1担保法制部会資料 5
担保法制の見直しに向けた検討(4)
(注)用語について
今後の資料においては、当部会で制度の整備に向けた検討がされている担保、すなわち、担5保目的取引規律型を採る場合は、担保の目的を達成するために必要な範囲で移転した所有権、
担保物権創設型を採る場合は新たに設けられる担保権を指す用語として、
「新たな規定に係る
担保権」という文言を用いる。
担保目的取引規律型を採る場合、担保目的で所有権が移転されたり留保されたりすることで
債権者が担保を得ることになるが、前者の取引を「譲渡担保」
、後者の取引を「所有権留保」と10呼び、譲渡担保によって債権者が得る担保を「譲渡担保権」
、所有権留保によって債権者が得る
担保を「留保所有権」と呼ぶ(これらの用語は、担保目的取引規律型を念頭に置いた記述にお
いて用い、担保物権創設型を念頭に置いた記述においてはこれらの用語を用いない。)。新たに
規定を設けた場合の
「譲渡担保」
「所有権留保」
から区別して、
特に現行法における
「譲渡担保」
「所有権留保」について述べる場合は、
「現行法の譲渡担保」などとする。15第1 新たな規定に係る担保権相互の優劣関係(部会資料4第2の続き)
1 留保所有権と譲渡担保権との優劣関係
留保所有権と譲渡担保権が競合するかどうかについて、どのように考えるか。
競合する場合があると考える場合、
【案 4.2.1.1】又は【案 4.2.1.2】の原則を修正し、20狭義の所有権留保による留保所有権を譲渡担保権(特に集合動産譲渡担保)に対して優遇
する必要はあるか。優遇する場合、その方法として、1留保所有権は、特段の要件なくし
て当然に競合する譲渡担保権に優先するという考え方、2狭義の留保所有権について対抗
要件や担保ファイリングが必要であるとしても、引渡しから一定期間経過するまでにこれ
らの手続を経た場合には、競合する譲渡担保権に優先するという考え方があり得るが、ど25のように考えるか。
狭義の所有権留保による留保所有権を譲渡担保権よりも優遇する場合、拡大された所有
権の取扱いについて、どのように考えるか。
(説明)301 本項における検討事項
本項は、所有権留保売買契約の目的物が更に譲渡担保権の目的となり、留保所有権と譲
渡担保権が競合する場合があるかどうか、仮にある場合、留保所有権と譲渡担保権との優
劣関係について、部会資料4第2、1における考え方に対する特則を設ける必要があるか
どうかについて取り上げるものである。また、担保物権創設型による場合も、担保物権の35目的物と被担保債権の関係に着目して何らかの規定を設ける必要がないかが問題となり得
る。 22 留保所有権と譲渡担保権の競合の有無
(1) 最判平成 30 年 12 月7日民集 72 巻6号 1044 頁は、所有権留保買主から所有権留保
の目的物について譲渡担保権の設定を受けた者が、所有権留保売主との関係で対抗関係
に立つと主張した事案において、所有権留保の目的物の所有権は売買代金が完済される
まで所有権留保買主に移転しないから、当該目的物について所有権留保買主から譲渡担5保権の設定を受けた者は、所有権留保売主に対して譲渡担保権を主張することができな
いと判断した。これは、一つの期間に納品された目的物の所有権は当該期間の売買代金
の完済まで所有権留保売主に留保され、これと異なる期間の売買代金の支払を確保する
ものではないという事情を考慮し、当該事案においては目的物の所有権は所有権留保売
主から所有権留保買主に移転しないという構成を採ったものである1。この判例は、留保10所有権と譲渡担保権が競合するとしたものではなく、譲渡担保権はそもそもこの目的物
に及んでいない(したがって、目的物の価格が留保所有権の被担保債権を上回り、清算
金が発生する場合でも、譲渡担保権者は清算金請求権について他の債権者に対して優先
権を主張することはできない。
)としたものと考えられる。
(2) 所有権留保について【案 2.1.3.1】に従って担保目的取引規律型の規定を設ける場合、15売買契約の目的物について所有権留保による担保権と譲渡担保権とが競合するかどうか
が問題となる。すなわち、売買契約において目的物の所有権が売主に留保された場合、
売主から買主への所有権の移転はないという考え方と、所有権が買主に移転した上で売
主のために担保権が設定されるという考え方などがある
(部会資料4第1、3の(説明)
参照)が、目的物の所有権が一旦買主に移転すると考えるのであれば、買主がこれにつ20いて更に譲渡担保権を設定することや、買主が既に設定していた譲渡担保権の目的であ
る集合物に加入することも考えられ、留保所有権と譲渡担保権とが競合する場合がある
ことには疑問がないように思われる。
これに対し、
所有権が買主に移転しないとすれば、
買主は売買目的物の所有権を取得しないため、これについて更に譲渡担保権を設定した
り、既に設定されていた譲渡担保権の対象に加入したりするということは考えにくいよ25うにも思われる。
これに対し、
【案 2.1.3.2】に従って担保物権創設型による規定を設け、現行法の所有
権留保が用いられている場面においても新たに設けられた担保物権を利用することを想
定する場合、所有者でなければこの担保物権を設定することができないことを前提とす
るならば、売買目的物の所有権は一旦買主に移転した上でこれについて担保物権の設定30がされると構成することになる。このように、目的物の所有権は一旦買主に移転すると
すれば、買主がこれについて更に担保権を設定する(又は他の債権者のために既に設定
されている担保権の目的財産である集合物に加入する)
ことも可能であると考えられる。
したがって、担保物権創設型による場合、留保所有権と譲渡担保権がそもそも競合する
1 松本展幸「判解」法曹時報 72 巻 11 号 2215 頁(2020。以下「松本・判解平成 30 年 12 月7日」で引用)。同最判が本文記載の事情を踏まえた事例判断とされたのは、所有権留保の目的物の範囲や支払を
確保する売買代金債権の範囲についてはさまざまなものがあり、その内容を問わず所有権留保において
は一般的に所有権が移転しないという構成を採ると考えるのは相当でないことなどが考慮されたとし、
継続的な売買契約に基づいて売主が買主に引き渡した全ての目的物の所有権が留保されるとの定めがさ
れた場合についてまで留保構成を採るとはいえない、と指摘する。 3ことがあるかという問題は、生じないと考えられる(競合した場合に優劣関係に関して
特別なルールを設けるかどうかは、問題となる。)。
(3) 前記のとおり、
担保目的取引規律型の下で、
所有権留保における物権の変動について、
所有権留保売主から所有権留保買主に対して一旦所有権全体が移転した上で、所有権留
保売主に対して所有権が担保目的で再度移転されると理解する場合は、留保所有権と譲5渡担保権の競合が生ずると考えることに問題はない。ただし、このような考え方は、少
なくとも平成 30 年最判のような事案における同最判の立場とは整合しないように思わ
れる。なお、仮にこのように考えるとすれば、所有権留保売主が留保所有権を第三者に
対して主張するためには対抗要件が必要であることになる。
これに対し、所有権留保売買においては所有権留保売主から買主に対して所有権は移10転しないと考えれば、譲渡担保権との競合は生じないと考えるのが自然であると思われ
る。もっとも、所有権留保買主は、被担保債権を弁済することによって目的物の所有権
を自分に確定的に帰属させることができる立場にあるという点では譲渡担保権の設定者
と共通しており、譲渡担保権設定者が重ねて譲渡担保権を設定することができるという
立場を取るのであれば、実質的には、所有権留保買主がその目的物について譲渡担保権15を設定することができることとすべきであるようにも思われる。所有権留保の目的物の
価値が被担保債権の残額を上回る場合には、その上回る価値を担保として活用する余地
を残しておく方がよいとも考えられる。
所有権留保売買によって所有権が移転しないとしつつ、所有権留保買主がその目的物
に譲渡担保権を設定することができることをどのように説明するかが問題になる。一つ20の説明としては、
所有権留保売買によって買主には物権的期待権が帰属することになり、
この物権的期待権が譲渡担保権の目的財産になる、というものが考えられる2(これは、
後順位譲渡担保権の設定においては設定者留保権が譲渡担保権の目的財産になるという
考え方と共通する。)。もっとも、このような考え方は技巧的に過ぎ、当事者の意思(通
常、目的物の所有権を担保目的で移転するというもの)とも整合しないという批判があ25り得る。
以上を踏まえて、所有権留保買主が目的物について譲渡担保権を設定することができ
るかどうか、その前提となる所有権留保における物権変動と譲渡担保権の目的財産が何
か等について、どのように考えるか。
3 留保所有権と譲渡担保権の優劣関係30(1) 以下では、同一の動産について留保所有権と譲渡担保権が競合する場合があることを
前提として、競合した場合の優劣関係について検討する。
留保所有権と譲渡担保権の競合は、所有権留保売買契約によって取得した特定の動産
2 田髙寛貴「所有権留保の効力と法的構成に関する一考察」片山直也=北居功=武川幸嗣=北澤安紀編
『民法と金融法の新時代』
(池田眞朗先生古稀記念)
(慶應義塾大学出版会、2020 年。以下「田髙・所
有権留保の効力と法的構成に関する一考察」で引用)222 頁は、所有権留保について「担保的構成を採
れば、留保買主が有する物権的期待権(担保的構成I(注:所有権が担保権者に帰属するとしつつ、設
定者にも何らかの物権を認める考え方)の場合)あるいは留保所有権の負担付きの所有権(担保的構成
II(注:設定者に所有権が帰属するとしつつ担保権者に制限物権的権利としての担保権を認める考え
方)の場合)を目的とした譲渡担保権の設定は可能とみられる」とする。 4について所有権留保買主が担保目的で他の債権者に譲渡した場合、及び集合動産が譲渡
担保の目的となっていたところ、その設定者が所有権留保売買契約に基づいて動産を購
入し、その動産が譲渡担保の目的である集合物の構成部分となった場合に生じ得る。
(2) 担保権の優劣関係を決定する原則的な基準としては、対抗可能となった時点の前後に
よって決めるとする
【案 4.2.1.1】
と、
担保ファイリングの前後によって決めるとする
【案54.2.1.2】の2案を示した。留保所有権と譲渡担保権が競合する場合にもこの原則的な基
準に従うとすれば、次のような帰結になる。
【案 4.2.1.1】によれば、所有権留保については、対抗要件を必要とする立場3からは対
抗要件の具備時、不要とする立場からは成立時が基準となり、これと譲渡担保について
対抗要件が具備された時の前後によって優劣関係が決まることになる。留保所有権につ10いて対抗要件を要するという立場に立っても、所有権留保売主から所有権留保買主に引
き渡された時点で併せて買主から売主に対する占有改定がされると考えられるため、そ
の後に当該目的物又は当該目的物を含む集合物について譲渡担保権が設定されても留保
所有権の対抗要件具備が先行し、留保所有権が優先するのが通常である4。これに対し、
所有権留保売買に基づく売主から買主に対する引渡しの前に、買主が集合動産譲渡担保15権を設定して引渡しを了していた場合、その後に留保所有権の目的物が買主に引き渡さ
れて集合物に加入すると譲渡担保権者が優先することになり、この場合に留保所有権者
が優先することはできない5。
他方、
【案 4.2.1.2】によれば、留保所有権と譲渡担保権のいずれが優先するかは、担
保ファイリングの前後による。所有権留保の成立以前に譲渡担保権が設定され、担保フ20ァイリングが具備されていた場合には、その後に成立した留保所有権が譲渡担保権に優
先することはできない。
(3) 【案 4.2.1.1】及び【案 4.2.1.2】のいずれによるとしても、集合動産譲渡担保が設定さ
れて対抗要件又は担保ファイリングが具備されていると、その後に所有権留保売買をし
ようとする売主が優先する手段はないことになる。しかし、留保所有権と譲渡担保権が25競合した場合、次のような理由から留保所有権を優先させるべきであるとの指摘がある
3 所有留保売買によって一旦所有権が買主に移転し、更に売主に対して担保目的で所有権が移転すると
考える構成のほか、売主から買主に対する所有権の移転はないが、担保権に変化したことを物権変動と
して対抗要件を要するという立場が、これに結びつく。
4 登録制度がある動産については、占有改定が先行するために留保所有権が優先するという議論は妥当
しない。所有権留保売買においては売主の登録名義がそのまま維持されていると考えられ(これが買主
から売主への担保目的での所有権移転についての対抗要件と認められるかどうかは一応問題になるものの)、譲渡担保権者が所有権の登録を受けることができないため、譲渡担保権者は売主に対して譲渡担
保権を対抗することができない。その結果、留保所有権者のみが担保権者として扱われる。
5 これに対し、生熊長幸「動産譲渡担保権・留保所有権の法的構成・優劣および集合動産譲渡担保の対
抗力について」立命館法学 395 号(2021 年。以下「生熊・法的構成・優劣」で引用)94 頁は、集合物
の構成部分となった個別動産について集合動産譲渡担保の対抗力が備わる時期は集合物への加入時であ
るとし、所有権留保買主が目的物の引渡しを受けるのと同時に売主が留保所有権につき占有改定により
第三者対抗要件を具備した場合、その後買主がこの動産を集合動産の所在場所に搬入しても、この動産
については留保所有権が集合動産譲渡担保に優先するとする。 56。
第1に、
狭義の所有権留保については被担保債権と目的物の間に牽連関係が認められ、
所有権留保売主は譲渡担保権の目的である集合動産の増価に直接寄与した立場にあるの
に対し、譲渡担保権については目的物と被担保債権の間に牽連関係があるとはいえない
ことからすると、当該目的物については所有権留保売主を優先すべきである。第2に、
所有権留保売主が集合動産譲渡担保権者に対して自らの債権を保全する手段を有しない5とすると、売主は、代金と引換えでない限り新たな取引に応じなくなると予想され、債
務者は取引を継続することができず、事業遂行に支障が生ずるおそれがある。第3に、
集合動産譲渡担保は担保実行をする際にどれほどの動産を対象にすることができるかが
定かではなく、譲渡担保権者としては、そうした不確定性があることを織り込んで担保
評価をしているはずである。これらの理由に基づいて集合動産譲渡担保に対して留保所10有権を優先するという政策判断をするとすれば、譲渡担保権と留保所有権との優劣関係
について、
【案 4.2.1.1】と【案 4.2.1.2】のルールを修正するルールを設ける必要がある7。担保物権創設型による規定を設け、現行法の所有権留保が利用されている局面でもこ
れが利用されることを想定すると、上記の問題は、新たに設ける担保権がその目的物の15売買代金債権を被担保債権とする場合と、それ以外の債権を被担保債権とする場合とで
いずれを優先させるかという問題であることになる。対抗要件具備の前後又は担保ファ
イリングの前後にかかわらず前者の担保権を優先させるという政策判断をするとすれば、
同様に、
【案 4.2.1.1】と【案 4.2.1.2】のルールを修正するルールを設けることになる。
(4) 【案 4.2.1.1】及び【案 4.2.1.2】の原則的なルールを修正する方法として、狭義の所有20権留保による留保所有権(担保物権創設型による場合は、新たに設けられる担保物権で
あって目的物の売買代金債権を被担保債権とするもの)は、競合する譲渡担保権に対し
て当然に優先するものとすることが考えられる。留保所有権については対抗要件が不要
であり、
かつ、
担保ファイリングも不要であるとする立場(【案 4.1.3.1】
かつ
【案 4.2.1.1】)からは、
留保所有権を優先させようとすれば、
このような方法による必要がある。
また、25留保所有権について対抗要件は不要であり、新たな規定に係る担保権相互においては原
則として担保ファイリングによって優劣を決定するという立場(
【案 4.1.3.1】かつ【案
4.2.1.2】)を前提とする場合も、
狭義の所有権留保による留保所有権の優先という政策的
な必要性を強調すれば、留保所有権は担保ファイリングなくして譲渡担保権に優先する
とすることも考えられる。他方、留保所有権について対抗要件を要するという立場(
【案304.1.3.2】)を採ると、
差押債権者や管財人に対する関係で対抗要件が必要であるにもかか
わらず、他の担保権者に対する関係では対抗要件も不要とするのは一貫しないように思
6 松本・判解平成 30 年 12 月7日 2227 頁、田髙・所有権留保の効力と法的構成に関する一考察 224 頁
7 和田勝行「破産・民事再生手続における(第三者)所有権留保の取り扱いに関する一考察」法学論叢
180 巻5・6号 699 頁(2017 年)は、解釈論上の対応として、流動動産譲渡担保権者が先行して包括
的に対抗要件を具備している場合、留保売主は自己の権利を保全することが不可能な状況にあり、譲渡
担保権者の権利から自衛する手段がなくなること、被担保債権の発生と所有権留保の目的物の責任財産
への流入が等価関係に立つ限り、流動動産譲渡担保権者の地位は所有権留保売買の存在によって影響を
受けないことなどから、留保売主が目的物の引渡しと同時に対抗要件を備えることを条件に、先行する
流動動産譲渡担保権者との関係では常に留保売主の優先を認めるべきであるとする。 6われ、
【案 4.1.3.2】は、留保所有権が当然に競合する譲渡担保権に優先するという立場
とは結びつかないように思われる。
(5) このほか、狭義の所有権留保による留保所有権を優遇する方法としては、留保所有権
について対抗要件や担保ファイリングが必要であるとしても、これらを具備するための
時間的な猶予を与え、例えば引渡し前又は引渡し後一定期間内に対抗要件や担保ファイ5リングが具備された場合には、競合する譲渡担保権に優先するものとすることが考えら
れる。
比較法的にはこのような制度があり、例えば、UCC は、先行して設定された担保権が
優先することを原則としつつ、購入代金債権担保権と他の担保権の優劣関係について、
目的物の種類に応じ、次のような例外的なルールを設けている。まず、目的物が在庫商10品でも消費者物品でもない場合、購入代金担保権は、設定者が目的物を取得する前にフ
ァイリングを経ているか、引渡し後 20 日以内にファイリングその他の対抗要件を具備
した場合、競合するファイリングを経た他の担保権に優先する。目的物が消費者物品で
ある場合、
購入代金担保権は自動的に対抗可能になるため、
常に、
引渡し後 20 日以内の
対抗要件具備という要件を常に満たすことになり、競合する他の担保権に優先する。目15的物が在庫商品である場合、1買主が目的物の引渡しを受ける前に、購入代金担保権者
が対抗要件を具備していること、2購入代金担保権者が、競合する担保権者に通知を発
送していることなどの要件の下で、購入代金担保権が競合する他の担保権に優先する8。
上記の考え方は、このような比較法的な立法例を参考とするものである。留保所有権
と譲渡担保権との優劣を判断するに当たっての基準時となるのが、留保所有権について20の対抗要件具備時である場合(
【案 4.1.3.2】かつ【案 4.2.1.1】
)又は担保ファイリング具
備時である場合(
【案 4.2.1.2】
)に、このような考え方を採るかどうかが問題となる。こ
れに対し、留保所有権について担保ファイリングも問題にならない場合(
【案 4.1.3.1】
かつ【案 4.2.1.1】
)には、採ることができない。
4 拡大された所有権留保による留保所有権の取扱い25被担保債権が代金債権以外の債権である場合(拡大された所有権留保の場合)には、被
担保債権と目的物との間に牽連性はなく、
留保所有権を優遇する前記の理由が妥当しない。
そこで、狭義の所有権留保による留保所有権を優遇するための特則を設けるとしても、拡
大された所有権留保による留保所有権については、
(目的物の売買代金債務を担保する部
分も含めて)
全体について他の担保に対する優遇を認めない考え方があり得る。
【案 4.2.1.1】30による場合には、留保所有権については対抗することができるようになった時点を基準と
し、譲渡担保権について対抗要件が具備された時点との前後により、優劣が定められる。
これに対し、
【案 4.2.1.2】による場合には、留保所有権についても担保ファイリングを要
することとし、これと譲渡担保権について担保ファイリングがされた時点との前後によっ
て優劣が定められる。35これに対しては、被担保債権に代金債権以外の債権が含まれることにより、代金債権を
担保する部分についても留保所有権の優遇が失われるのは適当でないとの指摘もある。そ
8 青木則幸「アメリカ合衆国の動産・債権を中心とした担保法制に関する調査研究」
(別冊 NBL177 号
374〜375 頁) 7こで、として、拡大された所有権留保においても、代金債権の限度では留保所有権が他の
担保に優先するものとし、それ以外の部分(代金債権以外の債権を担保する部分)につい
ては優遇を否定することも考えられる。もっとも、この考え方によると、一つの担保権で
あるのに他の担保との関係で一律に優劣が決まらず、一部が優先して一部が劣後するとい
う事態が生じ得ることになり、法律関係が複雑になるおそれがある。55 狭義の所有権留保への該当性
狭義の所有権留保を担保担保研との関係で優遇する一方で、拡大された所有権留保につ
いては、その範囲はともかくとして優遇を否定するとすると、いずれに該当するかが重要
な問題になる。
一定の期間中に複数の売買契約が締結されることが予定されており、その期間中にされ10た売買契約に基づく代金債務が完済されない間は、その期間中に譲渡された目的物の所有
権が売主に留保されるという所有権留保売買契約においては、個々の代金債務と留保所有
権の対象が必ずしも対応していない(期間中に締結された売買契約1の目的物が売買契約
2に基づく代金債権をも担保することになる。)。しかし、合理的な長さの期間内に頻繁に
売買契約が繰り返されるという取引の実態がある場合には、その期間内で代金債権と目的15物が対応しているのであれば、留保所有権を優遇する趣旨は妥当すると考えてよいように
思われる。
また、信販会社等が関与する三者間の所有権留保においては、代金債権だけでなく信販
会社の手数料を完済するまで所有権が売主に留保されることとされることがあるが、この
手数料が利息に相当するものであるのであれば、留保所有権を優遇する趣旨は妥当し、狭20義の所有権留保として扱ってよいと考えられる。
第2 新たな規定に係る担保権と他の担保物権との優劣関係
1 動産質権と新たな規定に係る担保権との優劣関係
(1) 動産質権と新たな規定に係る担保権とが競合する場合の優劣関係については、次のよ25うな考え方があるが、どのように考えるか。
【案 5.2.1.1】動産質権については設定時(引渡時)を基準とし、新たな規定に係る担保
権については第三者に対抗することができるようになった時点を基準とし、優劣はその
前後による。
【案 5.2.1.2】動産質権については設定時(引渡時)を基準とし、新たな規定に係る担保30権については担保ファイリングの時点を基準とし、優劣はその前後による。
【案 5.2.1.3】動産質権と新たな規定に係る担保権とが競合する場合の優劣関係について
は、担保ファイリングの前後による。
(2) (1)にかかわらず、新たな規定に係る担保権の被担保債権が目的物の売買代金債権であ
る場合に、その担保権が動産質権に優先するものとするかどうかについて、どのように35考えるか。
(説明)
1 本項における検討事項 8本項は、同一の動産について、動産質権と新たな規定に係る担保権が競合する場合にお
ける優劣関係について検討するものである。
動産の所有者が当該動産について新たな規定に係る担保権を設定し、その後も引き続き
当該動産を占有していたが、更にその後、別の債権者のために動産質権を設定したという
事案9や、動産の買主が売主のために新たな規定に係る担保権を設定し、その後に当該動産5について別の債権者のために動産質権を設定した場合10に、
競合関係が生ずる。
また、
これ
とは逆に先に動産について質権が設定され、当該動産について新たな規定に係る担保権が
設定され、指図による占有移転又は動産譲渡登記によって対抗要件が具備されるというこ
とも考えられ、
このような場合にも動産質権と新たな規定に係る担保権の競合が生じ得る。
2 質権について設定時を基準とする考え方10【案 5.2.1.1】及び【案 5.2.1.2】は、いずれも、動産質権と新たな規定に係る担保権との
優劣を決定するに当たり、動産質権についてはその設定の時点を比較の基準とするもので
ある。
これは、
質権同士が競合した場合にはその順位は設定の前後によるとされている(民法第 355 条)ことを踏まえたものである。なお、同条の文言上は「設定」の前後によると
されているが、引渡しがあるまで質権の効力が生じない(民法第 344 条)から、引渡しが15基準になると解されている11。これによれば、本文においても同様に、
「設定」は引渡しの
時点を意味することになると考えられる。
現行法の動産譲渡担保については、
「引渡し」の前後によって優劣が決定されるが、この
引渡しには占有改定が含まれているため、優先する譲渡担保権を認識することが困難であ
るとの問題が指摘されている。しかし、動産質権の設定要件としての引渡しには占有改定20は含まれない(民法第 345 条参照)から、第三者からみて優先する動産質権の存在を認識
することが困難であるという問題は生じない。
【案 5.2.1.1】と【案 5.2.1.2】は、新たな規定に係る担保権についてどのような時点を基
準時とし、動産質権の設定と比較するかという点で異なる。
【案 5.2.1.1】は、この点につ
いて、第三者に対抗することができるようになった時点を基準とする。これは、新たな規25定に係る担保権同士が競合した場合について、それぞれの担保権が第三者に対抗すること
ができるようになった時点を基準とする【案 4.2.1.1】を前提とするものである。具体的に
は、担保目的取引規律型による場合には、譲渡担保権については対抗要件(引渡し又は登記)具備時、
所有権留保については対抗要件の要否に応じて対抗要件具備時又は成立時が、
担保物権創設型による場合には、対抗要件(その内容については【案 4.1.1.2】参照)具備309 担保目的取引規律型で規定を設けた場合、設定者が担保の目的で動産を譲渡して第三者対抗要件も具
備された場合には、設定者は所有者ではなくなるから、その後は質権を設定することはできないとも考
えられる。しかし、譲渡担保権の設定者が重ねて譲渡担保権を設定することができるとされていること
からすると、譲渡担保権者が質権を設定することもできると考えられる。
10 担保目的取引規律型で規定を設けた場合、所有権留保買主には所有権が移転しないという立場による
と、所有権留保買主が質権を設定することはできないとも考えられる(ただし、いずれにしても質権が
即時取得される場合はある。)。悪意又は過失がある者のために質権を設定することができるかは、所有
権留保買主が重ねて譲渡担保権を設定することができるか(留保所有権と譲渡担保権が競合するか)と
いう問題と類似する(第1、1の(説明)2参照)。11 道垣内弘人『担保物権法〔第4版〕』(有斐閣、2017。以下「道垣内・担保物権法」で引用)87 頁、
道垣内弘人編『新注釈民法(6)』
(有斐閣、平成 31 年。以下「新注民(6)」で引用)513 頁〔直井義典〕 9時が基準となり、これらの時点と動産質権の設定時(引渡時)の前後によって優劣が決ま
る(ただし、狭義の所有権留保による留保所有権については、本文(2)の特則を設けるかど
うかが問題になる。)。
これに対し、
【案 5.2.1.2】は、新たな規定に係る担保権同士が競合した場合に担保ファ
イリングの前後によってその優劣を決めるという【案 4.2.1.2】を前提として、質権との競5合が生じた場合についても、新たな規定に係る担保権については担保ファイリングがされ
た時点を基準とし、これと動産質権の設定時(引渡時)との前後によって優劣を決しよう
とするものである。
3 質権についても担保ファイリングを導入する考え方
【案 5.2.1.3】は、新たな規定に係る担保権が他の担保権と競合した場合、担保ファイリ10ングの時点を基準として優劣を決する
【案 4.2.1.2】
を前提として
(この点では
【案 5.2.1.2】
と同じ。)、動産質権についても担保ファイリングがされた時点を基準とし、いずれも担保
ファイリングの時点の前後によって優劣を決することとするものである。これは、担保権
の優劣関係を担保ファイリングの前後によって決定することを徹底するものである。新た
な規定に係る担保権だけでなく動産質権についても担保ファイリングの対象とし、動産を15目的とする担保権の優劣関係を一元的に担保ファイリングによって決することとすれば、
動産に関する担保権の優劣関係は一元的に担保ファイリングに表示されていることになり、
動産に関する権利関係は、第三者にとってかなり明確になる。
もっとも、質権者は目的物を現実に占有するため、現状でも第三者が担保権の存在(少
なくとも、動産質権者が当該動産について何らかの権利を有すること)を知ることは容易20であり、更に担保ファイリングを具備する必要性に乏しいのではないかとも考えられる。
他方で、現状では、動産質権者は目的物の引渡し(占有改定を除く。
)を受けることによっ
て、動産質権の設定の効力を生じさせるとともに、対抗要件を具備し、更に他の担保権に
対する優先順位を得ることもできるのに対し、
【案 5.2.1.3】によれば、動産質権者は引渡
しを受けるだけでは優先順位を得ることができず、これを確保するためには担保ファイリ25ングを得なければならないこととなり、現行法に比べて質権設定のコストが増大するとも
考えられる。また、
【案 5.2.1.3】によれば、動産質権同士が競合した場合や、動産質権と
先取特権が競合した場合についても、動産質権については担保ファイリングの時点を基準
として優劣を決することとしなければ一貫しないのではないか
(民法第 334 条や 355 条を
見直す必要はないか)も問題になり得る12。304 狭義の所有権留保の取扱い
本文(2)は、新たな規定に係る担保権の被担保債権がその目的物の売買代金債権である場
合に、これを質権に優先させるかどうかという問題を提起するものである。被担保債権と
目的物との間の牽連性が強い場合にその担保権を優遇するという政策判断をするとすれば
(前記第1、1の(説明)3参照)
、それは質権との間でも妥当するとも考えられる。優遇35する場合、その範囲については、前記第1、1の(説明)4同様の問題があり、これと整
12 例えば、民法第 355 条を維持し、質権が複数ある場合の優劣は設定の前後によることとした場合、
質権 A、質権 B の順に設定され、さらにその後に新たな規定に係る担保権 C が設定されたが、担保フ
ァイリングは、B→C→A の順であった場合、どのように優先するのかを決定することが困難になる。 10合的なルールを設ける必要がある。
狭義の所有権留保による留保所有権を優遇する規律を設ける場合本文(1)の規律は、譲渡
担保権及び拡大された所有権留保による留保所有権について妥当することになる。
もっとも、集合動産を目的財産とする動産質権は考えられないから、留保所有権につい
て対抗要件や担保ファイリングを基準時とするという原則を維持したとしても、集合動産5譲渡担保と異なり、動産質権についてあらかじめ対抗要件等が具備されていて、留保所有
権者が優先する手段がないということは生じない。このため、動産質権との関係について
は、留保所有権を優遇する規定を設ける必要性は乏しいとも考えられる。どのように考え
るべきか。
5 即時取得がされた場合の取扱い10新たな規定に係る担保権が設定されている動産について質権が設定され、質権が即時取
得される場合や、質権が設定されている動産について新たな規定に係る担保権が設定され
てこの担保権が即時取得される場合がある。全くの無権利者からでもこれらの担保権を即
時取得することができることからすれば、既存の担保権の存在について善意無過失である
者が新たに担保権の設定を受けた場合に、設定を受けたのが後だからといって、先の担保15権に劣後するとするのは矛盾であるとも考えられる。そうすると、即時取得された担保権
が最優先することになるが、どのように考えるか13。
2 先取特権と新たな規定に係る担保権との優劣関係
先取特権と新たな規定に係る担保権がどのような場面で競合すると考えられるか。新た20な規定に係る担保権と先取特権が競合する場合に、その優劣関係についてどのように考え
るか。
(説明)
1 本項における検討事項1425本項は、先取特権と新たな規定に係る担保権がどのような場合に競合するか、競合する
場合、その優劣についてどのように考えるかという問題を検討しようとするものである。
例えば、不動産賃貸借の先取特権や動産売買の先取特権の目的物である動産について、
所有者が担保目的で譲渡したり、新たに設ける担保物権を設定したりした場合に、これら
の問題が生ずる。また、新たな規定に係る担保権が設定されて引き続き設定者が占有して30いる動産が先取特権の目的物の範囲に含まれることになった場合15にも、これらの問題が
生じ得る。
13 指図による占有移転によって質権の設定及び質権の即時取得が可能であるとすると、同様の問題は、
質権の目的物である動産について重ねて質権が設定され、その質権が即時取得された場合に、それぞれ
の質権の優劣関係はどうなるのかという形で、現行法においても生じ得る。
14 関連する立法提案として松本財団要綱試案〔207〕があり、
「同一の動産について、抵当権および先
取特権が競合する場合には、抵当権は、民法 330 条1項に規定する第1順位の先取特権と同順位とす
る」とする(私法 31 号7頁(1969))。
15 設定者が賃借している建物等にその動産を持ち込んだ場合(民法第 313 条)
、設定者が旅館にその動
産を持ち込んだ場合(民法第 317 条)
、設定者がその動産の運送を委託した場合(民法第 318 条)など
が考えられる。 112 新たな規定に係る担保権と先取特権の競合の可能性
(1) 新たな担保物権を創設するとすれば、当該担保物権が設定された物についてその後に
先取特権が成立するに至った場合であっても、先取特権の目的である動産についてその
動産の所有者が新たに設けられた担保物権を設定した場合でも、その動産について先取
特権と新たに設けられた担保物権が競合することになると考えられる。5これに対し、担保目的取引規律型の立法においては、先取特権の目的物である動産を
所有者が担保目的で譲渡して引き渡した場合に、先取特権者は当該動産について先取特
権を行使することができなくなるのではないか(民法第 333 条)
、担保目的で譲渡され
た動産が民法第 313条等に定める先取特権の目的物の範囲内に含まれることになったと
しても、譲り渡した者は当該動産の所有者ではないからその者を債務者とする先取特権10は成立しないのではないかという疑問が生ずる。また、所有権留保売買においては代金
が完済されるまで所有権の移転は生じない(したがって、所有権留保買主は代金完済ま
で一度も所有権を取得しない。
)という考え方に立った場合も、同様に、留保所有権の目
的動産について先取特権は成立しないのではないかという疑問が生ずる。このため、担
保目的取引規律型を取る場合には、そもそも新たな規定に係る担保権と先取特権が競合15するかどうかを検討する必要があると思われる16。
(2) 現行法の集合動産譲渡担保と動産売買先取特権について、最判昭和 62 年 11 月 10 日
民集 41 巻8号 1559 頁は、
譲渡担保権設定者Aが譲渡担保権者Bのために流動動産譲渡
担保権を設定し、その集合物について占有改定による引渡しを受けたところ、AがCか
ら買い受け、Cの動産売買先取特権の目的となっている動産がその集合物の構成部分と20なった事案において、Bは民法第 333 条の第三取得者に当たるから、Cは先取特権を行
使することができなくなるとしている。この判例は、動産売買先取特権と譲渡担保権と
の競合は生じない(動産売買先取特権は消滅し、譲渡担保権のみが存することになる。)という見解を採るべきことを明らかにしたものとされている17。もっとも、昭和 62 年最
判は、債務者が譲渡担保権を設定したときは債務者にはもはやその目的物である動産を25他の債権者のための物的担保に供する権限は残されていないという評価を前提としたも
のであるのに対し、その後に現れた最判平成 18 年7月 20 日民集 60 巻6号 2499 頁は
後順位の譲渡担保権の成立の可能性を認めており、債務者が譲渡担保権を設定したとき
も、債務者にはなおその目的物である動産を他の債権者のための物的担保に供する権限
が残されているという評価を基礎とするものであり、これによって昭和 62 年最判は将30来において変更される可能性が高くなったという評価がある18。
学説には、譲渡担保権が担保手段に過ぎないことを重視して、同一の動産について先
16 もっとも、譲渡担保権の目的動産の所有権が売主に帰属しているとしても、なお不動産賃貸の先取特
権、旅館宿泊の先取特権、運輸の先取特権は即時取得によって成立することがあり(民法第 319 条)、このような場合には先取特権と譲渡担保権が競合するといわざるを得ない。留保所有権についても同様
である。
17 田中壯太・最判解民事篇昭和 62 年度(1990 年)686 頁、689 頁
18 水津太郎「動産譲渡担保権と動産売買先取特権の優劣」加藤新太郎=太田勝造=大塚直=田髙寛貴編
『21 世紀民事法学の挑戦 上巻』
(加藤雅信先生古稀記念)
(2018 年、信山社) 12取特権と譲渡担保権は競合し得るとする見解が主張されている19。また、先取特権の目
的物が譲渡担保の目的財産である集合物に含まれるに至った場合については、個々の動
産について譲渡担保権が成立しているのではないと考えることを前提に、譲渡担保権者
は先取特権の実行に対して何ら異議を述べることはできないとする見解20が主張されて
いる。5(3) 譲渡担保権が設定された目的物についてその設定者に対する債権を被担保債権とする
先取特権が成立するかどうかは、その目的物に担保を設定する権限を譲渡担保権設定者
が有しているかどうかによる21。譲渡担保権者が重複して譲渡担保権を設定することが
できると考えることを前提とすれば、先取特権の成立を認めてよいように思われる。留
保所有権の目的物について先取特権が成立するかどうかについても、留保所有権と譲渡10担保権が競合し得るかと同じ問題であり、この点については第1、1と整合的に考える
必要がある。
先取特権の目的物について譲渡担保権が設定され、譲渡担保権者に引き渡された場合
については、
譲渡担保権者が民法第 333 条の
「第三取得者」
に該当するかどうかによる。
同条の「第三取得者」は一般には所有権を取得した者と解されているが、譲渡担保権が15設定されても所有権移転の効果は担保目的を達成するために必要な限度でのみ生ずるの
であり、
譲渡担保権者は完全な所有権を取得した者とは異なるから、
この点で同条の
「第
三取得者」に当たらないという解釈もあり得る。
3 先取特権と新たな規定に係る担保権の優劣関係
(1) 先取特権と譲渡担保権とが競合する場合、その順位をどのように定めるかが問題にな20る。
現行法の動産譲渡担保と先取特権との優劣について、学説上は、動産質権に関する民
法第 334 条を類推適用し、
譲渡担保権は民法第 330 条の第1順位の動産先取特権と同一
順位の効力を有するとの見解が主張されている22
・23。
民法第 334 条を類推適用する見解
は、動産譲渡担保に一番近接した動産の法定担保物権は質権であり、動産質権より効力25を弱めることは妥当でないこと、民法第 330 条第1項の第1順位の先取特権の目的物は
先取特権者の支配下にあり、譲渡担保権が先に設定されていても、それを知らない先取
特権者は先取特権の行使を期待し得る立場に立ち、
その期待は保護されるべきであるし、
譲渡担保権が後に設定された場合には、譲渡担保権者はそれらの先取特権の存在を予測
し得るから、不測の損害を被ることはないことを理由とする24。3019 田原睦夫『実務から見た担保法の諸問題』
(弘文堂、2014。以下「田原・諸問題」で引用)22 頁
20 道垣内・担保物権法 342 頁
21 この点についてどのように考えるにせよ、譲渡担保権の設定を受けた者が善意無過失である場合に
は、先取特権が善意取得される可能性がある(民法第 319 条)
。この場合にはいずれにしても譲渡担保
権と先取特権が競合する。
22 田原・諸問題 22 頁
23 このほか、先取特権の即時取得に関する民法第 319 条を拡大解釈し、目的物が債務者の占有使用下
にあり、この使用関係について先取特権者が善意無過失である場合には、先取特権者を優先させるとい
う見解、優劣を定める明文の規定がない以上、成立の順序に従って優劣を定めるべきであるとする見解
などがあるとされる。
24 田原・諸問題 22 頁 13(2) 動産を目的とする約定担保権と先取特権が競合した場合の優劣関係に関する実定法の
規定の例としては、民法第 334 条のほか、商法第 848 条第2項、農業動産信用法第 16
条、自動車抵当法第 11 条、航空機抵当法第 11 条、建設機械抵当法第 15 条がある。若
干表現を異にするものがあるが、おおむね、それぞれの規定する動産抵当権が先取特権
と競合した場合は、民法第 330 条第1項に規定する第1順位の先取特権と同順位とする5と規定している。
(3)ア 新たな規定に係る担保権と先取特権とが競合する場合、現行法の譲渡担保に関する
学説の考え方を踏まえ、新たな規定に係る担保権を動産質権と同様に民法第 330 条の
第1順位の先取特権と同様の効力を認めるものとすることが考えられる。もっとも、
新たな規定に係る担保権は非占有型の担保権であるため、動産質権に関する規定と同10様の扱いをしてよいかについては、更に検討を要する。
イ 民法第 330 条第1項が不動産賃貸の先取特権等を第1順位としたのは、これらの先
取特権がいずれも債権者の通常の期待を保護することにあるところ、他の先取特権が
存在していても、それを債権者が知らない限り、やはり期待が形成されてしまうから
であるとした上で、民法第 334 条については、質権は目的物から優先弁済を受けるこ15とを期待して設定された担保権であり、保護すべきことは第1順位の先取特権と同様
だからであるという説明がある25。このように、動産質権における優先弁済への期待
や当事者の合理的意思という点に着目し、これが第1順位の先取特権と共通すること
から民法第 334 条の規定の趣旨を説明するのであれば、このような期待や合理的意思
が認められる限り、占有を必ずしも要件としない担保権について同条と同様の規定を20設けることも可能であると考えられる。現に、特別法上の動産抵当権は担保権者によ
る占有を要件としない担保権であるが、これが先取特権と競合した場合、第1順位の
先取特権と同順位であると扱われている。
これに対し、民法第 330 条の第1順位の先取特権は、その目的物が先取特権者の事
実上の支配下にあり、債権者がその動産を自らの債権の引当てとして期待するとの黙25示の合意ないし黙示の動産質の観念に基づくものであり、この点で、債権者が目的物
の占有を要件とする動産質権と類似し、一種の法定された質権のような性格を有して
いるとした上で、それゆえ、約定担保権である動産質権についても、当事者間の意思
の推測ないし黙示の質の観念に基づく先取特権と同じ順位になるとされたとの説明が
ある26。また、民法第 330 条及び第 334 条の立法経緯を検討した上で、これらの規定30の起草者は、第1順位の先取特権者及び動産質権者の目的物に対する事実的支配に着
目して両者を同様に扱おうとしていたものであると指摘するもの27もある。
民法第 334
条が、動産質権の占有型担保権としての性格に第1順位先取特権との共通性を見いだ
しているとすれば、非占有型の担保権について同条と同様の規律を設けるためには、
動産を目的とする約定担保権であるという以外の正当化理由が必要になる。35ウ 他方、技術的な観点からいえば、次のような点についても考慮が必要である。すな
25 道垣内・担保物権法 78 頁
26 新注民(6)402 頁、431 頁〔今尾真〕
27 阿部裕介「動産担保における優先順位の変更」法学第 84 巻3・4号(令和2年)366 頁 14わち、
同一の動産について先取特権と新たな規定に係る担保権が競合するだけでなく、
更に動産質権が競合する場合も考えられ、このような場面について優劣関係を決定す
ることができるようなルールにしておく必要がある。民法第 334 条を維持して動産質
権を第1順位の先取特権と同等と扱うことを前提とした場合に、新たな規定に係る担
保権の順位が動産質権と異なることになると、先取特権に対する優劣関係が動産質と5新たな規定に係る担保権とで異なることが生じ得、他方で動産質権と新たな規定に係
る担保権は前記1の基準によって決まるため、その順序が相互に矛盾するということ
が生じ得るのではないか。このような事態を回避しようとすれば、動産質権と新たな
規定に係る担保権の先取特権に対する順位はそろえておくことが望ましいように思わ
れる。104 新たな規定に係る担保権者の主観的事情による順位の変更
民法第 330 条第2項は、同条の第1順位の先取特権者が債権を取得した時に第2順位又
は第3順位の先取特権者があることを知っていたときは、これらの者に対して優先権を行
使することができないと規定しており、これは民法第 334 条の規定によって第1順位の先
取特権と同一の権利を有するとされる動産質権についても適用される。15仮に、新たな規定に係る担保権が先取特権と競合した場合には第1順位の先取特権と同
一の権利として扱われるとすると、民法第 330 条第2項も併せて適用され、新たな規定に
係る担保権の担保権者が第2順位、
第3順位の先取特権者があることを知っていたときは、
優先権を行使することができないことになると考えられる。悪意の基準時は条文上「債権
取得の時」
(質権の場合、設定時と解されているようであり、約定担保権という点で共通す20る新たな規定に係る担保権についても同様であると考えられる。)とされているが、
その担
保権が集合動産を目的とするものである場合、集合動産を目的とする担保権の設定時にお
いて、その後に集合物の構成部分となるに至った個別の動産が先取特権の対象になってい
ることを具体的に知ることはできない。このため、担保権者は善意であると扱う立場も考
えられるが、現行法の集合動産譲渡担保については、1個々の動産が集合物の構成部分と25なった時点を基準とする見解、2譲渡担保権設定者の営業の種類や実態、担保権者のその
把握の程度、担保目的物の種類等から、動産の搬入時において、当該動産が搬入されたと
いう事実を担保権者が知っていたなら、当該動産が先取特権の拘束を受けていることを知
っていたであろうかということで判断すべきであるとの見解28、3当該動産が集合物の構
成部分であることを知った時点で、それが動産先取特権の拘束を受けていることを現実に30知っていた場合に悪意と扱うという見解29等が主張されている。
5 狭義の所有権留保の取扱い
新たな規定に係る担保権の被担保債権がその目的物の売買代金債権である場合に、これ
を先取特権に優先させるかどうかも問題となる。被担保債権と目的物との間の牽連性が強
い場合にその担保権を優遇するという政策判断をするとすれば(前記第1、1の(説明)353参照)
、それは先取特権との間でも妥当するとも考えられる。例えば、所有権留保買主が
28 角紀代恵「動産売買先取特権と集合動産譲渡担保権の優先関係」ジュリスト 854 号 121 頁(1986年)29 角紀代恵「判批」法協 107 巻1号 148 頁 15目的物を賃借建物内に持ち込んだ場合、所有権留保売主の信用供与によって買主の財産に
加入した物について他の債権者のための担保権が成立し、所有権留保売主がこれに優先す
ることができない(同順位になる)ことになるが、目的物と留保所有権との牽連性からす
れば、留保所有権を優先すべきであるようにも思われる。どのように考えるか30。
6 先取特権と競合する担保権が複数ある場合の規律5同一の動産について、
先取特権と並んで新たな規定に係る担保権が複数存在する場合に、
どのようにその優先劣後を決定すべきかが問題になる。次のような考え方があり得るが、
どのように考えるか31。例えば、240 の価値のある動産について、運輸の先取特権(債権者A)、狭義の所有権留保売買契約による担保権(債権者 B)
、担保目的の譲渡による担保権
(債権者 C)
、質権(債権者 D)が被担保債権額をそれぞれ 100 として存在するときは、10まず、A から D までを同一順位と扱い、A には 60 が割り付けられる。そして、B、C、D
の三者に配分される額の総額である 180 の配分については、新たな規定に係る担保権同士
の優劣関係のルールに従い、被担保債権と目的物の牽連性がある場合を優先するルールを
採用するのであれば B に優先的に配分されこととなって、B が 100 を取得し、C と D と
は前記1の規律によって残りの 80 の割り付けを受けることになる。15第3 債権を目的とする担保(債権質又は債権の担保目的譲渡)の優劣関係
1 原則
【案 5.3.1.1】
同一の債権を目的とする数個の担保(債権質又は債権の担保目的譲渡)があるときは、20その順位は、法令に別段の定めがある場合を除き、その担保を第三者に対抗することがで
きるようになった時の前後によるものとする。
【案 5.3.1.2】
債権を目的とする担保権が競合した場合にその優先順位を決定するためのファイリング
制度を設け、同一の債権について第三者対抗要件を具備した数個の担保権があるときは、25その順位は、法令に別段の定めがある場合を除き、担保ファイリングの前後によるものと
する。
(説明)
1 本項は、債権質及び債権の担保目的譲渡の双方が併存することを前提として、これらが30競合した場合に、その優劣関係を定める基準を取り上げるものである。債権を目的とする
担保が競合する場合には、競合する権利がいずれも債権質である場合、いずれも債権の担
保目的譲渡である場合、債権質と債権の担保目的譲渡の双方が含まれる場合がある。
30 生熊・法的構成・優劣 106 頁は、留保所有権と動産先取特権が競合する場合、留保所有権が売主の
ために成立することを前提に買主は目的物を取得できたのだから、留保所有権者を優先させるべきであ
るとする。
31 本文の考え方に対し、生熊・法的構成・優劣 106〜107 頁は、前注のとおり、留保所有権は第1順位
の先取特権に優先するとした上で、運輸の先取特権、動産譲渡担保権が登場した後で質権が設定された
ときは、これらは同順位として扱うとする。 16また、ここでは、債権質と債権の担保目的譲渡の双方について、確定日付のある証書に
よる通知又は承諾及びこれらがあったとみなされる債権譲渡登記が第三者対抗要件とされ
ることが前提となっている。
債権質が競合した場合の質権の順位については民法第 362条第2項によって動産質の順
位に関する民法第 355 条が準用されると解されており32、これによれば、その順位は設定5の前後によることとなる。もっとも、民法第 355 条は、目的物の引渡しが効力発生要件と
して必要とされ(民法第 344 条)
、その引渡しによって対抗要件が具備されるという動産
質に即した規定であり、設定契約により効力が発生し、対抗要件が別個に定められている
(民法第 364 条)債権質について民法第 355 条を準用するに当たっては、設定契約の前後
で順位が定まると解すべきではなく、対抗要件具備の前後により順位が定まるという解釈10論が有力である33。さらには、債権質の設定要件として債務者対抗要件が必要であるとす
る見解があり34、この見解によっても債務者対抗要件を具備した時点の前後によることに
なる。しかし、いずれにせよ、条文上は明確ではない。他方、現行法の下での債権譲渡担
保については、第三者対抗要件を具備した時点の前後によることになる。
2 債権を目的とする担保として債権質と債権の担保目的譲渡が併存する場合には、債権質15と債権譲渡担保が競合することもあることを考えると、統一した基準によってその順位を
決定すべきである。
【案 5.3.1.1】は、第三者対抗要件を具備した時点の前後によって決することとする(現
在の債権譲渡担保が競合した場合の優劣関係の決定と同じ)ものであり、
【案 4.2.1.1】と
同様の考え方である。20これに対し、
【案 5.3.1.2】は、対抗要件具備の前後と担保の優劣の基準を区別すること
ができることを前提として、ファイリングの前後によって優劣を決することとするもので
あり、前記第2、1の【案 4.2.1.2】と同様の考え方である(債権質も利用することができ
る担保ファイリング制度を設けることを前提とする。)。
【案 5.3.1.2】については、確定日
付のある証書による通知又は承諾には迅速さ、コストの低さというメリットがあり、これ25に加えて担保ファイリングを備えなければならないとするのは担保取引をする者にとって
負担が大きいとの指摘がある。また、
【案 5.3.1.2】によれば、債務者に対する通知又は承
諾の順序と債権について担保を有する者の優先順位が異なるなど、動産と異なり債務者の
利益についても配慮が必要であるとの指摘がある。
【案 4.2.1.1】と【案 5.3.1.1】、【案 4.2.1.2】と【案 5.3.1.2】はそれぞれ同様の考え方で30あるが、動産について案 4.2.1.1 を採るのであれば債権について【案 5.3.1.1】を、動産に
ついて【案 4.2.1.2】を採れば債権について【案 5.3.1.2】を必然的に採ることになるわけで
はない。動産について【案 4.2.1.2】を採りつつ債権については【案 5.3.1.1】を採るという
32 新注民(6)543 頁〔直井義典〕参照
33 道垣内・担保物権法 113 頁。我妻榮『新訂擔保物權法(民法講義III)』(有斐閣、1968)182 頁は、
債権証書のある債権についての質権設定において証書の交付が必要とされていた旧 363 条に関連する叙
述であるが、将来作成される証券が作成後にも交付されないままに複数の質権が設定された場合や設定
が時期的に後れる質権者に証書が交付された場合につき、
「両質権者間の優劣は、専ら質権設定の対抗
要件、すなわち、確定日附のある証書の有無・日附の前後によって決すべきである」とする。
34 松岡久和『担保物権法』
(日本評論社、2017)221 頁 17考え方、逆に、動産について【案 4.2.1.1】を採りつつ債権については【案 5.3.1.2】を採る
という考え方もあり得る。
2 通知・承諾と登記との優劣関係
【案 5.3.2.1】5通知・承諾と登記との優劣関係について、規定を設けない。
【案 5.3.2.2】
登記により対抗要件を備えた債権担保は、通知・承諾のみにより対抗要件を備えた担保
に優先するものとする。
【案 5.3.2.3】10担保の目的が集合債権である場合(担保の目的である債権を範囲で特定した場合)は、
登記により対抗要件を備えた担保は、通知・承諾のみにより対抗要件を備えた担保に優先
するものとする。
(説明)151 動産について登記優先ルールを採るかどうかという問題と同様に、前記1について【案
5.3.1.1】を採った場合には、債権についても登記が通知・承諾に優先するという考え方が
あり得る。本文の【案 5.3.2.1】から【案 5.3.2.3】までは、
【案 4.2.2.1】から【案 4.2.2.3】
までに対応するものである。
2 もっとも、動産については占有改定や指図による占有移転などのように外形的な変化を20全く伴わない方法によっても第三者対抗要件を具備することができるため、後行する融資
者が担保権を取得したところ、第三者対抗要件を具備した先行する担保権者が存在したと
いう事態が生ずるが、債権については第三債務者に対する通知又は第三債務者の承諾が必
要であり、債権を担保として融資しようとする者は第三債務者に対して問い合わせること
によって先行する担保権の存否を確認することができる。このため、動産と債権とでは事25情が異なり、動産について登記優先ルールを採用するとしても、債権について登記優先ル
ールを採用しなければならないわけではない。
第4 動産・債権譲渡登記制度の在り方
1 動産及び債権を目的とする担保権の登記制度の在り方30動産・債権譲渡登記制度を見直す必要があるか。また、どのような観点から動産・債権
譲渡登記制度を見直すべきか。
(説明)
1 動産・債権譲渡登記制度の見直しの要否35登記に民法第 178 条の引渡しや民法第 467 条の確定日付のある証書による通知等と同
様の法律効果を与えるものとされている現行の動産・債権譲渡登記制度を改めるべきか否
かについては、議論があり得る。特に、
【案 4.2.2.2】等に従って、登記により対抗要件を
備えた担保権が他の方法により対抗要件を備えた担保権に優先するものとする場合には、 18自己の権利を保全するために登記を行うことの重要性が現在よりも高まる可能性がある。
動産・債権譲渡登記に関する具体的な検討事項として、次のようなものが考えられる。
2 自然人がする動産又は債権の譲渡について
動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(平成 10 年法律第
104 号、以下「動産・債権譲渡特例法」という。
)第1条は、同法の適用を法人がする動産5譲渡に限定している。これは、動産・債権譲渡登記制度が、企業が保有する資産を活用し
た資金調達の円滑化を図ることを目的として創設されたものであり、その目的は、法人が
する動産や債権の譲渡を登記の対象とすることによって達することができると考えられた
ためである35。
また、
仮に自然人がする動産や債権の譲渡を動産・債権譲渡登記の対象とし
た場合、その資金調達に当たって、事業用資産だけでなく生活に必要な資産までを譲渡担10保に供するように債権者から強要される事態が生ずることが懸念され36、さらに、登記制
度の利用者の便宜のためには、ある者がした譲渡登記を容易かつ確実に調査することがで
きるように制度設計されることが望ましいところ37、自然人については、法人のように法
人登記簿と結び付けて特定することができず、住所や氏が変更された場合などにその調査
が困難となることなどから、動産・債権譲渡特例法はその適用を法人がする動産譲渡に限15定したものと考えられる。
これに対して、ABL による融資の拡大が期待される個人事業主
との取引に譲渡登記が利用できないという不都合も指摘されている38。
登記優先ルールは、占有改定などの公示性が低く、優先する担保権の存在を知ることが
困難であるという問題に対応するために導入が検討されているが、自然人による動産譲渡
について譲渡登記制度を利用することができないとすると、例えば個人事業主が動産譲渡20担保を設定した場合には、登記優先ルールは働かず、第三者から認識することができない
譲渡担保権が存在するという問題が残ることになる。そこで、動産・債権譲渡特例法を自
然人がする動産や債権の譲渡にも適用するかどうかが問題になるが、
どのように考えるか。
自然人による譲渡にも適用する場合、全ての自然人による譲渡にも拡大するか、特定の自
然人による譲渡に限定するかが更に問題になるが、この点については、実務上のニーズが25どの範囲で存在するか、譲渡人の特定をどのように行うかなどの観点から検討する必要が
ある。例えば、商号の登記(商法第 11 条第2項、商業登記法第 28 条)をした商人には会
社法人等番号(同法第7条)が付され、法人と同様に商号登記簿と結び付けて特定するこ
とが可能であることに鑑みて、商号の登記をした商人がする動産譲渡も動産譲渡登記の対
象とすることも考えられる。303 動産譲渡登記の記載内容の柔軟化について
譲渡登記には、譲渡された動産を特定するために必要な事項(動産・債権譲渡特例法第
7条第2項第5号、動産・債権譲渡登記令(平成 10 年政令第 296 号)第7条第3項第2
35 植垣勝裕=小川秀樹編著『一問一答 動産・債権譲渡特例法〔三訂版増補〕』(商事法務、2010。以下
「植垣=小川・一問一答」で引用)25 頁
36 植垣=小川・一問一答 26 頁
37 植垣=小川・一問一答 26 頁
38 株式会社三菱総合研究所「平成 24 年度産業金融システムの構築及び整備調査委託事業『動産・債権
担保融資(Asset-based lending:ABL)普及のためのモデル契約等の作成と制度的課題等の調査』報告
書」
(2013)92 頁 19号)として、動産の種類及び動産を他の物と識別するために必要な特質又は動産の保管場
所の所在地(動産・債権譲渡登記規則(平成 10 年法務省令第 39 号)第8条)を記載する
こととされている。動産の特定方法の改善、動産譲渡登記の使い勝手の改善といった観点
から、例えば、1連続しない番号と数量による特定方法(例えば、
「在庫のうち、ロット番
号が小さいものから50個」といった記載)
、2従来の明認方法に準じた方法(例えば、特5定の色・特定の内容を記した札を付する方法)
、3「本店の所在地」又は「債務者の契約店
舗」といった記載による特定方法が提案されている39。
さらに、集合動産を目的財産とする担保権が設定された場合に、目的財産をどの程度具
体的に特定する必要があるかということも関連するが、仮に、
「在庫一切」のような概括的
な特定による担保権の設定を認めるとすれば、このような担保権設定についての対抗要件10を具備することができるようにする必要がある。現行法においては、上記のとおり、譲渡
された動産を特定するため、
特質又は所在場所によって特定する方法が定められているが、
集合動産が譲渡される場合は特質によって特定することはできず、
所在場所による方法も、
在庫一切を譲渡する場合には利用することができない。そこで、
「在庫一切」という方法で
譲渡登記の対象を特定することを認める必要があるという指摘があるが、どのように考え15るか。
4 登記事項に係る変更又は更正登記について
現行の動産譲渡登記において、変更又は更正の登記は認められていない。
これは、1動産の種類や保管場所に係る変更又は更正の登記をすることができるとする
と、遡って登記事項を変更するのと同様の効果を得ることができ、第三者の権利を害する20おそれがあり、動産譲渡登記制度の意義が失われてしまうことや、2譲渡人又は譲受人の
表示(商号等、本店等)に変更又は更正の事由が生じた場合にその旨の登記を要するもの
とすると、譲渡人等に過大な負担を強いることや、動産譲渡登記においては商号等に変更
が生じた場合であっても当該譲渡人に係る譲渡登記を検索することができる措置が講じら
れていることなどによる40。25確かに、1については、物的編成主義を採らない現行制度において、ある物について利
害関係を有する第三者の範囲を特定してその承諾を得るという制度設計とすることが困難
であることを考慮すると、変更又は更正の登記によって遡って登記事項を変更したことと
同様の効果を得ることを防止する必要は認められるものの、そのような効果が生ずるとは
考え難い形式的な誤記等については、変更又は更正の登記を認めることが考えられる。30また、2については、譲渡人等の商号等が変更になった場合、そのまま公示しておくこ
とは望ましいとはいえず、会社法人等番号を用いて譲渡人等である法人を特定し、商号等
の変更前後の法人の同一性を明確にするとともに、変更又は更正の登記を任意のものとす
れば、登記申請人に対する過大な負担とはならず、変更又は更正の登記を認めることが考
えられる。355 登記の先後関係の確認(当日の登記事項証明書等の発行の可否)について
39 中島弘雅「ABL 制度の現下の課題〜主に経産省の ABL 課題検討委員会調査結果より」事業再生と債
権管理 132 号(2011。以下「中島・課題」で引用)67 頁
40 伊藤隆『動産・債権譲渡登記手続の実務対応Q&A〔全訂版〕』(きんざい、2019。以下「伊藤
(隆)
・実務対応」で引用)101 頁 20現状においては、譲渡人を検索条件とする方法により登記事項証明書及び登記事項概要
証明書の交付を請求する場合、当該請求の当日にされた動産譲渡登記の内容が記載された
登記事項証明書等の交付を請求することはできず、前執務日までの登記の内容が記載され
た登記事項証明書等の交付を請求することができるにとどまる41。
そのため、
安心して、登記をした日に融資を実行することができず、翌日に融資を実行することが多いという問題5点が挙げられている42。
この点、現在は登記申請書に会社法人等番号の記載を求めていないが、これを義務化し
て即座に名寄せ処理が完了できるようにすることなどにより、証明書請求の時刻までの登
記事項や登記未了のものがあれば申請の有無等を記載した登記事項証明書等を発行するこ
とができるようにすることが考えられるが、どうか。106 オンライン申請の利便性向上について
現状においては、動産譲渡登記所は全国に1か所に限られており、窓口での申請のほか
郵送申請及びオンライン申請が認められているが、現在、オンライン申請における添付情
報の別送方式が認められていないために現実にオンライン申請を利用できるケースが極め
て限られていることが指摘されており43、別送方式を認めることでオンライン申請の利便15性を高めることが考えられるが、どうか。他方、その場合には、登記の優先関係をどの時
点を基準に判断するか、オンライン申請の受理時を基準にする場合、別送書類が到達する
までのタイムラグにおける証明をどういうものとするかなどにつき検討が必要となるが、
どうか。
また、オンライン申請に必須である商業登記電子証明書の利便性を向上させて普及促進20を図り、登記申請人である譲渡人及び譲受人の双方において商業登記電子証明書の利用を
容易にすることで、オンライン申請の利便性の向上を図ることが考えられるが、どうか。
7 その他の検討事項について
上記ア〜オ以外にも、登記事項証明書等の検索条件について、譲渡人等だけでなく目的
物を含めることで、必要な情報により容易にアクセスできるようにする等の制度改善も考25え得るが、その他に検討すべき事項はないか。
41 伊藤(隆)
・実務対応 402 頁
42 中島・課題 69 頁
43 小野絵里「
『動産・債権譲渡登記の未来』研究報告1 動産譲渡登記制度の特徴と展望」月刊登記情報
689 号 11 頁(2019)

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /