6 8 号 ) が 定 め る 差 別 的 言 動 に 該 当 す る こ と が 明 ら か な 言 動及
び こ れ に 類 す る 言 動 、 す な わ ち 、 在 日 韓 国 ・ 朝 鮮 人 の 生 命 、 身 体 、 名 誉 若し
く は 財 産 に 危 害 を 加 え る 旨 を 告 知 し た り 、 名 誉 を 毀 損 し 、 著 し く 侮 辱 し たり
す る 差 別 的 言 動 が 、 街 宣 車 や ス ピ ー カ ー を 使 用 し た り 、 あ る い は 大 声 を 張り
上 げ る な ど し て 行 わ れ れ ば 、 上 記 法 人 の 役 員 、 職 員 及 び 施 設 利 用 者 の う ちの
在 日 韓 国 ・ 朝 鮮 人 の 個 人 の 尊 厳 を な い が し ろ に し 、 耐 え 難 い 苦 痛 を 与 え 、ひ
い て は 、 同 法 人 の 職 員 の 業 務 に 従 事 す る 士 気 の 著 し い 低 下 や 、 同 法 人 の 施設
利 用 者 に よ る 利 用 の 回 避 ・ 躊 躇 を 招 く こ と を 容 易 に 推 測 す る こ と が で き るな
ど の 理 由 を 挙 げ て 、 A の 行 う と み ら れ る 差 別 的 言 動 に よ り 、 同 法 人 の 社 会福
祉 事 業 の 基 盤 で あ る 事 業 所 に お い て 平 穏 に 事 業 を 行 う 人 格 権 が 侵 害 さ れ るこ
と に よ っ て 著 し い 損 害 が 生 じ る 現 実 的 な 危 険 性 が あ る と 認 め ら れ る な ど とし
て 、 同 法 人 の 主 た る 事 務 所 の 入 り 口 か ら 半 径 5 0 0 メ ー ト ル 以 内 で の デ モ等
を差し止める決定をした。
(注2)東京高裁平成29年9月29日判決は、日本国民である原告らが、旧日本
軍 が 若 い 女 性 を 従 軍 慰 安 婦 と し て 強 制 連 行 し た こ と 等 を 内 容 と す る 新 聞 記事
に よ り 原 告 ら の 名 誉 権 等 が 侵 害 さ れ た と 主 張 し た の に 対 し 、 当 該 新 聞 記 事に
は 原 告 ら 自 身 や そ の 関 係 者 や そ の 行 為 等 を 直 接 又 は 間 接 に 対 象 と し た と 認め
ら れ る 記 載 は 一 切 な く 、 原 告 ら は 日 本 人 で あ る と い う 以 外 に 当 該 新 聞 記 事の
対 象 と の 間 に 何 ら の 関 係 も 認 め ら れ な い か ら 、 仮 に 旧 日 本 軍 と い う 集 団 及び
日 本 政 府 が 当 該 新 聞 記 事 に よ り 国 際 的 非 難 を 受 け そ の 評 価 が 低 下 し た 事 実が
、 、
あったとしても 原告らを対象とした記事であるということはできないこと
当 該 新 聞 記 事 の 内 容 か ら し て 、 日 本 人 で あ る こ と に 誇 り を 持 つ 控 訴 人 ら がそ、の自尊感情を傷つけられたと感じたであろう可能性は否定できないとしても
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こ れ に よ り 原 告 ら 個 々 人 の 客 観 的 な 社 会 的 評 価 た る 名 誉 が 毀 損 さ れ た と は認
められないことなどの理由を挙げて、名誉毀損の成立を否定した。
(注3)また、大阪地裁平成5年3月26日判決は、消費者金融業者である原告ら
が 、 殺 人 事 件 の 報 道 記 事 の 見 出 し に 「 遊 興 費 か さ み サ ラ 金 苦 」 な ど と 犯 行の
動 機 の 背 景 に サ ラ 金 か ら の 借 金 が あ る か の よ う に 記 載 さ れ た こ と に よ り 全国
8 5 0 0 社 の 消 費 者 金 融 業 者 の 名 誉 が 直 接 毀 損 さ れ た と 主 張 し た の に 対 し、
個 人 が そ の 属 す る 多 数 人 で 構 成 さ れ る 集 団 あ る い は 業 界 に つ い て 一 般 的 な指
摘 が な さ れ る こ と に よ っ て そ の 名 誉 を 毀 損 さ れ る こ と は あ り 得 な い と こ ろ、
本 件 の 報 道 記 事 は サ ラ 金 業 界 に 対 す る 概 括 的 か つ 一 般 的 な 非 難 に と ど ま るも
のであるなどとして、名誉毀損の成立を否定している。
(注4)他方、最高裁平成15年10月16日判決は、テレビジョン放送による名
誉 毀 損 の 成 否 に 関 し 、 当 該 テ レ ビ ジ ョ ン 放 送 に よ り 摘 示 さ れ た 事 実 を 「 ほう
れ ん 草 を 中 心 と す る 所 沢 産 の 葉 物 野 菜 ( 葉 菜 類 ) が 全 般 的 に ダ イ オ キ シ ン類
に よ る 高 濃 度 の 汚 染 状 態 に あ り 、 そ の 測 定 値 は 、 B 研 究 所 の 調 査 に よ れ ば、
1 g 当 た り 0 . 6 4 〜 3 . 8 0 p g T E Q で あ る と の 事 実 」 と し た 上 で 、当
該 テ レ ビ ジ ョ ン 放 送 が 埼 玉 県 所 沢 市 内 に お い て 各 種 野 菜 を 生 産 す る 原 告 らの
社 会 的 評 価 を 低 下 さ せ 、 名 誉 を 毀 損 し た と 認 定 し た 原 審 の 判 断 を 是 認 し てい
る。
(注5) 東京地裁 平成19 年12月1 4日判決 は、フラ ンス語を母語とし、フラ
ンス語学校を経営したり、フランス語を研究するなどしていた原告らが、東
京都知事がした「フランス語を昔やりましたが、数勘定できない言葉ですか
らね。これはやっぱり国際語として失格していくのは、むべなるかなという
気がする」等の発言は、原告らの名誉感情を侵害するものであるなどと主張
したのに対し、当該発言はフランス語に対する否定的印象を一般人に与える
もので、しかも真実でないことにかんがみれば、フランス語に何らかの形で
携わる者に対して不快感を与えることは容易に想像することができ、当該発
言は多分に配慮を欠いた発言であったということができるとしつつも、不快
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感を与え、配慮を欠いた発言であるというだけでは、直ちに原告らを含むフ
ランス語に携わる特定人の名誉感情を侵害するものとはいえないとした。

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