人権教育・啓発白書の刊行に当たって
法務大臣
文部科学大臣
令和2年は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大という,これまでに経
験したことのない困難に直面する中,感染者や医療従事者等への偏見・差別
といった新たな人権課題が生じ,これに対する様々な対策を講じた1年でし
た。
今後も,自然災害,疫病の流行,科学技術の進展に伴う社会状況の変化等
により,新たな人権課題に直面するかもしれません。そのような課題を克服
していくためには,まず,人権について一人一人が正しい認識を持ち,それ
らの認識が日常生活の中での態度や行動に確実に根付くようになることが大
切です。お互いの人権を尊重しあうことの大切さが,社会全体に広く深く浸
透していくことが重要なことだと考えています。
新型コロナウイルス感染症に関する人権課題以外にも,DV,各種ハラス
メント,いじめや児童虐待,インターネットを悪用した人権侵害,障害等を
理由とする偏見や差別,いわゆるヘイトスピーチを含む外国人に対する人権
侵害,部落差別(同和問題)等の多様な人権問題が存在しています。
このような状況にあって,私たちは,人権啓発活動の重点目標として「『誰か』のこと じゃない。
」を掲げ,多様な主体が互いに連携し,支え
合う共生社会の実現に取り組んでまいりました。このような取組は,
「誰一
人取り残さない」社会の実現を掲げる国連の持続可能な開発目標(SDGs)の
理念とも合致するものであり,今後もしっかりと継続していきたいと考えて
います。
政府は,平成14年3月に策定した「人権教育・啓発に関する基本計画」
(平成23年4月一部変更)に基づき,国民の一人一人が人権に関する正しい
知識と日常生活の中で生かされるような人権感覚を身につけることができる
よう,学校,地域,家庭,職場その他の様々な場を通じて,各種人権課題の
解決に向けた施策に取り組んでまいりました。今後も,国民の皆様の人権を
守るため,人権教育及び人権啓発に関する施策を推進してまいります。
本白書は,
「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」に基づく年次報
告であり,政府が令和2年度に講じた人権教育及び人権啓発に関する施策に
ついて取りまとめたものです。今回,特集として「新型コロナウイルス感染
症に関連して発生した人権問題への対応」を取り上げるとともに,現代的課
題として7つのトピックス「学校における人権教育の取組」,「京都コング
レスの開催」,「性犯罪・性暴力対策の強化」,「アスリートへの写真・動画に
よる性的ハラスメントの防止に向けた取組」,「
『ウポポイ(民族共生象徴空間)』
の開業」,「
『ビジネスと人権』に関する我が国の取組」及び「職場に
おけるハラスメント防止対策の推進」を掲載しています。
本白書により,人権教育及び人権啓発に関する施策の状況について多くの
方々に御理解いただき,
「誰一人取り残さない」社会の実現に向けて,人権
について一層理解を深め,様々な人権問題を,自分以外の「誰か」のことで
はなく,自分自身のこととして考え,人権を尊重した行動をとるきっかけに
していただければ幸いです。
令和3年6月
目 次
はじめに
第1章 令和2年度に講じた人権教育・啓発に関する施策 1
第1節 人権一般の普遍的な視点からの取組 2
だいやまーく
1 人権教育 2
(1) 学校教育 2
学校における人権教育の取組 3
(2) 社会教育 5
だいやまーく
2 人権啓発 5
(1) 人権啓発の実施主体 6
(2) 法務省の人権擁護機関が行う啓発活動 6
(3) 法務省が公益法人,地方公共団体へ委託して行う啓発活動 12
(4) 中小企業・小規模事業者等の産業界に対する啓発活動 14
(5) 国際的な取組に関する啓発活動 14
京都コングレスの開催 15
第2節 人権課題に対する取組 17
だいやまーく
1 女性 17
(1) 男女共同参画の視点に立った様々な社会制度の見直し,広報・啓発活動の推進 18
(2) 法令・条約等の周知 19
(3) 女性に対する偏見・差別意識解消を目指した啓発活動 19
(4) 男女共同参画を推進する教育・学習,女性の生涯学習機会の充実 20
(5) 職場におけるハラスメント防止対策の推進 20
(6) 農山漁村の女性の地位向上のための啓発等 20
(7) 女性の人権問題に関する適切な対応及び啓発の推進 21
性犯罪・性暴力対策の強化 23
アスリートへの写真・動画による性的ハラスメントの防止に向けた取組 24
だいやまーく
2 子ども 26
(1) 子どもが人権享有主体として最大限尊重されるような社会の実現を目指した啓発活動 26
(2) 学校教育及び社会教育における人権教育の推進 28
(3) 家庭教育に対する支援の充実 28
(4)
「人権を大切にする心を育てる」保育の推進 29
(5) いじめ・暴力行為等に対する取組の推進 29
トピックス
トピックス
トピックス
トピックス
(6) 体罰の問題に対する取組の推進 30
(7) 児童虐待防止のための取組 31
(8) 子どもの性被害に係る対策 34
(9) 条約の周知 34
(10) 子どもの人権をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 34
だいやまーく
3 高齢者 36
(1) 
高齢者についての理解を深め,高齢者が生き生きと暮らせる社会の実現を
目指した啓発活動 36
(2) 高齢者福祉に関する普及・啓発 36
(3) 学校教育における高齢者・福祉に関する教育の推進 37
(4) 高齢者の学習機会の充実 37
(5) ボランティア活動等,高齢者の社会参加の促進と世代間交流の機会の充実 37
(6) 高齢者の雇用・多様な就業機会確保のための啓発活動 37
(7) 高齢者の人権をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 38
だいやまーく
4 障害のある人 39
(1) 共生社会を実現するための啓発・広報等 40
(2) 障害を理由とする偏見・差別の解消を目指した啓発活動 40
(3) 精神障害者に対する偏見・差別の是正のための啓発活動 42
(4) 特別支援教育の充実及び障害のある人に対する理解を深める教育の推進 43
(5) 発達障害者への支援 44
(6) 障害のある人の雇用の促進等 45
(7) 障害者虐待防止の取組 46
(8) 障害者権利条約の締結及び周知 47
(9) 障害のある人の人権をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 47
だいやまーく
5 部落差別(同和問題) 48
(1) 部落差別(同和問題)の解消に向けた啓発活動 48
(2) 学校教育・社会教育を通じた部落差別(同和問題)の解消に向けた取組 48
(3) 公正な採用選考システムの確立 49
(4) 農漁協等関係農林漁業団体職員に対する啓発活動 50
(5) 隣保館における活動の推進 50
(6) えせ同和行為の排除に向けた取組 50
(7) 部落差別(同和問題)をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 51
だいやまーく
6 アイヌの人々 52
(1) アイヌの人々に関する総合的な政策の推進 52
(2) アイヌ文化の振興,アイヌの伝統等に関する知識の普及啓発 52
(3) アイヌ関係の文化財の保護等に関する取組 53
(4) アイヌの人々に対する偏見・差別の解消に向けた取組 53
(5) 学校教育におけるアイヌに関する学習の推進 53
(6) 各高等教育機関等におけるアイヌ語等に関する取組への配慮 53
(7) 生活館における活動の推進 54
(8) 農林漁業経営の近代化を通じた理解の増進 54
(9) アイヌの人々の人権をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 54

「ウポポイ(民族共生象徴空間)
」の開業 54
だいやまーく
7 外国人 56
(1) 外国人に対する偏見・差別を解消し,国際化時代にふさわしい人権意識の育成を
目指した啓発活動 56
(2) ヘイトスピーチに焦点を当てた啓発活動 57
(3) 学校等における国際理解教育及び外国人の子どもの教育の推進 59
(4) 外国人材の受入れと共生のための取組 60
(5) 外国人の人権をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 61
だいやまーく
8 HIV感染者等 62
(1) エイズ患者及びHIV感染者に対する偏見・差別をなくし,理解を深めるための
教育・啓発活動 62
(2) 肝炎ウイルス感染者への偏見・差別をなくし,理解を深めるための教育・啓発活動 62
(3) 感染症をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 63
だいやまーく
9 ハンセン病患者・元患者・その家族 64
(1) 
ハンセン病患者・元患者とその家族に対する偏見・差別をなくし,
理解を深めるための教育・啓発活動 64
(2) 国連における取組 68
(3) ハンセン病患者・元患者とその家族の人権をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 68
だいやまーく
10 刑を終えて出所した人 69
(1) 犯罪をした人や非行のある少年の改善更生への理解・協力を促進するための取組 69
(2) 刑を終えて出所した人に対する偏見・差別の解消を目指した啓発活動等 70
だいやまーく
11 犯罪被害者等 71
(1) 犯罪被害者等の人権に関する啓発・広報 71
(2) 犯罪被害者等に対し支援を行う者等に対する教育訓練 72
(3) 犯罪被害者等の人権をめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 73
だいやまーく
12 インターネットによる人権侵害 74
(1) 個人のプライバシーや名誉に関する正しい知識を深めるための啓発活動 74
(2) インターネットをめぐる人権侵害事案に対する適切な対応 75
トピックス
(3) インターネット等を介したいじめ等への対応 77
だいやまーく
13 北朝鮮当局によって拉致された被害者等 79
(1) 北朝鮮人権侵害問題啓発週間における取組 79
(2) 広報媒体の活用 80
(3) 地方公共団体・民間団体との協力 80
(4) 学校教育における取組 81
(5) 海外に向けた情報発信 81
(6) 北朝鮮当局による人権侵害問題に対する認識を深めるための啓発活動 82
(7) 国連における取組 82
(8) 北朝鮮当局による人権侵害問題に対する適切な対応 83
だいやまーく
14 その他の人権課題 84
(1) ホームレスの人権及びホームレスの自立の支援等 84
(2) 性的指向・性自認(性同一性)に関する人権 85
(3) 人身取引(性的サービスや労働の強要等)事犯への適切な対応 86
(4) 東日本大震災に伴う人権問題 88

「ビジネスと人権」に関する我が国の取組 91
職場におけるハラスメント防止対策の推進 93
第3節 人権に関わりの深い特定の職業に従事する者に対する研修等 95
だいやまーく
1 研修 95
(1) 検察職員 95
(2) 矯正施設職員 95
(3) 更生保護官署関係職員 95
(4) 出入国在留管理関係職員 96
(5) 教師・社会教育関係職員 96
(6) 医療関係者 96
(7) 福祉関係職員 96
(8) 海上保安官 97
(9) 労働行政関係職員 97
(10) 消防職員 97
(11) 警察職員 97
(12) 自衛官 97
(13) 公務員全般 98
だいやまーく
2 国の他の機関との協力 98
第4節 総合的かつ効果的な推進体制等 99
だいやまーく
1 実施主体の強化及び周知度の向上 99
トピックス
トピックス
(1) 実施主体の強化 99
(2) 周知度の向上 99
だいやまーく
2 実施主体間の連携 100
(1) 人権教育・啓発に関する中央省庁連絡協議会 100
(2) 人権啓発活動ネットワーク協議会 100
(3) 文部科学省と法務省の連携 101
(4) スポーツ組織との連携・協力 101
(5) 民間企業等と連携・協力した啓発活動 101
だいやまーく
3 担当者の育成 101
(1) 人権啓発指導者養成研修会 101
(2) 人権擁護事務担当職員,人権擁護委員に対する研修 102
(3) 公正採用選考人権啓発推進員に対する研修 102
だいやまーく
4 人権教育啓発推進センターの充実 102
だいやまーく
5 マスメディアの活用及びインターネット等IT関連技術の活用等 103
だいやまーく
6 民間のアイディアの活用 103
第2章 人権教育・啓発 基本計画の推進 105
特 集 新型コロナウイルス感染症に関連して発生した人権問題への対応 109
(1) 
感染症に関する正しい知識の普及,偏見・差別等の防止に向けた
注意喚起・啓発・教育 112
(2) 偏見・差別等に関する相談,SNS等における誹謗中傷等への対応 115
(3) 新型コロナウイルス感染症に伴うDV被害等の増加や深刻化への対応 116
(4) 新型コロナウイルス感染症に伴う児童虐待防止対策の強化 116
(5) 基本的対処方針等を踏まえた今後の更なる取組 117
参考資料 資-1
1 人権教育及び人権啓発の推進に関する法律 資-2
2 人権教育・啓発に関する基本計画 資-3
3 令和2年における「人権侵犯事件」の状況について(概要) 資-26
参考資料掲載アドレス一覧 資-47
はじめに
我が国においては,
基本的人権の尊重を基本理念の一つとする「日本国憲法」
(以下「憲
法」という。
)の下で,国政の全般にわたり,人権に関する諸制度の整備や諸施策の推進
が図られてきた。それは,憲法のみならず,戦後,国際連合(以下「国連」という。)において作成され,現在,我が国が締結している人権諸条約等の国際準則にものっとって行
われている。また,我が国では,長年にわたり,国,地方公共団体と人権擁護委員を始め
とする民間のボランティアとが一体となって,地域に密着した地道な人権擁護活動を積み
重ねてきた。その成果もあって,人権尊重の理念が広く国民に浸透し,基本的には人権を
尊重する社会が築かれているということができる。
一方で,人権課題の生起がやむことはなく,近年の急速な情報通信技術の進展や近時の
新型コロナウイルス感染症の感染拡大により,
令和2年度においては,
特に,
インターネッ
ト上の人権侵害,新型コロナウイルス感染症に関連した偏見や差別,虐待等が関心を集め
ることとなった。
法務省の人権擁護機関では,
「人権侵犯事件調査処理規程」
(平成16年法務省訓令第2号)
に基づき,人権侵害を受けた者からの申告等を端緒に人権侵害による被害の救済に努めて
いるところ,令和2年に法務省の人権擁護機関が新規に救済手続を開始した人権侵犯事件
数は9,589件である。これを類型別に見ると,プライバシー関係事案が1,741件(18.2%)と
最も多く,
次いで,
暴行・虐待事案が1,578件(16.5%),労働権関係事案が1,313件(13.7%),学校におけるいじめ事案が1,126件(11.7%),住居・生活の安全関係事案が1,017件(10.6%),強制・強要事案が1,013件(10.6%)などとなっている(資-29頁参照)。特に,子どもの人権に関しては,文部科学省が行った令和元年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によれば,小・中・高等学校における,暴力
行為の発生件数は7万8,787件と依然として憂慮すべき状況が見られ,また,
「いじめ防止
対策推進法」
(平成25年法律第71号)第28条第1項に規定する「重大事態」の件数は723件
と,いじめによる重大な被害が生じた事案も引き続き発生しているなど,教育上の大きな
課題となっている。さらに,全国の児童相談所における児童虐待に関する相談対応件数は
令和元年度には19万3,780件と,これまでで最多の件数となっている。
このような状況を踏まえ,政府では,府省庁間の連携を図りながら,国民に対する人権
教育・啓発活動を更に推進している。
学校教育においては,学校の教育活動全体を通じた人権教育の一層の充実等,人権尊重
の意識を高める取組を行うとともに,社会教育においては,国や大学が実施する社会教育
主事等を対象とした講習や研修を通じて,多様な人権課題に対応することができる指導者
の育成及び資質の向上を図っている。
また,国民が人権について正しい認識を持ち,それらの認識が,日常生活の中での態度
面,行動面等に確実に根付くことにより,人権侵害のない社会が実現されるよう,法務省
の人権擁護機関が,関係府省庁や地方公共団体等と連携しつつ,様々な啓発活動等に取り
組んでいる。
本書は,令和2年度において各府省庁が取り組んだ人権教育・啓発の施策を「人権教育
及び人権啓発施策」として取りまとめ,国会に報告するものである。

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